鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

構造色の妙

2008-12-31 22:10:15 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
ハシブトガラス 2008年12月 北海道十勝郡浦幌町)


 「カラスは何色?」と尋ねられれば、大方の人は即座に「黒」と答えるだろう。そして、心の中では「黒に決まってるじゃないか、何を聞いてるんだ」と思うかもしれない。しかし、文頭写真のハシブトガラスをよく見ると、背から翼にかけて紫、緑、青色の光沢を帯びているのに気付くはずである。これは、構造色が光の加減で見事に発現したものである。
 鳥の羽色は、羽毛内に含まれる色素によるものと、羽毛の微細な構造に光が当たって干渉や屈折が起こることによって生じる色、ならびにその両者が組み合わさったものから成るが、後2者は「構造色」と呼ばれる。構造色は青、緑、紫系の色に多く、カワセミのコバルトブルーやオオルリの濃青色、ブッポウソウの緑色光沢などは、いずれもそれである。光の働きによって生じる色であるため、光の当たり方や強さによって、まったく異なった色に見える。マガモのオスの頭部が、晴天の順光下では緑色なのに、逆光や曇天の下では黒っぽく、あるいは紫がかって見えるのは、鳥を見ている人間なら覚えのあることだろう。また、羽毛の微細構造であるため、それらが壊れてしまうと色は出ない。長期間飼育下に置かれたオオルリのオスは、鳥かごによる摩耗で微細構造が物理的に破壊され、黒っぽくなってしまうという。


オオルリ(オス)
2007年5月 北海道帯広市
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マガモ
2008年12月 北海道帯広市
手前のオス(「反り縮み」ディスプレイの最中)は、光が当たって顔の緑色光沢が大変目立つ。
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マガモ
2008年3月 北海道河東郡音更町
左はオスの生殖羽だが、逆光・日陰のため顔は黒っぽく見える。
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 これからの季節、構造色を身近に体感できるのはやはり水辺だ。日々生殖羽に近付き、鮮やさを増してゆくカモ類のオスが格好の観察対象となる。上述のマガモはもちろんのこと、ヨシガモやハシビロガモ、コガモなどの緑色はわかりやすいし、それらがいなければカルガモ、ヒドリガモなど青・緑色系の翼鏡を持つカモ類でもよい。下の3枚の写真は、いずれも同じ日の同一時間帯に撮影した、同じヨシガモのオスである。しかし、特に顔の色は光の当たり具合によってまったく異なって見える。ある角度ではマガモのような緑色であり、光の射さない状態では黒色である。そして光の入射角度が異なると、顔の半分以上がワインレッドのような紫色を呈する。
 このような変幻自在の自然界の妙に感心するのも、鳥たちと付き合う魅力の一つであろう。鳥見の楽しみは、珍鳥を追いかけ、ライフリストを増やすことばかりにあるのではない。


ヨシガモ(オス)3変化
2007年2月 北海道中川郡幕別町

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(2008年12月31日   千嶋 淳)


記録を扱う難しさ

2008-12-20 02:06:19 | 鳥・一般
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All Photos by Chishima,J.
ミナミオナガミズナギドリ 2008年9月 北海道目梨郡羅臼町)


 前に少し書いたが、この春から道東太平洋側(えりも~根室)の鳥類目録の編集に携わっている。当初の予定だと11月には完成して、年末はゆったり鳥見三昧と洒落込むはずだったのだが、年も押し迫って来た現在、出版どころか印刷にすら漕ぎ着けていない。その要因の一つは、二言目には「予定通りのスケジュールで進む出版物など無い」と嘯く私の能力の無さにあるが、今一つ挙げるとすると、鳥の記録というものを扱うことの難しさである。
 一般に生物の分布記録の収集は、標本の採集によって行われる。植物や昆虫、魚類等は今でもそうした傾向が強い。鳥類もかつてはそうであったのだが、鳥類保護の観点から採集が困難に、また望ましくなくなり、更にバードウオッチャーの増加に伴って、現在では写真や観察記録が鳥類の分布情報の主流となっている。そして、そうした情報の量は実に膨大なものであり、その質もまたピンキリである。はっきり言って、胡散臭い情報も少なくない。それらをどこまで目録の内容に反映させるか、これが問題なのだ。


