鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

鶴の一声

2011-10-26 23:49:05 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
タンチョウ 2011年10月 北海道十勝郡浦幌町)


 先日、高台からタカや小鳥の渡りを観察していた時のこと。「コアー、クルルッ!」というタンチョウの声を遠くに聞いた。木々を渡る風の音や上空を飛ぶ小鳥の声、下界を走る車のエンジン音等に掻き消されそうではあったが、確かに聞いた。もっとも私には覚えがあった。少し前まで、ある畑でタンチョウのつがいが採餌しているのを観察していたからだ。双眼鏡でその辺りを眺めると案の定、件の畑の背後、川の堤防上に1羽のツルを認めた。望遠鏡を通せば、長い嘴を開けて鳴いているのもわかる。発声を目視してから少し間を置いて、今度ははっきりとツルの声が秋の朝の冷気を震わせた。
 面白いのでツルの位置を記録し、帰宅後に「Google Earth」で高台との距離を測ってみた。結果2.98kmということで、ほぼ3kmの距離を経て声が伝わっていたことが明らかになった。人間が己の声を3km先まで届かせようとしたら容易なことではあるまい。鳥類の中で大声の持ち主といえば、南米のカンムリサケビドリが挙げられようか。現行の分類ではカモ目に配されながらもキジやコウノトリ的な特徴も持つ、この不思議な鳥を実見したことは残念ながら無いが、ハドソン(*)は著書「ラ・プラタの博物学者」の中で、およそ1000のチァカァ(カンムリサケビドリの現地名)が夜中に飛んで地上に舞い降りた後に歌い始め、「平原の周囲数マイルの空気を反響させた」と記述しているから余程のものであろう。もっともこれは1000羽が結集しての声の話で、単独の個体が出す声としてはタンチョウも鳥類のトップクラスに冠するのかもしれない。
 3kmとまではいかなくても1km程度なら余裕で声を届かせることのできるシマフクロウやオオワシ、オジロワシ、オオハクチョウ等、北海道には大型で声も大きい鳥が多い。その中でも地上の喧騒をものともせず遠くまで声を届けるタンチョウを見ていると、「鶴の一声」の諺が生まれたのも納得がゆく。ただ、最近の十勝川、特に下流域ではタンチョウが過密気味でどこかで一声上がれば隣接するペアがそこかしこで鳴き始め、とても一声では収まらないのが現状である。


タンチョウの親子
2011年10月 北海道中川郡豊頃町
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*ハドソン:W.H.Hudson(1841-1922)。ナチュラリストで作家。アルゼンチンに生まれ育ち、後にイギリスに渡った。主な著作に「ラ・プラタの博物学者」、「鳥たちをめぐる冒険」、「鳥と人間」等。緻密な観察に基づく科学的なな行動、生態の記述や文学性豊かな表現、当時既に進行していた自然破壊や近代文明に対する警鐘等、科学と文学の融合を目指した独特の世界は、現在のバードウオッチャーも学ぶべき点が多い。

(2011年10月25日   千嶋 淳)


メジロ

2011-10-23 16:12:37 | 鳥・秋
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All Photos by Chishima,J.
メジロ 2006年10月 北海道帯広市)


(2011年10月3日釧路新聞掲載 「道東の鳥たち31 メジロ」より転載 写真・解説を追加)

 生物はみな、種固有の分布を持っています。例えば北海道のヒグマやエゾライチョウは、津軽海峡を越えた本州には生息していませんし、本州に住むムササビやヤマドリは北海道にはいません。そうした種の分布は通常、地史や気候、近縁種との競争等を通じて長い年月をかけて作り上げられてきたもので、われわれがその変化を目の当たりにできる速度ではありません。しかし、中にはごく短い時間でその分布を変化させゆく種類もいます。北海道の鳥では、メジロがその一例です。

紅葉の中のメジロ
2009年10月 北海道河東郡音更町
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 全長12cmとスズメより小さく、「うぐいす餅」のような黄緑色の体をしたメジロ(ちなみに鳥のウグイスは、餅と違って茶色い体です)は、日本や朝鮮半島南部、台湾、中国南部等に生息します。名前は、目の周りの白い羽毛(アイリング)に由来します。本来、温暖な常緑広葉樹の林を好む南方系のメジロは、道内では戦前は道南で見られたものの、札幌近郊では珍しい鳥だったそうです。1960年頃には札幌周辺でも生息が確認されるようになり、その後も範囲を広げてゆきました。十勝では、1990年代半ばまでは主に秋の渡り時期に少数が見られる程度でしたが、それ以降記録が増え、現在では比較的普通の夏鳥として4月下旬から10月まで生息します。網走地方からも十勝と同様の傾向が知られています。ところが、同じ道東でも根室在住の方によると、根室では一時よく観察されるようになったものの、最近はむしろ減っているとのことです。どうやら、十勝と根室ではメジロにとって何かが異なり、この2地方間に北海道のメジロの、東側の境界があるようです。約70年の間に道南から道東の一部まで分布を拡大した要因は、分かっていません。元々メジロの仲間には、群れをなして大陸から離れた大洋の島に渡り住む習性があり、タスマニア(オーストラリア)に住む近縁種が、2000km離れた、メジロ類のいないニュージーランドに移住した例もあります。そんな開拓者的気質が一役買ったのかもしれません。世界に約100種いるメジロ科の大部分は熱帯、温帯に定住し、寒い地方まで分布を伸ばしているのはメジロと、大陸のチョウセンメジロ2種だけです。


