鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

海鳥を読む⑬「北海道の海鳥1 ウミスズメ類①」

2014-08-08 22:44:14 | 海鳥
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NPO法人日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより184号」(2014年3月発行)掲載記事「海鳥を読む」を分割して掲載)


「北海道の海鳥1 ウミスズメ類①」(千嶋淳著、鈴木瑞穂イラスト、千嶋夏子編集協力 B5版、55ページ、NPO法人日本野鳥の会十勝支部、2013年)
 最後に、手前味噌で恐縮だが拙著を紹介させていただく。構想は2011年に遡る。海鳥を観察していると、なかなか図鑑のように見えず、また変異も多いため同定に悩まされることが多い。飛翔や複数角度、それに変異をできるだけ盛り込んで実際の観察に役立つマニュアルのような本が欲しいと思っていたが、誰も作らないので日本財団助成を機に取り組んでみることにした。ただ、その頃は舞い込む仕事を片っ端から引き受けていたので十分な時間が作れず、また十勝の海鳥・海獣を俯瞰できる一般向けの冊子が必要との思いもあり、まずは「十勝の海の動物たち」(18ページ、漂着アザラシの会、2012年)を作成した。A5版のページに4種類、1種につき写真1~2点と識別向きではないが、観察月や頻度も入っていて、いつ、どんな種類が見られるか知るには良いだろう。カタログみたいなものだ。これを片手に海上調査に参加する人もいて、嬉しく思ったものである。

 次の本は海鳥について上述のコンセプトでグループごとに分冊、口切りはウミスズメ類ということが2012年頃までに決まったものの、編集着手までに1年かかってしまった。起稿後は、なかなかに辛い闘いの日々だった。識別に使うためには特徴を的確かつ簡明に記述せねばならない。古今東西の図鑑や専門書を読み漁り、自身の画像ストックも片っ端から見直した。この仲間はわかっていないことも多く、既往の知見と自身の観察の食い違いもあった。例えば、マダラウミスズメの脚は国内のどの図鑑にも黄褐色と書いてある。しかし、これまで観察した同種の脚は黒く、写真を見返してもやはり黒い。幾つかの海外図鑑には黒とするものもあり、恐る恐る「少なくとも春から夏に北海道で観察される鳥のふ蹠や蹼は黒い」とキーボードを打った。
 当初、生態は簡潔な記述で済ます予定だったが、ウミスズメ類の生態に関して日本語で読める文献があまりにも少なく、それを知ることによって親しみも湧くと考えて生態にもウエイトを置き、また科全体の特徴を概観できる総論を、種ごとの解説に先立ち設けることとした。1990年代以前の情報については上で紹介した「The Auks」が非常に役立った(入手の労を取っていただいた野鳥の会十勝支部のKさんには心から感謝します)。それ以降、また日本やロシア周辺の情報に関しては個別に論文や報告書を集めるしかなく、資料の読み込みや画像の選択はしばしば深夜に及んだ。ストレスで胃は痛み、眠ろうと目を瞑るとつい今しがたまで格闘した文章や画像がちらつき、酒量は更に増えた。ハジロウミバトなど数種の迷鳥は手持ちの写真がなかったが、鈴木瑞穂さんが素晴らしいイラストを描いてくれた。こうして、寿命を3年くらい縮める思いで出来上がった本は、カモメ類以外の海鳥の特定の分類群を扱った図鑑としては恐らく日本初であり、それなりに満足している。
 無論、至らぬ点も多い。例えば、解説の文中に出典の明示がないので、巻末の文献リストを見てもどの情報と対応しているかわからない。読者からも指摘いただいた。是非入れたかったのだがスペースと時間の関係で、今回は諦めざるを得なかった。また、生態や生息数はともかく、羽衣の記述などでは線引きが難しい側面もあった。現在、続編を制作中であるが、エトロフウミスズメ属やツノメドリなど国内で繁殖しない種も多く、写真や情報の収集に苦心している。今年の上半期中には仕上げる予定で、その後はミズナギドリ類、アビ類、トウゾクカモメ類…と続けてゆけたら良いが予算の目途は不明であるし、あの日々をもう何回も味わうのかと思うとちょっとゾッとする。それに1冊出すのに寿命3年削る計算だと、あと何冊で…。


(2014年3月   千嶋 淳)


海鳥を読む⑫「The Auks」

2014-08-07 22:23:14 | 海鳥
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NPO法人日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより184号」(2014年3月発行)掲載記事「海鳥を読む」を分割して掲載)


