鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

寒冷前線

2007-09-28 16:00:48 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
アジサシの幼鳥 以下すべて 2007年9月 北海道十勝郡浦幌町)


 昼前に海岸に着いた時にはまだ青空が広がっていた。道中は、カーラジオから聞こえてくる空知・上川地方の豪雨にまったく実感が沸かないほどの秋晴れだった。西方の片隅に認めた暗雲は瞬く間に大地を覆い、10分後には雨の雫が滴り始めていた。その後、雷鳴が轟き、横なぶりの雨が激しく車窓を叩き、身動きできなくなるまでに大して時間はかからなかった。先程まで目の前の湿地で採餌・休息していたコガモの一群は、突然の荒天に驚き、飛び去ってしまった。ラジオからは、雷の位置が近いことを示すノイズがしきりに飛び込んでくる。
暗雲が空を覆い…
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 激しい雷雨が20分ばかり続き、広がり始めた青空から強烈な日差しが差し込んできた。今のうちにと付近の河口に移動する。その間にも再び暗雲が広がり始め、遠方から雷鳴が聞こえてきた。河口では多数のウミネコやオオセグロカモメに加え、9月に入って数を増してきたセグロカモメやユリカモメ、それに今期初確認となるカモメやミツユビカモメが羽を休めていた。


オオセグロカモメ(成鳥・中央)とカモメ(幼鳥・その左右)、ウミネコ(幼鳥・手前の3羽)
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 それらを観察していると、1羽のアジサシが河口部に入って来た。満潮に合わせて魚が遡ってくるようで、同じエリアを周回しながら、時々水面に飛び込むとかなりの確率で小魚を咥えて舞い上がる。周囲はいつの間にか雷雨に逆戻りしていたが、アジサシはそれをものともせず悠々と飛翔している。時折砂浜や波消ブロックに降り立つが、余程魚影が濃いのか、すぐに飛び立って周回を再開する。


風浪立つ鉛色の海を背に(アジサシ・幼鳥)
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砂浜で休息(アジサシ・幼鳥)
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 北海道に住んでいるとカモメ類は身近な隣人だが、「南のカモメ」ともいえるアジサシ類との出会いは極端に少ない。本州以南では普通に繁殖しているコアジサシもごく稀に迷行してくるだけだし、台風等で関東辺りまでは姿を現すことのある南方系の種もまず期待できない。その中で、カムチャツカやサハリンでも繁殖するアジサシは、旅鳥として定期的に北海道の海岸を訪れてくれる唯一の種でもある。そのせいか、普通種ながら出会えると何かわくわくしたものを感じ、見入ってしまう。


アジサシ・幼鳥
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 しばらく見入っていた。いつの間にやら背後の空が、鉛色から水色に変わっている。しかし、気温はむしろ寒いくらいで、北から吹く冷たい風が海面を波立たせている。どうやら、寒冷前線が通過したようだ。


青空を背に(アジサシ・幼鳥)
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 帰路、雨雲が去った方角から天空を駆けた虹が美しかった。付けっぱなしのカーラジオは、大雪山系で初冠雪のあったことを伝えていた。この前まで暑くて敵わんと思っていたのが嘘の様だ。季節は着実に進んでいる。


原野の虹
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(2007年9月28日   千嶋 淳)


夏と秋の間

2007-09-23 21:25:48 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
採草地に降り立ったヒシクイ 以下すべて 2007年9月 北海道十勝川下流域)


 今秋も十勝平野にヒシクイがやって来た。6日の初認時には9羽だったそうだが、僅か数日の間に300羽余りまで増え、それから10日強が経過した現在は2000羽を越える大群となっている。これから11月の中・下旬、平野部で初雪が舞い、湖沼が結氷し始めるまでの間、その姿を楽しませてくれるはずだ。渡来当初は警戒心が強く、農繁期で刈り取り済みの畑も少ないので行動圏も限られる彼らだが、私にはこの時期ならではの、心待ちにしている鳥景がある。

