鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

十勝の自然78 エゾビタキ

2016-01-06 22:35:18 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.
エゾビタキ 2013年10月 北海道中川郡池田町)


(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年10月13日放送)


 「名は体を表す」とはよく言ったもので、生き物の名前においても例外ではありません。オナガガモといえば尾羽の長いカモの一種ですし、オジロワシは尾の白いワシです。北海道の生き物には、かつての北海道の呼び名「蝦夷(エゾ)」の付くものが多くあります。エゾライチョウ、エゾシカ、エゾサンショウウオなどはいずれも日本では北海道にだけ生息し、エゾムシクイは本州の高い山にもいますが、圧倒的に数が多いのは北海道。その中でどうにも腑に落ちないのがエゾビタキです。

 頭から背中が灰色っぽい茶色の、夏鳥のコサメビタキに似たスズメ大の小鳥で、胸からお腹にかけて縦斑のあるのが特徴です。日本では繁殖せず、カムチャツカやサハリン、ウスリー地方などロシア極東で繁殖し、冬は東南アジアへ渡ります。春と秋、渡りの途中で日本を通過しますが、渡りコースが異なるのか春は非常に少なく、秋によく見られます。ただ、東日本では少なく、北海道ではむしろ珍しい鳥です。事実、今シーズンはまだ、出会えていません。

 なのに「エゾ」とはこれ如何に?私は二つの仮説を胸に抱いています。一つは、蝦夷地は古くから現在のロシア極東地域と縁が深く、交易も盛んだったため、広く北方世界の意味での「エゾ」です。もう一つがサメビタキとの混同説。サメビタキは、例えば糠平のような少し標高の高い山で普通に繁殖する夏鳥で、胸は濃い灰色ですが、中にはこの部分がエゾビタキとそっくりなのもいて、これらが混同されたのは、ありそうなことです。

 北海道では少ないエゾビタキ。西日本では割と普通で、特に沖縄の八重山諸島を秋におびただしい数が通過します。15年近く前の10月。沖縄本島、宮古島…と放浪しながら辿り着いた八重山諸島はまだ、連日30℃を超える猛暑でしたが、渡りの最盛期を迎えたエゾビタキがあまりにも多いことに驚きました。コバルトブルーの海や白いサンゴ礁を背に見るエゾビタキの名に違和感を覚え始めたのは、思えばそんな旅の途上だったかもしれません。


(2015年10月12日   千嶋 淳)

十勝の自然77 ヤマシギ

2016-01-06 22:10:43 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.
ヤマシギの羽毛 2015年10月 北海道中川郡池田町)


(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年10月12日放送)


 愛犬との朝の散歩。一雨ごとに涼しく、そして乾いてゆく秋の風を体に受け歩いていて、ふと異変に気付きました。小さな交差点の周辺に鳥の羽毛が散乱しているのです。それも、普通はそう簡単に抜けない翼や尾の羽がかなり混じっています。赤茶色に黒い縞模様が特徴的なヤマシギのものであることは、鳥を見慣れた私にはすぐわかりました。

 ヤマシギは4月上旬に渡来するハト大の夏鳥で、名前の通り、低い山や郊外の林に生息します。昼間は林の中に隠れていますが、夜になると「キチッ、ブーブー」と大きな声で鳴いて、飛びながらディスプレイします。真っ直ぐな長い嘴は地面に差し込んで、ミミズなどの虫を食べるのに役立ちます。ヨーロッパではジビエ料理として人気が高く、フランスでは乱獲が祟って禁猟になってしまったほどです。

 そのヤマシギの残骸がなぜ、朝の住宅地に?そして、「本体」はどこへ?早速、「現場検証」に掛かります。道路の中央付近には血痕と多数の羽毛があり、その周りに翼や尾の羽が点在していたことから、道路の真ん中でヤマシギが死亡したのは間違いありません。翼や尾の羽は力を入れないと抜けないので、意図的に引き抜かれたのでしょう。哺乳類が鳥を食べる時は羽を抜かないので、もっと塊状に羽毛が残るはずで、羽を引き抜くのは鳥の仕業です。それを裏付けるように、周囲には多くの鳥の糞が落ちていました。

