鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

探鳥地としてのモンゴル

2013-11-30 18:55:12 | 
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All Photos by Chishima,J.
草原の中のアネハヅルウマ 以下すべて 2013年6月 モンゴル国)

NPO法人日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより181号」(2013年8月発行)掲載の「探鳥地としてのモンゴル‐速報」を加筆修正、写真追加して転載)

 人の縁というのは実に不思議且つありがたいもので、モンゴルと聞いてもチンギス・ハーン、遊牧、ゴビ砂漠、ノモンハン事件、スーホの白い馬…といったごく一般的なキーワード程度しか連想できなかった私が、彼の国へ8日間の鳥を見る旅に行くことができた。帰国から2ヶ月が経ったものの、日々の暮らしにかまけて写真やメモの整理もほとんど手つかずのままでいるため詳細な紀行は次号以降に譲り、ごく簡単に旅を振り返ることで探鳥地としてのモンゴルの魅力を速報的に紹介したい。本文に先立ち、この素敵な旅のきっかけを作っていただいたKさん、同じく貴重な機会の世話人だけでなく現地でもお世話いただいたモンゴル在住のKZさんご夫妻、旅のプラン作りや資料提供にご尽力いただいたモンゴル国立大学の鳥類学者ゴンボバータルさん、現地をガイドして下さったチンギス・ハーン国際空港の鳥類学者オドフーさんに厚く御礼申し上げます。

 国内移動も含めた全旅程は6月11~20日の10日間。19日は成田到着後、羽田から帯広へ飛ぶ予定だったが飛行機の遅れのため間に合わず、東京に泊まった。ただ、空港で調べてもらったところ、札幌(南千歳)便に振り替えてJRで移動すれば19日中に帯広へ帰ることは可能であった。成田からの直行便は14時半頃の離陸なので帯広からの当日移動は時間的に不安だが、前日の最終便で東京入りしていれば問題ないので実質8日間の休みで今回のコースを訪れることはできる。モンゴルの首都ウランバートルへは、成田から直行便で5時間。14時40分に飛び立てば、時差が1時間の現地には夕方着くことができる、はずだったが12日は飛行機が遅れに遅れ、21時ごろようやく離陸、ウランバートル到着は現地時間でも13日1時と深夜だった。
 翌13日朝から鳥見を始め、前半の4日間はウランバートルから西に300kmの距離にあるウギノール(ウギー湖)まで往復した。このエリアは湖沼や集落を除くと丈の低い乾燥した草原のステップが広がっている。地形はなだらかで所々の岩山とともにどこまでも広がる大平原の広漠さは、日々十勝・道東の景色に接している私にとっても十分雄大なものであった。ステップにはコウテンシ、ハマヒバリ、コヒバリといったヒバリ類が多く、ハシグロヒタキやモウコユキスズメ等も見られた。また、ネズミ類やタルバガン(モンゴルマーモット)、オナガホッキョクジリスといった小型哺乳類や昆虫がたいへん多く、そのため猛禽類(オオノスリ、イヌワシ、ソウゲンワシ、ワキスジハヤブサ(セーカー)、ヒメチョウゲンボウ、チゴハヤブサ等)の影が日本では信じられないくらい濃かった。中でも再導入に成功したモウコノウマ(タヒ)で有名なホスタイ国立公園は、哺乳類と猛禽類の密度が高くて驚いた。それらとは別に家畜の放牧がさかんな場所ではクロハゲワシが見られ、1羽だけだがヒマラヤハゲワシもいた。バヤンノールとウギノール(ウギー湖)の2つの大きな湖は水鳥の楽園で、アカツクシガモやアカハシハジロ、インドガン、ソリハシセイタカシギといった日本での珍鳥が惜しげなく現れ、繁殖地で見るタゲリやセイタカシギも新鮮であった。湖岸や周辺の叢林にはツメナガセキレイやシベリアジュリン、ヒゲガラ等の小鳥類やアネハヅル、クロヅルといったツル類が見られた。アネハヅルは草原から水辺、乾燥地帯まで様々な環境に生息し、ほぼどこに行っても見ることができた。バヤンノールではマナヅルやシベリアオオハシシギ、ウギノールでは希少種のキバラウミワシやガイドも興奮したハイイロペリカン、そして数千羽のサカツラガンやインドガンの群れと出会えたことが中でも強く印象に残っている。


