鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

不覚

2006-07-31 17:32:31 | インポート
1_30
All photos by Chishima,J.
伸びをするゼニガタアザラシの幼獣 2006年7月 北海道東部)


 それは一瞬の出来事だった。調査が終わって夕飯までの穏やかな時間。その穏やかさが一瞬の心の油断を招いたのかもしれない。詳細は省略するが、フィールドで事故にあった。


 すぐに応急処置を施したが、無人島という環境にとどまり続けるのは困難な状態であることは明白だった。すでに日没が近かったが、船を出していただいている漁師さんに電話したところ、すぐに来ていただくことができ、おかげで病院での処置もすぐに受けることができた。
 現在、帯広に戻り、「入院したら?」という医師のありがたいお誘いを丁重にお断りしながら、通院を続けている。順調に経過しても、全治は2~3週間。当然のことながら、8月に予定していた調査等はすべてキャンセル。春~夏シーズンの仕上げ期に、文字通り痛い怪我をした。
 フィールドでの事故は、ほんの一瞬の気の緩みから取り返しのつかないことになる。今回も、もし事故がもっと遅い時間ですぐに出島できなかったら、あるいは携帯電話が普及していない時代だったら(普通に使えるようになったのはせいぜい6・7年前だ)、また事故のベクトルが僅かでもずれていたら、もっと深刻な事態に陥っていた可能性がある。
 すぐに船を出してくれた漁師さんと、狼狽する私に適切な指示・アドバイスを与えてくれ、現地の事後処理を引き受けてくれた調査仲間には、心からの感謝とお詫びを表しながら、今は治療に専念したい。そして、二度とこのような事態を起こさぬことを、ここに宣言する。


オオジュリン(オス)
2006年7月 北海道中川郡池田町
緑一色だったオオイタドリの群落に、メマツヨイグサの黄色い花が咲いた。
2_31


ホオアカ
2006年6月 北海道上川郡清水町
3_31


ノハナショウブ
2006年7月 北海道十勝郡浦幌町
4_29


川原での宴会
2006年7月 北海道帯広市
炎の高さに比例して、宴席も盛り上がる。
5_30


(2006年7月31日   千嶋 淳)

一瞬の夏

2006-07-22 23:48:54 | ゼニガタアザラシ・海獣
M_060613_071219_1
Photo by Chishima,J.
ゼニガタアザラシのメス成獣 2006年6月 北海道東部)

 「夏来たる!」などと喜んだのも束の間。今週はずっと曇りや雨の陰鬱な天気だった。夏はどこに行ったのか…。明日からは、道東でゼニガタアザラシの個体識別調査を行なう。今年は6月が悪天候のおかげであまりデータが取れなかったので、今度は順調に調査できればと思っている。もっとも、6月は繁殖期で、今は換毛期なので、今たくさんデータを取ったところで繁殖期の情報が充実してくれるわけではないのだが、まあ気持ちの問題か。快晴などと贅沢なことは言わない。せめて濃霧や雨、雷等とは縁の薄い一週間でありますように!
(2006年7月22日   千嶋 淳)


蒼鷺

2006-07-20 23:35:02 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
1_29
All photos by Chishima,J.
月とアオサギ 2006年5月 北海道中川郡幕別町)

 アオサギを初めて見た時のことは、今から20年以上前になるが、よく覚えている。場所は、群馬と埼玉の県境を流れる利根川。晩秋の陽光が降り注ぐ川原に20羽以上が立ち尽くしていた。一緒にいた父は、「ツルだ!」と叫んだ。私がこれはアオサギだと説明したが、「サギは白いし、第一こんなにデカいわけないだろ!」と勝手に興奮していた。当時の群馬県では、利根川や大きな湖沼以外でアオサギを見ることはあまりなかったように思う。

浅瀬のアオサギ
2006年6月 北海道網走郡大空町
2_30


 そのアオサギは、ここ十勝ではごく少数が十勝川の中流域で越冬するが、大部分は夏鳥である。くわえて、シラサギ類やゴイサギが繁殖しないこの地で繁殖する、唯一のサギ類でもある。渡来は早く、雪の解け具合にもよるが3月中旬から下旬頃、俄かに増水し始めた川の瀬や、シャーベット状になってきた湿地に本種の姿を見つけた時の胸の高鳴りは、格別である。そんな早春の使者でいられるのも束の間。なにしろ河川や湖沼などの水辺ではいたって数の多い普通種であり、「またアオサギか」と初認時とは対照的な扱いを受けることになる。


越冬アオサギ
2006年1月 北海道河東郡音更町
民家の庭先にある、日当たりの良い斜面で休息していた。魚類をはじめとする動物性の食性をもつ本種にとって、冬期の餌の確保は大変であろう。
3_30


