鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

盗賊団

2010-10-31 23:48:57 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
ウミネコからカタクチイワシを奪うトウゾクカモメ 以下すべて 2010年10月 北海道十勝沖)


 十勝沖15km、水深およそ50mの海域で、イワシまき網船団と出会った。「八戸の船だ」、船頭が教えてくれる。魚群を取り囲んで、その包囲網を徐々に狭めてゆく漁法だが、ちょうど水揚げの最中で、船団を取り巻くように数千羽のカモメ類が海面に空中に犇めいている。少し前までオオセグロカモメとウミネコばかりだったカモメ類も、秋の渡りが本格化した今ではセグロカモメが中心となり、カモメやミツユビカモメの姿も散見される。それにしてもすごい数だ。

イワシまき網船団に群がる海鳥(セグロカモメほか)
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 「ギャー」と叫び声を上げながら、1羽のウミネコが我々の船の方へ飛んで来た。その後方からもう1羽、黒い鳥の影が近付いて来る。サイズはウミネコより少々大きいだろうか。トウゾクカモメだ。ウミネコは小回りを利かせながら、トウゾクカモメの執拗な追撃を交わそうとするが、トウゾクカモメも器用なものでウミネコの背後をぴったりマークして離れない。ウミネコはついに戦利品のカタクチイワシを嘴から放してしまった。次の瞬間、イワシがトウゾクカモメに咥えられていたのは言うまでもない。
 目が慣れてくると、周辺には数十羽のトウゾクカモメがおり、似たような光景がそこかしこで繰り広げられていることに気付いた。攻撃されるカモメ類の大部分は、ウミネコ、ミツユビカモメ、カモメなど、自分と同サイズかそれよりも小さい種類であった。多数派のセグロカモメは、自分よりかなり大ぶりな分、襲いにくいのだろうか。それでも、やはり大型のオオセグロカモメ幼鳥にアタックをかけ、イワシを分捕っている猛者もいた。また、必ずしも1対1の闘いではなく、複数羽で追い回すのも珍しくなく、5羽が寄ってたかって1羽のカモメを追い回す、「集団追い剥ぎ」のようなことまでしていた。奪取に成功したところで、魚は一尾しかないと思うのだが…。


集団強盗!?(トウゾクカモメカモメ
1羽のカモメを、5羽のトウゾクカモメが執拗に追いかける。
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強奪の瞬間(トウゾクカモメオオセグロカモメ

カタクチイワシを咥えたオオセグロカモメ幼鳥を下方から攻撃
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耐えかねて魚を放してしまう
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トウゾクカモメがすかさずキャッチ。
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 トウゾクカモメの攻撃は、中々にしつこい。空中ではカモメ類の旋回や反転をものともせず、後ろや下から追跡と攻撃を続ける。攻撃を避けようと着水すると、今度はその上空でホバリングしながら威嚇、あるいは一緒に着水して自身の翼や体でカモメ類を抑え込むような行動もあった。そして、近距離で観察するトウゾクカモメの脚の爪は非常に鋭かった。よくトウゾクカモメ類はシルエットや飛び方、色彩などがタカやハヤブサといった猛禽類に擬態しており、海鳥はそれらの猛禽類に襲われたと勘違いして獲物を放してしまうと言われるが、眼前の熱い闘いを見ていると、擬態などではなく、攻撃力の非常に高い鳥であることがわかる。


真上からの攻撃(トウゾクカモメウミネコ
着水したウミネコを、真上からホバリングしながら襲い続ける。背後はセグロカモメとカモメ。
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着水してもなお(トウゾクカモメミツユビカモメ
水面に降りて難を逃れようとしたミツユビカモメに、トウゾクカモメがなおもしつこく食い下がる。
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 ミツユビカモメなどカモメ類の南下群とともに北海道近海に現れたこのギャング達は、一部は冬の銚子沖でミツユビカモメを襲っていることもあるが、主群はハシボソミズナギドリやオオミズナギドリに付き従い、ニューギニアやオーストラリア近海まで移動するようである。そこでも追い剥ぎの日々を送り、春、再び太平洋を北上して、北極圏の繁殖地を目指す。まさに世界を股に掛けた「盗賊団」である。


トウゾクカモメ(背後はセグロカモメ
個体や齢による羽色の変異が大きく、それがまた面白い。
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トウゾクカモメの飛翔
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(2010年10月31日   千嶋 淳)



宗谷丘陵(9月25日)

