鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

センダイムシクイ・アオジ・アカハラ

2006-05-31 13:17:19 | 鳥・春
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All photos by Chishima,J.
センダイムシクイ 2006年5月 北海道中川郡豊頃町)

 先日、東京の人から「沖でウミツバメを沢山見た。」というメールをいただいたので、返信の中で「いいですね。こちらの5月はセンダイムシクイばかりですよ。」と書いたら、「センダイムシクイなんていいじゃないですか!東京はツバメ、メジロ、シジュウカラくらいのものです。」と返されてしまった。そして、関東にいた時分にはセンダイムシクイは新緑と共に初夏を告げる、憧れの鳥の一つであったことを改めて思い出した。4月末から5月頭、山への移動中に平野で聞く本種の囀りに、夏鳥シーズンの到来を感じたものだ。
 そんな新鮮な感動を忘れさせてくれるほど、北海道の林にはセンダイムシクイが多い。高緯度地帯特有の垂直分布の下降により平野部でも普通な上に、河畔林や公園、ちょっとした緑地などとにかく緑のある所には見かけないことがないくらいである。「風薫る川辺で」でも書いたように、伐採や洪水といった撹乱の少なくなって成熟中の河畔林には特に多く、本種に托卵するツツドリの姿も川の周辺で増えているように思う。


囀り(センダイムシクイ
2006年5月 北海道中川郡豊頃町
小さな体サイズに反して、声量は大きい。
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捕食(センダイムシクイ
2006年5月 北海道河西郡芽室町
その名の通り、枝先で虫を捕らえた。
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エゾムシクイ
2006年5月 北海道帯広市
センダイムシクイよりはやや標高の高い、針広混交林に多い。針葉樹の樹幹部にいることが多く、姿を見ることは難しい。
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 同じように初夏の北海道でありふれた鳥に、アオジがある。こちらはセンダイムシクイ以上にどこにでもいる鳥で、5月の早朝にアオジの声のしない場所を探すことは困難だろう。アオジの囀りは文字で表すには少々複雑だが、北海道に来て間もない頃、「千代ちゃん、ちょっとビールが飲みたいな」と聞きなすと良いと教えてくれた人がいる。その時は「そうか?…」と思ったものだが、10年以上聞いていると今ではそうとしか聞こえないから不思議なものである。

アオジ(オス)
2006年5月 北海道河西郡芽室町
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アオジ(メス)
2006年5月 北海道河西郡芽室町
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囀り(アオジ
2006年5月 北海道広尾郡大樹町
左手前にはキタコブシの白い花。
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地面で採餌(アオジ
2006年5月 北海道中川郡豊頃町
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 夏鳥の減少が言われるようになって久しいが、この2種の多さは世の中にまだ鳥たちによる、夜明けのコーラスが存在していたことを高らかに宣伝しているようで、ちょっとほっとした気分にさせられる。疎林やヤナギ林など、人間の営みによって創出された環境をうまいこと利用してきた結果であろう。
 しかし、当然のことながらそのような鳥ばかりではない。代表格を一つ挙げるなら、アカハラだろうか。ほんの10数年前、帯広近郊の夜明けはアカハラとともに始まったと言っても過言ではない。それくらい多かった。友人たちと酒盃を交わしていて、気が付いたら他種に先がけて鳴くアカハラのコーラスに包まれていることもしばしばだった。その喧騒が、今はずいぶん静かになった。また、秋の渡去前には実の成る木に集団で群がっていたものだが、そんな群れも見なくなった。残念なことである。輪をかけて残念なのは、その原因がよく分からないことである。森が無くなったとかなら分かりやすいし、対策の取り様もあるだろう。しかし、環境が人間の目にはそう大きく変わっているようには見えないのに、ある種の鳥は確実に減っている。これは辛いことだ。

アカハラ(オス)
2006年5月 北海道帯広市
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 それでも、アオジやセンダイムシクイはまだたくさんいてくれる。フィールドの悩みはフィールドで解決するしかない。今夜は寝酒をこの辺で打ち切って、明日は早朝の原野に繰り出してみようか。