どこまでも続くステップと青い空
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コウテンシ
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クロハゲワシ
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飛び立つ種々の水鳥
ウギノールにて。サカツラガンツクシガモアカツクシガモタゲリカモメモンゴルセグロカモメ の姿が見える。
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 16日夕方、後に雹となった激しい雷雨の中、いったんウランバートルに戻り、翌日から仕事のKZ夫妻としばし別れ、テレルジへ向かった。テレルジは首都の北東70km程度に位置するなだらかな山岳・丘陵地帯で、針葉樹林や草原が広がり、網の目のように複雑に流れる川の周りには広葉樹の河畔林も広がっている。森林ではツツドリやカッコウ、ヒガラ、ハシブトガラ、ビンズイ等が囀り、まるで北海道にいるような気分になる。しかし、聞き知らぬ声の主を丁寧に探すとアカマシコ、シラガホオジロ、キマユムシクイ、カラフトムシクイ、シロビタイジョウビタキ…と日本ではなかなか出会えない珍鳥だったりする。前半には出会わなかった鳥たちが次々に現れ、植生が変われば鳥相も変わる見本みたいなものである。集落周辺ではコクマルガラスやベニハシガラス、カササギ、イエスズメ、イナバヒタキ等が多く、これは前半の地域でもほぼ同様であるが、ここではニシイワツバメも見られた。テレルジには2泊して、18日の午後早めにウランバートルへ戻った。天気が良すぎて日中、小鳥の動きが止まってしまったので、首都で自然史博物館を見学しようと思ってのことたがあいにく改装中(?)で閉館していた。買い物や荷物整理の後、KZさんらとビアホールで乾いた喉を潤し、翌19日、2時間遅れでチンギス・ハーン国際空港を離陸したミアット・モンゴル航空の飛行機で帰国した。


テレルジの丘陵と針葉樹林
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ニシイワツバメ
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 日本人バーダーにとってのモンゴルの魅力として、日本での珍鳥・迷鳥が簡単に見られる点が挙げられる。既出の種類以外にもヤツガシラ、ハジロクロハラアジサシ、ノドアカツグミ、ルリガラ…と、「所変われば品変わる」を実感できるだろう。もちろん、ヤマウズラやヒメクマタカ、シベリアオウギセッカ等、日本にはいない鳥種も観察できるし、南ゴビや国の西部に行けばより中央アジアに近い鳥相を示すようになり、日本に生息しない鳥の割合も増えるはずだ。ただ、生物地理区的には同じ旧北区に属するため目や科レベルで激しく鳥類相が変わることはないので、海外探鳥初心者にも比較的馴染みやすいだろう。オオハクチョウやタゲリ、ジョウビタキといった日本での冬鳥の繁殖地での姿を観察できることや、ハクセキレイやツバメ、シジュウカラ等では普通種でも亜種や地域個体群の違いによる形態の違いがあることも嬉しい。


ルリガラ
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ハシグロヒタキ
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 旅の生活についても軽く触れておこう。宿泊はウランバートル(2泊)とウギノールへの途中の町ダシンチリンではホテルで、それ以外はツーリストキャンプだった。首都のホテルは主に外国人向けで部屋は日本かそれ以上に豪華で、フロントでは日本語や英語も通じる。ダシンチリンのはモンゴル人向けと思われ、シャワーは海の家レベルのものが共用であるだけで英語も通じないが、客室の装備や清潔感に問題は無かった。ツーリストキャンプでは伝統的な天幕であるゲルに泊まる。とはいえ観光客用なのでゲル内は清潔なベッドはじめストーブやポットもあり、快適に滞在できた。これらのキャンプでは発電機で電気を供給しているため、夜間には電気は止まる。また、ゲルまで電気が来ていない場合はセンターハウスで充電等させてもらうことになるが、今回訪れた場所ではいずれも快く応じてもらえた。食事は朝夕はキャンプ、昼は弁当のことが多かった。ディナーは基本的に羊や牛の肉料理で炒め物や揚げ餃子、包子、炒麺等がメインで、サラダやライス、パンが付くことが多かった。どれも美味だが肉料理や油っぽいものが苦手な人は日本からカップものや缶詰を持って行った方が良いかもしれない。生水は飲めないので、ミネラルウォーターを何本か常備しておく必要がある。今回はガイドの方が用意しておいてくれたほか、キャンプでも購入できた(ちなみにキャンプでは缶ビールも買える)。移動はオドフーさんの運転する4WD車で、乗り心地は快適であった。今回は当初、家族も同行する予定だったので、舗装道路を中心にルートを選んでくれたが、幹線道路といえど所々穴が開いているし、そこから外れた未舗装道路の揺れと砂塵は日本人には少々辛いかもしれない。


