鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

夏の猛禽

2007-06-22 14:45:28 | 猛禽類
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All Photos by Chishima,J.
ホバリングして餌を探すチュウヒ 2007年6月 北海道十勝管内)


 十勝地方で記録のあるワシタカ類は約20種であるが、そのうち迷鳥や稀に渡来する種(アカアシチョウゲンボウ、シロハヤブサ等)や生息状況がよくわからない種(イヌワシ等)を除いた15種前後が定期的に観察される種類といえる。そのうち半分弱は数の増減こそあれ一年を通して見られる種(トビ、ノスリ、クマタカ、ハヤブサ等)であり、また半分弱は冬期により北方から渡来する種(オオワシ、ケアシノスリ、コチョウゲンボウ等)である。したがって、その両者がいる晩秋辺りは観察できる種類も多く、十勝川流域や海岸部を回ると、一日で10種以上の猛禽類に出会える日もある。

トビ
2006年5月 北海道中川郡豊頃町
尾羽のM字型の切れ込みが特徴だが、写真では尾羽を開いていてそう見えない。
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クマタカ(成鳥)
2007年5月 北海道十勝管内
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ケアシノスリ
2007年2月 北海道中川郡豊頃町
ノスリに似るがより白く、尾の先端には黒帯が出る。
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 それに対して、夏鳥として十勝に渡来するワシタカ類は思いのほか少なく、チュウヒとチゴハヤブサくらいのものである。ミサゴも夏鳥といえるが十勝での繁殖数は少なく、大部分が春秋に通過する旅鳥であり、また猛禽類のもう一つのグループであるフクロウ類にも夏鳥はいる(トラフズク、コノハズク等)が、ここではチュウヒとチゴハヤブサを「夏の猛禽」とした。
 チュウヒは毎年3月末か4月上旬に渡来する。この時期には通過個体が多いようで、各地で様々な個体が観察されるが、長居はしない。通過個体がいなくなる5月以降になると観察の機会はぐっと少なくなるが、湖沼や原野の周辺を、翼をやや上に持ち上げたV字の独特の格好で飛び回っているのに出会うことがある。道内では石狩川流域やサロベツ原野で繁殖が確認されており、十勝でも繁殖期に滞在していることから可能性があるが、まだ確認されていない。確認に至っていない理由の一つに、本種は湿原等の地上に営巣するため、目視による巣や雛の確認が困難なことがある。また、若鳥を中心に流浪している個体がいるようで、繁殖期の確認が即繁殖に結びつかないことも、繁殖確認を難しくしているだろう。


V字型の飛翔(チュウヒ
2007年6月 北海道十勝管内
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チュウヒ(メス?)
2007年6月 北海道十勝管内
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 先日、管内の某所で偶然チュウヒの雌雄による餌の受け渡しを目撃した。この行動は雌が抱卵や育雛で巣に就いている際に雄が餌を持ってくるもので、これが見られれば繁殖の可能性が高いということになる。その状況を、野帳に書きなぐったメモから起こしてみる。
「7時~:メス?は●●のいつもの止まり木で佇みながら、時折飛び立っては周囲を飛び回る。ホバリングや急降下も行うが、何かを捕えた気配は無い。単独の放浪個体なのか?
7時49分:××方向より別個体現れる。腰や翼上面に白っぽい部分多く、オスかもしれない。脚に何か獲物を持っている。「ピィー、ピィー」と高い声がしたかと思うと、ずっといたメス?が上昇してきた。声はどちらから発せられているかわからない。この後、自分のいた場所からは潅木に阻まれてほとんど見えなくなってしまったが、2羽はかなり近接し、その後オス?は餌を持たない状況で付近に止まっていたので、餌の受け渡しが行われたものと思われる。」 これだけでは繁殖確認とはいえないので、巣立ち雛を観察できればと思っている。