(2006年5月30日   千嶋 淳)


北米からの珍客たち

2006-05-23 21:13:41 | カモ類
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All photos by Chishima,J.
ナキハクチョウ 2005年10月 北海道帯広市)

 続々渡来する夏鳥たちとは対照的に、春の湖沼や河川を賑わせていたカモやガン、ハクチョウなどカモ科の水鳥はこの半月ほどで一気に少なくなった。普通に繁殖するマガモやカワアイサ、局地的に繁殖するカルガモやヨシガモなどを除く多くの種は北海道よりさらに北方で繁殖し、9月、一抹の秋風とともに再びこの地に帰ってくる。
カワアイサ(オス)
2006年3月 北海道十勝郡浦幌町
オスの体下面は、色素によって淡い桃色を帯びる。
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ヨシガモ(オス)
2006年5月 北海道中川郡豊頃町
国内では普通種だが、世界的にはアジア東部にのみ分布する種。
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 越冬期のカモ類を観察する楽しみの一つに、群れの中からいろいろな種類、時に珍しい種を発見する喜びが挙げられる。思えば、先の冬は十勝地方でも珍しいカモ科鳥類、特に北米からの迷鳥の渡来が相次いだものだ。
 筆頭は国内でも4例目のナキハクチョウだろうか。10月下旬、市内の川へのハクチョウ初飛来を告げる新聞記事が地方面の片隅に掲載された。記事がちらっと目に入った私は、嘴の黒っぽいハクチョウが1羽写っているのを見て、深く考えもせず「ほう、アメリカコハクチョウ(コハクチョウの北米産亜種で、やや珍しい)が来ているのか」と思いつつも忙しくて見に行けないでいた。数日後、知人から「××川にナキハクチョウみたいのが来ている」との連絡を受けた。慌てて新聞を引きずり出し、あらためて写真を眺めてみると件のハクチョウはオオハクチョウと同サイズで、明らかにナキハクチョウであった-アメリカコハクチョウならもっと小さいはずである。ナキハクチョウは年末近くまで市内や近郊の川や農耕地で観察されていたが、その後東北地方に移動したようである。時折出す、「ブゥ-」という間の抜けた声が印象的だった。

ナキハクチョウ(左)とオオハクチョウ
2005年10月 北海道帯広市
しばしば行動をともにしていた。
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 ナキハクチョウ渡来から一週間も経たないうち、同じ場所に今度はクビワキンクロが現れた。オスながらエクリプスか幼鳥で地味なため、ナキハクチョウ騒動で多くの鳥見人が訪れていたにも関わらず、気付く人もほとんどなかった。厳冬期の一時見えなくなり、晩冬に再び姿を現した時には見紛うことなきクビワキンクロのオスに変身していた。これはさすがに多くの人に気付かれて新聞記事にもなったが、その直後何人もがこの小さな川に、好き勝手な場所からアプローチしたため、カモが非常に神経質になっていたのは残念であった。それでも4月の前半くらいまでは滞在し、キンクロハジロのメス相手にヘッド・スローと呼ばれる頭部を後方に反り返らせるディスプレイをしきりに仕掛けていたが、まるで相手にされていなかった。本種は道内では斜里や余市などで数例の記録があるだけだが、10月前半に網走地方でもメス1羽を観察しており、キンクロハジロやスズガモの群れに混じって、時々渡来しているのかもしれない。

クビワキンクロのオス(中央 周囲はキンクロハジロ
2006年4月 北海道帯広市
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 年が明けて間もなく、海岸部の漁港にオオホシハジロの小群(オス8、メス4の合計12羽)が出現した。本種は北日本を中心にほぼ毎年記録のある種ではあるが、たいていは1~数羽での出現で、今回のように10羽を越える記録はきわめて稀であると思われる。確か何冬か前に、道東の厚岸でやはり10羽以上の渡来があったように記憶している。