2010-10-21 17:44:55 | 鳥・秋
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All Photos by Chishima,J.
宗谷丘陵を渡り行くヒガラ 以下すべて 2010年9月 北海道稚内市)


 緑の中に褐色が目立ち始めた丘陵が日本海へ向かって落ち込んで行く先は、日本最北端の地、宗谷岬。岬の先の宗谷海峡は、この時期にしては穏やかで青い海面は夏の延長のようだ。そしてその海の向こう、40数㎞を隔ててサハリンの島影が、冷たく澄んだ朝の空気の中はっきりと浮かび上がっている。といっても、私がここに車を止めたのは景勝を楽しむためではなかった。鳥の姿を求めてゆっくり流しているところに、丘陵の落ち込みと逆行して飛んで行く、無数の小鳥の姿に気付いたからである。


宗谷丘陵より北側を望む
丘陵の先の海は宗谷海峡。その奥にはサハリンの島影が青く浮かび上がる。
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 スズメより小さいその鳥の正体は、ヒガラであった。丘陵の大部分は放牧地や採草地として切り開かれ、利用されているが、沢の低い部分だけは灌木林が残っており、ヒガラは岬方面からこの灌木伝いに移動した後、丘陵が一気に高度を上げるこの尾根を、地上すれすれの高さで超えているようだった。沢の下部から数十~100羽ほどの群れが絶え間なく飛び出して来る。一つの群れが越えたと思うと、もう次が下から向かっている。その途切れることない様は、ハシボソミズナギドリの北上群が海上を川のごとく、帯状に飛んで行く風景の陸上版といった雰囲気である。観察した一時間ばかりの間にも、軽く数千羽が渡っただろう。


続々渡るヒガラの群れ
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 「チィー」、「ツッ」と金属的なか細い声で、しかしそれが集まって賑やかに眼前を通り抜ける。中に「チチピーチチピー」と囀っているものがいるのは、渡りによる気分の高揚を反映しているのか。体重10gにも満たないこの小鳥にとって、40kmを超える海上越えは相当きついのであろう。点在する灌木の枝先や道路脇のガードフェンスに降り立ち、束の間の休息を取る個体も少なくない。息を整えたヒガラは、再び通過中の群れに加わり、一路南を目指す。その先には放牧された黒牛や、近年出現した風力発電の風車群。そうした障害を交わしながら、彼らの旅はどこまで続くのだろう…。


羽ばたくヒガラ
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 ヒガラは、北海道では針葉樹があれば平地から山地まで広く分布する鳥で、留鳥というイメージが強い。それでも10月頃になると河畔のヤナギ林や市街地の公園のような、普段見かけない環境で小群と出会う機会が増える。室蘭の測量山などタカ類の渡りで有名な場所では、ヒガラ等のカラ類もまた多数渡って行く。それらを見ると「環境の厳しい山地から降りて来たのだろうか」と思うものだが、宗谷海峡を渡る大群の存在は、サハリンや大陸といった国外からも相当数が渡来することを示唆している。もっとも「国外」などという感傷に浸っているのは人間主体の考え方で、餌や空間をめぐって日々厳しい生存競争の中に身を置く鳥にしてみたら、視界の先に陸地があって、そこに新天地があるかもしれない以上とにかく飛んで行くだけのことなのかもしれない。


束の間の一息(ヒガラ
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宗谷丘陵より南を望む
放牧牛の背後には風力発電の風車群。風車群は猛禽類や渡り鳥への影響も懸念されており、近年問題になることが多い。
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 「クィクィ」、数羽のツグミが鳴きながら頭上を通過した。「キョッ、キョッ」の声はアトリのはずだ。直後、胸のオレンジ色とM字に切れ込んだ尾羽を双眼鏡の視野に捉えることができた。「ツッ」とアオジに似るが弱い地鳴きはカシラダカ。再度ツグミかと思ったシルエットは、白い眉斑の眩しいマミチャジナイだった。様々な鳥が海峡を越えて渡って来る。そしてその多くは日本より北で繁殖し、越冬や通過のため訪れる種類である。つい半月前まで猛暑を引き摺っていた北海道も、その北端からじわじわと冬の気配に覆われつつあることを実感した朝だった。


ツグミ
冬鳥の代表格。道北では9月下旬、道東では9月末から10月上旬に初認されるが、数を増すのは年明け以降のことが多い(「二山型」の記事も参照)。
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(2010年10月21日   千嶋 淳)



実際に十勝のカワウを見に行く

2010-10-19 19:10:39 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
ヤツメウナギ類を捕えたカワウとそれを追いかける他の個体 2009年9月 北海道十勝川中流域)