青空を行く一隊(ヒシクイ
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 それは緑の中で見るヒシクイだ。春秋に当地を通過するヒシクイを見るのは、大抵その体色と同じく褐色の世界の中である。初春や晩秋には銀世界でのことも珍しくない。ところが9月初めから半ばにかけては、河原ではドロノキの葉が秋風に吹かれてはらはらと舞ってはいるものの、晴れれば汗ばむ陽気の原野はまだ色濃く夏の緑を残しており、そこで見るヒシクイは、普段とはまた違った趣を感じさせてくれる。遠くロシアの地で繁殖し、日本には越冬にやって来る彼らを、緑濃い景観の中で楽しむことができるのは、国内では北海道の一部くらいだろう。


合流(ヒシクイ
今にも降り出しそうな曇天の下、採草地にいた200羽ほどの群れに、飛んで来た1羽が加わった。
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 通人は、夏から秋に移行する時期に、旬も終わりの落ち鱧(ハモ)と走りの松茸を用いた土瓶蒸しを味わうと聞いたことがある。自分にとって緑の中のヒシクイは、盛夏が去って、本格的な秋には少しだけ早いこの季節を楽しむための、土瓶蒸しみたいなものかもしれない。


農繁期(ヒシクイ
牧草の刈り取りが進む農地の背後では、数十羽の群れが羽を休めていた。
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 10月に入るとヒシクイはいよいよ数を増し、マガンやハクガンも姿を現す。同時に風景の中から緑色は急速に色褪せ、すっかり短くなった日の長さとあわせて秋の深まりを、更に、長い冬の遠くない到来を意識せずにはいられなくなる。


初雁(ヒシクイ
私自身が今シーズン最初に目撃した群れ。
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看板
地元有志の方々によって、農耕地や沼の周囲に最近設置された。マナーを守って、いつまでも鳥たちとの出会いを楽しめる場所であるよう心がけたい。
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(2007年9月22日   千嶋 淳)


ヒバリの砂浴び

2007-09-19 14:31:55 | 鳥・秋
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All Photos by Chishima,J.
砂浴び中のヒバリ 2007年9月 北海道十勝郡浦幌町)


 鳥類にとって飛ぶため、生きるために羽毛を清潔に保つことは欠かせない。鳥を観察していると羽づくろいにかなりの時間を費やしていることがわかるし、真冬のどんな寒い日にも水浴びを怠らないことからもそれが窺える。多くの種にとって、この羽づくろいと水浴びが基本的な身だしなみの方法であるが、中には日光や砂、蟻、煙を浴びることによって羽毛の手入れをする、一風変わった種類もいる。

アオジの水浴び
2007年9月 北海道中川郡幕別町
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 海岸の砂丘でヒバリの砂浴びに出会ったのは、海風が冷たく感じられた、数日前の曇った昼過ぎであった。砂地の窪み(もしくは自分で造成したものか?)に半身を埋め、体や翼を小刻みに震わせながら、周囲に砂を撒き散らしていた。こまめに向きを変えていたところから察すると、窪みの形状や体の構造から浴びられる砂の量が、部位によって異なるのだろう。そうして羽毛の間に砂を通すことによって、傷付いた部分や寄生虫を擦り落としているようだ。砂浴びはその後、人の接近によって飛び立つまで3分ほど続いたから、まさに人間の入浴みたいなものである。

砂浴び中のヒバリ(その2)
2007年9月 北海道十勝郡浦幌町
正面を向いて窪みに入り、砂浴している。
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 ヒバリやキジ、ライチョウは砂浴び専門だという。共通しているのは地上性であること、非森林性であること等だが、特にヒバリやキジなどはいくら乾燥した草原に住んでいるとはいえ、日本のような湿潤な国なら付近に水辺の一つでもあろうものを何故わざわざ砂でと言いたくなる。もっとも、これは人間を基準にした考えで、彼らなりに利益があったからこそ、この行動が残ってきたのだろう。上記砂浴びの専門家に対して、スズメや大陸のイエスズメは、砂浴びも水浴びも行なう。そんな行動の柔軟な可変性が、スズメ類をして人間という強敵の近くで生き残らせてきた所以だろうか。


砂浴び中のヒバリ(その3)
2007年9月 北海道十勝郡浦幌町
向きを変え、体の後半部と尾羽を震わせる。周囲に砂が飛び散っている。
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 なお、文頭で挙げた変わった身だしなみ法のうち、日光浴はサギ類やウ類、キジバトやムクドリ等比較的多くの種類で観察されている。それ以外では、蟻浴はキジバトやカケス、カラス類、煙浴はブッポウソウ、カラフトワシ、カラス類等から知られており、寄生虫を駆除する機能があるといわれるが、詳しくはわかっていない。