オオホシハジロの雌雄
2006年1月 北海道中川郡豊頃町
左側がメス
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オオホシハジロ(右)とホシハジロ(ともにオス)
2006年1月 北海道中川郡豊頃町
写真が不鮮明だが、嘴の形状や色、首の長さ、体の白さなどが異なる。
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 アメリカヒドリとコガモの北米産亜種アメリカコガモは、ほぼ毎年1~数羽が帯広周辺にも渡来しており、珍客中の常連といえる。これらはメスの識別の困難さから、発見されるのはほとんどオスであり、実際にはもう少し来ているのだろう。アメリカヒドリのメスは、冬の前半には顔の模様や体色のパターンなどからヒドリガモのメスと区別可能だが、晩冬以降は磨滅等によりヒドリガモもアメリカヒドリ的な特徴を示すようになり、おそらく腋羽以外での決定的な識別は困難である。アメリカコガモの中には亜種コガモの特徴を併せ持つものもおり、それらは亜種間の交雑個体と思われる。種間雑種ですら比較的生じやすいカモ類では、亜種間の交雑はかなり頻繁に起きるのであろう。

アメリカヒドリ(オス)
2006年4月 北海道帯広市
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コガモ(オス)
2006年2月 北海道中川郡幕別町
胸の側面に白い縦線がある一方で肩羽に横線も入ることから、亜種アメリカコガモと亜種コガモの交雑個体と考えられる。
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 日本に飛来する迷鳥は、①北極圏から南下してくるもの(ケワタガモ、ゾウゲカモメなど)、②沿海州や中国などユーラシア大陸東部から飛来するもの(アカアシチョウゲンボウ、マミジロキビタキなど)、③東南アジア方面から迷行するもの(レンカク、ナンヨウショウビンなど)、④北アメリカから飛来するものなどに大別できるが、北海道、特に東部はアリューシャン列島から千島列島を経た延長線上にあることもあって、北米系が圧倒的に多い。過去に記録のある迷鳥もコキアシシギ、カナダヅル、サバンナシトド、また非公式ながらミドリツバメやウタスズメなど北米系の種が名を連ねる。こうした種の多くは北米大陸では普通種であり、たとえばナキハクチョウやアメリカヒドリも、こちらでのオオハクチョウやヒドリガモのように市街地の池などで群れを成しているらしい。したがって、鳥ではなく自分が北米に赴けば日本での珍鳥の多くを、より自然な状態で見ることができるのだろう。しかし、貧乏で大の飛行機嫌いな私は、自分のフィールドでたまに現れる珍客との出会いを楽しむのも悪くないと思っている。

シジュウカラガン(首を上げている個体 周囲はマガン
2006年4月 北海道十勝川下流域
本種は北米に広く分布するが、日本へは主にアリューシャン列島で繁殖する亜種がごく少数飛来する。戦前までは群れで渡来していた。
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(2006年5月23日   千嶋 淳)


風薫る川辺で

2006-05-21 23:49:38 | 鳥・春
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All Photos by Chishima,J.
キアシシギ 2006年5月 北海道中川郡幕別町)

 長い冬の眠りから覚めた4月を引き継いで、夏に向かって一直線に加速してゆく5月の十勝は、寒暖の差の激しい月でもある。先週の土曜日、友人たちと市内の公園で花見を楽しんだ。薄曇ながら暑くも寒くもない快適な陽気で、ここを先途と咲き誇る桜花に酒盃も進んだ。翌朝、宿酔の頭を抱えながら見たものは降りしきる雪であった。そして週明け、雲一つない晴天の下気温はぐんぐん上がり、数日連続して真夏並みの25℃以上の日々が続いた。
 そんな気温の高い日を快適に過ごせる場所は、川辺を置いて他にないだろう。大雪や日高山系からの雪解け水は足を浸すにはまだ冷たすぎるが、豪快に流れる瀬の音そのものが清涼剤として十分な役割を果たしてくれる。そして他の木々に先がけて、いち早く芽吹き始めたヤナギの鮮やかな黄緑色。澄んだ青空とそれを映して瀬音とともに流れ下る川面にそこを渡る風、それらの青に挟まれた瑞々しい新緑を目の当たりにして、心に平安を感じない人間はまずおるまい。ヤナギ林の背後、まだ寒々とした河岸段丘をエゾヤマザクラの薄紅色が控えめに彩っていたりしたら、気分はもう最高である。