(日本野鳥の会十勝・会報「十勝野鳥だより172号」(2010年9月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 十勝川中・下流域でカワウが普通の夏鳥となった現在、同地域の各所で観察は可能です。川面を見渡せる場所にじっとしていれば小群が上空を通過して行く、あるいは1~数羽が泳いでいる姿を見ることは難しくありません。ですが折角ですので、カワウをめぐるいろいろな事象を垣間見られる場所として、十勝川中流域の幕別町にある千代田新水路周辺を紹介しておきましょう。

 千代田新水路は、言わずと知れた冬のオオワシ、オジロワシですっかり有名になった、2007年通水の人工水路です。帯広からは車で20分程度。冬のみならず一年を通して様々な野鳥を見ることができ、これまでに周辺で記録された鳥類は140種以上に上ります。カワウは春~秋に見られますが、数が多いのはやはり夏の終わりから秋にかけて。新水路内でも数~10羽程度見られることでしょう。水面を泳ぎながら活発に潜水を繰り返すのは、採餌中の個体です。ウ類は大きな魚を捕えた時には水面まで持って来て、苦心しながら食べるのですが、新水路内でそのような光景を見たことはありません。小さめの魚を主に食べているのでしょうか?陽射しの降り注ぐ日中には、河原で羽を広げて日光浴に興じる個体もいるはずです。実は、ウ類は多くの水鳥と違って尾羽付け根近くの尾脂腺から油を出しません。そのため水と羽毛の親和性が高く、水中を効率よく泳ぐことができるかわりに、定期的に羽毛を乾かす必要があるのです。


千代田新水路
2010年8月 北海道中川郡幕別町
最下流部の、本流との合流点付近。中州より右は本流だ。対岸の十勝ヶ丘では、猛禽類や小鳥の渡りが観察できる(詳しくは「十勝ヶ丘・主に秋」(前編)、(後編)の記事を参照)。
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 カワウの数が多いのは、新水路内よりも千代田堰堤下流など十勝川本流です。日によっては数十から100羽を超える群れが中州や水面に見られます。2009年9月には200羽を超える大群が飛来しましたが、この原稿を書くに当たって当時の写真を見返していたところ、少なからぬウミウも混じっていることがわかり、驚きました。ウミウがカワウとともに内陸部まで飛来しているという現象は大変面白い半面、識別により手間をかけなければならないかと思うと気分は複雑です。
 ところで、その200羽強の群れが飛来した時は、数十羽が常に千代田堰堤下流で採餌していました。何を食べているのか観察したところ、大部分はヤツメウナギの類でした。30cmを超えるヤツメは、カワウにとって余程魅力的な餌資源だったのでしょう。1羽がヤツメをくわえて浮上すると、すかさず1~数(最大で7)羽の他のウが集まって来て、それを奪おうと大乱闘を繰り広げました。「盗賊行為」の大部分は、魚を捕えたウが慌てて飲み込むことによって失敗に終わりましたが、中には引きちぎったり奪ったりして、思いを遂げたウもいました。そして、この大型魚に目を付けたのは仲間のウだけではありませんでした。ヤツメをくわえたウを、上空からオジロワシが襲撃してせしめようとする姿が、何回も観察されました。もっとも、成功率は半分程度だったので決して効率の良い狩りとはいえませんが。川底にいてワシには捕ることのできないヤツメが、物珍しかったのでしょうか。


ヤツメウナギ類を飲み込もうとするカワウ
2009年9月 北海道十勝川中流域
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他個体に追われ、ヤツメウナギ類を吐き出すカワウ
2009年9月 北海道十勝川中流域
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カワウからヤツメウナギ類を奪ったオジロワシ
2009年9月 北海道十勝川中流域
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 こうして眼前で展開されるカワウの、様々なドラマを目の当たりにしていると時が経つのもつい忘れてしまいます。季節は秋の渡り真っ只中。水位が適切なら、新水路内にはアオアシシギなど何種類かのシギチドリ類も見られるはずです。遡上を始めたシロザケを追って、オジロワシやカモメ類が河原に降りているかもしれません。ここでこのまま探鳥を続けるも良し、秋を告げに舞い降りたヒシクイの姿を訪ねて下流域へ脚を伸ばすのも良いでしょう。下流域でも各地の河原や湖沼でカワウの姿を見ることができます。十勝川河口近くには集団ねぐらもありますので、夕刻そっと訪れてみるのもまた楽しいひと時です。ただし、集団ねぐらというデリケートな場所ですので、大人数では行かない、大声や明かりを発しない、長時間滞在しないなど鳥への配慮もよろしくお願いします。