飛び回るチュウヒ・メス?
2007年6月 北海道十勝管内
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餌を持ってきたチュウヒ・オス?
2007年6月 北海道十勝管内
この後餌の受け渡しが行われたが、草木に遮られて撮影できなかった。獲物は、後日写真判定によりイソシギもしくはチドリ類の雛である可能性が高いと判明。
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 9月以降は渡りの個体も加わって、数が多くなる。この時期には幼鳥と考えられる個体が多い。11月頃まではだらだらと見られるが、厳冬期までにはほぼすべての個体が渡去する。冬期の道東では、この10数年の間にただ一度、正月の風蓮湖で観察したことがあるにすぎない。


チュウヒ・幼鳥?
2006年11月 北海道中川郡豊頃町
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 チゴハヤブサはチュウヒより遅く、5月10日前後に初認される。平野部に多く、農耕地内の防風林や孤立林は格好の営巣場所となっている。飛翔しながらのハンティングを得意とし、晩夏から初秋にかけては高空を旋回しながらトンボ類を捕える姿を見ることが多い。また、あるショウドウツバメのコロニーでは、巣立って飛び出した雛を次々と捕えていたという話を聞いたこともある。
 本種は比較的普通の種であるけれど、渡来してから6月くらいまでは何故かあまり目立たない印象がある。営巣地周辺の狭い範囲で行動しているのだろうか?。それとも、私がその時期出歩く環境がチゴハヤブサと被ってないだけなのか?7月になると原野や農耕地で見る機会が増えてくるように思われる。その後8月から9月にかけては巣立った幼鳥が親から給餌を受けながら行動しているのに出会うことが多い。幼鳥は餌を求めて「キーキーキー…」と高い声で頻繁に鳴くので、その存在が遠くからでもわかるからかもしれない。
 10月上旬、秋晴れが続きながらも朝晩の寒さが気になり始める頃、チゴハヤブサは続々と渡ってゆく。旋回しながら昆虫を捕えては食べていたので、通常の採餌と思って観察していたらどんどん高度を上げ、ある時点から滑空と羽ばたきをまじえて一路南方へ飛んで行ったことがあった。
 

チゴハヤブサ(成鳥)
2007年5月 北海道中川郡幕別町
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チゴハヤブサ(幼鳥)
2005年9月 北海道中川郡幕別町
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(2007年6月22日   千嶋 淳)


雨の日もまた良し

2007-06-20 23:52:55 | 自然(全般・鳥、海獣以外)
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All Photos by Chishima,J.
小雨降る河川敷のノゴマ・オス 2007年6月 北海道中川郡幕別町)


 小雨に煙る河川敷の草原で、1羽のノゴマの雄に出会った。水滴が与えた艶が草々の瑞々しさを引き立て、その中に打ち込まれた測量杭を赤く染める塗料や巻かれたピンクテープの蛍光色さえも飲み込もうとしている朝、1羽のノゴマの雄に出会った。彼の体は濡れていたがそこにみすぼらしさは無く、彼も今の自分の状態に不自由を感じている風ではなかった。つい先頃、雨が降り出すまでは力強く囀っていたようだが、今は囀るでもなく、かといって近くの潅木に引っ込むでもなく、この弱い雨に打たれている。晴天時なら青空や土埃に掻き消されそうなボディの褐色が、喉のルビー色や眉、喉の白線、目先の黒色に劣ることなく、背後の緑に映えて優しい対比を成していたのが印象的だった。

                  *
 「ケケシ、ケケ」、近くでオオヨシキリが弱々しく鳴いた。日本の多くの水辺で代表的な夏の小鳥である本種も、十勝地方では分布の辺縁であるせいか数が少なく、出会いの機会は少ない。もっとも、十勝川が直線化され、背後の湖沼や湿原が埋め立てや乾燥化される以前の数十年前には、少なからぬ数がいたようであるが。それはともかく、本州の草いきれに噎せ返る真夏のヨシ原であっても力強く、そしてけたたましく自己主張する本種を見て育ってきた私にとって、十勝のオオヨシキリが何とも自信無さげに、かつ途切れ途切れに囀るのがいたく不思議である。周囲に同類が少なく不安なのか、あるいは替わって近縁種のコヨシキリが多くて遠慮しているのか…。そんな思いに捉われていると、件のオオヨシキリは去年の枯れ草を伝って姿を現してくれた。本州でなら毒々しいほど鮮やかな目一杯に開いた口中の赤も、半開きの口中では中途半端な赤に感じた。


