![Photo_4 Photo_4](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/fa/f6ff3cf34dec5bd6f688cfadcc772ca2.jpg)
All Photos by Chishima,J.
(オオハクチョウ 2008年3月 北海道河東郡音更町)
近所でも霜や薄氷の話を聞くようになり、道北地方からは平野部初雪の報が届くなど、十月後半の北海道は急速に冬の彩りを増しつつある。そんなこの時期、道内のラジオやテレビ、新聞等のマスコミに欠かせないのが、ハクチョウ飛来の報道である。その大きさが齎す迫力と体色の純白さが醸し出す清廉さゆえか、古来から日本人に愛され親しまれて来たこの鳥たちは、今月10日過ぎの初認以降、毎日のように各種メディアに登場する。北国の人間にとってハクチョウ飛来の報せは、穏やかな秋景色に安堵しきっていた心を引き締め、すぐそこまで迫った長い冬への準備へ駆り立てる、一見平和でいて緊張感に満ちた風物詩なのかもしれない。
先日、車を走らせながら聞いていたラジオのニュースは、道央のウトナイ湖にコハクチョウが集結しつつあることを告げていた。その中でコハクチョウは、「シベリアで繁殖して道東を経由してウトナイ湖まで渡って来る」と紹介されていたが、この短い鍵括弧の中には二つの間違いが包含されている。まずは繁殖地の「シベリア」。かつてはウラル山脈以東オホーツク海沿岸までをシベリアと呼んでいたが、近年ではこれらの地方は「西シベリア」、「東シベリア」、「極東」の3つに区分されることが多い。サハ共和国やアムール州以東、すなわち日本の真上の大部分は「極東」に含まれ、日本で越冬するガンやハクチョウの故郷はこの地方に当たる。したがって、「ロシア極東」で繁殖したとするのが正しい表現で、このことを指摘している鳥類研究者もいるのだが、「シベリア」という言葉の持つ哀愁、ロマンチシズムのせいか、一向に定着する気配は無い。続く間違いは「道東を経由」の下り。少なくとも十勝から根室までの道東太平洋側では、通過・越冬するハクチョウ類の大部分はオオハクチョウであり、コハクチョウはオオハクチョウの大きな群れに1~数羽が混入する程度の少数派である。一方、道北のクッチャロ湖周辺はコハクチョウの大規模渡来地であることが知られており、普通に考えるならこちらを経由して渡来するとすべきだろう。
コハクチョウ
2007年3月 北海道十勝郡浦幌町
右の灰褐色みを帯びた個体は前年生まれの幼鳥。
![Photo_5 Photo_5](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/08/952c1696949e831dfa52b59735b81390.jpg)
早春の賑わい(オオハクチョウ)
2007年3月 北海道十勝郡浦幌町
雪の解けかけた牧草地で、ハクチョウたちが賑やかに鳴き交わす。左手前にはコハクチョウの姿も。
![Photo_6 Photo_6](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/e7/fd0269ad6d7f4072f806dee75aa2a99f.jpg)
ある新聞が夕刊の一面でガンとハクチョウのカラー特集を組んだ。ヴィジュアル的にも非常に美しく、観察マナーや鳥インフルエンザとの関係まで言及する等全体的に好感の持てる記事であった。しかし、その片隅にあった渡りルートの図には首を傾げざるを得なかった。それは北海道の地図上に、サロベツ原野から日本海側、石狩低地帯を経由して太平洋側に抜ける太い矢印に「中央フライウエー」、オホーツク海から網走地方に入り、根釧地方と十勝方面に分岐する太い矢印に「東部フライウエー」と記されていた。これはハクチョウ類に関してはやや強引な感じこそすれ強ち間違いでもないが、ガン類について考えると不正確なものと言える。ヒシクイを例にしてみよう。「東部フライウエー」上にある網走周辺や根釧原野ではヒシクイの大部分は亜種ヒシクイであるが、同じ「フライウエー」にある十勝では亜種オオヒシクイがかなりの割合を占める。一方、異なる「フライウエー」に位置するとされるサロベツと十勝はともに亜種オオヒシクイが主流であり、標識鳥の観察記録から両地方で観察される個体の少なくないことが明らかにされている。イメージ図を示して理解を容易にしようとする試みは結構だが、事実と異なっていては記事全体の品位を下げかねない。
大型水鳥たち(マガン・ヒシクイ・コハクチョウ)
2007年3月 北海道十勝郡浦幌町
![Photo_7 Photo_7](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/73/eada08bd9b54aefdbd542491211ae9e6.jpg)
ヒシクイ(亜種オオヒシクイ)
2008年10月 北海道十勝郡浦幌町
![Photo_8 Photo_8](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/d8/70a08d9a11d116c0a5bb68a909b160d7.jpg)
ヒシクイのいる風景
2008年10月 北海道中川郡豊頃町
爽やかな朝の採草地に、数百羽が群がっていた。
![Photo_9 Photo_9](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/f9/dc9283dd08493227f08524bc2ff5ecad.jpg)
こうした誤りは野生動物関係の報道では少なからず見かける。その要因として野生動物記事は「平和で暇つぶし」的なレベルを脱しておらず、十分に客観的な取材がなされていないからではないかと思える節がある。政治や軍事、あるいは国際関係等に関する報道であれば十分な裏付けを取らない限り、後で問題にもなるので報道できないだろう。しかし、野生動物の場合、当事者である動物は決して報道を見聞することが無いこともあり、表面的な取材でよくわかっていないことや単なる俗説、思い込みが恰も事実のように描かれていることが珍しくない。こんなことがあった。結氷した河口へのゴマフアザラシの来遊を報ずる地方紙記事の末尾に、「アザラシはカレイやチカを食べて暮らす」と書いてあった。餌を水中で食べるアザラシの食性を明らかにするのは容易なことではない。サケやタラのような大きな魚であれば、水面まで持って来て引きちぎりながら食べることもあるので確認できる。しかし、カレイやチカのような魚種であれば水面下で嚥下してしまうはずである。記者は一体どうやって確認したというのだろうか?おそらく、周辺でその時期に釣れる魚=餌という思考の下に書かれたのだろう。河口の氷上にいるアザラシは単に休息中であり、実際にはどこまで餌を食べに行っているのかすらわからないのに、この書き方はあまりにお粗末と言わざるを得ない。
河口のゴマフアザラシ
2008年1月 北海道中川郡豊頃町
![Photo_10 Photo_10](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/b5/867c50036ea7acf903ccba6853ffe5ce.jpg)
当初のガン・ハクチョウの話からは大きく脱線してしまったが、野生動物について報道する場合にも、人間社会と同じような十分な裏付けを取り客観的なスタンスを貫くことが、その影響力の大きさからも、必要とされているのではないだろうか。
秋空を行く(ヒシクイ)
2007年9月 北海道中川郡豊頃町
![Photo_11 Photo_11](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/ca/553bbb65843893a0541079e9945815f9.jpg)
(2008年10月28日 千嶋 淳)