 以上の状況から、ニワカ探偵はこの「事件」を以下のように推理しました。渡り途中で腹を空かせたヤマシギが、夜の住宅地の路上に舞い降りた。田舎道の路肩には土もあり、そこで空腹を満たしていたところ、運悪く夜勤帰りか、はたまた朝刊配達の車にでも轢かれてしまった。それを夜明けと共に見付けたカラスが群がって食べ、最後に残った体や嘴はカラス自身、あるいはネコやキツネが別の場所へ持ち去った…。

 何気ない日常の中にも、ちょっと目線を変えるだけでこんなミステリーが転がっているのが自然界です。


(2015年10月10日   千嶋 淳)

151011 十勝沖海鳥・海獣調査

2016-01-06 21:47:37 | 海鳥

All Photos by Chishima, J.
ミツユビカモメを襲撃するトウゾクカモメ 以下すべて 2015年10月 北海道十勝沖)


 午前遅くから大気が非常に不安定となり、雷や突風も予想されたため、この時期としては早めの午前5時半の出航。4時半に家を出ると、南の空にはオリオン座が煌々と輝いていました。いつの間にか、そんな季節になっていたのです。

 港に着く頃には雲が広がり始めたものの、海況も比較的穏やかで申し分ありません。港を出るとすぐに多くのウミネコやセグロカモメで賑わいます。毎年、秋はこんな感じで沿岸の秋サケ定置網漁業と関係があるのかもしれません。出港して20分もすると、カモメ類にオオミズナギドリやハイイロミズナギドリが混じり始め、いつの間にか優占種として置き換わります。オオミズナギドリ中心の海鳥相は先月と同じですが、フルマカモメ、ミツユビカモメといった寒流系の種も並んで目立ち始めたこと、夏の終わり以降姿を消していた(おそらく北上していた)ウトウが散見され、海ガモ類やアビ類の移動も活発になって来たことが秋の深まりを教えてくれます。

 そして、そのミツユビカモメを虎視眈々と狙うのが天敵のトウゾクカモメ。小型な体を活かした急旋回やきりもみで振り切ろうとするミツユビカモメを執拗に追いかけ、上から下からダイレクトに、また激しい威嚇声で攻撃し、着水すると上から覆い被さるように続く一連のアタックは、猛禽類と呼んで差し支えないくらい激しいものです。中には、まるで助けを求めるかのように船に近付くカモメもいて、それでもなおトウゾクカモメも追いかけて来るので、息を呑むような死闘を手の届きそうな距離で何度も目にすることができました。急な動きを頻発する追撃はトウゾクカモメにとっても負担となるようで、追跡を諦めた個体が海上に降り、水浴びや羽づくろいをして調子を整える姿もありました。

 底曳網漁やトロール漁が行われていなかったためか、アホウドリ類が全般に少なめなのは残念でしたが、復路の水深170m付近で、一緒に調査していた大学生のN君が「アホウドリ!!」の絶叫。指差す方角を見ると、確かに巨大で骨太で…白い!!双眼鏡に捉えた姿は綺麗なアホウドリの成鳥で、カメラに持ち替えた瞬間に死角へ入って、そのまま飛び去ってしまったのは残念でしたが、N君がしっかり証拠画像を残してくれました。若者の優れた反射能力にただただ感謝。アホウドリはほぼ毎年観察されますが、ここまで成鳥か限りなくそれに近い個体の出現は初めてのことです。

 沿岸に戻って来る頃には暗雲が広がり、雨もちらつき始めました。雷を見た人もいたそうです。幸い、港から20分程度の距離までだったので、調査の中断も一瞬で、無事終えることができました。下船後は番屋で旬のアキアジ(鮭)を使ったチャンチャン焼きを囲みながら、話に花を咲かせました。このサロン的雰囲気も本調査の魅力の一つだと思っています。今回は旭川、室蘭など遠方からも参加いただきました。参加・協力いただいた皆様、どうもお疲れ様でした。また、今年度の調査は前田一歩園財団からのご支援をいただいており、こちらも合わせて感謝いたします


トウゾクカモメ



確認種:マガモsp. シノリガモ ビロードキンクロ クロガモ シロエリオオハム アビsp. コアホウドリ クロアシアホウドリ アホウドリ フルマカモメ オオミズナギドリ ハイイロミズナギドリ アカアシミズナギドリ ヒメウ カワウ ウミウ ハイイロヒレアシシギ ミツユビカモメ ウミネコ ワシカモメ セグロカモメ オオセグロカモメ ‘タイミレンシス’ オオトウゾクカモメ トウゾクカモメ ウトウ ハシボソガラス ハシブトガラス ハクセキレイ 海獣類:ネズミイルカ


