鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

モグリッチョ

2006-12-27 17:03:28 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
1_65
All photos by Chishima,J.
カイツブリの冬羽 2006年12月 群馬県伊勢崎市)


 群馬の実家は川沿いに建っている。川幅50m足らずのさして大きくない川であるが、市街地の中の限られた水辺とあって、多くの鳥が集まって来る。私はこの川で鳥見の基礎を学んだ。現在、帰省時に私が使う部屋は川に面した2階にあって、冬の空っ風が強くて外出するのが億劫な時など、室内から窓の外を眺めているだけで20~30種の鳥が見られることもある。
 冬の2階の窓からの楽しみは、種数だけではない。普段見る機会の少ない、水中での鳥の行動を観察できるのも大きな魅力である。冬は平野部では乾燥した晴天が続き、山間部は雪や氷に閉ざされるので、渇水気味の川の流量は一年でもっとも少なくなる。場所によっては水深が1mを切ることも普通で、さらに雨等による増水が少なく、濁らない水の透明度は高くなっている。その結果、2階の高さからなら、水中の様子を手に取るように見ることができるという訳である。水中での行動は、最近増えてきたカワウでも観察可能だが、この鳥は広範囲を高速で動き回る上に人の気配に敏感なので、じっくり見るのにはあまり向かない。その点、観察に適しているのはカイツブリである。カイツブリはこちらが派手な動きさえしなければ、窓のすぐ下でも活発な潜水を何度も披露してくれる。


カワウ
2006年12月 群馬県伊勢崎市
2_67


 カイツブリの潜水は他の潜水性水鳥類に比べると静かで、これはアビ類やウ類のようにジャンプしたり、ウミスズメ類やコオリガモのみたいに翼をすぼめて勢いを付けることをしないためだ。カイツブリ類は密生した羽毛の間にある空気を排出して、気嚢を空にするだけで潜水できる。潜水したカイツブリは勢い良く水中を泳いで、餌を探す。この際、体の後方に位置し、各指に木の葉状の弁膜を持つ弁足を巧みに駆使して、水中を自由自在に泳ぎ回る。1回の潜水は15~30秒ほどで、上体を起こして足を開きながら浮上して来る。水面下での狩りが成功していれば、細長い嘴には魚類等の獲物がくわえられているが、成功率はなかなか低いようだ。失敗の場合、すぐに次の潜水に入るが、その前に顔を水面に付けて、水中を覗き込む仕草を示すこともある。


カイツブリの潜水
2006年12月 群馬県伊勢崎市

潜水直後。水底を目指す。
3_67

水中を自由自在に泳ぎまわる。
4_65

浮上中。足の各指は木の葉状の弁膜となっているが、写真では分かりづらいかもしれない。
5_67

ほぼ完全に浮上した。
6_64


潜水するシロエリオオハム
2006年3月 北海道厚岸郡浜中町
アビ類やウ類は、ジャンプして勢いを付けてから潜る。
7_63

                  *
 奈良時代の昔から「にほとり」の名で呼ばれてきたカイツブリが、日本人の生活と密着に結びついていたことは、表題の「モグリッチョ」の他にも「カワキジ」や「ミズクグリ」、「イッチョウモグリ」等等多数の地方名が全国から知られていることからも、想像に難くない。この小さな潜りの名手が近年数を減じている。本州以南のいくつかの都府県では、レッドデータブックにも記載されるほど深刻なものだという。原因としては営巣環境となる水草のある湿地が減少したことにくわえて、外来魚のオオクチバス(ブラックバス)やブルーギルが増えたことによって、カイツブリの餌となる小魚が減少したことが指摘されている。また、オオクチバスによる雛の捕食や、やはり外来種のアカミミガメによる巣の占拠(甲羅干し場として)といった直接的な影響も観察されている。古来より当たり前にあったはずの身近な水辺の風景と、それを構成する生き物たちが姿を消してゆくことは、とても寂しい気がする。


カイツブリの餌の一種(モツゴ
2006年9月 東京都
写真は水族館で飼育されていたもの。小魚のほかにザリガニや水生昆虫も捕食する。
8_62


カイツブリの親子
2006年9月 群馬県伊勢崎市
右がヒナ。水面に水草で浮き巣を作るが、親鳥が休んでいるのは、ただの蓮の葉。
9_51


アカエリカイツブリ(冬羽)
2006年3月 北海道根室市
本種はカイツブリと違って、非繁殖期は主に海上で生活する。北海道東部・北部の湖沼では少数が繁殖。
10_31


(2006年12月26日   千嶋 淳)


聞き慣れぬ声

2006-12-25 17:02:05 | 鳥・一般
1_64
All photos by Chishima,J.
ガビチョウ 2006年12月 山梨県上野原市)