オオヨシキリ
2007年6月 北海道中川郡幕別町
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コヨシキリ
2007年6月 北海道中川郡池田町
こちらは晴れた朝に撮影したもの。白い眉斑上の黒線が特徴。歌はオオヨシキリより軽快でリズミカル。
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 本州以南の各地から梅雨入りや大雨の報が聞こえてくる今日この頃だが、梅雨とは無縁と思われている北海道でも6月後半から7月前半にかけて雨や曇天が続き、「蝦夷梅雨」などと呼ばれたりもする。
 雨が降ると、自身や機材が濡れるのを避けてつい野外に出なくなりがちだが、実は雨の日は雨の日なりの魅力がある。上記ノゴマのように晴天の乾燥した時より周囲の緑をはじめとした風景が優しいタッチになることにくわえ、猛禽類など天敵が不活発になっていることから来る寛容さによるのか、鳥がこちらの接近を許してくれる。またこの時期、晴天時には午前中の早い時間に活動を停止してしまうか、少なくとも人間の目には付きにくくなる多くの小鳥が日中でも観察可能なのも雨天時の魅力の一つといえる。


正面顔(ノゴマ・オス)
2007年6月 北海道中川郡幕別町
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 雨に濡れてその美しさを増すのは、何も鳥だけではない。これからの時期原野や湿原を彩るヒオウギアヤメやノハナショウブといったアヤメ類の青は、雨や霧の雫に濡れ、暗雲を背後にしてより映える気がする。アヤメに限らず、フウロの類やツユクサ等青~紫系の花は、雨と結びついた時に美しさの真価を発揮すると感じるのは私だけだろうか。
 ノゴマやオオヨシキリを観察した日の午後、いよいよ本格的に降り始めた雨の中、海岸の原生花園へ出かけた。予想通り、ぽつぽつ咲き始めたアヤメ類の紫は生き生きとしていたが、いざ写真を撮ろうという段になって、花用のレンズを持って来ていないことに気付いた。自分のドジさに苦笑しながら、一方で肩の荷が下りたような気もして、誰もいない原生花園での昼寝を楽しんだ。


ヒオウギアヤメ
2006年6月 北海道中川郡豊頃町
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6月中・下旬の花4点

カラマツソウ
2007年6月 北海道帯広市
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サイハイラン
2007年6月 北海道帯広市
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コケイラン(黄色の花)
2006年6月 北海道中川郡幕別町
右側にはピンク色のサイハイランの姿も見える。
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エゾノハナシノブ
2007年6月 北海道帯広市
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(2007年6月20日   千嶋 淳)


草原にヒガラ

2007-06-13 18:17:32 | 鳥・春
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All Photos by Chishima,J.
オオヨモギに止まるヒガラ 2007年5月 北海道東部)


 アザラシ島(仮称)は周囲3kmほどの島だが、木は一本も無い。高さ約40mの海蝕崖に囲まれた平坦な台地にはミヤコザサやイワノガリヤスが群生し、見渡す限りの草原となっている。ミヤコザサは人や家畜の侵入が無いため、数十年分が堆積してかなりの厚さになっており、島の内陸部には容易に踏み込めない。崖に近い部分ではオオハナウドやエゾノシシウドなどのセリ科植物やオオヨモギが優占し、斜面にかけては主にハマニンニクが覆っている。セリ科やヨモギは、真夏には人の背丈を越えて成長する年もあり、そうした年にはアザラシの観察ポイントへ行くのさえも迷う人が続出するが、今回訪れた5月末から6月頭にはまだ人の膝程度の高さだった。

 そのような植生なので繁殖できる陸鳥の種類は非常に限られており、優占種のシマセンニュウ、それに続くオオジュリンを除くと、草原にはごく少数のヒバリやオオジシギ、コヨシキリなどが見られる程度で、あとはアマツバメやハクセキレイなど平坦部以外で繁殖する陸鳥がいくらかいるに過ぎない。