テレルジのツーリストキャンプ
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 今回の訪問でモンゴルが日本人バーダーにとっても非常に魅力的な場所であり、現地で受け入れ可能な体制も確立できていることは確認できたので、十勝支部からのツアーを是非実現させたい。ルートは今回と同様でも良し、日程や見たい鳥に応じて変化させても良いだろう。例えば、後半のテレルジは日本、特に北海道との共通種が多いので、ここを南ゴビの砂漠地帯に振り替える等だ、ただし、その場合、日程と費用が更に必要になる可能性がある。長期の休みが取りづらい人が多いなら極端な話、前半のウギノールまでの往復だけでも訪れる価値は十分にあると思う。どこまでも続くステップの景観にくわえて数多の猛禽類や大陸系水鳥との出会いは、日本ではまず体験できないものだから。


アカツクシガモ
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<確認種リスト(暫定版)>
ヤマウズラ ウズラ サカツラガン ハイイロガン インドガン オオハクチョウ アカツクシガモ ツクシガモ オカヨシガモ ヒドリガモ マガモ ハシビロガモ オナガガモ シマアジ コガモ アカハシハジロ ホシハジロ キンクロハジロ ウミアイサ カンムリカイツブリ アオサギ ハイイロペリカン カワウ ヒメチョウゲンボウ アカアシチョウゲンボウ チゴハヤブサ ワキスジハヤブサ(セーカー) ハチクマ トビ キガシラウミワシ オジロワシ ヒマラヤハゲワシ クロハゲワシ チュウヒ ハイイロチュウヒ オオノスリ イヌワシ ヒメクマタカ クイナ オオバン マナヅル アネハヅル クロヅル セイタカシギ ソリハシセイタカシギ タゲリ コチドリ シベリアオオハシシギ ダイシャクシギ アカアシシギ コアオアシシギ クサシギ タカブシギ イソシギ カモメ モンゴルセグロカモメ ユリカモメ アジサシ クロハラアジサシ ハジロクロハラアジサシ カワラバト(ドバト) カッコウ ツツドリ フクロウ コキンメフクロウ アマツバメ ヤツガシラ オオアカゲラ ヤマゲラ アカモズ カササギ ホシガラス ベニハシガラス コクマルガラス ハシボソガラス ワタリガラス シジュウカラ ハシブトガラ コガラ ヒガラ ルリガラ ツバメ ニシイワツバメ エナガ コウテンシ ヒメコウテンシ コヒバリ アジアコヒバリ ヒバリ ハマヒバリ シベリアオウギセッカ シベリアセンニュウ オオヨシキリ カラフトムシクイ キマユムシクイ コムシクイ コノドジロムシクイ ヒゲガラ ゴジュウカラ トラツグミ ノドアカツグミ ノゴマ シロビタイジョウビタキ ジョウビタキ ハシグロヒタキ セグロサバクヒタキ イナバヒタキ イエスズメ スズメ イワスズメ モウコユキスズメ ハクセキレイ キガシラセキレイ ツメナガセキレイ キセキレイ マミジロタヒバリ ビンズイ マヒワ アカマシコ シメ シラガホオジロ ホオジロ アオジ シベリアジュリン オオジュリン (配列は「Mongolian Red List of Birds」による)


ソウゲンワシ
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(2013年8月   千嶋 淳)


沖縄本島での7日間~やんばるエコツアー+αな日々(後編)

2009-05-02 10:47:08 | 
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All Photos by Chishima,J.
ヒカンザクラの花にやって来たメジロ(亜種リュウキュウメジロ) 2009年1月 沖縄県国頭郡国頭村)


(文章は、日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより」166号(2009年4月発行)より転載、一部加筆・修正前編中編