 1週間ほど山梨と群馬に行っていた。山梨はゼニガタアザラシ関係者の会議のためで、鳥を見る時間はほとんど無かったのだが、会議初日は午後の開始だったので、午前中に泊まっていた大学のゲストハウス周辺を歩いてみた。丘陵地帯の頂上部にあるため、周辺には雑木林が点在しており、鳥影は薄くない。歩き始めて間もなく、1羽のキジのオスと出会う。北海道には分布していない種との対面に、自分が今本州にいることの実感を強くする(コウライキジは人為的な導入によって北海道に分布しているが、十勝地方では寒冷なためかほとんど定着していない)。

キジ (オス)
2006年12月 山梨県上野原市
2_66


 アオジが「チッ」と鳴いて地面から藪に飛び込む。北海道では春夏を通じて高らかに歌っていたこの小鳥も、今は穏静な越冬生活を送っている。キジが消えた林縁から、「キュルキュル…」と賑やかな声が、曇った初冬の朝の静寂を打ち破る。ムクドリだろうか?しかし、「キュルキュル…」の後にツグミ類の囀りのような節回しが入り、違うようだ。声のする方に双眼鏡を向けると、ツグミくらいの大きさで目の周りが白い褐色の鳥が数羽、地面からそう高くない草や潅木の枝に止まっている。「これがガビチョウという奴か…」。初めての出会いながら、普通のライファーのように素直に喜べずにいた僕を尻目に、ガビチョウたちは一際けたたましく鳴きながら、斜面の下方へ移動していった。


ガビチョウ
2006年12月 山梨県上野原市
3_66


ガビチョウの生息環境
2006年12月 山梨県上野原市
下層植生の発達した低地林に多く生息する。東京・神奈川・山梨の県境付近は、関東地方の分布の中心である。
4_64


                  *
 群馬は実家への帰省であり、短い時間ながら鳥見を楽しむことができた。自分が鳥を覚えた思い出の場所。一つ一つの出会いが、まるで昨日の出来事のように克明に脳裏に刻まれている。若干感傷的な気分に浸りながら、短い冬の日中に、散開する落葉を掻き分けながら懸命に採餌するツグミやシメを観察していると、河岸段丘の林から「キュルル、ピーウィ」と聞き慣れぬ声。9月にも同じ場所でその声を聞いたが、生い茂る葉に阻まれて姿を確認することはできなかった。それ以前には決して聞くことの無かった声だ。今回は葉がかなり落ちていることもあり、音源をかなり狭い範囲まで絞り込むことができた。なんとか姿を見出そうとしても、声は常緑樹やブッシュの中を巧みに移動して、おいそれとはその姿を白日の下に晒してはくれない。それでも、目を凝らすこと凡そ10分、声の主を発見することができた。ツグミ大のその鳥は、かねてから予想していた通り、全身がウグイスのようなオリーブ褐色で、顔の大部分が白いカオジロガビチョウであった。5羽ほどの小群で行動していたが、その後付近で10羽ほどの別の群を見たことや、前日に少し離れた地点でも声を聞いていることから、この地域にかなり定着しているものと思われた。


ツグミ
2006年12月 群馬県伊勢崎市
5_66


シメ 
2006年12月 群馬県伊勢崎市
6_63


カオジロガビチョウ
2006年12月 群馬県伊勢崎市
7_62


                  *
 ガビチョウもカオジロガビチョウも中国から東南アジアを原産とするチメドリ科の鳥類で、元々は日本に生息していない。飼い鳥として輸入されたものが逃亡、もしくは人間が故意に放したことによって、日本の山野に生息するようになった。ガビチョウは1980年代から神奈川や東京を中心に分布を広げ、現在では宮城から熊本までの12都県で定着が確認されている。カオジロガビチョウは1990年4月に群馬県大間々町で最初に確認され、90年代には赤城山南面の比較的狭い範囲に分布していたが、2000年頃から群馬県の平野部にも分布を拡大し、近年では茨城県、栃木県でも観察されている。
 人間が国境を越える以上、移入種というのはどうしても生じるものである。古いものではドバトやコジュケイ、コブハクチョウなども移入種であるし、近年では都会のワカケホンセイインコや河川敷のベニスズメなどは有名なところである。それでも、ガビチョウなどのチメドリ科鳥類に特異的だと思うのは、その進出速度の速さと森林への侵入であろう。いずれのチメドリ科鳥類も、せいぜいこの10~20年程度の間に導入されたにも関わらず、恐ろしいスピードで日本の山野に定着しつつある。さらに、これまでの帰化鳥が都市や水辺などごく限られた環境で暮らしてきたのに対し、森林という鳥類にとって重要かつ広面積な環境に進出し、場所によっては鳥類群集の構造を変化させるほどの影響を与えている点に特徴がある。そのような事情もあり、上記2種はソウシチョウやカオグロガビチョウとともに外来生物法の特定外来生物に指定され、飼育や輸入、運搬などが規制されている。ただ、一度野外に定着してしまったものを完全に根絶するのは困難であろう。移入種の個体数や種数をこれ以上増やさないようにするための努力が求められている。