巣材を集めるメジロ
2007年5月 北海道河西郡芽室町
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 平地から低山の林に生息し、林縁部や河畔林、疎林でよく観察できます。「チィー」という地鳴きや、繁殖期には朗らかな囀りも発見の手がかりとなります。樹上生活を主とし、枝先の二股になった部分に椀型の巣を作ります。餌は昆虫やその幼虫、果実等、暖地ではツバキやサクラの花蜜も大好物です。枝上に2羽かそれ以上のメジロが体を寄せ合って止まり、互いに嘴で頭を掻き合う「相互羽づくろい」が観察されることがあります。この様子から、多くのものが込み合って並ぶことを「目白押し」と言いますが、実際に体を密着させて止まるのはつがいか、ヒナのいる家族内だけのようです。


相互羽づくろいする2羽のメジロ
2006年10月 北海道帯広市
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 声が良く昔から飼い鳥として人気があり、かつては鳴き合わせ会も盛んでした。多くの野鳥の飼育が禁止される中、メジロは1世帯に1羽の捕獲・飼育が都道府県の許可のもと認められてきましたが、密猟や違法飼育が横行していることから、環境省は来年4月より捕獲・飼育を原則として禁止することを決定しました。


南の島のメジロ2点
離島を中心に亜種分化が進み、国内では6亜種が知られている。

亜種リュウキュウメジロ
2009年1月 沖縄県国頭郡国頭村
南西諸島に分布する亜種で体下面の褐色みに乏しい。1月に咲くヒカンザクラの花を訪れたところ。
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小笠原諸島のメジロ
2011年7月 東京都小笠原諸島母島
元々生息していなかったが、1900年代に人為的に持ち込まれた亜種イオウジマメジロと同シチトウメジロの交雑個体群とされる。現在では最も優占する陸鳥の一種。
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(2011年9月27日   千嶋 淳)


或る秋の朝~展望台にて(10月21日)

2011-10-22 17:48:48 | 鳥・秋
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All Photos byChishima,J.
マミチャジナイ 以下すべて 2011年10月 北海道中川郡池田町)


 午前8時10分、自宅から10分足らずの丘にある展望台へ到着。道中は道東の夏の海岸線を思わせる濃霧で車を運転するのも怖いくらいだったが、丘の頂に近付くにつれ青空が覗いてきた。展望台から俯瞰すると山頂から3分の1くらいまでは晴天で木々の紅・黄葉や枯色が空の青に映えている。それより下は真っ白なガスに覆われ一面の雲海。雲海の広がりを追って行くとF山やT丘等の丘陵地帯がその頂のみ姿を現し、更に遠くの海からは日高山脈の青い山並みが、やはり上部だけを見せて連なっている。一見青い山並みも双眼鏡を通すと、その幾つかは既に雪化粧を施している。空気は凛として冷たく、麓まで続く放牧地は霜で白い。


十勝平野を覆う雲海
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 「クィクィ…」、幾つものツグミの声が上空から降り注ぐ。「ツッ」と鳴くのはカシラダカ。イスカや大型ツグミ類の声も聞こえる。かなり高くを飛んでいるようで姿が見えないが、ツグミは群れが続々通過しているようだ。今年は冬鳥、特に小鳥類の渡来が遅く、カシラダカも前日に隣町のT展望台でようやく声を確認したばかりだが、ここ数日の寒さは確実に鳥たちを動かしているものと思われる。8時28分、漸く20羽前後のツグミが頭上を飛ぶのを目視。
 8時35分、下方より上昇してきた霧が展望台周辺も乳白色の世界に塗り替えた。林縁の樹上にマミチャジナイのような、それでいて眉斑が短い気もする大型ツグミを見付けたが、すぐ霧のベールに隠されてしまった。
 9時7分、霧の中からイカルの囀り。この鳥は繁殖期以外にも、その朗らかな囀りを聞かせることがある。道央や道南では普通の鳥だが十勝では分布は局地的であまり多くなく、釧路地方の白糠丘陵より東にはほとんど分布していない。その後、イカルは徐々に集まり、何ヶ所もから囀りや、「キョッ」とキツツキ類を弱くしたような地鳴きが聞かれた。
 9時19分。展望台横の木から大空へ飛び出した4、5羽のエナガがすぐに戻って来たと思ったら、1羽のツミ幼鳥が低空を飛んで行った。ツミは渡り風で、エナガには目もくれず行き過ぎたが、小鳥たちは樹林というシェルターの無い状況での自分たちの無防備さを十分認識しているのだろう。ツミも十勝では少ない鳥で、特に繁殖期の生息状況のよくわかっていない種だが、どういうわけか秋の渡り時期には幼鳥を見る機会が多い。


