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All Photos by Chishima,J.
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ヒシクイの亜種ヒシクイ(右)と亜種オオヒシクイ 2008年11月 以下すべて 北海道十勝川下流域)
文頭写真中の2羽のガンは、一見すると茶色の体に黒と黄色の嘴で、まったく同じに思えるかもしれない。しかし、よく目を凝らすと右側の個体は左側に比べて嘴が短く、頭の形が丸みを帯びている、首が短めであるなどの特徴を持っていることがわかる。2羽は種としてはどちらもヒシクイなのだが、亜種が異なっており、右側が亜種ヒシクイ、左側のより大型で嘴の長い個体は亜種オオヒシクイである。
日本に冬期渡来するヒシクイの大部分はこの2亜種のどちらかであるが、その識別法や分布、生態などが明らかになったのは1980年代になってからで、それ以前は国内のヒシクイの大半は亜種ヒシクイであるとされていた。しかし、新潟県の越冬地で「ヒシクイ」を観察した「雁を保護する会」のメンバーが疑問を抱き、標本や飼育個体等から2亜種の識別法を確立し、更に分布や生態の研究を進めた。その結果、現在では北陸などの日本海側では亜種オオヒシクイが、宮城などの太平洋側では亜種ヒシクイが主流であり、渡来数の半分以上はオオヒシクイであることがわかっている。
2亜種は渡りルートも異なるようで、十勝地方ではほとんどがオオヒシクイで、亜種ヒシクイはごく少数が見られるに過ぎない。一方、同じ道東でも釧路や網走に行くと亜種ヒシクイばかりだから不思議なものである。十勝では亜種ヒシクイは晩秋の、オオヒシクイが去る頃に若干多いような気がするが、数が少ないのでよくわからない。
早朝のデントコーン畑で(亜種オオヒシクイ・マガン)
2008年10月
左奥の2羽のみマガン。長めの嘴から頭頂部にかけてのラインが一直線であることもオオヒシクイの特徴。
舞い上がる(亜種オオヒシクイ)
2007年11月
オオヒシクイはヒシクイの亜種中でも最大で、体重は5kgを超えることがある。
両亜種の最大の相違点である嘴は採食器官であるため、2者では採餌生態が異なることが予想されるが、実際に宮城県の越冬地では両者間の生態隔離が知られている。亜種ヒシクイが水田など陸上で掘り起こしやついばみによって餌を食べるのに対して、亜種オオヒシクイは沼地で泥や水の中の餌を、長い首を活用してハクチョウ類のように捕っているそうである。十勝では亜種ヒシクイが少ないためか、また開拓によってその大部分が失われた湿地だけでは十分な食料を賄えないためか、オオヒシクイも積極的に陸上の農耕地へ飛来して採餌する。それでも春先などマガンが乾燥した牧草地に多い一方で、オオヒシクイは融雪で冠水したデントコーン畑などで見ることが多く、やはり湿った場所を好む鳥であることを実感させられる。日本の各地に点在するヒシクイの古名には、「オカヒシクイ」や「ヌマタロウ」、「ヤチヒシ」など、両亜種の生態の相違を反映したような名前が残っている。昔の人は現代人よりもしっかり鳥を見ていたのかもしれない。
畑の御馳走(亜種オオヒシクイ・マガン)
2008年10月
収穫の終わった畑に残っていたデントコーンを探り当てたが、その大きさゆえ持て余しているようだった(左の個体)。中央のみマガン。
社会行動?(亜種オオヒシクイ)
2008年11月
数羽が時々、このように首を突き出した前傾姿勢で対峙して鳴きあうことがある。挨拶なのか威嚇なのか?
2亜種の生態の違いは越冬中だけでなく、繁殖上でも存在し、その最たるものは繁殖環境である。亜種ヒシクイはツンドラ(木の生えない永久凍土地帯)で繁殖するのに対し、亜種オオヒシクイはタイガ(北方針葉樹林)を主要な繁殖環境としている。世界のヒシクイ5亜種は、オオヒシクイのような大型で嘴が長くタイガで繁殖する「タイガ型」(3亜種)と、亜種ヒシクイのようにツンドラで繁殖する小型の「ツンドラ型」(2亜種)とに大別されてきた。しかし、最近では一部の鳥類学者はこの2型を別種として扱っている。この場合、オオヒシクイを含むタイガ型3亜種がTaiga Bean-Goose,
Anser fabalis、亜種ヒシクイを含むツンドラ型がTundra Bean-Goose,
Anser serrirostrisということになる。この分類は世界的にはまだまだ少数派なものの、2007年にアメリカ鳥学会(AOU)が採用したことから、今後アメリカ系の出版物ではこの扱いが多くなってくることが予想される。
飛び立ち(亜種オオヒシクイ)
2008年11月
牧草地での採餌を終えた一群が、晩秋の景色の中を休息地の沼に帰って行く。背景には電線や道路も見え、思いのほか人間の近くで暮らしていることがわかる。
標識鳥(亜種ヒシクイ)
2008年11月
首輪の色は種や亜種、放鳥した国などによって異なる。この個体は2003年にロシアのカムチャツカで標識放鳥されたもの。
生態や形態に差異がありながらもパッと見には同じような2つの「ヒシクイ」が別種なのかそうでないのか、分類学者でない私には皆目見当も付かないが、どのような扱いであれ、目に見える形や行動の違いに注目することは、日々の鳥見に知的好奇心というスパイスを与えてくれるだろう。
ヒシクイのいる風景
2008年3月
早春の夕刻、まだ厚い氷の残る沼で
オオハクチョウと共に羽を休める。
2008年11月
海に面したこの沼に群れが入るようになると、南への渡去も近い。
(2008年11月16日 千嶋 淳)