鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

140727 十勝沿岸海鳥・海獣調査

2014-07-27 17:35:30 | 海鳥
Img_8084
All Photos by Chishima, J.
ツノメドリの若鳥 以下すべて 2014年7月 北海道十勝沖)


 今年度の十勝沖調査は月1回のペースで行っていますが、7月19日の調査で通常は出ても1、2羽のエトピリカが9羽も確認され、その数日前には衰弱したエトピリカが海岸で保護される(後に死亡)など何らかの海の異常が発生していると考えられたため、その状況を記録しておくべく有志を募って緊急調査を実施しました。ただし、予算の関係で調査範囲は水深100m以浅までとし、実際には波の影響もあって水深60mまでの沿岸域での調査となりました。降雨にくわえて波も高くなることが予想される天気予報で実施が危ぶまれましたが、幸い、雨はごく短時間ぱらっと降った程度で、波も多少のうねりはあったものの被るほどではなく、むしろ霧が無くて快適なクルーズでした。

 懸案のエトピリカは計9羽(すべて若鳥)が観察されました。前回と同じ数ですが、前回は水深400mまで調査して9羽だったのに、今回は60m以浅の沿岸域だけでこの数でした。このことから、引き続きエトピリカ若鳥が例年以上に多く、かつ沿岸域に集中的に分布していると考えられます。最も陸地から近い出現地点の水深は18mでした。エトピリカの若鳥は通常、外洋に分散して分布しています。他の海鳥が著しく少なかったことから察しても、豊富な餌に惹かれて集まっているわけではなさそうです。今回は特段衰弱してそうな鳥はいなかったものの、警戒心は通常より薄く、船で接近してもあまり逃げませんでした。千島列島沖等本来の分布域で十分な餌が捕れず、漂流しているうちに沿岸親潮に乗って道東太平洋沿岸に到達してしまうのかもしれません。霧多布周辺海域では、1回の調査で30羽を超える本種の若鳥が観察されています。この「異常事態」については引き続き調査を続けると同時に、北海道から千島にかけての海洋に関する情報も合わせて収集して分析する必要があるでしょう。

エトピリカの若鳥
Img_7631


 前回と比べて、アカエリヒレアシシギの群れが目立ちました。極北の短い夏に繁殖したヒレアシシギ類は7月下旬には早くも秋の渡りを開始しますが、例年、早い時期の海上ではハイイロヒレアシシギが卓越するので珍しい現象といえます。ちなみに、この時期に観察されるのは成鳥ばかりで、幼鳥はまだ繁殖地に残っているようです。ヒレアシシギ類以外に、数は少ないもののトウゾクカモメ類や港でキアシシギが観察される等、盛夏の中にも徐々に秋色を帯びて来た海上でした。ただ、いつもの年であれば優占種となるハイイロミズナギドリやウトウは依然として少なく、全体的には鳥の非常に少ない状態が続いています。調査終了後は番屋で魚のフライや汁、煮ツブ等の魚介類に舌鼓を打ちながら、親睦を深めました。十勝だけではなく旭川や由仁、釧路等遠方からいらして下さった有志の皆様、どうもお疲れ様でした。次回調査は8月下旬を予定していますが、今回のような参加者で船代を頭割りする形でのチャーターは可能ですので、希望される方はご相談下さい。

確認種:シノリガモ クロガモ コアホウドリ クロアシアホウドリ ハイイロミズナギドリ ハイイロウミツバメ ヒメウ カワウ ウミウ アオサギ キアシシギ アカエリヒレアシシギ ハイイロヒレアシシギ ウミネコ ワシカモメ オオセグロカモメ オオトウゾクカモメ トウゾクカモメ ケイマフリ カンムリウミスズメ ウトウ ツノメドリ エトピリカ ハシボソガラス ハシブトガラス ハクセキレイ 海獣類:カマイルカ ネズミイルカ


海上で羽ばたくカンムリウミスズメ・非生殖羽
Img_7866


(2014年7月27日   千嶋 淳)


