鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

アオサギ未だ帰らず

2007-03-29 23:16:12 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
婚姻色の出始めたアオサギ 2007年3月 北海道中川郡豊頃町)


 今年、十勝平野で越冬個体でないアオサギを最初に見たのは、3月10日であった。それ以来、アオサギの数は日を追って増え、婚姻色が出始めた嘴や目先、脚などの鮮やかさとともに冬の終焉と早春の訪れをアピールしている。そんな中、毎年100~200つがいが繁殖し、十勝でも有数規模のコロニーである幕別町金比羅山では、本日までにアオサギの飛来を確認できていない。例年だと渡来直後はコロニーに隣接した、融雪の早い小麦畑で小群が、恰も繁殖開始を待ち詫びるかのように立ち尽くしているものなのだが、今年はそれすら見かけない。一体何が起こったのだろうか?
 サギ類やウ類は往々にして集団営巣地を流浪させる傾向があり、例えば十勝のアオサギでは大繁殖地として古くから知られていた浦幌のコロニーは2000年代に放棄されてしまった一方で、昨年、同じ浦幌の農耕地帯にあるカラマツ林で、前年までいなかったアオサギが数十羽、集団で営巣した。幕別のコロニーも形成されたのは1980年代であり、今回の放棄(?)も長期的な変動の枠内なのかもしれない。しかし、近年は美しい姿をカメラに収めようと、コロニーに接近するカメラマンが多かったという話も聞いている。また、付近の河川敷ではアライグマの足跡を観察したことがあり、天敵による捕食の影響もあるのかもしれない。
 いずれにしても、当たり前に存在していると思っていた早春の風景に、そこを訪れても出会うことができないのは大変寂しいものである。


コロニーのアオサギとその巣
2006年5月 北海道中川郡幕別町
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(2007年3月29日   千嶋 淳)


増えたマガン

2007-03-27 01:39:49 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
マガン 2007年3月 北海道十勝郡浦幌町)


 例年より半月以上早く、2月の下旬に十勝川下流域に飛来したガン類はその後も増え続け、3月の半ばにはマガン約6500羽、ヒシクイ約4500羽と、昨年は3月末に記録したピーク時の数に早くも達した。すっかりお馴染みになったハクガンをはじめ、シジュウカラガンやカリガネといった珍種も観察されているようだ。従来、十勝川下流域のガン類はヒシクイが中心であると言われ、今でもそのように書かれたものを目にすることがある。しかし、実際には文頭に示したように、春にはマガンの数がヒシクイを上回っているのが近年の実態である。
ハクガン(中央の2羽)
2007年3月 北海道十勝郡浦幌町
周囲にはマガンやヒシクイの姿も見える。
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 十勝川下流域のマガンは、いつ頃からヒシクイを凌駕するほど増加したのだろうか?私はこの地域で定量的な調査を行っているわけではないので、明確な答えを出すことは難しい。それでも過去の野帳を紐解くことによって、何がしかの手がかりが得られるかもしれない。野帳に先立って、十勝地方の鳥類目録や野鳥の会の会報に当たると、昔からマガンの渡来地であった大樹の生花苗沼周辺では1980年代にも2000羽ほどが観察されているが、同時期の十勝川下流域では数例の、それも少数の記録があるにすぎなかった。


マガン(右手前の2羽)とヒシクイ
2007年3月 北海道十勝郡浦幌町
一見似ているが、嘴や頭の形状、模様等が異なる。体重は、マガンと亜種オオヒシクイとでは2倍ほども違う。
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 私の野帳で十勝川のマガンが最初に登場するのは、1994年4月10日、北海道にやって来て5日目のことである。探鳥地ガイド片手に、汽車と徒歩(!)で訪れた育素多沼の周辺で、226羽のマガンを観察している。事前に聞きかじった情報では、この地域はヒシクイが卓越するとのことだったので意外に覚え、ノートに記録したのを今でも覚えている。余談ながら当時の野帳を読み返していると、ガン類やハクチョウ類のような大型水鳥の群れが、あまりにも身近な場所で当たり前に見られることへの感動の字句に溢れている。


