鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

渡りルート報道に思う

2008-10-28 23:56:18 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
オオハクチョウ 2008年3月 北海道河東郡音更町)


 近所でも霜や薄氷の話を聞くようになり、道北地方からは平野部初雪の報が届くなど、十月後半の北海道は急速に冬の彩りを増しつつある。そんなこの時期、道内のラジオやテレビ、新聞等のマスコミに欠かせないのが、ハクチョウ飛来の報道である。その大きさが齎す迫力と体色の純白さが醸し出す清廉さゆえか、古来から日本人に愛され親しまれて来たこの鳥たちは、今月10日過ぎの初認以降、毎日のように各種メディアに登場する。北国の人間にとってハクチョウ飛来の報せは、穏やかな秋景色に安堵しきっていた心を引き締め、すぐそこまで迫った長い冬への準備へ駆り立てる、一見平和でいて緊張感に満ちた風物詩なのかもしれない。
 先日、車を走らせながら聞いていたラジオのニュースは、道央のウトナイ湖にコハクチョウが集結しつつあることを告げていた。その中でコハクチョウは、「シベリアで繁殖して道東を経由してウトナイ湖まで渡って来る」と紹介されていたが、この短い鍵括弧の中には二つの間違いが包含されている。まずは繁殖地の「シベリア」。かつてはウラル山脈以東オホーツク海沿岸までをシベリアと呼んでいたが、近年ではこれらの地方は「西シベリア」、「東シベリア」、「極東」の3つに区分されることが多い。サハ共和国やアムール州以東、すなわち日本の真上の大部分は「極東」に含まれ、日本で越冬するガンやハクチョウの故郷はこの地方に当たる。したがって、「ロシア極東」で繁殖したとするのが正しい表現で、このことを指摘している鳥類研究者もいるのだが、「シベリア」という言葉の持つ哀愁、ロマンチシズムのせいか、一向に定着する気配は無い。続く間違いは「道東を経由」の下り。少なくとも十勝から根室までの道東太平洋側では、通過・越冬するハクチョウ類の大部分はオオハクチョウであり、コハクチョウはオオハクチョウの大きな群れに1~数羽が混入する程度の少数派である。一方、道北のクッチャロ湖周辺はコハクチョウの大規模渡来地であることが知られており、普通に考えるならこちらを経由して渡来するとすべきだろう。


コハクチョウ
2007年3月 北海道十勝郡浦幌町
右の灰褐色みを帯びた個体は前年生まれの幼鳥。
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早春の賑わい(オオハクチョウ
2007年3月 北海道十勝郡浦幌町
雪の解けかけた牧草地で、ハクチョウたちが賑やかに鳴き交わす。左手前にはコハクチョウの姿も。
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 ある新聞が夕刊の一面でガンとハクチョウのカラー特集を組んだ。ヴィジュアル的にも非常に美しく、観察マナーや鳥インフルエンザとの関係まで言及する等全体的に好感の持てる記事であった。しかし、その片隅にあった渡りルートの図には首を傾げざるを得なかった。それは北海道の地図上に、サロベツ原野から日本海側、石狩低地帯を経由して太平洋側に抜ける太い矢印に「中央フライウエー」、オホーツク海から網走地方に入り、根釧地方と十勝方面に分岐する太い矢印に「東部フライウエー」と記されていた。これはハクチョウ類に関してはやや強引な感じこそすれ強ち間違いでもないが、ガン類について考えると不正確なものと言える。ヒシクイを例にしてみよう。「東部フライウエー」上にある網走周辺や根釧原野ではヒシクイの大部分は亜種ヒシクイであるが、同じ「フライウエー」にある十勝では亜種オオヒシクイがかなりの割合を占める。一方、異なる「フライウエー」に位置するとされるサロベツと十勝はともに亜種オオヒシクイが主流であり、標識鳥の観察記録から両地方で観察される個体の少なくないことが明らかにされている。イメージ図を示して理解を容易にしようとする試みは結構だが、事実と異なっていては記事全体の品位を下げかねない。