1月24日:午前6時半、早朝探鳥会へ。冬の沖縄の朝は遅く、まだ真っ暗である。やんばるの森へ向かう道中、空が白んでくる。ヤンバルクイナが見れそうな場所を中心に数か所を回ったが、どこへ行ってもバスを降りると頗る寒い。凍えるほどだ。最初はオーバーな格好に見えたOさんの、十勝と同じ緑のダウンコートが、実は一番の勝者であった。ヤンバルクイナは一部の人が一瞬見ただけだったが、シロハラクイナやリュウキュウハシブトガラス(この固有亜種のカラスは、中・南部では非常に見づらい)を堪能した。一旦宿に戻り、泡盛片手の朝食後、再度やんばるの森へ。相変わらず寒い。それでもメジロ(亜種リュウキュウメジロ)やヒヨドリ(亜種リュウキュウヒヨドリ)が、ヒカンザクラの濃いピンク色の花に群がっているのを見ると、あぁ此処は南国なのだなと実感する。
ハシブトガラス(亜種リュウキュウハシブトガラス)
2009年1月 沖縄県国頭郡金武町
九州以北の亜種に比べると、かなり小型である。八重山諸島の亜種オサハシブトガラスは、更に小さい。同一種内の亜種は北に行くほど大型化するという、ベルクマンの法則に合致する。
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 やんばるの林道は立派だ。これは褒めているのではない。林道の規模を遥かに超えて、舗装・拡幅されている。この国はどこかで金の使い道を誤ってしまったようだ、だからこそ、今回のような大人数のバスツアーでもアプローチできるのは皮肉な話である。昼食は、大宜味村で香友会会員の金城笑子さんが営む「笑味の店」で、伝統的な地元の食材をアレンジした「長寿膳」を頂く。金城さんから料理の説明を受けながら、地元のシークワーサーを随所に生かした料理の数々に、大きな御膳も瞬時に参加者の胃に収まっていく。午後は芭蕉布の里として名高い喜如嘉を訪れる。イグサなどの湿田が広がる、どこか懐かしい感じのする田園地帯だ。今回のもう一人のガイドである、野鳥の会本部の安西英明さんがリュウキュウヨシゴイを見つけ、皆で観察する。安西さんはどこでもいち早く鳥を発見し、それをただ見せるだけではなく、ユニークなトークで生態系やその保護にまで熱く語られ、一同は安西ワールドに惹き付けられた。喜如嘉の後は、久高さん方の活動の拠点となっている、「やんばる学びの森」に移動。樹冠部がブロッコリーのように広がる照葉樹林の中に設置されたトレイルを歩きながら、森やそれを取り巻く活動についてレクチャーを受ける。ここでは、姿こそ見れなかったものの、ヤンバルクイナやノグチゲラ、アカヒゲの声を間近に聞くことができた。
 日没を迎え宿に戻り、昨夜と同じく居酒屋「シーサーズ」へ。ここの料理は本当に美味しい。当然酒も進むが適当なところで切り上げる。今晩は、森へのナイトツアーが待っているのだ。森では久高さんが事前に見つけておいてくれた、樹上で休むヤンバルクイナを見に行った。驚かさないため、2班にわけて見学に行ったところ、先発部隊はしっかり見れたようだが、僕の加わった後発隊では、木から下りる後姿を一瞬見られただけだった。こればかりは野生の生き物を対象としている以上仕方無い。一度に大勢が見に行って、塒を放棄されるより余程良い。何しろまた行くための、口実ができたではないか。宿に戻ったら近所の寿司屋へ繰り出そうかなどと、一部飲兵衛の間で囁いていたのだが既に閉まっており、おとなしく眠りに就いた。


「長寿膳」の解説をされる金城さん
2009年1月 沖縄県国頭郡大宜味村
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イグサ畑の中のリュウキュウヨシゴイ(メス)
2009年1月 沖縄県国頭郡大宜味村
国内では南西諸島だけに生息する本種は、広く東南アジア方面まで分布する。このような分布パターンは、ムラサキサギ、リュウキュウツバメ、キンバト、シロハラクイナなどにも共通する。
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やんばるの照葉樹林
2009年1月 沖縄県国頭郡国頭村
イタジイを中心とする亜熱帯照葉樹林。
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1月25日:泡盛を片手に朝食(ごく一部のメンバーだけです、念のため)後、ホテル発。途中、許田の道の駅で土産を買ったりして、東シナ海を右手に見ながら国道58号線を南下する。午前9時過ぎ、金武に到着。相変わらず鳥が多く、見ていて飽きることが無い。続いて目指すは、那覇市の漫湖干潟。ここはペリー提督が来航した時代にはたいそう風光明媚な土地だったらしいが、現在では住宅地やビル街に囲まれ、何本もの橋が湖面を横断している。まず環境省の水鳥・湿地センターを見学し、標本や展示、映像等を通して干潟について学んだ。次いで干潟に出る道を歩き、マングローブや干潟を間近で体験すると同時に、ズグロカモメ、ダイシャクシギ等を観察できた。Iさんの友人の方(沖縄在住)に、御自身で作っているというサトウキビを頂き、移動のバスの中で齧ってみる。確かに甘い。そうしているうちに次の目的地、那覇の「てんtoてん」に到着していた。この、沖縄らしい入り組んだ住宅地の中にあるお店で昼食。木灰すば(沖縄そば)、古代米おにぎり、田イモを使った料理など、そのどれもが美味しかった。当然ビールも進む。食事後は今回の目玉の一つ、沖縄に古くから伝わるものの近年は途絶えていたという、ブクブクー茶の登場。香友会沖縄支部長の安次富順子さんに立てていただいたお茶を賞味する。相次ぐ豪華メニューにしばし時を忘れ、しかし飛行機の時間は着実に迫っており、クロツラヘラサギの観察は諦めて空港へ急ぐ。この辺りから、ようやく馴染んできた沖縄を離れる寂しさと、鞄に残っていた泡盛の処理を兼ねて飲み続け記憶が曖昧であり、これ以上詳述できないのが残念である。何はともあれ無事帯広に戻って解散し、ツアー前を含めると一週間の旅程は終了した。