牧草地の大型水鳥(ヒシクイオオハクチョウほか)
2007年3月 北海道十勝郡浦幌町
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 その後90年代の後半にかけては数を記録していないが、マガンはこのエリアでの観察記録に頻繁に登場する。ただ、当時はあくまでもヒシクイがメインでマガンはまだ少数派だったように記憶している。1999年秋には「××沼にマガンが大量に入っていたのでカリガネを探したが、見つからなかった」とあり、翌2000年の春にはある場所でおよそ1500羽のマガンを観察している。そして、2年後の2002年3月25日には同じエリアで4000羽クラスの群れが見られたことを、やや興奮気味の筆致で書き留めている。

飛翔2点(マガン
2007年2月 北海道十勝郡浦幌町

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V字型に組まれた編隊が着陸態勢に転じた。
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 これらの情報をつなぎ合わせると、十勝川下流域では1990年代の半ばまでには定期的にマガンが飛来するようになり、90年代後半から2000年代の初めにかけて飛来数は爆発的に増加したことが窺える。この時期はちょうど、日本のマガンの大半が越冬する宮城県北部への本種の飛来数が、2万羽(90年代前半)から6万羽(2000年前後)へ、3倍に激増した時期でもある。個体数増加に伴って、道央の宮島沼やウトナイ湖などそれまでの中継地が過密状態になり、その一部が十勝川下流域へと分散・飛来したのかもしれない。元々いたヒシクイとは競合が生じなかったのか疑問であるが、マガンは牧草地や小麦畑などやや乾燥した環境で、ヒシクイは冠水したデントコーン畑や沼地など湿性の環境で採餌していることが多いことからも察せられるように、資源の利用の仕方を微妙に違えることによって上手く共存しているようである。


宮島沼(マガン
2006年4月 北海道美唄市
夕刻、周辺の農地で採餌していた群れが次々に、塒の沼に帰って来る。
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田圃での採食(マガン
2006年4月 北海道美唄市
東北地方や道央では、田圃での落ち穂拾いが採食行動の中心。十勝では見られない光景だ。
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*本稿は「十勝野鳥だより159号」(日本野鳥の会十勝支部)に寄稿した「いつから増えた?十勝川のマガン」をベースに、新たに書き直したものである。
(2007年3月26日   千嶋 淳)


アラナミキンクロのメスの識別について

2007-03-20 22:25:28 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
アラナミキンクロのメス(右)とオス 以下すべて 2007年3月 北海道)


 ここ数年、アラナミキンクロのオスが1羽越冬する漁港に、今年はメスも飛来しているという話を聞いたのは2月の中頃だった。オスは北海道では割と見る機会があるものの、メスは記録自体少なく、私自身は見たこと無かったので是非見たいと思いつつ中々行けないでいたが、先日晴れて見ることができた。メスは国内の図鑑では写真が載っているものも少なく、イラストや記載も不十分に感じるので、ビロードキンクロとの識別も合わせてここに紹介する。

 アラナミキンクロの雌雄は漁港内で活発に潜水して貝類を捕食しており、すぐに見つかった。メスの第一印象は、「後頚が白くない…」というものだった。アラナミキンクロのメスというと、例えば「フィールドガイド日本の野鳥」のイラストにあるように、オス同様の白斑が後頚にあり、それが識別上の特徴になると思っていたからである。しかし、目の前で泳いでいるメスの後頚は、どう目を凝らしても周囲と同じ黒褐色。この点については、帰宅後に開いたMullarneyらの「Collins Bird Guide」やMadgeらの「Wildfowl」等に納得の行く記述があった。メスの後頚の白斑はオスに比べると小さく、不明瞭である上に無い個体もいるらしく、更に幼鳥では認められないとのことである。今回観察した個体は白斑の欠如に加え、頭頂部の黒色みが強い、頬から下がやや淡色であることから幼鳥(第1回冬羽)であると考えられる。メスの写真が掲載されている数少ない国内の図鑑の一つ、「日本の野鳥590」の個体は、白斑の欠如をはじめ同様の特徴を持つことから、やはり幼鳥ではないだろうか。「日本の鳥550 水辺の鳥」に写真の掲載されている、顔が一様に黒褐色で後頚に白斑のあるものがメス成鳥と思われる。