新緑と薄紅色の対比
2006年5月 北海道帯広市
新緑に萌えるヤナギ河畔林の背後はまだ冬枯れ色だが、エゾヤマザクラが彩を添えていた。
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 そして川とその周辺は鳥の姿も多い場所だ。多くの鳥にとって繁殖の最盛期である5月は、彼らの命の息吹を感じるのに最適な季節である。川原にはコチドリやイカルチドリ、イソシギなどの渉禽類の姿が目立つ。まだ雪の残る時期から抱卵しているイカルチドリは、既に数羽の雛を連れているかもしれない。また、これから更に北方まで渡ってゆくキアシシギの姿を見ることが多いのも、この季節ならではといえる。

コチドリ
2006年4月 北海道中川郡豊頃町
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 河畔林や潅木、草原などいくつもの環境が入り混じった河川敷もまた、魅惑的な鳥見スポットである。疎林は、北海道内でも分布が限られるコアカゲラが割と多く見られる場所であるが、春先には「キーキーキー…」とアリスイに似た、だがより鋭い声で鳴いているので一年でもっとも見やすい。運が良ければ、樹幹を掘って今年の新居を建設中の姿に出会うこともある。

巣作り中のコアカゲラ(上:オス 下:メス)
2006年5月 北海道帯広市
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 ヤナギの林にはセンダイムシクイが多い。「焼酎一杯グィー」と聞きなされる囀りを伴って、属名の「Phylloscopus(葉の観察者)」よろしく、枝先から枝先へ昆虫を求めて忙しなく動き回っている。20~30年前の調査結果をみると、十勝の河畔でこれほどのセンダイムシクイは確認されていない。伐採や洪水による更新が少なくなった結果、林が成熟してきたのではないだろうか。

センダイムシクイ
2006年5月 北海道帯広市
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 他にも夜明け前後の河畔林はアカハラやクロツグミのコーラスの饗宴に包まれるし、潅木の多い場所ではベニマシコやノゴマといった北国特有の歌い手たちを目と耳の両方で満喫できる。センニュウ類など草原性の鳥は渡来の遅いものが多いが、ホオアカやノビタキは早くからその姿を披露してくれる。上空からはオオジシギやヒバリがけたたましいまでの援護射撃を加えてくることだろう。

ベニマシコ(オス)
2006年5月 北海道帯広市
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ディスプレイ・フライト中のオオジシギ
2006年5月 北海道中川郡池田町
尾羽をぱっと開き、急降下に転じた。直後に頭上から「ザザザザザ…」の轟音。
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 5月の北海道はかくのごとく生命の躍動に満ち溢れており、日ごとの野歩きの楽しさも格別であるが、一つだけ悩みがある。それは、早朝に活動のピークを迎える鳥たちに合わせた早起きが生来夜と酒を愛する私の生活リズムと相容れず、慢性的な寝不足に陥ることである。

郊外の風景
2006年4月 北海道帯広市
秋蒔き小麦畑の緑以外は褐色の農耕地の背後には、残雪を頂いた日高山脈が聳える。
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(2006年5月21日   千嶋 淳)


うねりとの闘い

2006-05-18 01:28:18 | ゼニガタアザラシ・海獣
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All Photos by Chishima,J. 
岩礁上で休息するゼニガタアザラシ 以下すべて2006年5月 北海道東部)

