鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

てるてる坊主

2010-06-18 00:04:50 | ゼニガタアザラシ・海獣
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All Photos by Chishima,J.
トドの集団上陸地 2000年7月 南千島エトロフ島)


 今夏の道東は、例年以上の霧の日々に見舞われている。先週も海岸での調査が、海岸までは出向いたもののまったく視界が効かず、数日遅れでかろうじて実施できた。その後に控えていた海上での調査も、天気予報では濃霧にくわえて波も高くなるということで、ほとんど諦めざるを得ない状況だった。ところが当日は、霧はあるものの何とか視界は取れ、場所によっては水平線まで見通せるという奇跡のような海況で、収穫も大きかった。前泊したバンガローで軒先に、当日港に停めた車に吊るした「てるてる坊主」の効果だと、僕は勝手に思っている。

フルマカモメコアホウドリ
2010年6月 北海道十勝沖
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 てるてる坊主の力を思い知らされたのは今から10年前、2000年7月の南千島はエトロフ島でのことだった。10日間の日程で訪れた憧れの南千島(北方四島)。鰭脚班の最大の目的の一つに、エトロフ島南端にあるトドの集団上陸地での個体数調査があった。しかし、憧れの島々は来る日も来る日も深い霧に閉ざされ、三度あったはずの調査機会のうち、二回はあっさり中止になってしまった。ラストチャンスの前日、エトロフ近海はやはり濃霧と若干の波の中にあった。とりあえずそこで待機して、翌朝の状況次第で上陸場に接近するということになったが、予報はこのまま推移することを伝え、我々の中にも一種の絶望感が漂い始めていたのは否めない。そんな状況の中、鰭脚班長の発案でてるてる坊主を作り、祈りを捧げた後デッキに吊るした。翌朝、我々が目にしたのは快晴の島影だった。波も収まり、無事トドの調査を遂行できたのは言うまでもない(この時の祈りを捧げる様は、大泰司紀之・本間浩昭著「知床・北方四島」(岩波新書)の170ページに写真で見ることができる)。
 明日からしばらく道東の海辺を行脚する日々が続く。海の調査は、天候に一喜一憂する日々でもある。先週限りと思っていた今回のてるてるだが、しばらく付き合ってもらうことにして、先程車に積み込んだ。どうぞよろしくお願いします!


車に吊るしたてるてる坊主
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(2010年6月17日   千嶋 淳)


流木にウトウ

2010-06-17 16:15:00 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
流木上のウトウ(右)とアジサシ 以下すべて 2010年6月 北海道十勝沖)


 乳白色の濃い霧の中を船は滑らかに進んで行く。ともすれば天地の別がつかなくなってしまうくらい、場所によって霧は深い。その中から時々、フルマカモメやコアホウドリがすっと現れて、優雅な飛翔とともにまた白いカーテンの向こうへ消えてゆく。前方の海面に浮かぶ一本の流木。オットセイと紛らわしいことのある流木だが、あれは確かに木のようだ。しかし、その上に何か乗っている。朧だった影がはっきりしてくると、1羽のウトウであった。
 珍しいこともあるものだとそのまま通過したが、1時間近く後に、今度は2羽のウトウが1羽のアジサシと一緒に流木に止まっているのに出会った。船の接近によりウトウは海面に降りたが、少し離れた地点に船を停めて観察していると、1羽また1羽と「再上陸」を始め、最大で4羽ものウトウが流木上にひしめき合っていた。脚が体の後方にあり、陸上では直立のような姿勢でいることが多いウトウにとって、細くて丸みがあり、かつ波間にゆらめく流木は安定の悪い場所とみえて、しきりに翼を震わせバランスを取っていた。
 河口や海岸から大洋に出た流木は、海鳥たちにとって即席の陸地の役割を果たすようで、アジサシ類をはじめ、トウゾクカモメ類などもその上で休息していることがある。しかし、基本的には海面に浮かないアジサシ類とは違って、採餌や休息も海の上(中)で行うウトウが、わざわざ安定の悪そうな流木に上りたがる理由は何だろう?最初の出会いの写真からは、座っているようにも見える(霧で不鮮明、未掲載)ので、座ってしまえば快適な休息場所となるのかもしれない。洋上で出会う海鳥たちは、普段垣間見ることのできない不思議な生態を、いろいろと見せてくれそうである。