キセキレイ(オス夏羽)
2008年6月 北海道上川郡上川町
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 このような場合、研究者が一般に用いるのは「公表されている記録」である。公表されている記録とは、学会誌、大学・博物館等の紀要、報告書など何らかの印刷物になっている記録である。これはわかりやすいし、学会誌では複数の専門家による査読を経ていること、紀要などの査読なしでも出版物として活字になる以上、ある程度の信頼がなければならないという考えに基づいている。ところが、これにも落とし穴がある。専門家による査読を経ているはずの学術雑誌における種の同定間違いを、十勝地方に関するものだけでも2例、今回の作業中に発見した。このようなミスが生じる要因として、古いものについては野外識別に関する知見が乏しかったこと、最近では学問の細分化で鳥類全体に通じた研究者がロクにいなくなったことなどが挙げられよう。また、査読なしの出版物では基本的に執筆者の意向に任せられるため、記録の真偽が不明なものがままある。たとえば、1970年代に十勝海岸の湧洞沼で行われた鳥類調査の報告書には、5~8月にヒメクイナが記録されたとあり、これが30年を経た現在でも十勝唯一の記録として、諸目録にも広く引用されている。しかし、報告書を読んでも写真や標本等の有無はわからないし、具体的にどのような状況で観察されたのかの記述も無い。同調査では、現在夏期には普通に生息しているクイナがまったく記録されていないことも考え合わせると、クイナとの誤認の可能性を疑いたくなるが、観察状況に関する記述が無いため、その検証も不可能である。このような記録を、活字になっているという理由だけでおいそれと採用してしまうのは何とも権威主義的であり、いかがなものかと思う。


バン(幼鳥)
2008年9月 北海道中川郡豊頃町
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 その一方で、一般の観察者による記録で論文や報告にはなっていないが、鮮明な写真が撮られている、死体が拾得されているなど客観的な証拠を伴う記録というのは決して少なくない。そうした記録は論文等で報告すべきというのは正論だが、すべてのバードウオッチャーが研究者のようにすらすら論文が書けるわけではないし、学術雑誌にそれだけのキャパシティ‐もまた無いのが現実であろう(そういう意味では、近年、野鳥の会の支部や地域の野鳥団体の単位で、年報や記録集の類が出版されるようになって来たのは、良い傾向といえる)。


ツグミ
2008年4月 北海道中川郡豊頃町
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 こうしたことを関係者で喧々諤々、時に声を荒げながら議論してきた結果、現在編集中の目録では、各種を2つのランクに振り分けることによって問題の解決を図ろうということで話が進みつつある。「ランクA」は写真、標本、音声、標識記録など客観的な証拠があり、なおかつその所在が確認できた種類で、道東から確実な記録のある鳥類といえる。「ランクB」はそれらの客観的資料が存在しない、もしくはその所在を確認できない種類である。この判定には既存文献への記載の有無は関係なく、未発表でも鮮明な写真があればランクAとみなすし、文献に記載があっても客観的資料の無いものはランクB扱いとなる。また、ランクB種については、記録を否定している訳ではなく、あくまでも写真等の証拠が無いということである。それらの記録をどう捉えるかは、最終的には利用する側に委ねられることになろう。
 この作業を、地域全体についてはほぼ終え、現在は各支庁単位での記録の検討を行っている。これがまた終わりの見えない遠大な仕事で、日々の酒量は増えるばかりである。「終わりが見えないのは、こんな駄文ばかり綴っているからだ」と天の声が聞こえてきそうなので、この辺で筆を置く。「目録」は、来年の早い内には世に出せるはずである。