コブハクチョウ
2006年2月 群馬県館林市
8_61


ガビチョウ
2006年12月 山梨県上野原市
9_50


*群馬県のカオジロガビチョウの分布状況については、「深井宣男.2006.ガビチョウ類とソウシチョウの県内の分布状況.野の鳥(278):3-5」を参考・引用した。

(2006年12月25日   千嶋 淳)


アオジの学名

2006-12-09 10:29:22 | 鳥の学名
5_65
All Photos by Chishima,J. 
アオジ・オス 2006年5月 北海道河西郡芽室町)

アオジの学名

 スズメ目ホオジロ科 Emberiza spodocephala
Emberiza・・・ホオジロ属
spodpcephala・・・灰色の頭の意味
   spodos・・・灰、spodiosで灰色。spodo-で複合体を作る。
   cephalotes・・・頭を表す。-cephalusで複合語を作る。


Img_7439 
アオジ・幼鳥 2006年9月 北海道中川郡幕別町)

        
えっと、2005年7月7日のハクセキレイ以来の鳥の学名です♪ちっしーに学名学名と念仏のように唱えられ、1年放置しましたがいい加減やることにしました。時々やります!

なつこ



季節先取り

2006-12-08 14:17:06 | カモ類
1_63
All photos by Chishima,J.
メスにディスプレイするヒドリガモのオスたち 2006年12月 北海道河東郡音更町)


 「ピャッ、ピャッ、ピャッ」。数羽のオスのヒドリガモが1羽のメスを取り囲み、頭を斜め前方に下げながら鳴き交わしている。9月から10月前半、渡来当初にはメスのような全身褐色のエクリプスの羽衣だったオスたちも生殖羽への換羽をほぼ終えて、頭頂のクリーム色と顔の煉瓦色、それに体の灰色、黒、白のコントラストが美しい。自らの魅力の誇示に心血を注いでいるオスたちの逸る心とは裏腹に、メスにその気はまったく無いようで、何事にも発展しないまま、この一時の密集した集団は散開した。12月上旬、止水域や緩やかな流れが凍てついた日の午前中であった。
ヒドリガモの集団ディスプレイ
2006年12月 北海道河東郡音更町
2_65


ヒドリガモのオス・エクリプス
2006年10月 北海道帯広市
3_65


エクリプスから生殖羽へ移行中のヒドリガモ・オス
2006年10月 北海道河東郡音更町
4_63


 カモ類は終生連れ合いを変えないとされるガン類やハクチョウ類とは異なり、毎年新たにつがい形成を行う。そのためだろうか、繁殖期にはまだ程遠い冬のうちから活発な求愛行動が観察される。この求愛行動は種によって若干の違いはあるものの、マガモ属ではほぼ3つのタイプに大別される。このうち特に、水を周囲に跳ね除け、「ヒッ」と高音で鳴きながら上体を反らして起こす「水跳ね鳴き」(水かけ、ブウブウ鳴き等とも言われる)と、体をその中心に向けて反り上がらせる「反り縮み」の二つは頻繁に見られるし、人間の目にも付きやすい。


水跳ね鳴き(マガモ・オス)
2006年10月 北海道帯広市
5_64


反り縮み(マガモ・オス)
2006年10月 北海道帯広市
6_62


 これらのディスプレイ行動を始める時期は種によっても差があり、ヒドリガモはつい最近見られるようになってきたが、マガモでは特に早い。今年マガモのディスプレイを最初に観察したのは10月3日で、その時同じ池には遅く生まれて明らかに幼鳥と分かる個体もまだいた。
 マガモは交尾を開始するのも早く、今年最初の交尾は10月21日に観察した。鳥類における貯精期間(=精子の生存期間)は平均6~45日程度で、ほとんどの種では10日前後ということなので、当然これらの交尾は来年の繁殖に結びつくものではない。もしかしたら交尾自体が偽交尾なのかもしれない。しかし、いずれにしてもこのようなつがいの絆を深めるような行動が初冬どころか秋のうちから観察されている。ちなみに交尾前後の行動も、ディスプレイのように儀式化されたもので、必ず一定の手順を踏んで行われる。その一部を以下に写真で示した。