*十勝沖調査は、NPO法人日本野鳥の会十勝支部漂着アザラシの会、浦幌野鳥倶楽部が連携して行っているものです。参加を希望される方はメール等でご連絡下さい。


海鳥を読む⑧「Seabirds An Identification Guide」

2014-07-23 23:19:24 | 海鳥
Img_0005
NPO法人日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより184号」(2014年3月発行)掲載記事「海鳥を読む」を分割して掲載)


「Seabirds An Identification Guide」(Peter Harrison著、233×150mm、448ページ、Christopher Helm、1983年)
 それまでも何冊か海鳥のフィールドガイドは存在したが、各種について複数のイラストと詳細な解説を伴う本格的なものは本書が初めてだったのではないだろうか。1980年代は、国内では「フィールドガイド日本の野鳥」が生まれ、海外ではシギ類やカモ類の本格的な図鑑が出版されるなど、子供心にも野鳥業界が変わりつつあるのを感じられた。30年の時を経て古くなった情報もあるし、とかくイラストに目が行きがちだが、生態や行動、分布を記したテキストを読んでいると今でもほぉと思わされることがあり、流石は世界中の海で観察して来たHarrison氏だと感心させられる。同氏は1987年に「Seabirds of the World A Photographic Guide」(317ページ、Christopher Helm)も出しており、当時撮影の難しかった海鳥の写真を、不鮮明なものはあるにせよ、よくこれだけ集めたものだと思ったものだ。サイズもフィールド向けで、釧路航路や三宅島航路に持ち込んでは目の前の鳥と比較した。海鳥の写真図鑑としては、「Photographic Handbook Seabirds of the World」(234ページ、Jim Enticott and David Tipling著、New Holland、1997年)が割と新しく、大サイズの写真で世界中の種類を俯瞰できる。ただ、惜しいことに1点だけ掲載されているカンムリウミスズメの写真はウミスズメである。


(2014年3月   千嶋 淳)



海鳥を読む⑦「極東の鳥類27 海鳥特集」

2014-07-22 23:14:19 | 海鳥
Img_0006
NPO法人日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより184号」(2014年3月発行)掲載記事「海鳥を読む」を分割して掲載)


「極東の鳥類27 海鳥特集」(藤巻裕蔵編訳、B5版、123ページ、極東鳥類研究会、2010年)
 「極東の鳥類」は藤巻氏がロシア語文献を翻訳した論文集で、北海道で鳥に関わる者にはたいへんありがたいシリーズだ。海鳥特集の本書には12編の論文が収められているが、中でも圧巻は半分近くを占める、Shuntov氏による「ロシア極東海域の鳥類2~ミズナギドリ科~」である。ミズナギドリ科各種についての自らの季節ごとの洋上分布データに加え、繁殖生態などに関する国内外の文献のレビューは秀逸の一言に尽きる。マダラシロハラミズナギドリがカムチャツカから千島列島南岸に飛来することや、アカアシミズナギドリが日本海からオホーツク海を経て太平洋を南下してゆく様子を目視調査から明らかにしているのには、上掲書における小城氏の「ロシアは海鳥の研究では日本よりはるかに進んでいます」の言葉を手放しで肯定せざるを得ない。後半の「ウミスズメの繁殖生態と育雛」も、ロシアやヨーロッパの博物学の伝統を感じさせる丹念な観察に基づくもので読み応えがある。 「極東の鳥類17 海鳥類特集」(98ページ、2000年)には、やはりShuntov氏による極東におけるウミガラス類やパフィン類の現状をはじめ4編の論文が収められているほか、同シリーズでは少なからぬ海鳥のロシア語文献が紹介されている。国境を超えて自由に行き来する鳥の理解には隣国の文献情報や研究者との交流が必要不可欠であるが、北海道の鳥に関して藤巻氏以降、ロシア語を操って人や情報の交流を促進する人材が現れていないのは残念である。