流木に「再上陸」する2羽のウトウ
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ウトウ
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霧の中を悠然と飛ぶコアホウドリ
夏の道東太平洋は、霧の世界だ。
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(2010年6月17日   千嶋 淳)


潮目

2010-06-15 20:24:52 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
アカエリヒレアシシギ 以下すべて 2010年5月 北海道苫小牧沖)


 沿岸部からの緑色みを帯びた明るい海面が、青黒く深い色へと激変した。潮目だ。潮目は、水温や塩分の異なる2つの水塊が出会う潮境が海面に現れたもので、これを境に海水の性質ががらっと変わることがある。その潮目に沿って、ヒレアシシギの群れがいくつも海面に浮かび、あるいは飛んで行くのが見える。多くは和名の通り、首を取り囲むような赤色が目に鮮やかなアカエリヒレアシシギの夏羽だが、所々それよりも大型で赤色部が全身に及ぶハイイロヒレアシシギの夏羽も混じっている。

海上に浮かぶ群れ(アカエリヒレアシシギハイイロヒレアシシギ
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ハイイロヒレアシシギ(左)とアカエリヒレアシシギ(ともに夏羽)
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 ヒレアシシギは休んでいるものもあれば、海面をくるくると、まるで木の葉のようにくるくる回りながら細い嘴で海面から何かを啄んでいる個体もいる。潮目には海表面の流れの、強い収束によって泡や海藻、木などが集まりやすい。ここにも海藻や海草、それに流木などがあちこちに浮いている。それらの周辺にはヒレアシシギの餌となるであろう、微細な生物も多いのだろう。


海上を飛ぶ群れ(アカエリヒレアシシギハイイロヒレアシシギ
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 船は潮目を進んで行く。ヒレアシシギだけでなく、ウトウやハシブトウミガラス、ハシボソミズナギドリなど他の海鳥の姿も多い。アカエリヒレアシシギとハシボソミズナギドリが入り混じって、活発に採餌している地点もあった。ただ、アカエリヒレアシシギが表面の何かを啄んでいたのに対し、ハシボソミズナギドリは水中に首を突っ込んで、水面下の餌を食べていたから、同じものを食べていたわけではあるまい。潮境では湧昇流が栄養分を運び上げてプランクトンを増殖させるため、ハシボソミズナギドリが好むオキアミ類なども多いのかもしれない。それにしても、ヒレアシシギの群れは途切れることなく、潮目とともに続いてゆく…。


アカエリヒレアシシギハシボソミズナギドリの群れ
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 5月9日、苫小牧沖太平洋上での出会いだった。観察されたヒレアシシギの総数は数千羽を優に下らないと思われるが、この月の末にはそれをはるかに上回る数万羽の大群が記録されたという。餌条件が良いのか、コース上の重要な位置にあるのかわからないが、5月の苫小牧沖には夥しい数のヒレアシシギ類が、北上の途中で集結するようである。ヒレアシシギ類の密集した群れは、北海道では日本海側の離島やオホーツク海沿岸でも時々話を聞くが、不思議なことに道東の太平洋側では、渡り時期に海上で普通であるものの、そのような大群は見られない。渡りコースの中心から外れていて、例えば苫小牧沖から石狩低地帯を飛び越えて日本海側を北上するようなルートがあるのだろうか。それとも岸からの観察や沿岸部の航海では把握できないくらい沖合に、道東太平洋の主要ルートがあるのだろうか。


海上を飛ぶアカエリヒレアシシギ
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 5月の北海道沖から更に北を目指したヒレアシシギたちは、早くも7月下旬には再び姿を現し、8月にかけて成鳥が、次いで幼鳥が続々と南下して行く。春と秋の渡り間隔の短さは、彼らの繁殖する北極圏における夏の短さの、成鳥と幼鳥の間にみられる渡り時期のギャップは、雛がまだ飛べないうちに成鳥が場所を明け渡す形でそこを去る、厳しい繁殖環境の裏返しである。