巣材運び(アオサギ
2006年4月 北海道帯広市
数を増してくると繁殖行動が本格的になってくる。
4_28


 広葉樹や針葉樹の林にコロニーを作って繁殖し、そこを訪れると求愛や交尾、巣作り、抱卵、子育てなど、その時期に応じた繁殖行動を観察できるので、それはまた新鮮である。十勝では浦幌のコロニーが規模も大きくて有名であったが、近年放棄されて姿を消してしまった。小~中規模のコロニーは各地にあり、今までなかった場所に突如コロニーが形成されることもある。今年もフィールド内の農家の裏にある、ごく小さなカラマツ林に、20~30つがいほどのコロニーがいきなりできて驚いた。帯広市内や近郊にもコロニーはあり、市内のコロニーは蕎麦屋に面しているので、私はそこで一杯飲って蕎麦を食べながら、アオサギを観察するのを楽しみとしている。もっとも、時期が遅くなると周囲の木々の葉が茂って見づらくなるのと私も忙しくなるのとで、蕎麦で呑みながらのアオサギ見物はほぼ春先のみとなっている。

カラマツ林のコロニー(アオサギ
2006年3月 北海道十勝郡浦幌町
5_29


巣内の幼鳥(アオサギ
2006年6月 北海道中川郡幕別町
6_28


 渡来が早い分繁殖も早く、5月に雛が出て6月末から7月には続々と巣立つ。8月にはコロニーはすでに静寂に包まれており、代わりに各地の水辺に姿を現わす。十勝ではあまり大きな群れは作らないが、道東の風蓮湖や野付半島、厚岸湖などではこの頃から時に数百羽もが集まることがある。干潮時、遠浅の干潟の所々でアオサギが狩りをしたり、逆に満潮時、僅かに残った陸地に100羽以上が集合している様は、なかなかに見応えがある。


樹上で(アオサギ
2006年6月 北海道中川郡池田町
7_27


湿地の住人・ツーショット(アオサギタンチョウ
2006年6月 北海道十勝川下流域
一緒にいるのをよく見るが、タンチョウの機嫌が悪いと(?)攻撃されている。
8_26


 秋の深まりとともに数を減らしてゆくが、小鳥のようにある時を境にきれいにいなくなるようなことはなく、気が付いたらいなくなっている感じである。おそらく、小規模な渡りが長期間続くのだろう。ただし、10月に道東は浜中町の海岸でキャンプした時、42羽の群れがV字編隊を組んで、東から西へ飛んでゆくのを見たことがある。夕暮れ時であったが、東の空から上り月を背後に飛んできた群れが茜色の秋の夕空に消えてゆく光景は、目頭を熱くさせるものがあった。


シラサギ2種
北海道ではシラサギ類は繁殖せず、数少ない夏鳥として渡来する程度。

チュウサギ
2006年4月 北海道十勝郡浦幌町
9_20

ダイサギ
2006年4月 北海道中川郡豊頃町
10_12


夕陽に照らされて(アオサギ
2006年5月 北海道中川郡豊頃町
婚姻色の終わりかけで、虹彩は赤く、目先も赤みを帯びる。
11_9


(2006年7月20日   千嶋 淳)


夏来たる!

2006-07-17 15:45:33 | 鳥・夏
Photo_1
All photos by Chishima,J.
コムクドリのメス 2006年7月 北海道中川郡豊頃町)


 何度も書いてきたが、6月の北海道は、太陽とそれがもたらす恵みから一切見放されたような月だった。このまま冷夏に突入して、気が付いたら秋だったなんてことになったら嫌だなという懸念を抱いていたが、7月に入ってからというもの、これまでの悪天候を取り返さんばかりの好天が続いている。そして、帯広は今日で3日連続最高気温30度以上の真夏日が続いており、季節が飛躍的に前進した感じだ。
 突然やって来た真夏に、最初は水風呂を浴びたり友人たちと川原で宴会をしているだけだったが、流石に3日も4日も浮かれているわけにはいかず、今日は久しぶりに海岸部を訪れた。道中の畑作地帯では、ついこの間作付けが終わったと思っていたジャガイモが白や淡紫の花を咲かせていた。寒くても、日照時間が不足していても、季節は着実に進んでいる。


花咲くジャガイモ
2006年7月 北海道中川郡豊頃町
7月の十勝平野の風物詩。
Photo_2


 海に面した砂丘では、先月後半、他の植物に先駆けて明るい黄色の花で曇天に対抗していたセンダイハギは、すでにその概ねが散り、代わってハマナスの紅色やアヤメの紫色、セリ科の白色などが、見た目も鮮やかに競い合って咲いていた。いかにも夏らしい取り合わせを楽しんでいると、海からの風がさっと頬を撫でる。今日のような暑い日には、心地よい涼風である。