(2014年3月   千嶋 淳)



140719 十勝沖海鳥・海獣調査

2014-07-20 15:46:21 | ゼニガタアザラシ・海獣
Img_3647
All Photos by Chishima, J.
エトピリカの若鳥 以下すべて 2014年7月 北海道十勝沖)

 午前6時前に集合した漁港は深い霧に閉ざされていました。夜明け前まではなかったという乳白のベールが、50m先の岸壁を覆い隠します。船頭さんが仲間の船に確認を取ってくれたところ、沖合も同様の状況とのこと。さすがにこれでは何も見えないので、しばし待機。1時間近く待って、岸壁やその先の防波堤は見えるくらいに視界が回復してきたところで、珍しく定員いっぱいの13名を乗せた船は沖を目指します。所々で視界200mを切る濃霧や突然の降雨に悩まされましたが、海自体は穏やかで気温も高めだったため、5時間近い航海は比較的快適に過ごすことができました。
 全体的な鳥の数はそう多くありませんでしたが、特筆すべきはエトピリカの若鳥が次々と、合計で9羽も現れたことです。顔の白色部を欠き、目後方の飾り羽が不明瞭な1、2歳と思われる幼い鳥ばかりでした。本調査では6、7月を中心に度々確認されていますが、繁殖地から遠い十勝では、1回の調査で見られるのはせいぜい1羽か2羽。それが9羽も出たのですから、例年とは著しく異なる状況といって良いでしょう。7月以降、北海道東部沿岸で、エトピリカの若鳥がいつになく多く観察されています。これが個体数増加や分布の拡大を反映したものなら絶滅危惧種の本種にとっては良いニュースなのですが、事はそう簡単でもなさそうです。繁殖地への飛来数に増加傾向がみられないこと、7月16日には十勝の海岸に衰弱した個体が漂着(のちに死亡)したこと、本調査中も明らかに具合の悪そうな鳥がいたことから、本来の分布域である千島列島沖合などで餌が少なく、分散する形で南下して来たものの、やはり十分な餌を捕れていない可能性もあるのではと危惧しています。ウミスズメの仲間としては他に、ツノメドリの若鳥が1羽観察されたほか、この時期に本州以南から北上して来るカンムリウミスズメを合計12羽確認できました。北海道の太平洋沖合が本種の越夏海域として重要なことは間違いないでしょう。北の海で繁殖するエトピリカと、日本周辺の暖海でのみ繁殖するカンムリウミスズメを一緒に観察できるのは、世界でも夏から秋の北海道太平洋だけかもしれません。
 もう一点、例年と大きく異なったのはコシジロウミツバメが繰り返し観察されたことです。まだ集計していませんが、総数は25~30羽程度になりそうです。本種は厚岸沖の大黒島で数十万羽が繁殖し、在りし日の東京~釧路でもしばしば観察されたため、釧路沖と隣接する当海域では容易に観察できると思っていました。ところが、2010~2013年度の4年度での確認は、1回1羽のみでした。町内に繁殖地であるケンボッキ島のある浜中町霧多布沖での調査でも同様にほとんど出現せず、相当沖合か、どこか特定の海域に集中するものと推測されます。その霧多布沖では7月上旬、これまで見られなかった本種が多数、観察されました。今年は、何らかの理由でコシジロウミツバメが道東一帯の沿岸域に分布しているのかもしれません。このように、海鳥の分布や出現状況は同じ時期でも年によって異なるため、増減や生息状況を明らかにするためには長期のモニタリングが必要です。それらを、海の変化と絡めて論じることができれば更に興味深いものとなるでしょう。ウミツバメ類は英語で「storm-petrel」と呼ばれるように、雨や時化模様の時によく見られる傾向がありますが、本調査でも降雨の強まった時間帯・海域で集中的に出現し、雨が止むとぴたりと出なくなってしまいました。不思議なものです。
 いつもの年は8月から数が増え、7月には出ても1~数羽程度のオオミズナギドリが普通に観察されました。コアホウドリが非常に少ない一方、クロアシアホウドリは多数観察されました。当日の十勝沖の海面水温は16~18℃と、平年に比べて2~3℃高かったことがその要因かもしれません。他にも流れ藻と戯れるキタオットセイの若獣や、早くも秋の渡りの始まったヒレアシシギ2種などを観察し、満ち足りた気分で下船した後は、いつものように番屋で旬の魚介類を頂きながら鳥談義に花を咲かせ、適宜解散しました。参加・協力いただいた皆様、どうもありがとうございました。

