鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

北の海に生きる海獣と鳥

2009-07-13 16:35:26 | ゼニガタアザラシ・海獣
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All Photos by Chishima,J.
ゼニガタアザラシ 2008年8月 北海道東部)


(2009年7月12日第2回シンポジウム「命輝く十勝」(主催:市民フォーラム十勝、帯広市)における講演要旨に写真を追加)

 四方を海に囲まれた北海道は、太平洋、日本海、オホーツク海と3つの海を有し、各海が独自の性質を示すため、海の生物もまた豊富である。しかし、陸上の生態系に比べると、自然愛好者の間でも注目される機会が少ない。本シンポジウムは十勝を対象としてはいるが、海には陸上の山脈や大河のような地理的障壁は少なく、動物たちは自由に往来しているため、本発表では十勝から道東、北方四島に至る海域をひとまとめにし、そこで暮らす海獣や海鳥、彼らが人間との間に抱える問題について紹介したい。

 2003年頃から豊頃町の大津漁港に出没するようになったオスのゼニガタアザラシ(通称「コロ」)は、普段海の獣や鳥に接する機会の少ない十勝の人間にとって、一種の驚きだったのではないだろうか。そもそもゼニガタアザラシとは、どんな生き物だろう?ゼニガタアザラシは、襟裳岬と釧路~根室にかけての道東太平洋岸に周年生息する、陸上繁殖型のアザラシである。無人島や海岸の岩場に上陸場を形成し、休息、繁殖、換毛する。2008年の調査では約1000頭が確認された。陸上で繁殖するゼニガタアザラシに対して、流氷上で繁殖する種もおり、ゴマフアザラシはその代表格といえる。ほかに氷上繁殖種としてクラカケアザラシ、ワモンアザラシ、アゴヒゲアザラシがおり、合計5種のアザラシが見られる。極域以外でこれだけのアザラシ類が分布する海域は、世界的にも珍しい。アザラシと同じ鰭脚類(ききゃくるい)として、アシカ科のトドとキタオットセイが季節的に来遊する。また、鰭脚類ではないが、ラッコも近年道東沿岸への出現が増加しており、2009年2月に釧路川に現れた1頭(通称「クーちゃん」)によって、本種が北海道にも分布することは、多くの人の知るところとなった。鰭脚類・ラッコと並んで、海獣類を代表するのが鯨類である。日常生活での馴染みは薄いが、北海道近海では20種以上が記録され、また釧路や網走はかつて一大捕鯨基地だった。周年生息するイシイルカ、ネズミイルカ、ツチクジラ、シャチなどに加え、春~秋にはミンククジラやマッコウクジラ、カマイルカなども来遊する。十勝沿岸でも、1990年代以降17件5種の鯨類の漂着記録がある。


ゼニガタアザラシ
2008年8月 北海道東部
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ラッコ
2009年7月 北海道東部
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シャチ
2008年4月 北海道目梨郡羅臼町
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 海鳥は、海獣以上に種類が多いので、2つのグループを紹介したい。まずはウミスズメ類。水中を飛ぶように泳いで採餌するこの仲間は、北海道以北の島々で繁殖し、北半球の高緯度海域を代表する海鳥の一つである。ウトウ、ケイマフリ、エトピリカ、ウミスズメなどが道東周辺でも繁殖し、冬期にはハシブトウミガラス、エトロフウミスズメ、コウミスズメなどが北方から飛来する。もう一つはミズナギドリ類である。フルマカモメやオオミズナギドリといった北半球の高・中緯度海域で繁殖する種もあるが、道東で圧倒的に多いのは、南半球で繁殖し、春に赤道を越えて飛来するハシボソミズナギドリとその近縁種(ハイイロ~、アカアシ~ほか)である。

コウミスズメ(冬羽)
2009年1月 北海道東部
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ハシボソミズナギドリ
2009年5月 北海道紋別市
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 ゼニガタアザラシやラッコは周年道東に生息し、トドやハシブトウミガラスはロシアから、ハシボソミズナギドリはタスマニアからこの海域にやって来る。カムチャツカから千島列島を経て道東沿岸を洗う親潮(千島海流)と、冬にオホーツク海を南下して根室海峡、太平洋へと流出する流氷のもたらす豊富な栄養分が、道東を世界的にも豊かな海にしている。


ハシブトウミガラス(冬羽)
2008年11月 北海道東部
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流氷の知床岬
2009年2月 北海道目梨郡羅臼町
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 海獣と海鳥は分類群が異なるにも関わらず、しばしば一緒に扱われる。それは、海洋生態系における高次捕食者という、生態的な地位を同一にし、人間との間に抱えている問題にも共通するものが多いからである。そうした問題の一つに、漁業との軋轢がある。アザラシ類によるサケやタラ、シラウオなどへの漁業被害、トドやオットセイによる魚・漁具への被害、ラッコによる放流ウニへの食害などが問題となっている。漁業被害の一方で、漁網による海獣・海鳥の混獲が少なくない。根室半島周辺の秋サケ定置網だけで年間200~300頭のアザラシ類が死亡している。海中を「飛ぶ」ウミスズメ類にとって刺網は致命的であり、実際この数十年でウトウ以外の道東のウミスズメ類を確実に減らしてきた。沖合の流し網では、ミズナギドリ類やウミスズメ類が混獲されている。次いで、ゴミや廃棄物などへの絡まりがある。中でもテグス・釣り糸、漁具など釣りや漁業活動に由来するゴミへの絡まりは、日常的に観察される。また、海洋汚染の影響を真っ先に受けるのも海獣・海鳥であり、2006年のオホーツク海において5000羽以上の海鳥(主にウミスズメ類)が油汚染で死亡したことは記憶に新しい。