大型水鳥たち(マガンヒシクイコハクチョウ
2007年3月 北海道十勝郡浦幌町
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ヒシクイ(亜種オオヒシクイ)
2008年10月 北海道十勝郡浦幌町
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ヒシクイのいる風景
2008年10月 北海道中川郡豊頃町
爽やかな朝の採草地に、数百羽が群がっていた。
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 こうした誤りは野生動物関係の報道では少なからず見かける。その要因として野生動物記事は「平和で暇つぶし」的なレベルを脱しておらず、十分に客観的な取材がなされていないからではないかと思える節がある。政治や軍事、あるいは国際関係等に関する報道であれば十分な裏付けを取らない限り、後で問題にもなるので報道できないだろう。しかし、野生動物の場合、当事者である動物は決して報道を見聞することが無いこともあり、表面的な取材でよくわかっていないことや単なる俗説、思い込みが恰も事実のように描かれていることが珍しくない。こんなことがあった。結氷した河口へのゴマフアザラシの来遊を報ずる地方紙記事の末尾に、「アザラシはカレイやチカを食べて暮らす」と書いてあった。餌を水中で食べるアザラシの食性を明らかにするのは容易なことではない。サケやタラのような大きな魚であれば、水面まで持って来て引きちぎりながら食べることもあるので確認できる。しかし、カレイやチカのような魚種であれば水面下で嚥下してしまうはずである。記者は一体どうやって確認したというのだろうか?おそらく、周辺でその時期に釣れる魚=餌という思考の下に書かれたのだろう。河口の氷上にいるアザラシは単に休息中であり、実際にはどこまで餌を食べに行っているのかすらわからないのに、この書き方はあまりにお粗末と言わざるを得ない。


河口のゴマフアザラシ
2008年1月 北海道中川郡豊頃町
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 当初のガン・ハクチョウの話からは大きく脱線してしまったが、野生動物について報道する場合にも、人間社会と同じような十分な裏付けを取り客観的なスタンスを貫くことが、その影響力の大きさからも、必要とされているのではないだろうか。


秋空を行く(ヒシクイ
2007年9月 北海道中川郡豊頃町
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(2008年10月28日   千嶋 淳)


堆肥?楽部

2008-10-20 22:07:20 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
タシギ 2008年9月 以下すべて 北海道十勝川下流域の堆肥置場)


 鳥を見るのに適した場所というと森林や原野など、自然度の高い環境を連想するのが一般的だろう。ところが一部の鳥は強かなもので、人工的な環境にも自らを適応させ、「こんな場所で?」と思うような場所で暮らしていることがある。都市公園の池のカモ類やビル街のハヤブサといった都市鳥の類は有名な例であるが、十勝地方の平野部におけるそのような環境として、農家の堆肥置場を挙げることができる。
 家畜の糞を積み上げ、発酵させて肥料を作るための堆肥置場は、大抵の酪農家の庭先や放牧地に隣接して設けられている。栄養分に豊む堆肥には、昆虫類やミミズなどの生物も豊富で、それを狙ってハクセキレイをはじめとするセキレイ類やスズメなどの小鳥が多く集まって来る。湿原の鳥のイメージが強いタンチョウも、実は堆肥が重要な餌場となっている地域が少なくない。


キセキレイ
2007年10月
堆肥に飛来した2羽は、半日近く活発に虫を捕食していた。
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 一月ばかり前、いつもの鳥見コースにある堆肥置場の一つが、雨後の水はけでも悪かったのか、低い部分がちょっとした水たまり・泥地のようになっていた。餌が豊富でなおかつ水深が浅いという条件が幸いしたのだろう。そこにはヒバリシギやタカブシギ、ツルシギといったシギ類が姿を現し、さながら内陸湿地のようであった。特にタシギの多さは特筆もので、多い日には10羽以上が観察された。他のシギ類は専ら汀線や浅瀬で採餌していたのに対して、タシギはその長い嘴を存分に活用し、堆肥の土中に差し込んでは巧みに餌を捕えていた。また、コガモも多い時で30羽ほどの群れが、泥地や浅瀬でついばみや濾しとりにより餌を漁った。従来あった浅い湿地の大部分が開拓で失われ、休耕田などの代替環境も存在しない十勝の平野部では、それらの役割を果たしていたといえる。