エリマキシギ(オス夏羽)
2008年5月 北海道中川郡幕別町
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ゴジュウカラ(亜種シロハラゴジュウカラ)
2008年12月 北海道中川郡池田町
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(2008年12月19日   千嶋 淳)


千代田新水路にワシ観察に来られる方へ

2008-12-16 17:30:29 | 猛禽類
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All Photos by Chishima,J.
オオワシ(右)とオジロワシ・ともに成鳥 2007年12月 北海道中川郡幕別町)

日本野鳥の会十勝支部ブログ2008年12月15日より加筆・転載)

 昨年通水した十勝川の千代田新水路には、冬になるとサケの死骸を求めてオオワシやオジロワシが多数飛来します。2007年12月には、両種で100羽以上を数えた日もありました。その後新聞等で報道されるにつれ、多くの方が観察や撮影を目的に訪れるようになりましたが、残念なことに一部の方はワシに近付き過ぎる、大声で会話するなどしてワシを驚かせてしまい、ワシがそれ以前にくらべて水路内での食事に費やせる時間が少なくなったり、警戒心が強くなってしまうといった事態も生じました。

 今年も12月初めころから10羽以上のワシがやって来ています。ワシの観察・撮影に来られる方は、以下のようなごく簡単なマナーを守って、千代田新水路がいつまでもワシにとってもヒトにとっても魅力的な場所であり続けられるよう、御協力をお願いいたします。

・車で訪れた場合は、なるべく車中から観察しましょう(鳥は人の形をしたものを非常に恐れます。逆に車内から観察していれば、思わぬほど近距離で観察できる場合があります)。

・ワシが首を上げてこちらを見る、群れの中の1羽が飛び立ったなど警戒の素振りを見せた時は、それ以上近付くのはやめましょう。

・車で道路をふさがないようお願いします(他の車や観察者の迷惑になります)。


殺到した観察者
2008年1月 北海道中川郡幕別町
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(2008年12月15日   千嶋 淳)


逸れ者

2008-12-12 12:14:26 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
ヒシクイ(亜種オオヒシクイ;奥)とオオハクチョウ 以下すべて 2008年12月 北海道十勝川中流域)


 十一月末、相次ぐ湖沼の結氷に急き立てられるようにガン類がいなくなると、十勝平野は本格的な冬を迎える。ところが、師走の声を聞いて数日が経過した穏やかな午前中、1羽のヒシクイに出会った。普段ガン類をあまり目にすることの無い十勝川の中流域で(主な渡来地は下流域と海岸部)、数十羽のオオハクチョウの群れに紛れていたものだから、余計印象的だった。
 彼(彼女?)はハクチョウ達と草地を闊歩し、長い首を伸ばし、頑丈な嘴を使って地面を掘り返して根元から草を食み、その後はハクチョウの傍らで羽を伸ばしたかと思うと、地面に座り込んで休息する等寛いだ様子を示していた。何かのはずみで群れと逸れてしまった折に、色と大きさこそ違えど姿形や生活場所のよく似たハクチョウと出会い、そのまま群れに加入したのだろうか。ハクチョウもこの色変わりの新参者を攻撃するでも歓迎するでもなく、普通に受け流しているから、ヒシクイもすっかり居心地が良くなってしまったのではあるまいか。尤も後に写真を見返すと、明らかにヒシクイを凝視しているハクチョウもいたから、居心地良いのはヒシクイだけかもしれないが。