体下面に油の付着したハシブトウミガラス
2009年1月 北海道目梨郡羅臼町
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 これらの問題に対して我々に何ができ、何をすべきかは非常に難しく、また今回結論を出すつもりもない。ただ、ゴミや釣り具を放置しないなどの身近に実行可能な対策と同時に、海獣・海鳥を知り、親しむ機会を創出することも重要ではないかと考えている。その意味で、また謎の多い海獣・海鳥の分布や生態を明らかにするためにも、各地でさかんになりつつあるホエールウオッチングや海鳥ウオッチングなどのエコツアーは、やり方次第では、有効であるかもしれない。
 道東の海獣・海鳥たちは、思いのほか人間の生活圏と隣り合って生きている。同じ海で生きてゆく上での諸問題を解決しながら、共生してゆける日が来るものと、必ず信じている。


マッコウクジラ
2008年9月 北海道目梨郡羅臼町
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(2009年7月10日   千嶋 淳)


シンポジウムのお知らせ

2009-07-09 23:55:19 | ゼニガタアザラシ・海獣
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Photo by Chishima,J.
スパイホップするシャチ 2008年7月 北海道目梨郡羅臼町)


 週末の7月12日(日)に開催される、第2回シンポジウム「命輝く十勝」(主催:市民フォーラム十勝、帯広市)において、「北の海に生きる海獣と鳥」として、簡単な話題提供をさせていただきます。十勝から道東、北方四島に至る海域で見られる海獣・海鳥と、彼らが人間との間に抱える問題について簡単にお話しさせていただく予定です。シンポジウムではほかに「十勝の人類史25000年」、「カムイとはなにか」、「十勝川における自然再生事例」などの演題が予定されており、総合討論の時間も設けられることになっています。近郊にお住まいで、お時間のある方は是非いらして下さい。

第2回シンポジウム「命輝く十勝」
日時:2009年7月12日 14:00~17:00
会場:とかちプラザ(帯広市)2階 視聴覚室



(2009年7月9日   千嶋 淳)





ホオジロの擬傷

2009-07-01 12:40:49 | 鳥・夏
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All Photos by Chishima,J.
ホオジロのメス 以下すべて 2009年6月 北海道)


 先日、猛禽類の調査であてがわれた定点に赴いた時のこと。山間の僅かな平地に造成された採草地に隣接した定点は、ノビタキやヒバリ、ホオアカなど草原性鳥類の豊富な場所だった。その中でスコープや三脚を展開し、調査を始めようとした矢先、雌雄2羽のホオジロが尋常でない騒ぎ方をしているのに気が付いた。
ホオジロ(オス)
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 最初は草本の上で警戒気味に鳴いているだけだったが、じきに2羽は私のいる未舗装道路の地上を駆け回り始めた。両翼を垂らし気味に、時に高く持ち上げて蛇行しながら走るその姿は、擬傷そのものであった。近くに巣があるのだろうか?程無くして付近の草の中に巣立って間もない、まだ尾羽も伸び切っていない2羽の幼鳥の姿を認めた。やはり擬傷だったのだ。私は車とともに30m余り後退し、定点を変更することにした。後退と同時に親子は合流し、翌日以降は親鳥が付近の叢中に出入りしていたから、影響は最小限に留められたものと思われる。


ホオジロの擬傷行動


翼を落として走るメス
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同じくオス
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威嚇気味のオス
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 擬傷は主に地上営巣性の鳥類が巣や幼い雛の近くに外敵が近付いた時に、親鳥が恰も自身が傷付いたかのように振る舞い、巣や雛から自身に関心を向けさせることによって、危機を回避しようとする行動である。コチドリ、シロチドリなどのチドリ科やイソシギ、オオジシギなどシギ科の鳥類で有名で、ほかにカモ科やエゾライチョウ(本種についてはこちらの記事も参照)、タンチョウなどでも知られている。スズメ目の鳥類では、サンショウクイ、マミジロタヒバリ、ヤブサメ、ノジコ、クロジなどで擬傷行動の報告があり、ホオジロに関しては少なくとも2件の日本語文献による記載がある。1例は抱卵期に巣の近くでメスが行ったものであり、もう1例は巣立ち間近の雛がいる巣でオスが演じたものである。今回のケースは後者の例に類似するが、雛が巣立っていた点、また雌雄両方が擬傷行動を示した点で異なっている。巣立ち直後で雛の飛翔力が弱く、遠くに誘導することが困難だったことが、親鳥の擬傷行動を誘発したと考えられる。


ホオジロの幼鳥
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 今回の事象は、本来あってはならないヒトと鳥の異常接近であり、それをウェブ上に出すのは如何なものかとも思ったが、ホオジロの擬傷行動は図鑑類にも記載が少ないので、写真と共に公開することにした。もしこのような事態に偶然遭遇したら、写真を撮るなとは言わないが(何しろ私自身も撮っている)、なるべく速やかにその場を離れ、繁殖への影響を最小限に抑えるようお願いしたい。また、巣や雛を見付けて故意にこうした状況を作り出すことだけは絶対しないよう、重ねてお願い申し上げたい。


ホオジロ(幼鳥)
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(2009年7月1日   千嶋 淳)