アカエリヒレアシシギ(夏羽)
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ハイイロヒレアシシギ(右)とアカエリヒレアシシギ(ともに夏羽)
ヒレアシシギ類はメスの方が体が大きく、派手な色をしている。そこから予想される通り、雌雄の役割が通常と逆転しており、オスが抱卵・育鄒を行う。
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(2010年6月15日   千嶋 淳)


2010年5月十勝川下流域の鳥

2010-06-09 10:46:45 | 鳥・春
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All Photos by Chishima,J.
ミヤコドリ 2010年6月 以下すべて 北海道十勝川下流域)

日本野鳥の会十勝ブログ2010年6月8日より転載・加筆)

 5月の十勝は、鳥が交差する時期です。十勝で、あるいはもっと南で冬を越したカモ類やカモメ類が北上を続ける一方で、新たな夏鳥が暦の進行とともに押し寄せ、旅鳥のシギ・チドリ類やアジサシなども羽を休めます。秋と並んで、一年で最も多くの種類が観察できる時期でもあります。


 5月下旬、カモ類の渡りが一段落すると、十勝川下流域で見られる鳥の種類は少なくなりますが、繁殖の盛期を迎え、夜明けや日没前後には原野や河畔林は小鳥たちのコーラスで賑わいます。6月も半ばを過ぎると、今年生まれの幼鳥があちこちに姿を現すことでしょう。中には巣立ち直後であまりに弱々しく見える雛もいるかもしれません。しかし、実は近くに親鳥がいて何の問題もないケースがほとんどです。間違って雛を「誘拐」してしまわないよう、配慮をお願いします(詳しくはこちらを参照)。
 この5月に、主に野鳥の会十勝会員によって、周辺の海上や丘陵も含めた十勝川下流域で観察された鳥は、以下の107種でした。

アビ シロエリオオハム カイツブリ ミミカイツブリ アカエリカイツブリ カワウ ウミウ ヒメウ ダイサギ アオサギ ヒシクイ マガモ カルガモ コガモ ヨシガモ ヒドリガモ オナガガモ シマアジ ハシビロガモ キンクロハジロ スズガモ クロガモ ビロードキンクロ シノリガモ ミコアイサ ウミアイサ カワアイサ トビ オジロワシ ノスリ チュウヒ ハヤブサ チゴハヤブサ タンチョウ オオバン ミヤコドリ コチドリ シロチドリ メダイチドリ キョウジョシギ トウネン ハマシギ ミユビシギ ツルシギ キアシシギ イソシギ オオソリハシシギ チュウシャクシギ オオジシギ セイタカシギ ユリカモメ セグロカモメ オオセグロカモメ ワシカモメ シロカモメ カモメ ウミネコ アジサシ ドバト キジバト アオバト ツツドリ カッコウ アオバズク ハリオアマツバメ カワセミ ヤツガシラ アリスイ アカゲラ コアカゲラ コゲラ ヒバリ ショウドウツバメ ツバメ ハクセキレイ ビンズイ タヒバリ ヒヨドリ モズ ノゴマ ノビタキ アカハラ ウグイス センダイムシクイ キビタキ オオルリ エナガ ハシブトガラ ヒガラ ヤマガラ シジュウカラ ゴジュウカラ メジロ ホオアカ シマアオジ アオジ オオジュリン カワラヒワ ベニマシコ シメ ニュウナイスズメ スズメ コムクドリ ムクドリ カケス ハシボソガラス ハシブトガラス


ユリカモメ・夏羽
2010年5月
古文に出てくる「都鳥」はこちら。
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(2010年6月8日   千嶋 淳)


羽衣混在

2010-06-08 15:04:33 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
ウミバト 以下すべて 2010年4月下旬 北海道東部)