ズグロカモメ(冬羽)
2009年1月 沖縄県豊見城市
九州や沖縄では干潟や河口で普通に見られる本種も、世界的には東アジアに数千羽が生息するだけの希少種。
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ブクブクー茶
2009年1月 沖縄県那覇市
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 ツアーへの参加は、費用の問題もあって直前までかなり悩んだが、やはり参加して良かった。「2泊3日で10万円は高いのでは」と言う人もいた。確かに、個人旅行で行けばツアーよりはかなり安く抑えられるだろう。しかし、今振り返ってみると久高さんや安西さんのような、長年地元で活動されてきた方にしかできないガイドを受けれたこと、長寿膳やブクブクー茶といった伝統食に出会えたことなど、個人旅行ではできえぬ経験をできて、参加費はむしろ安かったくらいではないかとさえ思っている。こうして文章を綴っていたら、琉球での濃密な日々が脳裏を過り、感傷的な気分になってきた。泡盛はまだ残ってたかなぁ…、ロックで一杯飲ろうかなぁ、遠くない再訪を夢見ながら。


鳥見に興じる参加者たち
2009年1月 沖縄県国頭郡国頭村
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(完)


(2009年4月10日   千嶋 淳)


沖縄本島での7日間~やんばるエコツアー+αな日々(中編)

2009-05-01 14:27:37 | 
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All Photos by Chishima,J.
アミハラ(シマキンパラ) 2009年1月 沖縄県普天間市)


(文章は、日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより」166号(2009年4月発行)より転載、一部加筆・修正)

(前編はこちら


1月22日:夕方那覇に到着するTさんを迎えに行くため、途中にある普天間市の大山田イモ畑で探鳥。この日は朝から晴れ、気温も上がり、25℃近くまで達したらしい。そのため、寒冷地仕様になっていた僕の体は、すっかり参ってしまった。セッカが賑やかに囀り、足元からはタカブシギやヒバリシギが飛び出すのだが一向に調子が出ない。とうとう田んぼの一画にへたり込んでしまった。そんな僕の周りで、帰化鳥のアミハラ(シマキンパラ)が、採餌や水浴びに勤しんでいる。大学時代、図鑑にも載っていなかったこの小鳥を一世一代の珍鳥と思い込み、安くはないリバーサルフィルムを随分投入したことを、懐かしく思い出す。付近の普天間基地から飛来する米軍のヘリコプターに白昼夢を破られ、流石にいつまでもへたっている訳にもいかず、那覇を目指す。

 カーラジオは、ホエールウオッチングをしきりに宣伝している。かなりの高確率で出会え、遭遇できなかった時には次回乗船が無料でできるとの話。ウオッチング対象は、座間味沖にこの時期回遊して来るザトウクジラ。北海道ではそうそう出会える種類ではないし、大きいだけにブリーチングは豪快なので、出会えれば一生の思い出となることは間違いない。今後のツアーの行程に組み込んでも良いかもしれない。ただ、それらのツアーは本島から日帰りで行くものであり、エコツアーの理念を考えれば、島に宿泊してそこから見に行くのが本筋かもしれない。
空港でTさんと合流し、ますは三角池を再訪した。アボセット(ソリハシセイタカシギ)を観察しておこうという魂胆だ。此処にはやや遅れて、空港でお会いしていたIさんも到着され、十勝支部としての最初の観察会といえるものになった。しかし、我々は途中で辞さねばならなかった。北部の名護まで移動し、F夫妻と飲むことになっていたからである。F夫妻はともに畜大ゼニ研(ゼニガタアザラシ研究グループ)出身で、かつて調査の苦楽を共にした仲間。久しぶりの再会となったのだが、嬉しいことにその間、彼らは2人から3人になっていた。1歳少々ながらオヤジによく似た顔つきの男児を眺めつつの宴は、日にちが変わり僕が半ば意識を失うまで続いた。泡盛のボトルは2本目に突入していた。