ツミ幼鳥
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 9時25分、下界は相変わらずの雲海。展望台周辺も青空と濃霧を周期的に繰り返す。エナガの群れがいくつも行き来し、その一部は飛び出してゆく。賑やかで、周囲はエナガの声に満ち溢れている感じだ。シジュウカラやヒガラの姿も多く、やはり時折小群が空へ打ち出される。留鳥といえどこの時期には相当数が移動しているのだ。北海道北端の宗谷岬付近では、サハリンから一朝に数千羽渡って来るヒガラと出会ったこともある(「宗谷丘陵」の記事も参照)。


秋色を背景にエナガ(亜種シマエナガ)
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 9時49分、5分ほど前から丘陵の中腹で声のしていたクマゲラが動き出したようだ。声がどんどん近付いて来る。そして霧の中から姿を現した。頭部全体の赤いオスだ。飛び方以外はキツツキというよりカラスのようである。本種が繁殖するには巣を作れる大木のある森林が必要で、この周辺におそらくそうした林は無いが、秋から冬には平野部にも姿を現す。10日近く前にも自宅近くの公園で声を聞いた。こうした思いがけない出会いも、渡り時期の楽しみである。
 10時10分頃から視界が急速に回復してきた。川沿いの一部を除き霧は晴れ、十勝平野の一大眺望が広がり始めている。平野部は夏の名残りの緑と秋の黄色とがモザイク状に入り混じっている。同時に気温も上がり始め、落ち着き無げにうろうろしていた同伴の犬も気持ちよさそうに地べたに横になっている。
 10時25分、ノスリが1羽、遠くを東から西に滑空してゆく。明らかに渡りぽい動きだ。2㎞以上離れ、スコープをもってしても羽ばたいた時にかろうじてノスリとわかる程度だが。
 10時29分。ヒヨドリと一緒に飛び出して林内に戻った同大の鳥に違和感を覚えたので慌てて数カット撮影すると、白い眉斑と灰色の頭、下面の橙色の顕著なマミチャジナイであった。日本海側では割と普通らしいが、北海道の太平洋側では少ない鳥だ。それにしても、飛び出した鳥を咄嗟に撮影して後で検証できるのだから、まったく便利な時代になったものである。海鳥同様、鳥の飛翔識別においてもデジタルカメラは強みを発揮するだろう。


マミチャジナイの飛翔
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 10時55分、ノスリ2羽が東から西へ滑空。途中からのコースは10時25分のものとほぼ同じで、これも渡りだろう。風が少々出て、高くからの太陽が揺らす大気は昼の雰囲気を帯びてきた。
 11時40分。時折カケスが行き交うくらいで、鳥の動きはほとんど止まった。日向ぼっこを楽しんでいた犬も、寝床を日蔭へ移している。そろそろ撤収しても良い時間であろう。この3時間半で確認できた鳥は、以下の33種であった。


東大雪の峰を背に飛ぶカケス(亜種ミヤマカケス)
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トビ ツミ ノスリ クマゲラ アカゲラ コゲラ ビンズイ タヒバリ ヒヨドリ マミチャジナイ ツグミ エナガ ハシブトガラ コガラ ヒガラ シジュウカラ ゴジュウカラ キバシリ メジロ ホオジロ カシラダカ アオジ オオジュリン カワラヒワ マヒワ イスカ ベニマシコ イカル シメ スズメまたはニュウナイスズメ カケス ハシボソガラス ハシブトガラス


霧の中を飛ぶアカゲラのオス
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(2011年10月22日   千嶋 淳)


「アザラシと海鳥の世界」のお知らせ

2011-10-07 21:53:15 | インポート
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 バタバタしているうちに直前の案内となってしましいましたが、週末の三連休に釧路市立博物館で「アザラシと海鳥の世界」なるイベントを開催します。本イベントは日本財団の助成を得て、漂着アザラシの会釧路市立博物館主催、釧路市こども遊学館さかまた組Bonos協力のもと実施するもので、「海の動物を調べる」をコンセプトにその方法や、海で見られる鳥や獣、海岸漂着物等について3日間展示を行うと同時に、8日には環境教育事業「アザラシ授業」、また9日には講演会「海鳥たちの交差点・道東の海」も行います。講演会では私の拙い写真とともに、世界中から道東に集まって来る海鳥の世界についてお話しさせていただく予定です。会場では海上さながらに実物大の海鳥たちが飛び交って、皆様をお待ちしております。いずれも入場無料ですので、お近くの方や道東方面へお出かけの方は是非おいで下さい。詳細はポスターや釧路市立博物館HPの案内を御覧下さい。


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