アラナミキンクロのオス
北米の鳥で、日本での初記録は1970年と新しい。
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アラナミキンクロのメス(その1)
国内でのメスの確実な記録が出てきたのは、近年ではないだろうか。背後は二枚貝をくわえて浮上したクロガモのメス。
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 港内にはビロードキンクロのメスも1羽いた。冷静に考えれば、ビロードキンクロ以外の何者でもないのだが、現場で見た時は「アラナミのメスが2羽??」と混乱しかけた。というのも、このビロードキンクロは翼を折りたたんだ状態で次列風切が見えなかったためである。通常、前述の後頚の白斑と次列風切が2種の識別において大きな特徴とされる。すなわち、ビロードキンクロでは次列風切が白色なのに対して、アラナミキンクロでは周囲と同様の黒褐色なのである。それが見えなかったので迷ったわけだ。羽ばたきをしたり、潜水のために翼をすぼめる時には次列風切が見えるので、そうしたチャンスを待とうと思ったが、アラナミキンクロの観察をしているうちにこの個体は姿を消してしまった。
 何枚か撮っておいた写真をもとに、前掲のCollinsのガイドやKaufmanの「Advanced Birding」等いくつかの洋書を調べたところ、2種は顔に着目することによって容易に識別できることがわかった。注目点は大きく2つあり、1つは嘴と顔の境目のラインである。アラナミキンクロではこの部分は垂直で切り立って見えるが、ビロードキンクロでは境目は上方から中ほどまで垂直に落ち込んだ後、緩やかに後方(顔側)に入り込んでいる(実はこの点は「フィールドガイド日本の野鳥」のイラストでも図示されていた)。もう1つは目前方の白斑の形で、嘴境目のラインとも関連して、アラナミキンクロでは縦長だがビロードキンクロでは楕円形に横長である。


アラナミキンクロのメス(その2)
ビロードキンクロ・メスとの識別については、本文を参照。
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ビロードキンクロのメス
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 遊泳時には折りたたまれた翼の、次列風切が見えないことは往々にしてある。北米の図鑑では比較的古いものでも、2種の顔の特徴は正確に描かれているので昔から知られていたのだろうが、日本の図鑑ではこの識別点を強調したものは無いように思う。従来、アラナミキンクロのメスの記録が少ないのは、後頚の白斑を欠き、次列風切が見えない個体が、それなりに距離のある波間に浮かんでいたりする時には見逃されてきたということもあるのかもしれない。


アラナミキンクロ・オスの飛行
雌雄ともに翼上面は一様な色で、白色部は無い。
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ビロードキンクロのオス
ビロードキンクロ属 Melanitta (国内では他にクロガモ、アラナミキンクロ)は、皆独特な嘴をしており、オスでは特に顕著だ。各々の採餌や繁殖の習性と結び付いているのだろうか?
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(2007年3月19日   千嶋 淳)


北上期?

2007-03-17 16:07:22 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
ミミカイツブリの冬羽 2007年3月 北海道広尾郡広尾町)


 昨日、一昨日とアザラシ関係の用事で、襟裳岬を訪れた。風速10m以上の日が年間300日近くに及ぶ「風の岬」らしく、両日とも強風が吹きすさび、海面には白波が立っていたが、出産期の開始まで一月半を切った上陸岩礁では100頭近いゼニガタアザラシが休息していた。