確認種:シノリガモ クロガモ コアホウドリ クロアシアホウドリ フルマカモメ オオミズナギドリ ハイイロミズナギドリ ハシボソミズナギドリ コシジロウミツバメ ハイイロウミツバメ ヒメウ カワウ ウミウ キアシシギ アカエリヒレアシシギ ハイイロヒレアシシギ ウミネコ オオセグロカモメ トウゾクカモメ カンムリウミスズメ ウトウ ツノメドリ エトピリカ トビ ハシボソガラス ハシブトガラス ハクセキレイ 海獣類ほか:キタオットセイ イシイルカ ネズミイルカ マンボウ


流れ藻と戯れるキタオットセイの若獣
Img_3814a


エトピリカの若鳥
Img_4887


(2014年7月20日   千嶋 淳)

*十勝沖調査は、NPO法人日本野鳥の会十勝支部漂着アザラシの会、浦幌野鳥倶楽部が連携して行っているものです。参加を希望される方はメール等でご連絡下さい。


海鳥を読む⑥「野鳥の記録 東京~釧路航路の30年」

2014-07-18 23:02:11 | 海鳥
Img_0004
NPO法人日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより184号」(2014年3月発行)掲載記事「海鳥を読む」を分割・加筆修正して掲載)


「野鳥の記録 東京~釧路航路の30年」(宇山大樹著、A4版、255ページ、自費出版、2012年)
 かつて東京と釧路を結ぶフェリー航路があり、襟裳岬沖や釧路沖で多くの海鳥が観察できてバードウオッチャーの人気も高かったが、1999年に廃止されてしまった。その釧路航路での、1969年以降30年に渡る観察記録を纏めたのが本書だ。特に1997~1999年には毎月乗船して鳥の数を数え、それらが生データも含め掲載されている。モリムシクイ、アカマシコなど珍しい陸鳥も含む160種が記録され、海水温の高い年に十勝沖でアオツラカツオドリが観察された、エトロフウミスズメは十勝港~襟裳岬沖間で数が多いなど、興味深いデータは枚挙に暇がない。ウミスズメやカンムリウミスズメの家族群の観察例、陸鳥を含む海上の渡り、飛行速度などに関する記述もあり、資料性はきわめて高い。宇山氏には「野鳥の記録 与那国島」(223ページ、文一総合出版、2011年)の著書と、その基となった幾つかのレポートがあり、この3月には「野鳥の記録 東京~小笠原航路の32年」(170ページ、自費出版、2014年)も出版された。硫黄列島クルーズも含む同書はカツオドリ類やネッタイチョウ類といった、いかにも南の海鳥はもちろん多様なシロハラミズナギドリ類の出没する海域の貴重な記録である。北日本から南西諸島、小笠原航路と観察記録を続々発表されている著者であるが、この手の観察記録はバードウオッチャーであれば多かれ少なかれ持っているはずで、こうして世に出すことによって後世へ繋がることを期待したい。海鳥の観察記録としては、♪鳥くんによる2008~2010年の銚子沖のイルカウオッチング船での一連のレポート(Hobby’s Worldなどで購入可能)も、アシナガウミツバメやクロウミツバメなどのウミツバメ類の識別や生態が詳細に言及されており、興味深い。2010年のレポートにあるマダラウミスズメは、カンムリウミスズメではないだろうか。


(2014年3月   千嶋 淳)