「The Auks」(Anthony J. Gaston and Ian L. Jones著、245×190mm、349ページ、Oxford University Press、1998年)
 世界の鳥の科ごとのモノグラフの一冊で、絶滅したオオウミガラスを含む23種のウミスズメ類を扱っている。現在では別種とされることの多いマダラウミスズメとアメリカマダラウミスズメ、セグロウミスズメとスクリップセグロウミスズメは同種としている。全体の3分の1ほどを占める総論は7章から成り、分類や進化、分布、食性、繁殖生態などが詳述される。Ian Lewington氏による8枚の美しいカラープレートに続く各論は、測定値や形態、生活史、音声などが種ごとに解説される。ウミスズメ類、特に太平洋にしかいないエトロフウミスズメ属やウミスズメ属に関する書籍は非常に少なく、何か調べようと思ったら個別の論文を当たらなくてはいけないので、1990年代までの情報を網羅してくれている本書は本当にありがたい存在だ。部数が少なかったのか現在は絶版らしく、たまに出る中古も数万円の値段で手軽に購入できないのが何とも残念。15年以上を経た今、その後の新知見と、デジタル時代で格段に増えただろう写真を追加して再販して欲しいものである。北太平洋のウミスズメ類のモノグラフとしては他に「Diving birds of North America」(292ページ、Paul. A. Johnsgard著、California University Press、1987年)がある。アビ類やカイツブリ類を含む北米の潜水性鳥類の生物学に関する集大成で、野外での使用には向かないが総論、各論とも読み応えのあるボリュームだ。嬉しいことに2007年に全文が電子化され、webページで無料公開されている。インターネットの弊害がニュースを賑わす昨今だが、文献の入手に関してはネットの普及で本当に便利になった。それまでは大学や研究機関に足を運んで、煩雑な複写手続きを経ないと入手できなかった学術雑誌が家で仕事をしながら、100年以上前の「IBIS」や「CONDOR」誌の記事だって簡単に見られるのだ。国内誌でも「鳥(現在の日本鳥学会誌)」や「山階鳥類研究所報告」が電子化され、直近のもの以外は無料でダウンロードできるので、興味のある方は活用されると良いだろう。


(2014年3月   千嶋 淳)



海鳥を読む⑪「Skuas and Jaegers -A Guide to the Skuas and Jaegers of the World」

2014-08-06 23:02:36 | 海鳥
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NPO法人日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより184号」(2014年3月発行)掲載記事「海鳥を読む」を分割して掲載)


「Skuas and Jaegers -A Guide to the Skuas and Jaegers of the World」(Klaus M. Olsen and Hans Larsson著、240×171mm、190ページ、Pica Press、1997年)
 デンマーク人鳥類学者とスウェーデン人画家の共著による、世界のトウゾクカモメ類7種のモノグラフ。従来1種とされて来たオオトウゾクカモメは4種に分けられ、北大西洋で繁殖する1種をのぞき南半球で繁殖する。13枚のプレート(2枚はカラー)に描かれたイラスト、150枚を超える写真(モノクロが中心だがモノがモノなので特に問題ない)にくわえ、野外識別、換羽、渡りに重きの置かれた解説は、変異が多く、年齢により羽色の変わるトウゾクカモメ類の難しい識別に重宝することは必定である。野外でのトウゾクカモメ類の見方や識別の着目点を含む総論や、渡りコースも示された種ごとの分布図も興味深い。つい最近も、霧多布沖で撮影したトウゾクカモメ類の幼鳥を、本書をはじめ幾つかの文献と照らし合わせてシロハラと同定できた。ちなみに、タイトルのskuaは英国ではトウゾクカモメ科全般に対して使うのに対して、米国ではオオトウゾクカモメ類にskua、それ以外の種にjaegerを用いる。同じ鳥の英名と米名が異なるのは、アビ類のDiver(英)とLoon(米)、ウミガラス類のGuillemot(英)とMurre(米)など多くあり、世界共通の英名が浸透しない一因となっている。著者らによる作として「Terns of Europe and North America」(207ページ、Christopher Helm、1995年)「Gulls of North America,Europe, and Asia」(608ページ、Christopher Helm、2003年)もあり、前者は未見だがアジサシ類の識別ガイドとして評価が高く、後者は多数のイラストとカラー写真を用いて、最新の知見に基づいて書かれたカモメ好き必携の大部の著だ。欧米にはこのような特定の分類群や種を対象としたモノグラフが数多く存在するが、日本ではまだまだ少ない。バードウオッチング文化が醸成されていないことの裏返しなのだろうか。なお、イラストを担当したLarsson氏は本書の出版時、20歳だったというからその早熟な才能には驚くしかない。


(2014年3月   千嶋 淳)



海鳥を読む⑩「Petrels, Albatrosses & Storm-Petrels of North America」

2014-08-05 22:10:46 | 海鳥
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NPO法人日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより184号」(2014年3月発行)掲載記事「海鳥を読む」を分割して掲載)