 ゴールデンウィークの後半、ゼニガタアザラシ調査で道東に出かけた。本種の生態調査は、 「早春の海辺」で紹介したように無人島や人が近付けない沿岸の崖の上から行なわれるのが普通であるが、今回赴いた場所は少々特殊である。沖合いに位置する岩礁にアザラシが上陸するため、陸上から観察することも人がそこに上陸して見ることもできない。そこで、地元の漁師さんに船を出していただいて、船の上から個体数のカウントや個体識別用写真の撮影を行なっている。
 船上からの調査となると、限られた時間の中でいくつもの調査項目をこなすための分業は欠かせないし、傭船費用も決して安くない上に波浪など海上の条件が整うのに何日かかかるのも珍しくないため、実施回数は自ずから制限されてくる。アザラシに関わる研究者や学生などの都合が合致した時ということになる訳だが、今回運良く実施され、私もそれに参加できた。
 何度も船に乗っている者から初めて調査に参加する者まで、5人の調査員を乗せた漁船が港を出港した。曇天だが、波は穏やかそうだ。波間を掻き分けてゆく船首の先には移動期なのか、クロガモの小群が多い。しばし後、船は岩礁のすぐ沖に到達した。
 船足を緩めてもらい、アザラシを驚かさないようじわじわと接近する。程無くして、岩の一部と化していたアザラシたちが、個々のシルエットとなって浮かび上がってきた。船上はにわかに緊張感を帯び、各自が担うべき仕事に取り掛かる。

接近中(ゼニガタアザラシ
最初はいくぶん警戒した様子を示す。
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 今回の私の任務は、個体識別用写真の撮影である。防水のため鞄にしまっていた機材を取り出すと、岩場に焦点を当てる。しかしここは船の上、思うようにはいかない。波が穏やかとは言え、外洋に突き出したこの海域は漁師に言わせると各方向から波が集まってぶつかるため常に波が荒く、確かに漁船の転覆事故は毎年のように起きている。アザラシたちをファインダーに捉え、ピントを合わせるだけで一苦労だが、そこからシャッターを切るまでに少々でも間が開くと、写っているのは空か海面だけということになりかねない。早撃ちのガンマンさながら、捉えた瞬間にシャッターを押す作業が続く。もはや構図など気にしていられないが、とにかく一個体でも多くの斑紋を写しこむために無我夢中だ。なにしろ今撮影されなければ、今日のこの瞬間にこれらの個体がここにいた記録は永遠に残らないのである。
 アザラシと船との距離は、遠すぎればカウントや写真撮影の精度が落ちるし、近すぎればアザラシは海に逃げ込んで調査どころではなく、第一調査のために上陸場を撹乱して良いはずがない。最初の頃はこの距離の取り方にずいぶん苦労したが、今では漁師さんもすっかり慣れてくれて、近すぎず遠すぎずの距離を保ってくれている。ありがたいことである。

上陸集団(ゼニガタアザラシ
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 岩場の中でも最上段の、いわゆる一等地にはいつものごとくオスの成獣がどっかと居座っている。何頭かは顔や前足に新鮮な傷を負っている。この傷は、繁殖期前後のオス成獣に多く見られるもので、おそらくメスとの配偶をめぐる海中での闘争によるものと考えられている。メスの子育てが終わって交尾期に移行するまでにはまだ2ヶ月近くあるが、繁殖期に頭数の多いこの上陸場の周辺では、既に熾烈な闘争の火蓋が切られているのかもしれない。

オスたち(ゼニガタアザラシ
写真ではわからないが、最手前の個体は前足を怪我していた。
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 外側の、より低い位置にはメスや亜成獣の姿が目立つ。メスの大部分は妊娠してお腹がはちきれんばかりに膨らんでおり、普段は体内に格納されている乳頭が突出している個体もいる。夏の昆布漁期までは人の接近も少ないこの場所は、絶好の子育て場所であろう。