オオジュリンのオス(上)とメス(下)
2007年6月 北海道中川郡池田町

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 にも関わらず今回の滞在中ずっと、2、3羽のヒガラが島の各地で観察された。同じ個体がうろうろしていたのか、何個体も飛来していたのかは不明だが、育ち始めた若い、または去年の木化したヨモギの茎を渡り歩き、時に地面に降りて餌をついばむヒガラの姿は、針葉樹林で見ることの多い本種にしては奇異な姿だった。
 実は、この島でヒガラと出会ったのはこれが初めてではない。それどころか、5月を中心に過去に何度も観察している。タカの渡りで有名な岬などではシジュウカラやエナガなど留鳥といわれる鳥も渡っていくのが観察されているが、ヒガラにもそのようなものがあり、それらが島に飛来するのではないだろうか。もしくはそんな長距離の移動でなくても、対岸の陸地で冬期の群れが解消してなわばり争いが熾烈になった時、新天地を求めて海に飛び出すのかもしれない。
 アオジも5月には毎年数羽が観察されるが、繁殖に適当な環境が無くて見切りをつけるのか、6月下旬以降その姿を見ることはほとんど無い。ヒガラやアオジほど頻繁ではないが、多くの渡りもしくは分散途中と思われる陸鳥が、主に春秋にこの島では目撃されている。今回はキビタキやエゾムシクイ、ツバメなどがそれであったし、過去にはアオバトやビンズイ、ルリビタキ、ツグミなども出現している。また、ツミやジョウビタキ、カシラダカなど対岸の本土でも少ない種類や、ホトトギス、マミジロキビタキといった迷鳥級の鳥の記録まである。


アオジ(オス)
2007年4月 北海道上川郡新得町
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キビタキ(オス)
2007年5月 北海道河西郡芽室町
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 この島は最寄の陸地からの距離は3kmであり、空を飛ぶ鳥からしたら目と鼻の先といえる。それでもこれだけの陸鳥が不時着(?)しているということは、おそらく海上を飛んで来るだろう鳥たちにとって、最初に出会う陸地がいかに重要であるかを物語っているのだろうか。あるいは、本土で普通な鳥の場合は、本土の空間や餌といった資源をめぐる争いのシビアさを反映しているのかもしれない。


アザラシ島のヒガラ
2007年6月 北海道東部
枯れたオオヨモギに止まって周囲を見渡す。右下の土に開いた穴は、ウトウの巣穴。
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(2007年6月13日   千嶋 淳)


アザラシ島のちょっとした異変

2007-06-11 21:22:57 | ゼニガタアザラシ・海獣
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All Photos by Chishima,J.
岩場で休息するゼニガタアザラシ 以下すべて 2007年5~6月 北海道東部)


 10数年来ゼニガタアザラシの生態調査を続けている道東の無人島へ、今年も行ってきた。在島期間は1週間程度だが、許可関係の手続きや準備、現地への行き来、撤収後の片付けや画像の整理、打ち上げなど関連するイベントを含めるとこの半月ほどはそれに掛かりきりの慌しい日々だった。もっとも、慌しいのは主に調査前後の雑事であり、一度島に渡ってしまえば終日崖の上からアザラシを観察し、夜は満点の星空を見ながら酒を飲み、程好く酔っ払ったらテントで寝るという、のんびりとした「島の時間」が流れていたのであるが。
島の夕暮れ
電気の無いテント生活では、日没はすなわち夜の始まりを意味している。沖の小島の奥に、陸地を望む。
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 さて、アザラシの出産・育児期に当たる今時分は、愛らしい親子の姿に接することも楽しみの一つであり、この島でも例年は7~8組の親子が観察されている。しかし、今年は様子が少々違っており、在島中に確認された親子は僅か3組と寂しいものであった。特に10年以上ここで子育てしている、5、6頭の常連メスは1頭出現したのみで、残る2頭は今年初産と思われる個体と、数年前に初産を迎えたばかりの若いメスであった。何らかの理由で、高齢の出産メスは今年、この島を離れているようである(アザラシの寿命からして、すべての個体が死んだとは考えがたい)。隣接した上陸地点では今年、例年になく多くの親子が確認された(調査は全道一斉の、本種の個体数調査と同日程で行った)ので、もしかしたらそちらに移動していたかもしれず、それは後日写真判定を行えば明らかになるが、現時点ではまだ不明である。とりあえず島で見てきたことから、このちょっとした異変の理由を考察してみたい。