オオハクチョウヒシクイ
右のオオハクチョウはヒシクイを気にしているようだが、ヒシクイは構わず草を食べている。
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 十二月に入ってからの十勝は、季節外れの暖かさが続いた。昨日はコートを着て外を歩くと汗ばむくらいの陽気で、一度結氷した幾つかの湖沼では解氷が進みかけていた。帯広の最高気温はプラスの10.7℃(冬の0℃以上の気温に対しては、「プラス」と一言添えるのが北の国の習わしである)だったが、12月10日過ぎにプラスの10℃を超えたのは実に29年ぶりの記録だという。そんな長閑な日々から一転した今日、気温は上がらず、昼過ぎから舞い始めた雪は、地表を春まで覆い隠す根雪になりそうな勢いで降り続いている。
 根雪が降ると、ハクチョウは畑や草地での採食はできなくなり、その多くが不凍河川や市街地近くの給餌場に集中する。滅多に人に餌付かないヒシクイは、人に媚を売って暮らすハクチョウと決別して単身南を目指すだろうか、それとも中には居るであろう南下するハクチョウと行動を共にするか、案外人の側で越冬するという選択肢もあるのではないかと、出会った日の警戒心の薄さを思うとそんな気もして来る。


オオハクチョウ
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ヒシクイ(左)とオオハクチョウ
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(2008年12月11日   千嶋 淳)


ハイチュウ的厄日(11月22日)

2008-12-04 20:42:33 | 猛禽類
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All Photos by Chishima,J.
ハイイロチュウヒ(メスまたは幼鳥;以下略) 以下すべて 2008年11月 北海道十勝海岸)


 晩秋の午後は短い。午後一時半、西南の低い空から差し込む太陽は、黄土色の枯野を仄かに茜色に染め、既に夕方の雰囲気を醸し出している。実だけ残ったハマナスが、一際赤く見える。葭原で休息していたらしい1羽のハイイロチュウヒが、野ネズミを求めて地を舐めるような低空での巡回飛翔を始めた。ここまではいつも通りの海岸の午後であった。しかし、この日違っていたのは、ハイイロチュウヒがその出現時から2羽のハシブトガラスに目を付けられ、執拗なまでの付きまといを受けていたことだった。


ハシブトガラスに追われるハイイロチュウヒ
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 カラスは時に単独で、時に二羽つるんでハイイロチュウヒのすぐ後ろを飛んで、隙あらば攻撃を加える。カラスが単独の時には身を翻して反撃に転じることもあったが、二羽で攻められるともう逃げるしかない。逃げ回ってかなりの距離を飛んでいるものの、すぐ後ろからはカラスが迫って来るから、得意のホバリングも駆使できず、狩りはエネルギーを浪費するばかりで一向に成果は上がらない。


束の間の反撃(ハイイロチュウヒハシブトガラス
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多勢に無勢(ハイイロチュウヒハシブトガラス
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 そんなことを暫く繰り返して、逃げ惑うハイイロチュウヒも見飽きた頃、今度は追手に1羽のトビまで加わった。3羽から追われる形となったハイイロチュウヒは、河岸を変える決意をしたのか、3羽を引き連れたまま見えないくらい遠くへ飛び去った。付近にはケアシノスリなど他の猛禽類もいたので、私はそこにとどまった。凡そ十五分後、「ピーィ、ピーィ」との聞き慣れない弱々しい声に目をやると、先のハイイロチュウヒが相変わらず2羽のカラスに追いかけられながら傍らを過ぎ去っていった。完全に付け上がれらてしまったようだ。


ハイイロチュウヒを追うトビとハシブトガラス
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 このままカラスに追われながら日が暮れてしまうのではないかと、他鳥事ながら心配になったが、陽もすっかり低くから射す頃にはカラスも自身の晩餐のためか、或いは本日の御宿のためか姿を消し、ハイイロチュウヒはいつも通り原野のハンターとしての顔を取り戻した。そして、それから程無くして勢い良く飛び込んだ地上から舞い上がった長くて黄色い脚には、しっかりと野ネズミが掴まれていたから、完全なる厄日という訳でもなかったようである。


地上低く飛ぶハイイロチュウヒ
地表近くをふわふわと飛んで、ホバリング(停空飛翔)を交えながら獲物を探す。
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(2008年12月4日   千嶋 淳)