(2015年10月11日   千嶋 淳)

十勝の自然76 コクワ(サルナシ)

2016-01-05 23:05:35 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.
サルナシ 2015年10月 北海道帯広市)


(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年10月7日放送)

 先の週末、帯広郊外の林を植物の専門家の方と一緒に歩きました。素人目には花も終わって寂しい限りの秋の林ですが、乾燥してドライフラワーとなった猛毒のトリカブトを見たり、白い実を付けて地上部で冬を越すフッキソウは実(じつ)は草ではなく木、というのも草というのは地上部が枯れて地中で冬を過ごすからだそう、であることなどを教えていただいたりと、秋ならではの植物の見方を楽しみました。
 それらの中で最も秋らしかったのは、やはり様々な果実です。ヤマブドウの濃い紫やチョウセンゴミシの鮮やかな赤い実を目で、時に舌で愛でながら散策しましたが、一番人気は何と言ってもコクワ。コクワは正式名称をサルナシというマタタビ科のツル植物で、6月末に白い花を咲かせた後、8月末くらいから緑色の、キウィフルーツを無毛にして小さくしたような実をつけます。それが熟れて柔らかくなる今ごろ、キウィに負けずとも劣らない、いや、それ以上の素晴らしい甘味を醸し出すのです。大人も子供も夢中になってツルを手繰り寄せては実を摘み、口に頬張りました。
 このコクワ、人間だけでなく、野生動物の大好物でもあるのです。北海道ではヒグマ、本州ではニホンザルやツキノワグマが好んで食べます。残念ながら見たことないのですが、コクワばかり食べたクマの糞は、キウィのジャムそっくりの見た目をしているそうです。このように、ヒトを含む哺乳類が好む味であること、哺乳類に発達した嗅覚を刺激する甘い臭いを発することなどから、主に哺乳類が実を食べることで種(たね)を分散させて進化を遂げてきたと考えられます。
 生食のほか、ジュース、砂糖漬け、もちろん果実酒にも用います。中札内村では以前、「コクワワイン」なるものを商品化していたそうです。
 朝の冷え込みや冷たい雨を経るごとに色づく秋の林で、果実の恵みに預かる週末なんて、いかがですか?ただ、中には苦いものなどもありますから、詳しい人と一緒の方が良いでしょう。


(2015年10月6日   千嶋 淳)

十勝の自然75 ハジロカイツブリ

2016-01-05 22:57:58 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J
ハジロカイツブリ冬羽 2012年1月 北海道幌泉郡えりも町)


(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年10月6日放送)


 昨日に引き続き鳥の話題ですが、鳥の渡りというのは多くの神秘的なエピソードに満ちているため、お付き合いいただければ幸いです。本日の主役はハジロカイツブリ。潜水して魚を捕らえる水鳥の一種で、北半球北部で広く繁殖し、冬には南下します。十勝では8月末くらいから姿を現し、沼や大きな川で時に大きな群れを作ります。それらが凍る真冬にはさらに南へ渡るほか、一部は港や海岸に残ります。
 最近のアメリカでの研究で、この鳥が渡りの前後で体の中の成分を組みかえているという、驚くべく事実が明らかになりました。秋、南へ渡る前に集まった湖では脂肪を蓄えることで、体重は2倍以上に増加します。渡り鳥が渡り前に脂肪を蓄えることは昔からよく知られていたのですが、この鳥は体を重くするのに必要な大量の食物を素早く処理するため、胃、腸、肝臓といった消化器の大きさをこの時期、2倍もの大きさにします。一方で、飛ぶために必要な筋肉は半減し、飛ぶことはできません。
 渡りが近付くと鳥は絶食を始め、消化器や脚の筋肉を萎縮させます。その代わり、飛ぶのに必要な心臓を大きくすると同時に、飛ぶのに使う筋肉の重さは倍増します。こうして渡り前には大きくなった消化器で大量の脂肪を蓄え、いざ渡りが始まると飛ぶのに必要な心臓と胸の筋肉を増やして、冬を越すための場所まで飛んで行くのです。
 こんな、人間ではとても考えられない肉体改造、いや体内改造と言うべきでしょうか、をどのような生理的メカニズムで毎年行っているかについては、まだわかっていません。生き物の世界は本当に、不思議と驚きに満ちています。


(2015年10月4日   千嶋 淳)