水面で鼻を付き合わせるゼニガタアザラシの親子
母親の吻端の先に、新生児の小さな鼻面が見える。互いの認知には臭いが重要といわれ、しばしばこのような姿勢(ノーズ トゥ ノーズと呼ぶ)を取る。
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岩礁上のゼニガタアザラシの親子
母親(手前)はおそらく初産で、サイズや体型だけでは亜成獣と見間違いそうなほどだ。
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 このような事態に臨んだ時、一度は絶滅の淵に立たされた動物に関わる者として真っ先に脳裏を過ぎるのは、人為的な撹乱による上陸場の崩壊である。事実、この島でもアザラシ猟やコンブ育成のための岩礁爆破が盛んだった1970年代には、100頭以上いたアザラシが数頭にまで減少し、その後は消滅寸前の状態が長く続いた。しかし、現在ではアザラシ猟自体が衰退したのにくわえ、法律で規制されてほぼ行われなくなったこと、島周辺の環境に大きな変化がみられないこと、成獣のオスや若齢個体は例年並みの数が上陸していることから、原因は人為的撹乱以外が主流ではないかと考えた(もちろん、無人島とはいえ人間の生活圏のすぐ隣であり、人為的要因は完全には否定できない)。


ゼニガタアザラシゴマフアザラシ(最奥の個体)
ゴマフアザラシは、主に若い個体がしばしば混入する(「ゼニの中のゴマ ゴマの中のゼニ」の記事も参照)。最左の大型の個体は、推定13歳のオス成獣で、胸部と頚部を負傷して血が滲んでいる。手前の2頭は、1~3歳程度の幼獣。
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 それでは、アザラシ側に何らかの理由があるとしたら、例年の状況と異なる点を列記することは、その要因を推測するのに必要なことだろう。以下、それを書き出してみる。
(1)親子の数、特に10歳以上のメスの親子が非常に少ない。これは上述の通り。
(2)オス成獣の一部が出現しなかった。何頭かは例年通り出現したが、別の数頭、特に繁殖期には怪我をして上陸していることが多い「血気盛んな(?)」オス成獣は確認できなかった。
(3)上陸集団の構成が3~5歳程度の亜成獣に偏っており、多い時で全集団の3分の1程度はこの齢階級だった。亜成獣の中でも6割以上がオスと、オスの亜成獣が卓越する傾向にあった。
(4)上のような亜成獣クラス同士、あるいは亜成獣から幼獣もしくは成獣に対する攻撃的な干渉が頻繁に目撃され、その結果と考えられる新鮮な傷を負った個体が何頭も見られた。ゼニガタアザラシのオス成獣は繁殖期に闘争の結果と考えられる傷を負うことはよく知られているが、明らかに性成熟前の幼獣や亜成獣も負傷していたことは特筆に値する。


