All Photos by Chishima,J.
(貝か石をくわえて飛び上がるハシボソガラス 以下最後の1枚を除き 2007年11月 北海道中川郡豊頃町)
川面を吹き抜けてきた風が一気に海へ出るべく加速し、冷たく頬を突き刺す。河口にはいつものようにカモメ類の大群が集結しているが、先月まで群の大半を占めていたセグロカモメやウミネコは概ね姿を消し、寒波と共に数を増してきたカモメが主流となっている。純白のシロカモメも最近目立ってきた。今日はそれらにくわえてトビやカラス類の姿もずいぶんと多い。魚の死体でも打ち上がったのだろうか?
シロカモメの幼鳥
背後の2羽はオオセグロカモメ。
1羽のハシボソガラスが、何か大きな物をくわえているので双眼鏡の視野に入れると、それは餌ではなくペットボトル‐壮○○茶の500mlのもの‐だった。カラスはそれをくわえて飛び上がり、数mの高さから地上に落とすことを繰り返していた。「何ワケのわからないことを…」と思ったがこちらも暇なもんで付き合って眺めていたところ、数分後、地面に落としたペットボトルを砂に突き刺して立てた。ペットボトルが立ったことで満足したのか、カラスはそのまま歩き去ってしまった。
ペットボトルをめぐる一連の行動(ハシボソガラス)
くわえて
地上に落とす
砂に立てて歩き去った
しばらく後、ハシボソガラスが、先程より高く舞い上がってやはり何かを落とすことを繰り返しているのに気付いた(同じ個体であるかは不明)。今度は二枚貝か石のようだ。ハシボソガラスが貝をコンクリート上に落としたり、車道に落として車に轢かせることによって殻を割って捕食するのはよく観察されるが、一帯は柔らかい砂地で、何度繰り返しても食べる素振りを示さないところから、実用的な行動ではなさそうである。程無くして地上に降りたそのカラスの隣に、2羽のカラス(やはりハシボソ)が集まって来た。3羽の間にどんな会話があったのか、人間の私にはわからない。ただ、元からいた1羽はその場所を明け渡すように横に退き、後から来た内の1羽が「物」をくわえて飛び上がった。すると、元からいた個体は歩いてその場所を離れた。新参者は同じことを繰り返そうとしたが、性や齢の違いかあるいは個体差で最初の個体より嘴が小さいか、嘴の使い方が下手で「物」を上手くくわえることができず、非常に苦労してくわえ落とすこと数回で、この行動を止めてしまった。
貝か石をめぐる一連の行動(ハシボソガラス)
冒頭の写真は、この最初の部分。
飛び上がって「物」を落下させる
主役交代?最初にこの行動を示した個体は右側で様子を見守っている。
しかし、新参者には「物」は大きすぎたようで、くわえるのに苦労している。
ハシボソガラスの「遊び」の多様さに関心すると同時に、行動というのはあのように先駆者がいて、それを模倣する個体がいて集団中に伝播してゆくのだろうなどと考えながら、カモメ類の観察に戻った。休息、水浴び、羽づくろい…、カモメたちの行動は様々だが、1羽のオオセグロカモメの若鳥が木片をくわえては海に落としている姿に釘付けになった。貝(?)と木片、また砂地と海上という違いはあるものの、先程のハシボソガラスと同じことをしている。これを何回か繰り返し、特に実りのないことに失望したのか木片は海上に捨てられ、それを餌と勘違いした別の個体が持ち去って、この場面は幕を閉じた。
木片をめぐる行動(オオセグロカモメ・若鳥)
海に落として
それをまた拾い上げる
オオセグロカモメとハシボソガラスの類似した行動の因果関係は不明だが、主観的な解釈をすると、ハシボソガラスの遊びを日常的に目にしていたオオセグロカモメがそれを真似してみたものの、カラスほど遊びに魅力を感じずに飽きてしまったという印象を受けた。行動の同種間伝播と、異種への伝播を同時に目の当たりにした思いがした。
それにしても、ハシボソガラスは実用面でも遊び面でもとても鳥類離れした行動を披瀝するが、ハシブトガラスではそうした行動をあまり見ない気がする。昔から人里近くで暮らしてきたハシボソガラスならではの「人間臭さ」だろうか。こう書くと「現在都会にいるカラスの大部分はハシブトではないか」と反論されそうだが、ハシブトガラスはJungle Crow という英名の示すように元来は森林や高山に住むカラスであり、都会への進出はビル群を樹林に見立てての、種の歴史の中ではごく最近の出来事である。それに対して、農耕地や原野を主な住処とするハシボソガラスは、長年にわたって人類の傍らで生きてきた結果、人を利用したり模倣したりする術が身に付いたように思えるのである。
ハシボソガラス(右)とハシブトガラス
2007年11月 北海道中川郡幕別町
互いによく似た、旧北区系の前者と東洋区系の後者が同所的に暮らしている日本は、面白い場所だと思う。
(2007年11月30日 千嶋 淳)