ヤツメウナギ類を引っ張り合う2羽のカワウ
2009年9月 北海道十勝川中流域
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(2010年9月20日   千嶋 淳)


どこが違う? カワウとウミウ

2010-10-16 22:04:20 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
①育雛中のカワウ 2006年9月 東京都台東区)


(日本野鳥の会十勝・会報「十勝野鳥だより172号」(2010年9月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 外見がとてもよく似たカワウとウミウは、その識別がしばしば問題となります。それでは、野外でカワウかウミウと思われるウと遭遇した時、どこに着目して、何を基準に判断すればよいのでしょうか?


1)まずは顔に注目してみよう
 
2種を区別する際に役立つ最大の特徴は、顔にあります。距離がある場合には顔の細かいパーツを見ることは難しいですが、それが可能なくらい近い場合や画像が得られて拡大可能な場合は、まず顔の以下の点に注目してみるとよいと思います。

a. 黄色い裸出部の後縁
 両種とも嘴の基部から顔にかけて、羽毛の生えていない、黄色い裸出部があります。この裸出部の後縁、特に下方の形に着目します。カワウでは目の下から喉にかけて、この黄色い部分はまっすぐ下方に落ち込むか、わずかに後方へ、やや丸みを帯びて落ち込んでいます(写真②)。一方、ウミウではこの部分の下の部分が前方(嘴方向)に対して切れ込んでいるため、口角の部分で三角形に尖って見えます(写真③)。


カワウ(生殖羽)の顔
2006年12月 群馬県伊勢崎市
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ウミウ(生殖羽)の顔
2009年5月 北海道厚岸郡厚岸町
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b. 頬の白色部
 どちらの種類も頬に白色部があります。この白色部の上の辺(目の後方のライン)に注目することで、識別可能な場合があります。成鳥の生殖羽では、カワウはまっすぐかやや下方に向かって伸びています(写真②)。ウミウではこの部分が、やや上(頭頂方向)に向かっており、結果として白色部分がより大きく見えます(写真③)。様々な季節や年齢からの写真を検証した結果、成鳥の生殖羽ではこの特徴は明瞭ですが、非生殖羽や若鳥では個体によって白色部の上部が不明瞭なことがあり、種の特徴が出ない場合があり、これは特にウミウの若い個体でその傾向があるようです(写真④、⑤)。


カワウ(若鳥)の顔
2007年10月 北海道十勝郡浦幌町
裸出部はカワウを示唆しているが、頬周辺の白色は不明瞭で「淡色部」程度。
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ウミウ(若鳥)の顔
2007年12月 北海道幌泉郡えりも町
裸出部は完全にウミウだが、頬の白色部は不明瞭。ただし、「淡色部」と考えればウミウ的ではある。
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2)成鳥なら上面の色も有効かも

 成鳥の生殖羽では、背や肩羽、雨覆など体上面の色が、カワウでは褐色みを帯びるのに対して、ウミウでは緑色みが強く、ある程度までの距離と光線条件下では識別可能です。ただし、この部分は太陽光の強さに応じて光沢の強さが変化するので、逆光や曇天時には注意が必要です。また、若鳥では両種とも褐色みを帯びるので、この特徴を用いることはできません。非生殖羽のウミウも緑色みを欠くため、秋冬には注意が必要です。ウミウの緑色みがいつまで使えるかはわかっていないと思われますが、10月上旬に撮影した亜成鳥の上面はウミウ特有の緑色みでした(写真⑦)ので、その時期くらいまでは有効な可能性があります。

3)その他

 体に対する翼の位置がカワウでは中央寄り(写真⑥)、ウミウではより後方(写真⑦)にあるため、飛翔時の識別に有効な場合がありますが、両種が混在していたり、画像が得られて比較可能な場合以外は、なかなか難しいと思います。


カワウの飛翔
2008年4月 北海道十勝郡浦幌町
左は生殖羽、右は若い個体であろう。
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ウミウ(亜成鳥)の飛翔
2006年10月 北海道根室市
一見成鳥風だが、喉や首の淡色等から若い個体であろう。秋の後半だが、背や翼は緑色みを帯びている。
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 ウミウの方が体重が重く、大型ですが、個体差もあるので識別の決め手に使うには難しいでしょう。混在している場合の発見のきっかけくらいには、なるかもしれません。
 一般にカワウは淡水や内湾で、ウミウは外海で見られるといわれますが、これも絶対的なものではなく、内陸にウミウが飛来することもあれば、外海でカワウを見ることもあります。実際、今年8月の厚内漁港(浦幌町)の、外海に面したテトラポッドには両種の混在する姿が見られました。