センダイハギ
2006年6月 北海道十勝郡浦幌町
今年はそれほどでもなかったが、一斉に開花して砂丘を黄色に塗り変える様は壮観である。
Photo_3


ハマナス
2006年7月 北海道十勝郡浦幌町
夏の北海道の海辺には欠かせない存在。花や実を使ったジャムも美味しい。
Photo_4


 「チチ、チュルチュルチュル」、隣の砂丘からシマセンニュウの囀りが聞こえる。7月中旬ともなると、森林性の鳥は囀らなくなってしまうものも少なくないが、草原性の鳥は渡来が遅いためか未だ囀っているものも多い。特に、夏鳥渡来のトリを飾るセンニュウ類は、8月を過ぎても囀っているものが稀でなく、エゾセンニュウに至っては、あと数日でヒシクイもやって来るだろうという、8月末の秋風吹く明け方に囀りを聞いたこともある。また、子への餌運びに忙しないノゴマや、巣立ったばかりの雛を伴ったノビタキの家族など繁殖の舞台を垣間見るのも、見通しの良い草原ならではの、この時期の楽しみの一つといえる。

シマセンニュウ
2006年6月 北海道帯広市
Photo_5


ノゴマ(オス)
2006年6月 北海道帯広市
Photo_6


 この辺りで繁殖しているのか、それとも渡り遅れたのかオジロワシの成鳥が上空を飛ぶと、水際のアオサギやマガモには俄かに緊張が走り、集群していたショウドウツバメは蜘蛛の子を散らしたように散開する。湿地のアオサギに目を凝らすと、1羽のダイサギもいる。ダイサギや他のシラサギ類は、北海道では繁殖していないが、春から夏にかけて少なからぬ数がやって来て、あたかも避暑のように道内で夏を過ごしてゆく。ダイサギは、他のシラサギ類が姿を消した晩秋ころに数が増えることもあり、これらはより北方の大陸などで繁殖した亜種ダイサギ(旧称オオダイサギ)なのではないかと思い注意したこともあるが、結局よく分からなかった。そんなことを懐かしく思い返していると、海からの風が肌寒さを帯びてきたことに気付いた。沖に目をやると、いつ発生したのか海霧がもう波打ち際まで押し寄せている。こうなるとあとは一瞬である。5分経つか経たないうちには、色とりどりの花も、ダイサギもショウドウツバメもすべて乳白色のカーテンの向こう側の存在となり、打ち寄せる波音とオオセグロカモメの鳴き声だけが、ここが海辺であることを示す唯一の証拠となっていた。

オジロワシ(成鳥)の飛翔
2006年7月 北海道十勝川下流域
7_26


ショウドウツバメ
2006年7月 北海道十勝郡浦幌町
8_25


霧の中のダイサギ
2006年7月 北海道十勝郡浦幌町
9_19


 漸く訪れた夏の盛りを満喫して帰宅したその晩、前夜に作った中華スープを火にかけた。使った覚えは無いのに魚醤みたいな匂いがするのを訝っていたが、口に含むと強烈な酸味が広がった。そう、気温の上がるこの時期は、北海道でも食品が傷みやすいのだ。特に今年は今までが涼しかっただけに、まったく警戒を怠っていた。弁当や惣菜を持って野に出ることも多いフィールドワーカーは、特に注意が必要な時期である。

エゾカンゾウ(別名 ゼンテイカ
2006年6月 北海道中川郡豊頃町
10_11


ミヤマカラスアゲハ
2006年6月 北海道幌泉郡えりも町
清流の上を、メタリックな緑青色が飛んでゆく。
11_8


大雪山の夏
2006年7月 北海道上川郡新得町
冬は白銀の世界も、ハイマツと火山、雪渓が多彩なモザイクを織り成す。
12_4


(2006年7月15日   千嶋 淳)


セキレイ三種

2006-07-10 17:16:14 | 鳥・夏
1_28
All photos by Chishima,J.
キセキレイ・オス夏羽 2006年7月 北海道上川郡新得町)

 この10日ほど、十勝川の上流域を訪れていた。トムラウシ山から十勝岳にかけての高山帯に端を発し、十勝平野を二分するように横断して流れるこの川の、中・下流域は日頃から馴染みが深いが、上流域は地理的に遠いこともあって最近は足が遠のいていたので、良い機会だった。平野部を悠然と流れる中・下流域とはまったく異なる、急峻な谷間を勢い良く駆け落ちる上流域とそこに暮らす生物たちを堪能した。