タカブシギ(幼鳥)
2008年9月
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土中深く…(タシギ
まっすぐで長い嘴をすっぽり地面に差し込んでいる。シギ類の嘴は感覚器官で、見た目に反して柔らかい。
2008年9月
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食事時間(タシギ(右)とコガモ
どちらも普段はシャイな種であるが、陽の翳った堆肥での保護色に自信があるのか、開けた場所で堂々と餌を探す。
2008年9月
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 もっともその役割も一時的なもので、徐々に水が引くにつれ、シギやカモは少なくなっていった。代わって目立つようになったのがムクドリ。本種は水鳥たちとは違って主に堆肥を積み上げた部分で、土を掘り返しながら虫やその他の動物を探す。数百羽の群れが人や猛禽類の接近で一斉に飛び立って付近の電線に降り立ち、警戒を解くと今度は一斉に舞い降りる様は、なかなか壮観である。


ムクドリ
2008年10月

電線で周囲を伺っていた群れが、降り始めた。
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堆肥に舞い降りようとしている。白い腰が目立つ。
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 賑やかだったムクドリの群れも、秋の深まりと共に少なくなり姿を消すが、「堆肥?楽部」のメンバーは彼らだけではない。発酵熱によって真冬でも土壌が凍結しない堆肥置場は、牛舎の住人であるスズメやドバトだけでなく、冬鳥のカシラダカやツグミ、アトリなども加わって秋までとはまた違った盛況を呈するようになる。最近十勝での越冬例が増えているタンチョウも、ここの冬常連となることがある。
 こうして一年を通じて鳥見人を楽しませてくれる堆肥も、糞が発酵しているので芳香な香りが時に著しすぎること、夏から秋はハエをはじめとする虫が多いのが悩みの種ではあるが、それでも通って車窓全開で観察してしまう魅力を、確かに持っている。


コガモ(メスまたは幼鳥)
2008年9月
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トビ
2008年9月
堆肥上で休息していた。背後には飼料を食むウシ(ホルスタイン種)の姿も。
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*注:堆肥置場での観察に際しては、車で道路を塞いだり、人家を覗き込むような位置から観察して、農家の方々に不快な思いをさせることの無いように心掛けたい。


(2008年10月19日   千嶋 淳)


異変?

2008-10-14 22:39:15 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
油に汚染されたセグロカモメ(左) 以下1点を除きすべて 2008年10月 北海道十勝郡浦幌町)


 上掲写真は、10月12日に十勝郡浦幌町の砂浜海岸で撮影したものである。全身が写ったセグロカモメ成鳥2羽の、左側の個体は喉から胸、腹にかけての体下面は、本来の体色とは異なる濃い褐色を呈し、背・肩羽にも若干褐色みが及んでいる。重油に汚染された海鳥類が示す特徴を持つ本個体の写真を専門家に転送し、コメントを求めたところ、「重油汚染と考えられる」との回答を得た。
 実は同じ場所でもう1羽、本個体ほどではないものの、同様の特徴を持つ個体を観察した(下の写真)。ここでは80羽ほどのカモメ類(大まかな数はセグロカモメ40、オオセグロカモメ・ウミネコ各20)が休息していた。

油に汚染されたセグロカモメの成鳥(別個体)
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 こうした重油に汚染されたカモメ類は、オオセグロカモメでは時々見かけるし、シロカモメでも観察したことがある(シロカモメについては「シロカモメ無残」の記事も参照)。ただ、殆どの場合は漁港内での観察で、港内で局地的に流れ出た油に起因するものと考えられる。その点で、十勝地方では専ら海岸にいて漁港をあまり利用しないセグロカモメが被害に遭っていたこと、また100羽弱の(この仲間としては)小さな群中に2羽の汚染個体のいたことが、通常の油曝個体とは異なる印象を受けた。
 道内ではちょうど数日前から、道南の長万部でJR施設からの重油流出が報道されているが、それとの関係は不明である。
 人目の届かない沖合で何か恐ろしいことが起こってはいないかという心配が、単なる杞憂に終わってくれることを願っている。


よく似た2種(セグロカモメ(手前左)とオオセグロカモメ(同右)・ともに成鳥)
秋の海岸では留鳥のオオセグロと、旅鳥のセグロが混在する。秋が深まるにつれ、セグロは数を減ずる。
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セグロカモメ2点
十勝では秋の渡り時には大群が飛来するが、春には少ない。渡りのコースが違うのか、それとも降りないで繁殖地へ急ぐのか?