襟裳岬のゼニガタアザラシ
2007年3月 北海道幌泉郡えりも町
岬の先端から沖合い2kmまで続く岩礁帯の、主に後半部分が上陸場。中央の広い岩場に80頭近くが上陸している。
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 アザラシ絡みだったとはいえ、行き帰りや空いた時間には若干の時間を、鳥見に割くこともできた。温暖で流氷の張り出しも少ない今冬はウミスズメ類、特に流氷の縁付近に多いエトロフウミスズメやコウミスズメをあまり見ることができないのが残念である。それでも漁港や海上には海ガモ類をはじめ、馴染みの海鳥たちがいて、それなりに楽しませてくれる。
 今回印象的だったのはカイツブリ類の多さで、いくつもの漁港にミミカイツブリやハジロカイツブリが入って来ており、海上に目を転じるとアカエリカイツブリの小群が散見された。ミミカイツブリ、アカエリカイツブリの2種は道東沿岸では冬期も普通種であるが、これほどの数・頻度で港や岸近くで見られることはあまり無いと思う。ハジロカイツブリは外海より湖沼や内湾を好む性質から、それらが結氷する厳冬期には数を減らす。えりも在住の鳥見人と話す機会があったので、この話題にふれたところ、「確かに厳冬期(2月頃)には漁港に入らない。3月に入ると港内等で見る機会が増える。」とのことだった。


ハジロカイツブリ(冬羽)
2007年3月 北海道幌泉郡えりも町
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アカエリカイツブリ(冬羽)
2006年3月 北海道根室市
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 厳冬期には南下していた、非繁殖期を海上で暮らすカイツブリ類が北上(一部のアカエリカイツブリは北海道でも繁殖するが)を開始しており、この時期沿岸での数が増えるのかもしれない。とすると、ガン類やウミネコ、アオサギ等の帰還ほどの派手さは無いが、カイツブリ類の北上もまた早春の風物詩といえそうである。
 4月後半から5月にかけて、これらのカイツブリ類は地味な冬羽と同種であるのがにわかに信じられないくらい美麗な夏羽に衣替えするが、5月いっぱい渡りの続くアカエリカイツブリ以外はその頃にはもう、大部分が更に北へ移動している。


潜水(ミミカイツブリ・冬羽)
2007年3月 北海道広尾郡広尾町
ジャンプして勢いを付けて潜水する。
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真っ赤な目(ミミカイツブリ・冬羽)
2007年3月 北海道幌泉郡えりも町
ミミもハジロも黒(褐)色と白を基調とした地味な冬羽の中で唯一、虹彩(とミミでは目先)だけが鮮やかな赤色をしている。
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(2007年3月17日   千嶋 淳)


海辺のキレンジャク

2007-03-11 23:50:53 | 鳥・冬
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All Photos by Chishima,J.
キレンジャク 以下すべて 2007年3月 北海道十勝郡浦幌町)


 夏にはハマナスやチシマフウロ、センダイハギなどの花が絢爛に咲き誇った海辺の原生花園。今ではすべてが束の間の夢だったかのごとく枯れ果て、うらぶれた褐色の世界と化している。背後の海の青さとそこからの風が運んで来るクロガモの声の高さはやけに明るく、手前の冬枯れと対比を成している。そんな晩冬の砂丘で、6羽のキレンジャクに出会ったのは、嵐の前の穏やかな昼下がりだった。
 「チリリリリィ…」、突然の闖入者に驚いた彼らは鈴のような高く澄んだ音色で鳴きながら、地上1mほどのハマナスの枝に集合した。しかし、多くの極北の鳥に共通なように元来の警戒心は希薄で、3分と経たぬ内に1羽、また1羽と地上へ舞い戻り、ガンコウランの越冬葉が織り成す赤い絨毯の中を闊歩している(ガンコウランは通常高山の植物だが、ここでは冷涼な海浜性の気候の影響により、コケモモとともに植生の一要素を構成している)。ほぼ水平の目線で見ているため、絨毯の中で何を食べているかはわからないのだが、おそらくその実を食しているのだろう。
 レンジャクというと真冬のナナカマドの街路樹をはじめ、樹林で観察する機会が多いので、波音を聞きながら地表で餌を求める姿は新鮮であった。見慣れたつもりの身近な鳥も、まだまだこちらの知らぬ一面を擁しているらしい。
 ブラインド代わりの車中で、私は弁当を広げた。レンジャクたちはその物音も意に介さず、採餌に余念が無い。あちらではキレンジャクが草木の実で、こちらでは人間が鮭弁当で己の腹を満たしている海辺の砂丘に、午後の陽射しが低く、優しく注いでいる。


地上で採餌するキレンジャク
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(2007年3月11日   千嶋 淳)