鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

季節外れな鳥・二題

2006-06-30 18:30:58 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All photos by Chishima,J.
ワシカモメの若鳥 2006年6月 北海道幌泉郡えりも町)


 日曜は襟裳方面へ出向いた。ある調査の打ち上げなのだが、今年は日程が合わず調査そのものには参加できなかった。それでも、打ち上げの情報はしっかりキャッチして馳せ参じるのだから、我ながら己のふてぶてしさも板に付いてきたと思う。
 当日は6月に入ってからの20日余りが嘘の様な晴天で、久々に見る太陽と青空は目に眩しく、緑の濃度が増した山野は躍動感に溢れ返っていた。広尾辺りからはこの時期特有の海霧が発生していたが、地形の関係か所々霧が無く晴れている箇所もあった。そのような場所では海面は空の青を反映した澄んだ色で、点在する岩礁に寄せては砕ける白波と共に絶妙の対比を織り成していた。そして、本来なら北の寒い海を象徴する海鳥であるはずのオオセグロカモメやウミウも久方ぶりの晴天の下、今日はずいぶん陽気に見える(もっとも、夜の宴会への期待という、自身の心理的状態もあったかもしれぬが)。


岩礁上のウミウヒメウ(左から2番目)
2006年6月 北海道広尾郡広尾町
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 広尾から襟裳に至る海岸線の道路は、片側に海岸線まで迫り出している山地、もう片側に海と磯を眺めながらの、なかなかに風光明媚なルートである。ただ、そのような地形ゆえ道路の開削や維持には莫大な予算を必要とし、「黄金道路」と呼ばれる所以となっている。
 海側の道路端には至る所にオオセグロカモメが止まって日向ぼっこをしているが、そうしたカモメの中にやや雰囲気の異なる1羽を認めた。若鳥だが、上面のうち背や肩羽には成鳥の色が出ているところをみると、第2回夏羽すなわち一昨年に生まれた個体らしい。その上面の色がやけに薄い。最初は天気が良いので明るく見えるのか思ったが、周囲の他のオオセグロカモメと比較しても薄すぎる。近付いて初列風切の模様や全体的な体色を検討すると、案の定ワシカモメであった。


ワシカモメ・若鳥(第2回夏羽か)
2006年6月 北海道幌泉郡えりも町
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 ワシカモメはコマンドル諸島やアリューシャン列島などで繁殖し、北海道には9月頃渡来する冬鳥なのだが、この若鳥はまだ繁殖に参加する気がないのか居残りを決め込んだようである。このような若鳥の残留はシロカモメなどでも時折見受けられる。ワシカモメは冬の北海道(少なくとも道東・道北)の岩礁海岸では決して少ないカモメではないのだが、どういうわけか比較的最近の文献を見ても「数は少ない」とされているものがある。岩礁海岸に多い傾向があるのと、オオセグロカモメとよく似ているためだろうか。成鳥の上面の濃さにはかなりの差があるものの、若鳥の配色のパターンなどはよく似ている。2種やその近縁種は遺伝的にも近いのだろう。北海道沿岸でも2種の異種間つがいが観察されているし、北米側ではワシカモメとアメリカオオセグロカモメの分布域が重なる地域では、しばしば交雑例があるそうである。


ワシカモメ・若鳥(第1回冬羽)
2006年3月 北海道根室市
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ワシカモメ・成鳥の飛翔
2006年2月 北海道幌泉郡えりも町
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オオセグロカモメ・成鳥の飛翔
2006年2月 北海道幌泉郡えりも町
上のワシカモメと比べると、上面の灰色の濃度は異なるがパターンはよく似ている。
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夏のオオセグロカモメ(成鳥)
2006年6月 北海道根室市
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 季節はずれの鳥といえば、ここ数年十勝川下流域でオオハクチョウの越夏が増えているように思う。以前から時々見られたが、それらは1羽が具合悪そうにしていて、じきに姿を消してしまう感じだった。ところが、最近では見るからに元気そうな個体が何羽か夏を過ごし、秋を迎えている。今日も2ヶ所で4羽を見かけたが、1ヶ所では3羽が普通にくつろいだり、採餌していた。こちらはワシカモメやシロカモメとは違って、成鳥が大部分である。オオハクチョウの本来の繁殖地は、日本よりずっと北なのだが道央のウトナイ湖では数年前から一つがいが繁殖しているという。同じようなことが十勝で越夏しているハクチョウの中から起きないか、動向を見続けたい。
 