アオサギの日光浴
2007年8月 北海道中川郡幕別町
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囀るヒバリ
2007年6月 北海道中川郡幕別町
ヒバリというとさえずり飛翔が有名だが、このように低い人工物や石、地上等でも囀る。十勝地方ではまだまだ農耕地や河川敷に多い小鳥だが、減少が指摘されている地方もある。
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(2007年9月19日   千嶋 淳)


波と共に走れ!

2007-09-16 23:53:36 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
波打ち際を走るミユビシギの小群 以下すべて 2007年9月 北海道十勝地方海岸部)


 九月の海岸は賑々しい。砂浜にはアキアジ(鮭)釣りの竿が数mおきに林立し、一段高い場所では釣り人とその車やテント、バーベキュー等が並ぶ様を見ると、この時期、十勝で一番の盛り場は海岸なのではないかとさえ思えてくる。賑やかなのは人ばかりでない。オオセグロカモメとウミネコが大部分だったカモメ類は、セグロカモメの割合が増えてくる。南下真っ最中のシギ・チドリ類のうち、警戒心の強い大型種は人の少ない早朝や夕方、荒天時にしかいないが、小型・中型の種は人の入っていない、隙間のような箇所をうまいこと見つけ、そこで採餌に休息に勤しんでいる。
曇天の海岸
釣り人が撤収を始めると、残った餌でも撒いたのか、オオセグロカモメが集まって来た。
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 砂浜で出会う機会の多い小型・中型のシギ・チドリ類は、トウネンやミユビシギ、メダイチドリ、ダイゼン、キアシシギ等。このうちミユビシギやトウネンの採餌行動は、観察していて大変面白い。


トウネン(幼鳥)
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 彼らの餌となる甲殻類や多毛類等の小型無脊椎動物は、波打ち際の砂中、それも絶えず波に洗われている場所に多いようだ。波が引くと一斉に、今まさに波が引いた区画目指して一目散に駆けて行く。そこで嘴を砂に突き刺して、餌を探す。そうして餌を探しながら、徐々に海側に前進して行くが、じきに波が戻ってくる。波にさらわれたり、大事な羽毛を濡らしては大変なので、彼らは大慌てで陸側の、波が到達しない地点まで走ることになる。たまに、間に合わなくて飛んで避難する個体もいる。波が引きに転じると、またすかさず海へと駆けて行く。 この繰り返しなのだが、波に合わせて早足で行きつ戻りつしている姿は、特に小群で行動することの多いミユビシギではどこかユーモラスで、眺めていて飽きを感じさせない。


採餌中のミユビシギ(幼鳥)
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走れ!(ミユビシギ・幼鳥)
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 学生時代、友人たちと「ミユビシギゲーム」を試みたことがある。波打ち際を器用に走るミユビシギに触発され、自分らはどれだけあれに近付けるだろうと、棒切れを海に向かって投げ、波が引いた際にダッシュでそれを取りに行く遊戯だ。シギほど身軽でない上に濡れた砂地に足を取られ、大した距離まで進めない内に衣服を濡らしただけで、このゲームは終了した。


採餌中のトウネン(幼鳥)
おそらくハマトビムシの一種を捕食中。威勢よく飛び跳ねるので、何度も逃げられながら、苦労して食べていた。
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 忙しなく走り回っていたシギたちも、腹が満たされると波打ち際を離れ、漂着している流木の影や砂地の窪みで休息に入る。この時には意外なほど背景に溶け込み、すぐ目の前から走り出すか飛び出すまで、その存在に気付かないことが多い。


ミユビシギ(幼鳥)
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(2007年9月16日   千嶋 淳)


闖入者

2007-09-15 23:54:46 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
ハヤブサの幼鳥 2007年8月 北海道十勝川下流域)