ウグイス(亜種不明)
2009年1月 沖縄県沖縄市
沖縄本島に生息するウグイスは、長らく亜種リュウキュウウグイスとされてきたが、近年の研究ではリュウキュウウグイスは越冬個体群で、繁殖しているものは、絶滅したダイトウウグイスと同じ亜種である可能性が示唆されている。
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オリオンビール
この三つ星のジョッキを、何度掲げたことだろう…
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1月23日:名護からやんばる方面を目指す。前日へたり込んだほどの暑さが嘘の様に寒い。途中、幾つかの林道に踏み込むもとにかく寒く、生き物の気配が希薄である。しかも、時折本格的な雨がちらつく絶望的な状況。こうなったら下手に野外でじたばたするよりも、この地域にある博物館や生き物に関する施設を見学しようという結論に至り、実践に移す。環境省のやんばる野生生物保護センターを皮切りに、国頭村安田地区のヤンバルクイナシェルターの実況施設、東村にある「山と水の生活博物館」等を見学。東村の博物館にはジュゴンの全身骨格標本があり、屋外ではリュウキュウイノシシの生体が飼育されているなど、哺乳類好きにとっては堪らない内容となっている。この後訪れた本部町立博物館では、1970年に尖閣諸島で捕獲されたワタリアホウドリの、2羽の内の1羽が待っていた。標本が収蔵されているという情報はあったのだが、それが公開されているのか否か、まったくわからない状態での「突撃」だった。結果、1羽の本剥製が何の惜しげもなく展示されていた。他にもコグンカンドリやカイツブリの淡色個体等の標本が、訪れる人も無い展示室の中にぽつねんと陣取っていた。ここに限らず日本の博物館、特に地方のそれは、自らが持っている標本の価値を十分生かし切れていなすぎると思う。
 17時過ぎ、名護市内でレンタカーを返却し、合流地点の許田・道の駅へ。M氏からの電話では空港到着後、アボセットを観察して到着にはまだ時間がかかるとのこと。道の駅にはどうしたことか、酒販売コーナーだけでなく鮮魚店まである。沖縄の遅い夕暮れに感謝しながら、ビールと泡盛で鮪刺を平らげたのは、当然のことと言わねばなるまい。18時頃、無事ツアー本隊と合流。総勢20人以上となったバスは、国道58号線を一路北進する。国頭村辺土名に位置する「ホテルみやしろ」に着く頃には、陽もとっぷりと暮れていた。玄関には「歓迎 日本野鳥の会十勝支部御一行様」の張り紙。このレトロな感じのホテルは、4階まで階段しか無かったり(しばしばアルコールを体に循環させるのに役立ってくれた)、風呂の水が出なかったり不便な点もあったが、それでも本土資本のリゾートホテルに金を落とすよりはここを拠点にして良かったと思う。荷物を放り込み、一同は近所の居酒屋「シーサーズ」に繰り出す。オリオンビールやシークワーサージュースで高々と乾杯した後は、お任せで出して貰ったラフテー(豚の角煮)やグルクン(魚)の唐揚げ、ソーミンチャンプルーなどの沖縄料理に舌鼓を打ちながら、恒例の自己紹介で盛り上がる。ホテルに戻り、今回のガイドで野鳥の会やんばる支部副支部長・写真家の久高将和さんのスライドショー。数々の美しい写真とともに、独自の視点でやんばるの自然が抱える問題点や、地域の文化にまで踏み込んでゆく氏のトークは、個人的には今回のツアーの、一番のハイライトであった。通りすがりの旅人では、決して知ることのできない情報や見ることのできない視点、何よりも豊富な経験や知識に裏打ちされた話を、翌日以降の現地案内も含めて聞くことができるのは、このツアーの何よりの魅力ではないだろうか。


ヤンバルクイナへの注意を呼びかける看板
2009年1月 沖縄県国頭郡国頭村
その少ない生息数に反して、輪禍に巻き込まれるヤンバルクイナは後を絶たない。
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ワタリアホウドリの標本
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ホテルにて
2009年1月 沖縄県国頭郡国頭村
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久高将和氏のスライドショー
2009年1月 沖縄県国頭郡国頭村
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(続く)