緑の中のオオハクチョウ
2006年6月 北海道十勝川下流域
「冬の使者」のイメージからはかけ離れた光景だ。
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襟裳岬の夕景二点
2006年6月 北海道幌泉郡えりも町

日高山脈が高度を下げながら岬に向かって張り出してくる。
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その南端は岩礁となって太平洋に没してゆく。
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(2006年6月29日   千嶋 淳)


オシドリ天国

2006-06-25 02:00:07 | カモ類
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All photos by Chishima,J.
オシドリ・オスの小群 2006年6月 北海道)

 6月の北海道と云えば、5月と並んで一年でもっとも爽やかな季節のはずである。澄んだ青空の下、どこまでも続く緑を纏った大地を一条の心地よい風が吹き抜けてゆく、そんな季節のはずである。ところが、今年は6月を迎えてからというもの、太陽がほとんど顔を出さず、曇りや雨の日が続いている。まるで内地の梅雨だ。こんな時に本州の人から「北海道は梅雨がなくていいですね」などと言われると、実に恨めしい気分になるものである。それでも、今日の午後は広がり始めた青空の、雲の隙間から地上を射た強い日差しが、緑の一段と色濃くなったことを教えてくれた。カラ類やノビタキの巣立ち雛も日増しに増えてきた。北国の短い盛夏は、目と鼻の先にあるらしい。
 話は変わって、今週出かけていた場所はオシドリの非常に多い場所である。北海道ではオシドリは、極東という世界的な分布域の狭さも相まってか、道レッドデータブックで希少種に指定されてはいるものの、普通に繁殖するカモ類であり数も少なくない。ただし、主要な生息環境は山地の湖沼や河川であり、今回の場所は完全に平野部の湖とその周辺である点が特筆に値する。くわえて、非繁殖期以外は分散している印象のある本種が、他のカモ類なみの密度でいることもこの場所の特徴といえる。


つがい(オシドリ
2006年6月 北海道
湖畔林の地面で雌雄が植物質のものを採餌していた。
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 数が多いので、それだけいろいろな状況で見られることになる。樹林に囲まれた小さな河川や水辺など、従来のイメージ通りの場所で出会うこともあれば、農耕地内の開けた水路や畑、水田など凡そ本種のイメージからはかけ離れた場所で見ることも少なくない。人造物や人工構造物などの上にいることもよくある。


水田にて(オシドリ
2006年6月 北海道
田植え後の瑞々しい水田にやってきたつがい。
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ボートの上で一休み(オシドリ
2006年6月 北海道
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護岸の客(オシドリアオサギ
2006年6月 北海道
ヨシの着生を促すブロック上で休息していた。
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 今回は孵化には少々早いのか雛連れを見ることはなく、雄の小群かそれに少数の雌の加わったもの、もしくは雌雄のペアが多かった。面白いのは雄の羽衣の多様性であった。それが顕著に現れるのは三列風切の1枚である銀杏羽で、綺麗に残っているもの、残ってはいるが褪色してみすぼらしいもの、完全に喪失しているものなどその状態は様々であった。こういったものは、繁殖の状況や栄養状態などに大きく左右されるのであろう。


6月のオス(オシドリ
2006年6月 北海道
下の2月の写真と見比べると、いかに色褪せているかわかるだろう。
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2月のオス(オシドリ
2006年2月 東京都渋谷区
繁殖を控えた、一年でもっとも美しい時期。
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オシドリのメス
2006年6月 北海道
一見地味だが、上品な配色だと思う。
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 7月に入ればそこかしこで親子が見られるようになり、農地内の水路なども自由に往来する。8月末から9月には、巣立った幼鳥も含む数十羽の群れで行動するのが観察されるが、10月までにはほぼ渡去する。
 この場所が平地にも関わらず、これほどまでの密度でオシドリが繁殖しているのは、おそらく本種の巣となる樹洞が豊富に存在するためだろう。周辺の丘陵地や低山は、かなりの面積がカラマツやトドマツの植林に替わっているが、湖畔やそれに隣接する斜面には自然林が多く残されている。ミズナラやヤチダモを主体とする明るい林で、大木も多ければ朽木も多い。そうした林が樹洞営巣性鳥類にとっての楽園であろうことは、ゴジュウカラやニュウナイスズメの多さ、また平地林にも関わらずオオアカゲラが繁殖していることからも想像できる。
 開拓の途上で失われてもおかしくなかったこのような林が今日まで残されてきて、そこに暮らす鳥たちと出会うことができた偶然に乾杯。そして、オシドリのような種にとっては、豊かな森と水域の両方があってこそ生きてゆけるのだと改めて強く思う。