 4月の最終週に、道東の2ヵ所で船に乗る機会があった。冬のウミスズメ類はあらかた去り、南半球からのミズナギドリ類を待つには少し早い時期であったが、思いのほか多くのウミバトと出会うことができた。2ヵ所と港に入っていた1羽を加えた、少なくとも16羽のウミバトをのべ2日で見たことになる。ウミバトは、道東の海上では世に思われているほど稀な鳥ではなく、特に冬の岬や海岸から望遠鏡で沖を眺めていると大抵1~数羽を見ることができるし、夏期にも時々出現する(一部の書籍やwebには「日本ではこの鳥の夏羽を見ることはない」との記述があるが、そのようなことはない)。それでも、これだけの数のウミバトを一度に見るのは初めてだったので、大変新鮮で胸躍るものであった。
潜水するウミバト
翼を半開きにして潜り、水中を飛ぶように泳ぐ。ウミスズメ科のほか、コオリガモなどがこの潜り方をする( 「潜り方」の記事も参照)。
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 印象的だったのは、完全な夏羽といって差し支えない個体からほぼ冬羽のような白っぽい個体、そして中間的な個体まで、その羽衣が個体によって非常に変異に富んでいたことである。写真に撮ることのできた16個体のうち、ほぼ真っ黒な夏羽は5羽、反対に冬羽に近いのは4羽、その中間的な個体は7羽で、中間羽にしてもその程度は実に様々であった。同じ時期なのに、夏羽から冬羽に至る多様な羽衣が混在していることになる。これは同属のケイマフリでも一緒で、例えば3月中旬、年によってはまだ流氷が道東沿岸に押し寄せている頃に既に完品の夏羽がいるかと思えば、腹の真っ白な冬羽がその隣を泳いでいたりする。5月末に繁殖地が付近にない紋別沖のオホーツク海で出会ったケイマフリは、いずれも冬羽から中間羽的な羽衣を示していたので、もしかしたらそれらは若い非繁殖個体なのかもしれない。ただ、それにしてもウミバト属2種の換羽のタイミングに、大きな個体差があるのは確かなようである。


ウミバト(夏羽)
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ウミバト(冬羽から移行中)
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ケイマフリ
冬羽を多く残す個体。
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ケイマフリ(夏羽)
上と同じ日に撮影。
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ケイマフリ
本種は沿岸性が強く、分布も岸近くに偏っている。右下の個体は「冬羽」を多く残す。
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 ウミバトでは夏冬の羽衣と同じく、雨覆の白斑の大きさにも非常に個体差があった。当該部分の画像を得ることのできた15羽のうち、雨覆全体が白いような白斑の大きなものは4羽、大雨覆や中雨覆の一列もしくは二列の羽先が白い程度の個体が5羽いた一方で、雨覆に白色部がないか、あっても数枚の外弁だけなどといった、ほとんど白斑の認められないものも6羽含まれていた。一般に白斑の大きいものは亜種アリューシャンウミバト、小さいか、ないものは亜種ウミバト(チシマウミバト)とされるが、あまりにも中間的な個体が多いような気がする。千島列島の繁殖地では、翼の白斑の程度の様々な個体が入り混じって繁殖しているとの情報もあり、翼の白斑で亜種を識別するのは困難なのかもしれない。翼の白斑がほとんどない個体は、近距離では目の周囲の白がないことでケイマフリと識別できたが、このような個体については遠距離では識別は困難かもしれず、それが本種の記録の少なさに繋がっている可能性もあるだろう。


ウミバト(夏羽)
雨覆の白斑の大きな個体。
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ウミバト(中間羽)
雨覆に白斑がほとんどない個体。
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 気が付けば6月も中旬を迎えようとしている。あの日出会ったウミバトたちは、今頃千島列島やオホーツク海の何処かで、同じく繁殖のために集まってきたトドやキタオットセイの咆哮を聞きながら、短い夏の間の再生産に打ち込んでいるのだろうか。


ウミバト(左端)とケイマフリ
いずれも中間羽的な個体。このように並ぶと、ウミバトの方が小さいことがわかる。
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(2010年6月7日   千嶋 淳)