「Petrels, Albatrosses & Storm-Petrels of North America」(Steve N. G. Howell著、257×185mm、483ページ、Princeton University Press、2012年)
 北米のミズナギドリ、アホウドリ、ウミツバメ類の写真図鑑。太平洋も範囲に含まれており、日本で記録のある種の大部分が扱われている。大半が海上で撮影された多数の写真は画質も良い。分類や保全を含む58ページの総論に続く各種の解説は換羽や年齢識別、渡りパターンなどにも触れ、尾筒の色によるクロアシアホウドリの年齢識別など、すぐにフィールドで役立つ情報も満載だ。普通、書籍紹介では何がしかのアラを見付けて言及するものだが、今のところそれが見付からない、完璧な図鑑である。本書の出版を知ってアマゾンで取り寄せ、手にした時には大いに驚き、嬉しさと悔しさの入り混じった複雑な感情に襲われたものだ。いつか作ってみたいと漠然と思っていたような本が目の前に現れたのだから無理もない。著者のHowell氏には他に「Peterson Reference Guide to Gulls of the America」(516ページ、Houghton Mifflin Harcourt Publishing、2007年)「Peterson Reference Guide to Molt in North American Birds」(267ページ、Houghton Mifflin Harcourt Publishing、2010年)など多数の著書があり、前者は雑種も含めたカモメ類、後者は北米の鳥の換羽に関するガイドで、どちらも写真が多用されている上に解説のレベルも高い。氏はバードウオッチングツアー講師も務める野外鳥類学者・ライターとのことであるが、これだけ質の高い本を次々出しているのを見ると、凡人の筆者は「いつ寝たり、晩酌しているのだろう?」と余計な心配をしてしまう。ミズナギドリ目のフィールドガイドとしては「Albatrosses, Petrels & Shearwaters of the World」(Derek Onley and Paul Scofield著、Princeton University Press、2007年)も良書だ。こちらは45枚のプレートに、類似種が並べて描かれたイラストが特徴的(独特のタッチで好みは分かれるかもしれない)で、分布やJizzも詳述された解説と合わせて、野外で使いやすいサイズである。ユニークなのが「Multimedia Identification Guide to North Atlantic Seabirds Storm-petrels & Bulwer’s Petrel」(212ページ+2DVD、Bob Flood ほか著、Pelagic Birds & Birding Multimedia Identification Guides、2011年)。北大西洋のウミツバメ類とアナドリの図鑑で、観察さえ難しいウミツバメ類が130枚以上のカラー写真で紹介されるだけでなく、付属の2枚のDVDでは海上や繁殖地での姿を動画で堪能できる。コシジロ、ヒメクロ、クロコシジロなど、太平洋との共通種も多い。


(2014年3月   千嶋 淳)



海鳥を読む⑨「Flight Identification of European Seabirds」

2014-08-04 22:59:57 | 海鳥
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NPO法人日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより184号」(2014年3月発行)掲載記事「海鳥を読む」を分割して掲載)


「Flight Identification of European Seabirds」(Anders Blomdahlほか著、234×156mm、374ページ、Christopher Helm、2003年)
 海鳥の飛翔に焦点を当てた図鑑で、海上を渡るのを見る機会の多い淡水ガモ類やガン・ハクチョウ類も含め、1種あたり2~11点の写真が用いられている。写真は複数角度からの個体写真だけでなく、群れの遠景や混群など、実際にフィールドで役立つものが多い。テキストではシルエット、飛び方や集群の仕方など、飛んでいる鳥の識別に重点が置かれており、「体の後半部に大きなウエイトのある印象を与える」(シノリガモ)、「盛り上がった背中と、下がった頭、首が特徴的な姿を示し」(アビ)といったJizzが多用されているのも、鳥をよく観察するヨーロッパのバードウオッチャーぽい。飛翔中の行動や光線による見え方の違いも細かく書かれており、日本の図鑑にはなかなか載っていない、そうしたセンスを磨くことで識別力は確実に向上する。科ごとに簡単な総論もあり、「アビ類の魅力のいくらかは神秘と原始のオーラがあって…(中略)…象牙色に輝く嘴のハシジロアビ夏羽があなたの前を、ディープブルーの海上低く、荘厳に飛んで行く光景は忘れられないものとなるに違いない」、「トウゾクカモメ類が視野内に飛んで来ると、渡る海鳥のルーチンなスキャニングは放棄され、seawatcherのグループ内に興奮が急速に増大し…(中略)…識別に関する議論は鳥が消え去るまで長く続く」などは思わず共感して頷いてしまう。対象地域はヨーロッパだが日本との共通種も多く、十分実用的。同様のコンセプトで最近出版されたのが「Peterson Reference Guide to Seawatching -Eastern Waterbirds in Flight」(602ページ、Ken Behrens and Cameron Cox著、Houghton Mifflin Harcourt Publishing、2013年)だ。北アメリカ東部の水鳥の飛翔識別ガイドで、大判で写真も鮮明なものが多い。カモ類やアビ類、トウゾクカモメ類など日本との共通種も多く、参考になる。これらの日本版が出れば、岬や海岸で海鳥の渡りを見守るseawatcher人口の増大に繋がるかもしれない。


(2014年3月   千嶋 淳)