ゴジュウカラ
2006年4月 北海道河西郡中札内村

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ニュウナイスズメ(オス)
2006年5月 北海道中川郡池田町
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「オシドリの湖」
2006年6月 北海道
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(2006年6月24日   千嶋 淳)


若鶴たちの夏

2006-06-23 16:26:28 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All photos by Chishima,J.
対峙する3羽の若いタンチョウ 2006年6月 北海道十勝川下流域)

 曇天は、晴天時には空の青や樹林の濃緑にかき消されがちな、色濃くなり始めた農耕地の緑色を引き立てる気がする。そんな曇り空の下、採草地で3羽のタンチョウが前傾姿勢でしばし対峙していた。次の瞬間、3羽は翼を開いて勢いよく跳躍した。緑の牧草地を背後にぱっと開いた白花が、目に鮮やかな対比を作り出す。3羽はぶつかり合うような体勢で1メートルほど舞い上がると着地し、今度は何事も無かったかのように採餌や羽づくろいに戻った。縄張りをめぐる争いみたいな光景だが、3羽のうち2羽は首の黒い部分が褐色味を帯び、翼にも黒色部の多い前年生まれの若鳥だ。もう1羽も一見成鳥のようだが、翼を開くと初列風切や初列雨覆の先端に黒色の残る、2歳鳥である。
緑を背後に白の咲く…(タンチョウ
2006年6月 北海道十勝川下流域
写真1の前後の行動

ジャンプしてぶつかり合う
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2羽での踊り
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 大型のタンチョウでは性成熟に3年以上を要するため、1・2歳の若鳥は越冬地を離れた後も繁殖活動に従事することなく、ぶらぶらと夏を過ごしている。根室地方では風蓮湖や野付半島などの干潟が餌も豊富で、こうした若鳥たちの人気スポットとなっているようだが、十勝にはこのような広大な湿地は少ない。そして、数少ない海岸部や十勝川下流域に残された湿地には繁殖つがいが既に過剰なまでの密度で縄張りを構えている。そのためだろう、この時期の若鳥は繁殖鳥の縄張りとなっていない農耕地や堆肥などで見ることが多い。それらの一部は作付け後の畑を踏み荒らしたり、そこで採餌したりして農家との軋轢を引き起こす原因にもなっている。


前年生まれのタンチョウ3点

2006年5月 北海道十勝川下流域
風の強い5月上旬の午後、デントコーン畑で2羽が踊っていた。
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2006年3月 北海道十勝川下流域
僅かに解け始めた湿地で貝を食べていた。しかし、繁殖つがいの縄張り内にあるこの場所では、じきに姿が見えなくなった。
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2006年5月 北海道十勝川下流域
農耕地内の堆肥に飛来した。餌が豊富なのだろう。
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 農耕地などでふらふらしている若鳥は主に2~3羽で、文頭に紹介したような争いと見紛うような舞を演じている姿をよく見かける。このような行動には何がしかの社会的な意味があるのだろうか?それとも、ただ単に退屈を紛らわす、意味の無い「遊び」にすぎないのだろうか?踊りには、「緊張とそれに続く弛緩が引き金となり得る」(「タンチョウ そのすべて」正富宏之著)そうなので、先の場合には私たちが通りかかったことも影響しているのかもしれない。
 ちなみに、ゼニガタアザラシでは3~5歳前後のオスに、海中でもつれ合うように泳いだりマウントしたり、あるいは海上へジャンプするなどの遊び行動が多く観察されており、オスが上陸場へ定着してゆく過程で、互いの体力などを推し量るなどの将来の繁殖につながる効用があると考えられている。


ゼニガタアザラシの遊び行動
2005年5月 北海道東部
遊び行動には何種類かあるが、これは2頭がもつれるようにグルグル回る「ローリング」と呼ばれるもの。
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 いずれにしても舞を踊ったり、農家の庭先で餌を食べたりと人間の目には気楽な青春を謳歌しているように見える若鳥たちも、今年生まれの幼鳥が飛べるようになって親子で農耕地へ姿を現わす頃になると(もっとも最近では生後間もないヒナのうちから農耕地に出入りしている「生まれついての畑タンチョウ」もいるのだが…)、ぱっと見では成鳥と区別がつかなくなる。そして越冬地で冬を過ごした翌春、それらのあるものは嫁さんもしくはダンナを伴って十勝に帰って来る。


畑に現れた「新世代タンチョウ」の親子
2006年6月 北海道十勝川下流域
分かりづらいが、2羽の成鳥の間にまだ小さなヒナがいる。
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5月中・下旬の花