妊娠メス(ゼニガタアザラシ
特に中央の個体は腹が膨らんでいる。オオセグロカモメも写っている。
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 ふと気が付くと5人も調査員がいる割には静かだ。ファインダーから目を離すと、数人の調査員は船酔いのため真っ青な顔をしている。無理もない。停船してうねりをもろに受ける船上で光学機器を覗き続けるのは、至難の業である。自分も少し前から露出補正等をしようとしてもまったく頭が働いていないことに気が付いた。十分気持ち悪い。こうなったら少しでも多く、撮っておくしかないわな。

しなり(ゼニガタアザラシ
波が磯を洗い、最前列の個体はそれを避けてエビのよう反る。
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 30分弱で一通りの観察・撮影を済ませ、帰途に着く。海面を渡る冷たい風が心地よい。
 帰港後、先般亡くなられた先代の漁師さんの御霊前で合掌。知り合った頃には既にかなりの高齢だったが、何度か船にも乗せていただいた。荒波をものともせず突っ込んでゆく姿は、海の男そのものであった。当時首も据わっていなかったその家の赤ん坊は、小学生となってしきりにじゃれついてくる。時の流れを感じながら、漁師さん宅を辞した。個々の命は儚いけれど、それらが繋がれて世界が続いてゆく…。ゼニガタアザラシの出産期は、もう間近だ。

陸地を背後に(ゼニガタアザラシ
沖にあるとは言え、人間のすぐ近くにいる動物であることが読み取れる。
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海岸のウマ
道東沿岸では多く放牧されている。彼らもこれから出産期を迎える。
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(2006年5月17日   千嶋 淳)


格好の止まり場

2006-05-15 22:57:35 | 鳥・一般
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All Photos by Chishima,J. 
オオモズ 2006年4月 北海道中川郡池田町)

 オオイタドリやフキの群落に視界を遮られないこの時期、河川の堤防上を走ると人工物の多さに、改めて驚くことが多い。

 河口からの距離を示すキロポスト、測量のための杭、地下ケーブルの埋設地点や地震計測器、ダム放流の可能性を警告する看板…。人工物の何もない堤防を見出すことは不可能に近い。
 そして海岸や湖沼の縁にも密漁や遊泳を諌めるための看板など、この国の水際は人間の設置したもので溢れている。
 しかし、更に驚くのは多くの鳥がそれらの人工設置物を積極的に利用し、風景として自然に溶け込ませていることである。ノビタキやオオジシギにとって測量杭はお気に入りののソングポストであるし、大きめの看板には大抵カラスが止まって周囲を睥睨している。また、オオタカやコチョウゲンボウなどの中・小型猛禽類にも休息や見張りの場所としての、機能を果たしている。先日のアカアシチョウゲンボウも、やはり測量杭で羽を休めていた。
 最近撮影した写真の中から、このような水辺の人工物に止まる鳥たちの姿を集めてみた。

オオジシギ
2006年5月 北海道中川郡池田町
朝日を受けた測量杭の上で、1羽のオオジシギが自己主張に忙しなかった。
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オオタカ(成鳥)
2005年11月 北海道十勝群浦幌町
晩秋の河川キロポストで休息中。
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ホオアカ
2006年4月 北海道中川郡本別町
ダム放流の危険性を訴える看板でいつまでも囀っていた。
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看板とカラス3点


「掘るなってさ」(ハシボソガラス
2006年3月 北海道根室市
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「釣るなってさ」(ハシブトガラス
2006年5月 北海道中川郡豊頃町
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「浦幌十勝川だってさ」(ハシボソガラス
2006年4月 北海道十勝群浦幌町
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ノビタキ(オス)
2006年4月 北海道中川郡池田町
朽ち果てた杭の上で朗々と歌う。
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測量杭の上で…
2006年5月 北海道中川郡池田町
日没間際の堤防。びっしり並んだ杭にハシブトガラス、その手前にオオジシギ、さらにずっと手前(写真では右から2本目)にノビタキが止まっていた。
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(2006年5月14日   千嶋 淳)