All Photos by Chishima,J.
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タンチョウ 2007年2月 北海道広尾郡大樹町)
タンチョウは、日本人に最も愛されている鳥の一つではないだろうか。古来から「ツルは千年」というように、おめでたい瑞鳥として親しまれて来た。毎年、正月にはタンチョウが登場する迎春CMを必ず見るし、前の千円札にもこの鳥は描かれていた。純白と黒の体に、頭頂部の赤が織り成す清楚な感じが好まれるのかもしれない。しかし、その気性は、出で立ちから想像されるほど優雅ではなく、むしろ裏腹に激しいものであることは案外知られていない。「イメージを壊すな」と怒られそうだが、そんな気性の激しさを物語る小話を二つ、紹介しよう。
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秋の日は釣瓶落としというけれどまさにその通りで、ついさっきまで遡上するサケを見ることができた川面は、一部が夕焼けの名残を反射して仄かに赤い以外一面の漆黒である。立冬間近の午後4時40分。吹き下ろす風は肌を刺すように冷たく、すぐそこまで来ている次の季節の存在を、有無を言わさず突き付けてくる。
付近の畑での採餌を終えたタンチョウのつがいが、低空を飛んで帰って来た。岸近くの浅瀬に降り立ったつがいは、そのまま歩いて川の真ん中あたりを目指す。そのあたりの浅瀬では、既に5羽のオオハクチョウ(おそらく両親と3羽の幼鳥から成る家族群)が休んでおり、タンチョウもそこを目指しているようだった。
浅瀬で塒をとるオオハクチョウに接近するタンチョウ
2007年11月 北海道十勝川中流域
「大型水鳥が塒として好む場所は一緒なんだなぁ」と感心して眺めていたが、じりじりとハクチョウへの距離を詰めたタンチョウは、翼を広げて威嚇し、ハクチョウを攻撃し始めた。体の大きさでも数の上でもハクチョウが有利なはずなのだが、突然の攻撃に面くらい、かつタンチョウの剣幕に押されたのだろう。首を伸ばして応戦してみるも少しずつ、しかし確実に後退を余儀なくされ、結局流れのある深みに追い出されてしまった。
オオハクチョウを攻撃するタンチョウ
2007年11月 北海道十勝川中流域
これで終わりではなかった。タンチョウは踊り始めた。この踊りは、縄張り内に侵入してきた他の家族や若鳥と喧嘩して、勝利した時に見示すような、喜びの舞である。2羽のタンチョウは、ハクチョウを追い払ったことに満足しているようだった。
喜びの舞を踊るタンチョウと、最後の抵抗を示すオオハクチョウ
2007年11月 北海道十勝川中流域
タンチョウが舞っている間に、完全に諦めたのだろう。ハクチョウは夕闇の中に姿を消した。もう一度、初めから今宵の宿を探さなければならない。一方、タンチョウは先刻の闘争など何所吹く風とばかりの穏やかさで、1羽は羽づくろい、もう1羽は足元での軽い採餌と、着実に塒入りの準備を進めている。(11月6日)
就寝直前(タンチョウ)
2007年11月 北海道十勝川中流域
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厳しく冷え込んだ朝。オオワシやオジロワシがサケの死骸を求めて飛来するこの水辺も、半分以上氷に覆われた。それでも、ワシたちは氷の下から引きずり出したサケの、固くシバれた身を、強靭な嘴で引き裂きながら朝の糧としている。
数羽のワシが集う浅瀬に、タンチョウの姿を認めた。成鳥2羽、幼鳥2羽の家族だ。月頭まで断続的に観察されていたつがいには子供が無かったので、他所から飛来したものと思われる。この寒さで餌が捕れなくなり、流浪するうちにここに辿り着いたのだろう。それにしてもオオワシ、オジロワシにタンチョウとは、何とも贅沢な光景ではないか!こうした光景を日常的に見ることができるのは、世界広しといえど道東の一部くらいではないだろうか。
贅沢な光景(オオワシとタンチョウ)
2007年12月 北海道十勝川中流域
両種とも分布は極東の狭い地域に限られ、日本を訪れる外国人バードウオッチャーにとっては憧れの的。
タンチョウの家族は、しばらく浅瀬で水中に嘴を差し込んで餌を探していたが、2羽の幼鳥と1羽の幼鳥が徐に、近くの中州にいたオジロワシの幼鳥に近付き始めた。オジロワシは徒ならぬ空気を察したのか、数mまで接近した時点で飛び去ってしまった。
オジロワシの幼鳥に近付くタンチョウ
2007年12月 北海道十勝川中流域
この直後にワシは飛び去った。
その後、今度は成鳥が先導する形で、少し離れた浅瀬の氷上でサケを食べているオジロワシ成鳥への接近を開始した。じきに3羽はオジロワシのすぐ脇で、ワシを取り囲む形になった。それでも、さすがは成鳥らしく、悠然とサケを食べ続けていた。ところが次の瞬間、成鳥が翼を広げてオジロワシに飛びかかった。飛び蹴りである。不意を衝かれたオジロワシは大慌てで逃げ出したが、タンチョウはなおも追撃の手を緩めず、オジロワシは完全に排斥された。
一連の襲撃(タンチョウ・オジロワシ)
2007年12月 北海道十勝川中流域
成鳥が先導して3羽のタンチョウがオジロワシ・成鳥に接近中。
3羽のタンチョウがワシを取り囲んだ。
成鳥のタンチョウがワシを攻撃し、ワシは慌てて逃げ出した。
逃げるオジロワシをタンチョウがなおも追う。
繁殖期でも自分の縄張りでもないのにずいぶん防衛意識の強いタンチョウだなと思っていたが、次の行動を見て、これが防衛目的の攻撃ではないことを理解した。もう1羽の成鳥も加わった4羽は、オジロワシの食べていたサケをつつき始めたのである。トウゾクカモメがミツユビカモメやアジサシを、またオオセグロカモメが他の海鳥類を襲撃して餌を奪うのはよく見るが、タンチョウが家族ぐるみでオジロワシを襲撃するという、スケールの大きな盗賊行為は初めての観察で、少々微笑ましいと同時に厳寒期に食料を確保することの大変さに思いを巡らせた。
その日の内に、タンチョウの親子は姿を消した。(12月21日)
ワシの残したサケを食べるタンチョウの家族
2007年12月 北海道十勝川中流域
(2008年2月21日 千嶋 淳)