鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

十勝のカイツブリ類(後半)

2011-05-10 16:10:30 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
カンムリカイツブリの冬羽 2011年2月 北海道幌泉郡えりも町)


日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより174号」(2011年4月発行)より転載 一部を加筆、修正、写真を追加)


④アカエリカイツブリ
 ヨーロッパから西シベリア、ロシア極東、北アメリカ北部で繁殖し、冬は南へ渡ります。日本では北海道北部、東部でのみ繁殖し、九州以北の主に海上へ冬鳥として渡来します。以前は道央のウトナイ湖や厚真大沼でも繁殖していましたが、現在は途絶えています。理由として、ウトナイ湖では野生化したコブハクチョウが湖面で繁殖を始めた影響が指摘されています。繁殖地のある十勝地方では、ほぼ一年を通じて観察可能な鳥です。
 4月上旬、氷が解けるとすぐに繁殖地の湖沼へ飛来します。十勝では十勝川下流沿いや海岸部の湖沼が繁殖地となっており、2004年の調査では31ヶ所のうち13の湖沼で繁殖、4つの湖沼へ短期的に飛来しました。その後見付かった地点やアプローチが困難で未確認の繁殖地を考慮しても、十勝での繁殖地は20ヶ所程度でしょう。湖沼に戻ってしばらくは、ディスプレイや闘争に明け暮れます。これらは「ケレケレケレ…」というけたたましい鳴き声や、雌雄が嘴を合わせたり、立ち上がって水面を並走する等多様な行動とともに繰り広げられ、見ていて飽きることがありません。5月下旬に湖沼では個体数が最大になった後、安定します。なわばりを持てなかった個体が沼から排除されたのだと思われます。また、5月下旬までは海上でも普通に観察されるため、更に北で繁殖する個体も含まれているのでしょう。


アカエリカイツブリ(夏羽)
2008年5月 北海道十勝川下流域
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 早いつがいでは、6月下旬よりヒナが出ます。幼いヒナは親から頻繁な給餌を受けながら水面を泳ぎ、疲れると親鳥の背中で休みます。水面を覆うネムロコウホネの黄色い花を背景に、また今を盛りと鳴き競うコヨシキリの囀りをBGMにアカエリカイツブリの子育てを観察するのは、初夏の十勝ならではの贅沢です。ただし、ヒナが飛べないぶん親鳥は神経質ですし、本種が繁殖している場所はたいていタンチョウも繁殖していますから、十分距離を取って、警戒されないよう観察しましょう。子育ては秋まで続き、カイツブリ同様秋に入ってからのヒナも珍しくありません。 10月17日に、まだ親から給餌を受けるヒナを観察したことがあります。
 カイツブリ類は親鳥がヒナへ餌の取り方を教えた後、しつこくヒナを追い回して独立を促すといわれますが、十勝の海に近いある沼では、まず親鳥が沼から消え(おそらく海上へ出た)、その後しばらく幼鳥だけで暮らしていたことがあります。非繁殖期は海上で生活するため、親鳥の繁殖地への執着が薄いのか、あるいは気候、餌とも海上より安定しているだろう沼をヒナたちに明け渡したのかわかりませんが、興味深い事例でした。


アカエリカイツブリの親子
2007年7月 北海道十勝川下流域
右側の成鳥の背に、一番小さなヒナが乗っている。
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給餌(アカエリカイツブリ
2007年8月 北海道十勝川下流域
幼鳥(右)が親から魚をもらっている。
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 十勝平野は道内でも比較的多くのつがいが繁殖していますが、2004年の調査では、牧草の刈り入れや除草作業、道路や河川の工事等人為的影響による繁殖失敗や巣の変更が少なからず確認されました。また、繁殖地とそうでない沼の環境条件を比較したところ、幅が狭い、形が入り組んでいる等で道路や農地からの距離が近い沼は利用されない傾向がありました。特に十勝川下流沿いの沼は、かつて川や湿地だった場所が、きわめて小面積で農地の中に点在しているため、人間活動の影響を受けやすいものと思われます。
 9月頃には、繁殖を終えた鳥たちが湖沼で数羽規模の小群を形成します。これらは10月下旬まで見られ、同時に10月上旬頃から海上でも観察されます。12~1月には海上の数が増え、漁港にも入ります。これらが道内で繁殖したものかはわかっていませんが、その数を考えると北方から渡来するものも相当数含まれているでしょう。ミミカイツブリ同様、大きな群れは作らず、1~数羽が海上の広い範囲に分散しているため、あまり多いようには見えませんが、根室の納沙布岬では多い日に100羽以上を数えることもあります。今年2月に浦幌町沿岸の海鳥を船で調査した時も、20羽以上が観察されました。したがって、北海道における本種を「夏鳥」と捉えるのは正しくありません。アビ類やカイツブリ類のような、岸から肉眼や双眼鏡で見るには遠く、船での調査で記録されるほど沖には出ない沿岸性の海鳥は、分布や渡来の時期、数に不明な点が多く、油汚染や沿岸漁業による混獲の観点からも、今後もっと注目されるべきです。


アカエリカイツブリ(冬羽)
2006年3月 北海道根室市
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⑤カンムリカイツブリ
 ユーラシア大陸中部、アフリカ、オーストラリア等に分布する、カイツブリ目では最大の種です。日本ではかつて稀な冬鳥として渡来する程度でしたが、大阪湾では1960年代に、それまで普通種だったアカエリカイツブリと入れ替わるように増加を始め、本州以南の越冬数は全国的に増加傾向にあります。現在は、例えば東京湾でも1000羽以上の大群が見られます。1972年、青森県下北半島で繁殖が確認され、1991年以降は滋賀県琵琶湖でも繁殖しています。北海道では数少ない旅鳥または冬鳥として、少数が渡来します。十勝でも同様で、主に10月下旬から5月上旬に、海岸付近の湖沼や漁港で1,2羽がたまに観察されるだけです。育素多沼や幌岡大沼、豊北海岸、大津漁港、十勝港等で記録があります。2000年代以降記録は増加しています(1978~1999年8例以上;2000~2010年14例以上)が、依然数は少なく、観察者や観察精度の増加に伴うものの可能性もあります。根室管内の野付半島、尾岱沼では旅鳥として普通との情報がありますが、具体的な数や季節は不明です。
大樹町生花苗沼では2004年6~7月に2羽、豊頃町湧洞沼では2005年6月に1羽、いずれも夏羽を観察しています。特に前者では雌雄と思われる2羽がしばらく滞在し、繁殖を期待したのですが、確認できませんでした。広大で、入り組んでいるため死角も多い沼ですから、もしかしたらどこかで繁殖の初期段階くらいには達していたのかもしれません。


カンムリカイツブリ(夏羽)
2007年6月 青森県
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(2011年4月13日   千嶋 淳)


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