⑧内陸湿地に飛来したウミウの若鳥
2010年10月 北海道十勝郡浦幌町
海から遠くはないが、コガモやマガモが群れる淡水の湿地に飛来した1羽のウ。顔の裸出部は完全にウミウのものだった。
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 以上のように、カワウとウミウの識別はそれなりの距離で、典型的な個体の場合には十分可能ですが、必ずしもそうはいかないのが野外観察の大変なところです。距離が遠かったり、逆光、降雨、強風などの悪条件下では、満足のゆく観察ができないこともありますし、どちらともつかない特徴を示して判断に迷う個体も、もちろんいます。すべての個体を完全に識別するのはまず不可能と思って、気楽な気持ちで2種の識別に挑戦してみてはいかがでしょうか?


(2010年9月19日   千嶋 淳)



十勝のカワウ‐分布と飛来数の変遷‐

2010-10-14 16:16:08 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
河原に降り立ったカワウの大群 2009年9月 北海道十勝川中流域)


(日本野鳥の会十勝・会報「十勝野鳥だより172号」(2010年9月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 近年、春から秋の十勝川中・下流域で探鳥していると、黒くて首の長い大型の鳥が飛んで行くのをよく見かけます。その大部分はカワウです。同地域で行われる探鳥会でも最近では毎回のように記録されるので、さも普通の鳥のように思われるかもしれませんが、実は10年ほど前まではほとんど見ることのできない鳥でした。
 カワウは従来、青森以南の本州、四国、九州に生息し、北海道ではまれな夏鳥として少数の記録がある程度でした。それらも写真や標本など客観的な証拠のある例は少ないと思われ、北海道にはほとんど分布しない鳥だったといえます。ところが、1999年4月に道央の江別市にある石狩川と篠津川の合流点に約100羽が飛来し、道北の幌延町では2001年に約30羽の営巣が道内で初めて確認され、2002年には約300羽が飛来しました。北海道に生息していなかったカワウが、2000年前後からその分布を拡大しつつある状況が窺えます。


翼を広げて乾かすカワウ
2010年8月 北海道十勝川中流域
ウ類は尾脂腺が未発達なため、羽毛の撥水性が失われやすい。そこで、定期的に乾かさなければならない。
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 十勝でのカワウ初記録は、1990年9、10月に足寄町仙美里ダムでの2羽で、「十勝野鳥だより(以下、たより)93号」には記事、「たより100号記念誌」には写真が掲載されています。ただし、記事には何をもってカワウと判定したのかが書かれておらず、写真も点であるため、これらからはウミウが内陸部に飛来した可能性を完全には否定できないと思います。仙美里ダムでは1995年9月にも1羽(「たより123号」に写真が掲載されていますが、種の判別は困難)、1994年8月にも新得町クッタリ湖で1羽が観察されています(「たより117号」)が、カワウと確認できる資料はないようです。これらがカワウだったとしても、1990年代には1~2羽がごくまれに飛来する程度だったのでしょう。
 次の記録は2001年5月、豊頃町十勝川河口での3羽です。観察者の一人は筆者で、残念ながら今のような機材はなかったため写真はありませんが、本州での鳥見経験がある数人と、望遠鏡を覗きながらカワウであることを確認しました。これをきっかけに十勝でのウを注意して見るようになり、2004年までの4年間で春と秋を中心に、十勝川下流域と十勝海岸湖沼群から14例の記録を得ることができました。ただ、2004年4月13日豊頃町カンカンビラでの60羽以外は1~15羽と少数で、記録をまとめた「十勝川下流域・十勝海岸におけるカワウの観察記録」(帯広百年記念館紀要 第23号)では、「2004年現在では春と秋に少数が通過する旅鳥」と結論づけました。これが2000年代前半の状況です。
 翌2005年から観察される頻度や数、エリアが大きくなり、個々の観察記録を集めて解析するのが困難になってきました。飛来数は3桁になっているかもしれないとの思いを抱きながらも、どのように把握するか思いあぐねていた2006年10月、十勝川河口付近の河畔林でカワウが集団ねぐらを形成しているのを発見しました。ねぐらで日没近くのカウントを行った結果、最大で404羽が確認され、十勝川下流域のカワウが数年前には思いもよらない規模で増加しつつあることが示唆されました。翌年以降の観察から、このねぐらは春から秋を通して利用されるものの、その数は春から夏に少なく、7月下旬以降急増し、9月から10月上旬に最大を迎えることがわかってきました。これは、同地域のカワウ飛来数の動向とも一致しています。そこで、秋期の集団ねぐらでの数を十勝川下流域への最少飛来数と位置付けることができると考え、以降この方法で数えています。2年目の2007年には早くも500羽を超え、2009年には900羽近くを数えるといった具合で、この地域への飛来数が増加していることがわかります(各年の最大数は、2006年404羽、2007年517羽、2008年702羽、2009年894羽)。