傷を負った若い個体(ゼニガタアザラシ
3、4歳の若者だが、左肩の辺りから出血している。
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 以下の写真と文章は、そうした攻撃的な出会いの一例である。
「6月1日午前9時17分。14頭が上陸している岩礁に、オスの亜成獣が1頭、上陸してきた(これを個体Aとする)。個体Aは、上陸してきた地点にスペースがあったものの、2mほど離れた同じサイズの個体(これを個体Bとする)に向けて吻部を伸ばし、臭いを嗅ぐようにしながら接近した(写真①)。個体Bは最初吠え声によって個体Aの接近を威嚇したが、個体Aはなおも近付いてくるため、前肢を前後させながらの威嚇に変え、個体Aも同様の仕草で応えたため、十数秒は互いに前肢を動かしながら鳴いて対峙する状態が続いた(写真②:ここまでは、アザラシの上陸集団では日常的な光景である)。しかし、個体Aの接近はなおも続いたため、個体Bは上体を起こして前進し、個体Aに乗りかかる形となった(写真③)。この際噛み付いていたと思われるが、確認はできなかった。もつれあうような体勢のまま、個体Aは海中に戻り、個体Bはほぼ元の位置で岩礁上に残った(写真④)。個体Aの上陸からここまで約1分。もつれあう前後に、個体Bは生殖孔がピンク色に充血した、発情の兆候を示す若いメスであることを確認。」


亜成獣同士の非日常的な喧嘩(ゼニガタアザラシ
詳細は本文を参照。

①個体A(右)が上陸して個体Bに接近中。
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②吠えながら前肢をバタバタさせる。「これ以上来るな」のサイン。
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③それでも近寄ってくる個体A(奥)に、個体Bが襲いかかった。
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④さすがに個体Aは海中に逃げた。個体B(手前)の生殖孔(左)は赤く充血して、発情の兆候を示す。
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                  *
 上記(3)と(4)から、今年のアザラシ島(仮称)はオスの亜成獣が圧倒的に多く、さらにそれらによる攻撃的な干渉が多く引き起こされていたことがわかる。これは、子連れの母親にとっては、好ましいこととはいえない。若く、主観的な言い方をすれば「無分別な」オスの亜成獣は、発情した亜成獣メスにしたのと同様な攻撃を加えることが予想され、さらには一緒にいる新生児ですら攻撃対象となるかもしれない。
 それでは、何故今年に限ってこれほどの若オスたちが出現したのだろうか?ここからはかなり想像を逞しくするが、アザラシ島には繁殖期が終わった頃(=交尾期でもある)から、おそらく南千島方面で繁殖していたメスの成獣が大挙して来遊する(「海中の道」の記事を参照)。これとは別に、多くの幼獣がおそらく出生地からの分散の途上で島に現れ、また消えてゆく。こうした幼獣の中には、当然メス成獣の大挙来遊とかち合った個体もいることだろう。そうした幼獣が、繁殖期直後には多くのメスがいることを経験的に知って記憶しており、性成熟を迎えた頃、いわば「一攫千金(この場合メスであるが)」を夢見て再びこの島にやって来たのかもしれない。この島の高齢メスたちは、従来他個体の数もそれらによる干渉も少ない環境で子育てしてきたので、上陸場の過密や攻撃的な出会いを嫌い、島の付近に寄り付かなかった可能性がある。さらに、例年では傷を負いながらも上陸して休息していたオス成獣の一部が上陸していなかったということは、それだけ海中での攻撃的な出会いが盛んであることの、裏返しかもしれない。


一見、平和な光景(ゼニガタアザラシ
右手前の個体は舌を出して欠伸している。この長閑な風景はおそらく岩の上だけで、海中では熾烈な闘いも行われているのだろう。
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 水中で交尾するアザラシの上陸行動を、繁殖行動と絡めて実証することはかなり困難である。しかし、今年のアザラシ島と同じ状況を、アザラシの数や集団の構成、親子の分布や個体の特性、海中の環境や気象条件、さらにアザラシ集団とそれを取り巻く歴史的背景を含めて再現することは、時間的にも空間的にも絶対に不可能である。海生哺乳類といえどその生活の一端を陸上で送っている限り、必ず何がしかの生活の痕跡を残すはずである。個体識別により匿名の集団を顔見知りにし、それに基づいた長期観察を行ってそうした痕跡を見逃さない目を養えば、そこから描かれる類推は、少なくともまったくの的外れにはならないだろう。


ゼニガタアザラシ
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(2007年6月11日   千嶋 淳)

*この島への上陸は、海鳥類保護の目的などから厳しく規制されており、調査は関係各機関の許可を取得した上で実施している。