(2009年4月10日   千嶋 淳)


沖縄本島での7日間~やんばるエコツアー+αな日々(前編)

2009-04-29 21:19:38 | 
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All Photos by Chishima,J.
ソリハシセイタカシギ 2009年1月 沖縄県豊見城市)


(文章は、日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより」166号(2009年4月発行)より転載、一部加筆・修正)


 やんばるツアーへの参加を決め、折角の機会なのでフリーという立場を利用して、早めに現地入りすることにした。本来ならこの期間に、石垣島をはじめ八重山の島々を回りたかった。都会や米軍、自衛隊といった喧騒に曝されずに「島の時間」を満喫でき、なおかつカンムリワシやムラサキサギ等ご当地の鳥も楽しめるからだ。しかし、この計画はあえなく潰えた。那覇から石垣へのフェリーが、先年をもって廃止されていたのである。夜那覇を出港し、朝石垣に着く船便は、安く移動できる上宿代の節約にもなって、僕のような貧乏旅人は大いに重宝したのだが。飛行機での短期訪問ができるほど懐に余裕は無い。こうなったら沖縄本島をできる範囲で楽しもう。とりあえず、ツアーと合流する日までのレンタカーの手配だけして、あとは宿もろくに予約せぬままの、いい加減な旅立ちであった。
1月19日:朝起きると十勝は大雪だった。荷造りもそこそこに、妻に空港まで送ってもらう。カウンターで確認すると、帯広空港の除雪待ちで飛行機の到着は遅れるものの、運航とのことで胸を撫で下ろす。結果、45分遅れでの離陸。羽田から予定していた便には間に合わないが、事情が事情なので次便に変更してもらい、16時過ぎには無事那覇に到着した。この間、大の飛行機嫌いの僕は、少しでも恐怖心を和らげようと呑み続けていたので、到着時にはかなり酩酊していた。空港から市内までモノレールで移動。以前は時間通りに来ることの無いバスか、タクシーしか無かったため、必然的にタクシーになってしまったものだ。ホテルに荷物を放り込み、牧志界隈に繰り出す。まずは公設市場へ。この、あまりにも有名な市場は観光化されている印象は否めないが、それでも所狭しと並べられた豚の面の皮や、青や赤だの原色の魚を眺めていると、あぁ己は沖縄・那覇にいるんだなぁとの実感に捉われる。市場の2階は食堂。刺身盛り合わせにオリオンビールを注文。刺盛にサーモンが入っていたのには閉口した。もっとも、その後ツアーで立ち寄った、ある道の駅では「北海道産ホッケ」を大々的に売っていたから、こうした傾向はここだけではないのだろう。国際通りの泡盛屋さんで試飲させてもらう。適当なコメントを付しながら、最後は一本一万円以上する古酒まで飲ませてもらった。泡盛屋のお兄さん、あの時僕が発した「また一週間後に来て、その時買います」という言葉は、決して出まかせではなかったのですよ。予定変更が重なって、再訪できなくなってしまったんです。この後更に、宿近くの居酒屋で地魚の刺身とともに泡盛を、ボトルで頼んだ気がするが、この辺になると、記憶が不鮮明で詳述できないのが残念である。


