鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

カモの変り種

2007-02-14 18:31:25 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
マガモと何かの雑種(手前)とマガモ(オス) 2007年2月 北海道帯広市)


 冬の鳥見の醍醐味の一つにカモ類観察がある。河川から海上まで水辺があれば大抵見られるし、開けた水面に中型以上の大きさの種がいることが多いので、観察しやすい。ある程度の数がいる群れなら数種から10種以上を含んでおり、その中から珍しい種類を探したり、種によって微妙に異なる好みの環境や人間への警戒心を学ぶのにも格好の相手である。当然、生活様式も種ごとに異なるので、採餌行動やディスプレイといった行動の多様性は眺めていて飽くことが無い。

 それらにくわえて、ややマニアックなカモの見方もある。それは、通常の珍種とはちょっと違う、「変なカモ」を探すことである。新しいものを見てもライフリストが増えるわけではないせいか、地域の鳥類目録や探鳥会等でも無視されがちだが、そうした変り種の観察も、また興味深いものである。
 「変なカモ」の筆頭は、雑種であろう。生殖的に隔離されていることが生物学的種概念の重要なコンセプトであるが、カモ類では野生下でも異種間での交雑が多い。マイアは野生のオスの雑種は6万羽に1羽程度と推定し、また英国の内陸水面に飛来する「スズガモ」の20%は雑種との報告もある。さらに、一般に雑種は生殖能力を持たないものが多い中で、カモ類は雑種も旺盛な生殖能力を持ち、2種間にとどまらず3種以上の間、また雑種間でさえ雑種を形成する。こうなると、かつてこのような複雑な雑種が別種として扱われたことがあるほどで、元親の推定は困難になる。日本ではあまり注目されていないが、海外ではカモ類の雑種は多くの研究者やバードウオッチャーの興味を惹きつけ、専門書や多くの論文も出版されているくらいだ。


マガモとカルガモの雑種
嘴をはじめ、上面の体色や明瞭な過眼線はカルガモ的だが、胸の赤みや体下面の灰褐色、眼後方の緑色等はマガモを示唆している。

②2006年11月 北海道河東郡音更町
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③2005年10月 北海道帯広市
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 帯広近郊でもっとも普通に見かける雑種は、マガモとカルガモ双方の特徴を備えた、両種間の雑種と考えられるものである(写真②、③)。この雑種が生じる要因として帯広では両種ともに繁殖しており、またどちらも都市公園等で人間に餌付いていることが関連していると思われる。特に都市公園での餌付けは両者を過剰な密度で集め、接触する機会を増やしていると同時に、このような場所では配偶の機会に溢れたオスが既につがい形成しているメスに強制交尾を試みるのをよく観察するが、これが種間を越えて生じている可能性がある。マガモ、カルガモ両方の特徴を備えている雑種は全国的に見られ、通称「マルガモ」とも呼ばれるが、本州以南のものは大部分がカルガモとナキアヒル(またはアイガモ)との交雑個体であろう。ナキアヒルの中には形態的にかなりマガモに近くなっているものや飛翔能力を獲得しているものもあり、識別を困難にしている。
 次いでよく観察されるのはヒドリガモとアメリカヒドリの雑種と考えられるものである(写真④、⑤)。写真みたいにヒドリガモのように見えるがアメリカヒドリ的な要素が入っている個体もいれば、一見純粋なアメリカヒドリだが顔に赤褐色の部分がある、脇が灰色である等がヒドリガモ的な個体もおり、変異の幅は大きい。ヒドリガモはユーラシア大陸、アメリカヒドリは北アメリカの北部で繁殖する種ではあるが、シベリア東部では両種が混在しており、交雑は普通に行われているとの情報もある。


ヒドリガモとアメリカヒドリの雑種
ぱっと見ヒドリガモのようだが、頭頂部にクリーム色みが乏しい、眼後方のパターン、胸のぶどう色が脇や背にも及ぶ点はアメリカヒドリの特徴である。

④2006年2月 北海道河東郡音更町
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⑤2006年12月 北海道河東郡音更町
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 上記2タイプは両親の推定が比較的容易な例だが、写真①、⑥のような個体になると難易度は一気に上がる。当初「マルガモ」と思ったが、カルガモ的要素は無い。顔への黄褐色や緑色の入り方は、むしろトモエガモを連想させる。しかし、顔以外にトモエガモ的要素は無い(もしかしたら、脇腹の灰色が若干濃いのがそれかもしれない)。また、いくつかの文献を調べたが、マガモとトモエガモの交雑例は飼育下を含め、見出せなかった。ただ、マガモとオナガガモ、オナガガモとトモエガモの雑種は多くの事例があるので、オナガガモ×トモエガモの雑種が数世代を経てこのような形質を…など妄想は膨らむが、正確な推定はきわめて困難であろう。写真⑦は写真①、⑥の1年前に同じ市内で撮影したものである。同一個体かもしれないが、顔のパターンが細かい点で違うような気もする。


マガモと何かの雑種
一体、もう片方の親は誰なのか…。

⑥2007年2月 北海道帯広市
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⑦2006年1月 北海道帯広市
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 以上3タイプはいずれもオスと思われるものだが、野外で雑種のメスを見る機会はあまり無い。これは、メスでは羽色が地味なため各種の形質を認識しづらいこと、遺伝的にメスの雑種は生じにくいらしいことが関係している。また、マガモ属だけでなく、スズガモ属も多様な雑種を生じることが知られているが、十勝や群馬では冬にスズガモ属を多数、近距離で観察できる場所が少なく、雑種の観察経験も乏しいのでここでは割愛した。
 雑種ほどのインパクトは無いが、色素変異も少なくない。写真⑧、⑨はカルガモ、スズガモだが、いずれも周囲の個体にくらべて淡色で白っぽい。これらは色素が少なめの不完全な白変(バフ変)であろう。さらに色素が欠乏すると白化個体(アルビノ)になる。写真は無いが、マガモで全身がほぼ白いアルビノを見たことがある(ただし、完全なアルビノは稀で、虹彩等に色素を持つ場合が多い)。写真⑩のメスは一見普通のヒドリガモだが、目の後方から後頭部にかけて白っぽくなっている。この部分の羽毛の色素が欠乏しているものと思われ、このような部分白化はアルビノやバフ変にくらべてかなり普遍的に存在するようである。


カルガモのバフ変個体
背後と右斜め後方の個体とくらべると、白っぽい。
2006年12月 群馬県前橋市
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スズガモ(メス)のバフ変個体(右端)
2007年1月 北海道幌泉郡えりも町
まるでホシハジロ・メスのような体色だが、諸特徴はスズガモを示唆している。他の個体は、本個体より奥2羽がメス、手前2羽はオス(最手前は若鳥)。
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ヒドリガモ(メス)の頭部部分白化個体(右)
2007年2月 北海道帯広市
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 この他の変り種としては、雄化個体と呼ばれるものがあり、オナガガモ等で稀に見られる。これは、メスが何らかの原因でホルモンのバランスを崩し、オス的な羽色を呈するものである。写真⑪のような個体はよく雄化個体と間違われるが、嘴が完全にオスのものであること、所々換羽中のようであること等から、換羽の遅いオスの第1回冬羽と考えられる。マガモ属の中でもオナガガモやヒドリガモはとりわけ幼鳥の換羽が遅く、早春を過ぎても幼羽を残したオスをしばしば見る。


オナガガモ(おそらくオス・第1回冬羽)
2007年1月 北海道中川郡豊頃町
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(2007年2月14日   千嶋 淳)


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