成鳥(本写真のみ2008年9月 北海道中川郡豊頃町撮影)
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若鳥(第2回冬羽と思われる)
背に成鳥の羽色が出始めた。
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秋の浜(セグロカモメほか)
カモメ類で賑わう砂浜の後方にはサケ釣りの竿が林立し、人や車でごった返す。いつまでも両者にとって価値のある場所でありたい。
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(2008年10月14日   千嶋 淳)


激突

2008-10-02 01:19:12 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
2羽のシギ(本文参照) 以下すべて 2008年9月 北海道十勝海岸)


 冒頭の写真を御覧になって、姿格好のよく似た2羽の鳥が実は別種であることに気付かれた方は、普段からシギ・チドリ類を見慣れている方だろう。右がオオソリハシシギ、左がオグロシギで、最大の特徴である嘴や尾羽、翼上面等が写り込んでいないため、一見同じに見えるかもしれないが、肩羽や雨覆、三列風切等の模様がそれぞれ異なっている。これだけ形態が酷似しながらも、おそらく微妙な差異を反映して選好する環境は異なっており、中継地の日本ではオグロシギはより内陸的な環境で見られることが多いのに対して、オオソリハシシギは砂浜や干潟等より海に近い環境で出会うことが多い。それでも、一緒にいることも少なくなく、十勝地方では海岸部の湖沼でしばしば同所的に観察される。

オオソリハシシギ(上)とオグロシギ(下)
いずれも幼鳥。よく似ているが、嘴の形状や上面の羽の模様が異なる。もっとも翼を開けば、翼帯や腰・尾のパターン等違いは歴然。

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 この日も3羽のオオソリハシシギと1羽のオグロシギが行動を共にしていた。いずれも幼鳥で、生涯最初の長旅の途上、残りの行程への鋭気を養うべく、汀を右往左往していた。ちなみに、多くのシギ・チドリ類では成鳥と幼鳥とで秋の渡り時期が異なっていて、一般的に成鳥が先に渡る。道東では7月下旬から8月前半にかけての、「走り」の時期には成鳥が大部分であるが、時期が遅くなるにつれて幼鳥の占める割合が多くなり、9月を過ぎると圧倒的に多くなる。また、これら2種では成鳥・幼鳥で渡りルートが異なるのか、秋の渡り期に成鳥を見ることは極端に少ない。


よく似た2種(オグロシギ(左)とオオソリハシシギ・どちらも幼鳥)
オグロシギが羽づくろいをしているため、特徴である白い腰と黒い尾羽が見える。
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 顔を水中に入れ、長い嘴を泥中に差し込んでゴカイ等の無脊椎動物を捕える彼らの狩りは豪快で、見ていて飽きることが無い。眼前を走り過ぎる時などは、「シューッ…」と水を切る音が聞こえる。そんな風にして駆け回っていたオオソリハシシギの1羽が顔を上げた。水中では視覚よりも柔らかい嘴の触覚が役立つと見えて、眼は閉じたままだ。勢い良く持ち上げた嘴の先には、先程までは数歩先を歩いていたオグロシギの姿があった。突然オオソリハシシギの立派な嘴に叩かれたオグロシギは、一瞬かなり焦ったようだが、2羽は何事も無かったかのようにまた各々の食事に戻っていった。


激突の瞬間(オオソリハシシギ(左)とオグロシギ・ともに幼鳥)
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 彼らの生活の中ではよくある、記憶にも残らないような日常的な出来事だったのだろうが、そんな鳥たちの何気ない一コマを、微笑ましく眺めたことがとても幸せに感じられた中秋の昼下がりだった。


長旅に向けて(オオソリハシシギ・幼鳥)
左の個体がゴカイの仲間と思われるものを、泥中から引っ張り出した。
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(2008年10月1日   千嶋 淳)