イソヒヨドリ(オス)
2009年1月 沖縄県豊見城市
海岸をはじめ、市街地や公園など平地の開けた環境でもっとも普通に見られる小鳥の一種。熱い太陽の照らす、エメラルドグリーンの海を背にこの鳥の朗らかな歌声を聴くと、南国情緒満点だ。
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1月20日:おもろまちの沖縄DFSで、レンタカーを借りる。ここはレンタカーの手続きと配車の場所がかなり遠く、しかも互いの場所がわかりづらく、非常に不便を感じた。何とか車を借りた後は那覇市内を横断し、最初の目的地である三角池を目指す。那覇市内の交通マナーは酷い。ウインカーを出さずに車線変更など普通である。しかし、人間の適応力というのは実に恐ろしいもので、数日後には僕自身がこのような運転をしていた。三角池は道路に囲まれた、ホントに小さな調整池。それでも、水辺が貴重な本島南部では、水鳥の楽園となっている。到着すると早速30羽ほどのセイタカシギの群れが出迎えてくれる。その中に異様に白いのが1羽。双眼鏡を当てると嘴が上に反っている。ソリハシセイタカシギではないか!思わぬ珍客に気を良くし、その後廻った南部の干潟や河口でも、クロツラヘラサギやハジロコチドリといった顔ぶれに出会え、初日から満足の行く鳥果となった。この日の泊まりは中部のうるま市。午後には移動を開始し、途中沖縄市の総合運動公園に立ち寄った。ここの海側は、埋め立て問題で名高い泡瀬干潟。埋め立て箇所は鉄条網で囲まれ、出入り口には厳重なまでの警備員。沖縄本島の海岸では、何ヵ所もでこのような光景を見て来た。開発問題云々の以前に、関係者以外の立ち入りを何としてでも拒否しようというこのような姿勢は、見ていて悲しくなる。それはそうと、この公園では比屋根干潟で水辺の鳥を、公園内で小鳥類を多く見ることができるので、探鳥地としてはお勧めである。日没まで園内をほっつき歩き、うるま市のゲストハウス(旅人向けの安宿)へ。宿のオジィと泡盛を傾けながら、いつの間にか話は泡瀬干潟にも及ぶ。彼曰く、「人間に計り知れない恵みを与えてくれる海を、どうしてそうまで埋め立てるのか」。こうした意見の人と、これまで数多く会って来た。それなのに一向に埋め立てが止まらないのは何故だろう…。


シロガシラ
2009年1月 沖縄県糸満市
八重山諸島には自然分布するが、沖縄本島の個体群はおそらく人為的に導入されたものが、南部で1976年頃より増え始め、現在はかなり北部まで分布を広げている。
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キジバト(亜種リュウキュウキジバト)
2009年1月 沖縄県沖縄市
キジバトやシジュウカラ、ハシブトガラスなど見慣れた鳥の、亜種が異なるのも沖縄での鳥見の楽しみである。「リュウキュウ」や「オキナワ」が付く亜種の多くは、このキジバトのように、九州以北のものより濃色だ。
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泡瀬干潟
2009年1月 沖縄県沖縄市
此処だけでなく、多くの海岸や干潟が埋め立てや開発の危機に曝され、そして失われて来た。
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1月21日:朝から金武町の億首川河口周辺で鳥見。ここはツアーの最終日にも訪れたが、河口にはマングローブと干潟、周辺には田イモ畑や水田が広がり、水辺の鳥が大変多い場所である。それに加えて、鳥との距離が極めて近いのが魅力で、この日もシギ・チドリ類をはじめ、サギ類やクイナ類、セキレイ類などを、普段では信じられないくらいの距離で観察・撮影できた。ちなみに、この日の昼食は近くのコンビニで調達した「フーチャンプルー弁当」。前日は「ゴーヤーチャンプルー弁当」だった。「チャンプルー」はフやゴーヤ(苦瓜)、ソーメン等を、野菜、卵、豆腐等と炒めた沖縄料理で、それぞれメイン具材の名を冠している。午後遅くにうるま市に戻り、まだ時間があったので勝連半島の、照間付近の水田を目指す。現地に到着した時点で、空を覆い始めていた暗雲からの雨により、殆ど探鳥できないまま終了せざるを得なかった。冬の沖縄は、東シナ海から湿った空気が入ることもあって、基本的には天気が悪い。それにしても、以前(2004年)訪れた時より湿田が大きく減少したのを痛感させられた。沖縄では近年、農地の花卉や果樹への転作が盛んで、イネや田イモ、イグサ等の水田は大幅に減少している。名物の泡盛だって、輸入米に頼っているのが現実である。食糧自給、また生物多様性を確保する場としての水田に、生産者だけでなく国民全体がもう少し価値を見出せないものだろうか。夜、妻より電話があり、身内に不幸があっため沖縄には行けない、かといって今からキャンセルも出来ないので、漂着アザラシの会若手のT嬢が代わりに来るという。考えてみれば初めから予定変更ばかりの旅だった。こうなったらなるようにしかなるまい。


ヒバリシギ(冬羽)
2009年1月 沖縄県国頭郡金武町
夏羽や幼鳥ではない、完全な冬羽のシギ・チドリ類が多く見られるのも、冬の沖縄の魅力である。
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ムナグロ(冬羽)
2009年1月 沖縄県国頭郡金武町
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クロサギ(黒色型)
2009年1月 沖縄県糸満市
サギといえば白いと思われがちだが、この海に住むサギは真っ黒である。クロサギには普通に黒い黒色型のほかに、白い白色型(白いクロサギ)もいる。
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(続く)


(2009年4月10日   千嶋 淳)