 渡り途中のシギ・チドリ類や繁殖を終えたカモ類で賑わう小さな湿地。午前十時過ぎ、照り付ける太陽に日中の暑さを思い知らされる頃、この場所は穏かさに包まれかけていた。先程まで忙しなく走り回って餌を探していたオジロトウネンやエリマキシギも、汀線の一ヶ所に腰を落ち着けて羽づくろいや休息の体勢に移っている。オシドリやマガモは一段高い陸地で、やはり緊張を解しつつある。早朝から彼らを観察していた私も、この雰囲気に呑まれるように睡魔に襲われながら、それでも上昇を続ける気温の不快さから、かろうじて水鳥たちを見つめていた。

オシドリ(オスのエクリプスまたは幼鳥)
2007年8月 北海道十勝川下流域
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オジロトウネン(幼鳥)
2007年8月 北海道十勝川下流域
内陸の湿地を好む小型のシギ類。「チリリリ…」というか細い声は虫のようだ。
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 ふと殺気を感じて正気に戻ると、今しがたまで寛いでいたシギたちが警戒声を発しながら乱舞している。ただならぬ気配に周囲を見渡せば、案の定、猛禽類の姿。ハヤブサの幼鳥が、熱気を切り裂かんばかりの俊敏さで飛び回っていた。ハヤブサは湿地を低空で掠め飛び、端に到達すると反転することを繰り返し、完全にハンティングモードに入っているようだ。
 昼前のまどろみから、一気に極度の緊張状態に突入した水鳥たちを観察していると、この突然の闖入者への対応が、分類群によって異なっていることに気が付いた。シギやチドリは前述の通り、飛び立って闇雲に逃げ回っている。ところが、カモ類は水面に留まり、ハヤブサが頭上を掠めると不得手なはずの潜水でこれを交わし、飛び立つ気配は一向に無い。一方、アオサギはハヤブサが通過する時だけ、面倒くさそうに首を竦めている。


エリマキシギ(幼鳥)
2007年8月 北海道十勝川下流域
日本では和名の「襟巻」とは無縁の、幼鳥や冬羽との出会いが大部分。いつか繁殖地でディスプレイに興じるオスの群を見てみたいものである。
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 アオサギはおそらく自身の体の大きさから、ハヤブサに襲われる可能性の低いことをわかっているのだろう。それでも、すぐ上を通過されると本能的に首を竦めてしまうものと思われる。カモ類の逃げないという選択肢は一見不利なようだが、ハヤブサの行動を考えると実に理にかなっている。ハヤブサの狩りの大部分は空中で、獲物に体当たりするか掴み取る形で行われる。飛び立っての逃避は、却って捕食される危険を増すことになるのだ。逆に、地上や水面にいる鳥に襲い掛かるオオタカなんかが来襲した場合には、カモ類は一斉に飛び立って逃げることを、これまで何度も観察している。熟練した野鳥観察者ですら識別に戸惑うことがあるオオタカとハヤブサを、瞬時で判別して適切な対応を取る彼らの能力には、生存が懸かっているとはいえ、驚きを禁じえない。


オオタカ(幼鳥)
2007年9月 北海道中川郡豊頃町
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 それでは何故シギたちはわざわざ危険な空中に逃げたのか?彼らの大部分が幼鳥で、経験が浅いからかもしれない。あるいは、カモ類とは違って潜水して難を逃れることが困難だからかもしれない。また、カモ類はこの地にいる期間が長く、ハヤブサの危険性を経験から知っていたが、到着したばかりのシギ類にはそれを知る機会が無かった可能性もある。


ヒバリシギ(幼鳥)
2007年9月 北海道十勝川下流域
オジロトウネン同様、内陸性の渉禽類。姿形や配色はウズラシギに似るが、遥かに小さく、トウネンと同サイズ。
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 ハヤブサにとっては生憎、水鳥たちにとっては幸いなことに狩りの試みは失敗に終わり、二分と経たぬ内に湿地の非常事態は、一羽の犠牲者も出さぬまま終焉を迎えた。がむしゃらに逃げ惑っていたシギ・チドリたちが舞い降り、カモ類が再び首を背に突っ込んで惰眠を貪り始めると、直前の騒動が嘘の様な静かな時間が流れ始めた。


ハヤブサ(幼鳥)
2007年9月 北海道中川郡幕別町
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ハヤブサ(成鳥)の飛翔
2007年3月 北海道十勝郡浦幌町
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(2007年9月15日   千嶋 淳)