河川上流部の夏
2006年7月 北海道上川郡新得町
このような細くて急な支流がいくつも集まって、徐々に大きな川を形成してゆく。
2_29


 天候も、太陽のほとんど出なかった6月が嘘の様な晴天に恵まれ、森林限界より上では、日々融けてゆく雪渓の下から川が姿を現わし、コケモモやイソツツジの花がここを先途と咲き競い、高山帯に訪れた短い夏を謳歌していた。また、川原には至る所で巣立ち後間もないセキレイの雛たちが遊び、いよいよ季節が夏の盛りに向かってゆく感を強くした。今回はそのセキレイの話。


コケモモ
2006年7月 北海道上川郡新得町
3_29


ハクセキレイ(幼鳥)
2006年7月 北海道上川郡新得町
4_27


セグロセキレイ(幼鳥)
2006年7月 北海道上川郡新得町
上のハクセキレイによく似るが、灰色みが強い、顔は黄白色を帯びないなどの点で異なる。
5_28


キセキレイ(幼鳥)
2006年7月 北海道上川郡新得町
6_27


 十勝地方の河川では、キセキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイの3種のセキレイ類が繁殖している。これら3種は好んで生息する環境が異なっており、キセキレイは上流部の渓谷に、セグロセキレイは中流部の礫の川原、ハクセキレイは中~下流域の砂質域に多く見られる傾向がある。もちろん2もしくは3種が同時に見られることもあるが、全体としてみるとかなりはっきり「棲み分け」ているといえる。また、ハクセキレイは他の2種ほど河川に依存しているわけではなく、集落や原野、牧草地など幅広い環境で見られる。この傾向は、道内外の他の地域でも2もしくは3種に対して成り立つように思われる(ただし、最近まで繁殖期にハクセキレイのいなかった本州中部では、セグロセキレイが北海道よりも幅広い=よりハクセキレイ的な環境で見られるようにも思う)。

セグロセキレイ
2006年2月 群馬県伊勢崎市
南西諸島や離島以外では、もっとも身近な日本固有種だろう。
7_25


ハクセキレイ(オス夏羽)
2006年5月 北海道河西郡芽室町
かつては北日本でのみ繁殖していたが、この数十年で本州中部まで分布を広げた。
8_24


 なので今回、セグロセキレイは中流域に移行しかける辺りで見ただけだったが、ハクセキレイがかなり上流まで見られたので少々驚いた。しかし、冷静に考えてみると上流部でハクセキレイを見た場所は、典型的な上流部の環境ではない。ダムもしくは砂防ダム周辺での観察がほとんどであった。ダムや砂防ダムは本来上流域には少ない広大な止水域を創出し、水位の変動に伴って干潟状の砂泥域も露出する。この場所だけをミクロ的に見たら、中~下流域の環境と同じである。ハクセキレイはそこに進出してきたのではないだろうか。開拓によって流域の森林が、所々集落や農耕地に姿を変えたことも進出を助けただろう。くわえて、人工構造物での営巣も多いハクセキレイにとっては、ダム管理のための建物は新たな営巣地となり、実際に今回もそうした場所での繁殖を確認した。


ハクセキレイ(メス夏羽)
2006年7月 北海道上川郡新得町
雛のための餌をくわえた雌雄が、かわるがわる砂防ダムの管理施設の隙間に出入りしていた。
9_18


 このようなことを考えながら山を降り、興味を持ったついでにいろいろ調べてみると、「十勝大百科事典」の「セキレイ類」の項に川辺百樹氏が「ハクセキレイは開拓によって生まれた新天地に進出した」と、ほぼ同様のことを書いておられた。この本が出版されたのが1993年なので、1980年代末には既にハクセキレイは上流域にも進出していたのであろう。十勝川上流域の開拓が本格化したのは戦後のようで、さらに1970~1980年代にかけては同地域にいくつものダムが建設された。おそらく、ハクセキレイはこの時代に上流域へ本格的に進出してきたものと考えられる。鳥の分布を規定する要因は、気候、植生、種間関係など様々であるが、人間活動の影響も決して少なくないことを教えてくれる事例である。
 巣立って川原に出てきたとはいえ、まだ餌捕りもままならないセキレイの幼子たちが一人前になる頃、源流部の高山地帯は多くの高山植物が開花する、一年でもっとも生命の躍動に満ちた季節を迎えるが、それは同時に去り行く夏の短さとこれから訪れる冬の長さを暗示した、美しくも儚い躍動である。

ハクセキレイ(第1回冬羽・メス?)
2005年9月 北海道中川郡幕別町
10_10


キセキレイの舞
2006年7月 北海道上川郡新得町
まだ暗い早朝の渓流に、外側尾羽の白がぱっと光った。
11_7


(2006年7月10日   千嶋 淳)