エゾキケマン
2006年5月 北海道帯広市
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ムラサキケマン
2006年5月 北海道中川郡豊頃町
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コンロンソウ
2006年5月 北海道十勝群浦幌町
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マルバネコノメ
2006年5月 北海道十勝群浦幌町
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(2006年6月19日   千嶋 淳)


霧の季節

2006-06-16 16:53:55 | ゼニガタアザラシ・海獣
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All photos by Chishima,J.
ゼニガタアザラシのオス成獣 2006年6月 北海道東部)

 「ザッパーン」。一筋の荒波が激しく磯を洗い、先ほどから上陸していたゼニガタアザラシの雄が、いかにも億劫気に体を反らした。岩を上り詰めて勢いを失った波が再び海に戻ってゆくと、アザラシは何事も無かったかのように、また惰眠を貪り始めた。

 見るからに長閑な光景であるが、彼の後肢に刻まれた真新しい傷は、彼の境遇が決して長閑ではないことを物語っている。彼が自分のことを何と思っているか知る由もないが、我々はこの雄を「M12」(Mは英語で雄を表わすmaleの略で、雄の12番という意味)という名で呼んで、個体識別している。1997年に5歳前後として初めて登録されたので、今年は14歳前後ということになる。ゼニガタアザラシにおける生物学的な性成熟は5歳前後であるが、社会的にも成熟して繁殖に参加できるのはそれから更に数年がかかると考えられている。寿命は不明な点が多いが、おそらく20数年から30年くらいである。したがって、14歳前後の今は、雄としてもっとも脂の乗った時期かもしれない。5月に始まった出産・育仔の時期はそろそろ収束に向かい、子供が離乳して発情の兆候を示す雌も多くなってきた。昼間は平和な時間を送っているかに見えるこの雄も、雌が索餌に出るであろう夜間には海中で、雌との配偶の機会をめぐって雄同士の激しい闘いに明け暮れているのではないだろうか。


霧の中のゼニガタアザラシ
2006年6月 北海道東部
白色のベールに覆われつつある上陸岩礁の上を、オオセグロカモメが飛んでいった。
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道東の海岸線
2006年6月 北海道東部
釧路以東の太平洋岸は、このような岬と海蝕崖を中心とした岩石海岸が多い。
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 「ピッピッピッピッピッ…」。波音を縫ってケイマフリの声が、崖上にいる私の耳元まで聞こえてきた。かつては北海道の各地でコロニーを形成して繁殖していた本種は、混獲や繁殖地への人の立ち入りによってその数を大きく減らしたが、この無人島では数十羽がかろうじて生き残っている。ケイマフリも今は恋の季節。海上に目を転じると所々でつがいが鳴き交わしやディスプレイフライトに夢中になっている。鮮赤色の脚が、透明度の低い北の海の中でもひときわ目に眩しい。

ケイマフリ(夏羽)
2005年6月 北海道東部
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 「ポーッ」。数キロ離れた本土の灯台から発せられた霧笛の音に対岸を見やると、いつの間にか本土は霧の中に姿を隠していた。おそらく、あと1時間もしないうちに乳白色のカーテンがすべてを覆い隠してしまうだろう。この時期、黒潮に温められた湿った空気が、道東沖で寒冷な親潮に出会うと温度差によって海霧が発生しやすくなる。6月から8月の3ヶ月間で、根室の霧日数は60日以上におよぶ。実に3日に2日は霧が発生している計算になる。
 ハヤブサやオオセグロカモメに見とれている間にも霧は一層濃くなり、すでに一つ先の入り江を見ることはできない。こうなったら迷わないうちにテントに帰った方が得策だ。
 「ザッパーン」。再び荒波が磯を洗う音が聞こえ、真下のアザラシが波を避けてしなったように見えたが、その輪郭はすでに霧の中に霞んでいた。


ハヤブサ(成鳥)
2006年6月 北海道東部
エゾイヌナズナの白花が咲き誇る崖に、1羽の成鳥が佇んでいた。
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霧の中のゼニガタアザラシ
2005年5月 北海道東部
2・3歳の若獣が換毛前で痒いのか、短い前肢でしきりに体を掻いていた。
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道東・初夏の花たち
2006年6月 北海道東部

ユキワリコザクラ
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ハクサンチドリ
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サカイツツジ
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(2006年6月16日   千嶋 淳)
注記:この無人島は海鳥等の保護のため入島は厳しく規制されており、調査は関係各機関の許可を得て行なっている。