カワウの集団ねぐら
2009年9月 北海道十勝川下流域
ヤナギ類を主体とした河畔林の所々に、黒いウの姿が見える。枝や葉の一部は、糞で白く変色している。
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 飛来数の増加にともなって、これまでの下流域から中流域への飛来も目立つようになってきました。最初に中流域で観察したのは2006年5月、相生中島地区でのことでしたが、この時は6羽と少数で飛来の頻度も低いものでした。それが2008年頃から頻繁に群れが飛来するようになり、2009年9月には千代田堰堤下流でウミウを含む233羽の大群も確認されました。2010年現在、十勝川中流から下流の十勝川流域では、カワウは3月下旬に飛来し、11月中旬の渡去まで普通に観察される夏鳥で、その数は9~10月の秋期に最大になるといえます。
 ただし、不思議なことに繁殖はこれまで確認されていません。集団ねぐらも長期間にわたる利用で河畔林の枝葉は白く変色しているものの、巣はありません。それ以外の場所でも巣卵の確認例はないのです。釣り人なども多い十勝川のこと、どこかで集団繁殖したらニュースにでもなりそうですが、不思議なものです。このことと、7月下旬以降飛来数が増加することは、十勝のカワウの多くは春の渡来後、どこか別の営巣地で繁殖した後十勝へ戻って来て、湖沼や河川が結氷するまでの間を過ごす可能性もあると思います。
 そもそもなぜカワウは十勝を含む北海道に飛来するようになったのでしょうか?明確な答えは得られていませんが、おそらくは本州以南での個体数増加にともなう餌や空間の不足はその一因でしょう。各地で行われた駆除などの人間による圧迫も、生息域の拡大に拍車をかけたかもしれません。大陸からの飛来の可能性を指摘する人もいますが、証拠はありません。北海道のカワウに関する遺伝学的、形態学的な調査が必要とされています。


川面へ向けて降下するカワウの小群
2009年9月 北海道十勝川中流域
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 十勝地方におけるカワウの生息状況を時代ごとに整理すると、以下のようになります。
1980年代以前:記録なし。
1990年代:内陸部での不確実な数例の記録。迷鳥?
2000年代前半:十勝川下流域(海岸部含む)を春と秋に少数が通過する旅鳥。
2000年代後半:十勝川中・下流域で春~秋に普通の夏鳥で、数は秋に最大。繁殖未確認。

 生物の分布というのは本来、長い年月をかけて形成されるものなのでしょうが、十勝のカワウに関してはこの20年で激変していることがわかります。ウ類の中でもっとも繁栄した種といわれるカワウが今後も増え続けるのかどうか、それはわかりませんが今のペースで増加すれば、いずれ繁殖する日も来る可能性があります。十勝には、カワウとの深刻な軋轢が生じている本州のアユ漁業のような内水面漁業はないですが、サケ類の稚魚やシシャモなどは十勝川と密接に関連しており、何らかの影響を及ぼす可能性もあります。また、アオサギやカワアイサといった従来からの魚食性鳥類との関係も注目されるところです。十勝川周辺に鳥を見に出かけた時、ウの記録を残しておけば後々価値のあるものとなるかもしれません。地味な鳥ではありますが、ちょっとばかり注意を払ってみませんか?


カワウ(中央やや右)とカワアイサ
2010年8月 北海道十勝川中流域
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(2010年9月20日   千嶋 淳)

*十勝のカワウについては、以下の各記事も参照。
 「分布を変える鳥-十勝のメジロとカワウ-」 (2006年10月)
 「十勝のカワウその後」 (2006年11月)
 「雨上がり」 (2009年8月)
 「内陸進出!?」 (2009年9月)
 「鷲視耽耽」 (2009年9月)