マガモの交尾行動
2006年10月 北海道帯広市

①雌雄が対面して、首をヒクヒクと上下させる。
7_61

②メスが首を水面に付け、交尾の受け入れを示す。
8_60

③オスがメスにマウント。
9_49

④マウント終了後、水浴びと羽ばたきを行うメスの周囲を、オスは反時計回りに周回する。
10_30


 帯広周辺におけるマガモの早い時期からの繁殖行動の兆候は、もしかしたら当地ではマガモのある割合が留鳥としてここで繁殖することと関係があるのかもしれないと直感的に思うが、個体識別ができていないためその真偽は不明である。
 帯広は今日、今期初の本格的な雪が降っていよいよ冬本番という感じだが、そんな折に寒風吹きすさぶ水辺で繰り広げられるカモたちの恋の営みを観察して、来年メスが雛を連れている姿を想像するのも、北国の長い冬をやり過ごす方法の一つとして悪くないと思っている。


反り縮み(コガモ
2006年2月 群馬県前橋市
11_19


(2006年12月7日   千嶋 淳)


小さな猛禽

2006-12-06 12:08:16 | 猛禽類
1_62
All photos by Chishima,J.
オオモズ 2006年11月 北海道中川郡豊頃町)


 ヨシをはじめとする草本から緑が褪せ、木が纏っていた葉を落とすと、雪が白銀の世界に変えてしまうまで、河川敷は褐色の支配する空間となる。日々強くなる北寄りの風も相まって、何とも荒漠たる風景である。そんな褐色の中に、一粒の白点を見つけることがこの時期たまにある。潅木の頂を、雪に先駆けて白く彩ったその点は、近付いて行くにつれ鳥であることがわかる。鋭い眼光がじっと原野を見つめている。オオモズである。
枯野のオオモズ
2006年11月 北海道十勝郡浦幌町
中央やや右よりの枝先に止まっている。
2_64


 北海道では夏の観察例もあるが、大部分は冬鳥として夏鳥がほぼいなくなるのと入れ替わるように渡来する。数は少なく、そうそう出会える鳥ではない。十勝地方では十勝川下流域での記録が多いが、帯広や新得といった内陸部でも記録はある。越冬中は単独かペアでテリトリーを確立するとされるが、私は単独でしか見たことがない。


杭に止まろうとしているオオモズ
2006年11月 北海道中川郡豊頃町
初列風切基部の白斑は飛翔時に目立つ。
3_64


 潅木の頂上等から周囲を見渡し、獲物を見つけると一直線に飛んで行って捕える。また、堤防に少なからずあるキロポスト等の看板や測量杭も潅木と同じ役割を果たすとみえて、格好の止まり場となっている。十勝川の周辺では主に地面で昆虫等の無脊椎動物を捕食していることが多い。しかし、時にはモズよりも大きな体ならではの「猛禽ぶり」を示すこともある。


格好の止まり場(オオモズ
2006年11月 北海道中川郡豊頃町

4_62

5_63


地上から止まり場に戻る(オオモズ
2006年11月 北海道中川郡豊頃町
6_61


 あれは4年近く前の冬の終わり。十勝川に近い原野でオオモズを観察していたところ、突然密集した潅木の中に飛び込んでいった。すぐに出て来るかと思ったが、なかなか出て来ないので目を凝らして潅木の中を探す。彼(女?)はすぐ目の前にいた。そして、その嘴にはマヒワがくわえられていた。勿論、正に今狩られたばかりのものである。観察を続けていると、オオモズはマヒワを潅木の枝先に突き刺した。最初ははやにえとして貯食するつもりなのかと思ったが、今度はそれを食べ始めた。枝に刺したのは後で食べるためではなく、マヒワを固定して食べやすくするためだったようだ。それから程無くしてマヒワ1羽を食べてしまったように記憶している。図らずも目の前で展開された野生のドラマに、深い感銘を受けたものである。


真下から見たマヒワ
2006年2月 北海道帯広市
細い嘴とM字型の尾羽が、側面から見るより顕著である。
7_60


 そのオオモズが世界的に減少しているという。特にヨーロッパでは、1970年代から1990年代にかけて、主として農業の集約化による生息環境の喪失や農薬の使用により、広範囲で減少したらしい。行動圏が広いために生息地の破壊や分断の影響を受けやすいようだ。そういえば十勝で川の周りでよく見られるのも、そこ以外にはオオモズの好む環境がまとまった面積で残されていないからかもしれない。冬枯れの原野で、季節風に揺られながら睨みを効かせる孤高の野武士的存在である小さな猛禽との出会いを、いつまでも楽しみたいものである。


オオモズ
2006年4月 北海道中川郡池田町
8_59


(2006年12月5日   千嶋 淳)