鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

鷲視眈眈

2009-09-15 19:48:36 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
オジロワシの幼鳥 以下すべて 2009年9月 北海道十勝川中流域)


 カワウの採食行動を観察した際、遠くの川面に広く分散した多個体の中から捕食に成功した鳥を探し出す目安の一つになったのが、仲間による奪い合いだった。前述のように、大きくて栄養に富んだヤツメウナギ類は魅力的な餌資源とみえて、1羽がそれを捕えると1~数羽の仲間がそれを奪おうと捕食者の周りに集まって来る(「内陸進出!?」の記事を参照)。捕食個体側はそれを交わすべく逃げ、集まった仲間はそれを追いかけ、水飛沫を上げる。そうした喧噪が、捕食成功の格好の目印となってくれたわけだ。この喧噪を目印にしていたのは実は私だけでなかったことが、観察を続ける内にわかってきた。
 その正体はオジロワシ。ちょうどサケの遡上期に当たり、周辺には少し前から複数のオジロワシが集まっていたのだが、その一部が、普段は手出しできない川底の砂泥の中からカワウが水面にもたらしてくれる餌に目を付けたのだろう。河畔の木等に止まってじっと周囲を窺い、カワウ同士の奪い合いが始まるとそこに割り込み、魚を持った個体を襲う行動が、2日間で少なくとも4回、観察された。襲われたカワウは驚いて餌を嘴から放してしまうので、そこを失敬しようという寸法だ。


ヤツメウナギ類をくわえたカワウを追いかけるオジロワシ
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 もっとも、企みが成功してヤツメウナギを奪えたのは4回の内2回だけだったので、効率の良い捕食方法とはいえないようである。それでも、複数の個体がこの行動を示したということは、サケの屍ばかりの日々に飽き飽きしていた贅沢なワシ達にとっては、ちょっとしたイベントのようなものだったのだろうか。


襲撃(オジロワシカワウ

水面のカワウにオジロワシが襲いかかる
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直後、水面から飛び立ったオジロワシの脚には、カワウが捕ったヤツメウナギ類。
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撹乱(オジロワシカワウ
オジロワシが飛来し(右上)、水面のカワウが散り散りに逃げて行く。
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(2009年9月15日   千嶋 淳)


内陸進出!?

2009-09-13 17:23:35 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
河原で休息するカワウの群れ 以下すべて 2009年9月 北海道十勝川中流域)


 9月5日15時、朝から断続的に降りしきる雨の中、十勝川中流域に架かる橋を通ったところ、約150羽のカワウが川沿いに飛翔するのを目撃した。従来北海道には生息していなかったものの、2000年代中・後半の数年で十勝川下流域ではすっかり普通になったカワウ(「分布を変える鳥‐十勝のメジロとカワウ」「十勝のカワウその後」「雨上がり」などの記事も参照)。中流域へは時折少数が飛来する程度だったが、今年は30~40羽程の群れを幾度も観察していた。ただ、その日は降雨による増水で下流域から一時的に飛来した可能性もあると思い、頭の片隅に留める程度に終わった。しかし、二日後の8日午前、付近の河原に降り立ったカワウの大群に再び遭遇した。

 その数233羽以上。これまで中流域では見たことのない規模の群れに驚いた。十勝川は依然として増水が続いており、カワウは中州や浅瀬での休息や羽づくろいに必死だった。数日に渡って大群が飛来もしくは滞在していることはわかったが、これだけではやはり、一時的避難なのか積極的な飛来なのか判断できずにいた。


河原のカワウ
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 10日と11日には同じ場所で、最大同時確認数は90~110羽前後と減少したものの、今度は活発な採食行動を観察できた。採餌は十勝川本流の、やや水深のあると思われる、流速の緩やかな1㎞位の範囲を流れながら潜水して行われており、浅く、流れの速い瀬に近付くと水面を助走して飛び立ち、上流側に戻って同じことを繰り返した。水面まで持って来て捕食し、なおかつ写真撮影に成功した27例の餌生物は、ウグイ類?の1例を除き、すべてヤツメウナギ類であった。いずれも結構な大きさで、カワウの頸部より長いものが大半であったことを考えると、30cmを優に超えていたのではないだろうか。実際、浮上してから飲み込むまでには一定の時間を要していた。小型の魚類は水面下でそのまま丸飲みにしている可能性もあり、浮上後明らかに餌を飲み込んだ後の水の飲み方をしたこともあったので、観察が食性を完全に反映しているとは言えないが、ヤツメウナギ類がカワウにとって重要な餌資源となっていたのは確かである。


ヤツメウナギ類を飲み込むカワウ
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 ヤツメウナギ類は、厳密には円口類という最も下等な脊椎動物の一群に属するが、魚類と一緒に扱われることが多い。北海道の河川漁業では重要な魚種で、石狩川や尻別川では多くが漁獲されている。ビタミンA含有量が高く、夜盲症の特効薬ともされてきた。十勝川にはカワヤツメとスナヤツメが分布する。今回カワウが捕食していたのがどちらの種類かは、写真が不鮮明なのと私の知識が乏しいので断定できないが、魚体の大きさなどからカワヤツメではないかと考えている。カワヤツメは川で生まれて海へ下る降海型の種で、初夏が産卵期であるが、その時期に合わせて川を遡上する系群と、9、10月に遡上して川で越冬する系群があるという。もしかしたらカワウは、秋に遡上するカワヤツメの群れを追って内陸まで飛来したのかもしれない。


ヤツメウナギ類をくわえて飛ぶカワウ
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 そんな豊富な餌資源も貪欲かつ集群性のカワウの前では足りないとみえて、1羽がヤツメウナギ類を加えて浮上する度にそれを奪おうとする仲間の姿が、26例のうち25例という高い割合で観察された。盗賊行為の試みの大半は、1羽(11例)か2羽(9例)によるものだったが、中には7羽が寄って集って1羽を追い回すケースも、1例だけだがあった。そうした試みの大部分は、追われた側が慌ててヤツメを飲み込むことにより失敗に終わったが、前述の通り大型で飲み込みにくい餌な上に細長いので、ヤツメの尻尾の部分を他個体にくわえられ、引っ張り合いの挙句その一部を持っていかれる場合もあった。

強奪の試み
ヤツメウナギ類を捕えて浮上したカワウに、複数の仲間が襲いかかる。

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引っ張り合う(カワウヤツメウナギ類
もう1羽の嘴が長いヤツメの尻尾を捕えた。
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 川底のヤツメを食い尽さんばかりの饗宴がいつまで続くのかわからないが、今回のような大群での内陸への飛来が、単なる一時的な気紛れに終わるのか、内陸部への分布拡大の兆しとなるのか、人や他の生物との軋轢を引き起こすこともあるカワウだけに、今後の動向を注目してゆきたい。


粗相(カワウ
後から追って来る連中が気になったか、焦ってヤツメウナギ類を落としてしまった。
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十勝川へ降下するカワウの小群
これから見慣れた光景になってゆくのだろうか、それとも…。
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(2009年9月13日   千嶋 淳)


異種間攻撃

2009-09-09 12:37:22 | 鳥・夏
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All Photos by Chishima,J.
ハクセキレイを攻撃するイソヒヨドリの幼鳥 2009年8月 北海道中川郡豊頃町)


 余りにも脆くて頻繁に土砂が流失してしまうためか草も生えない海岸の砂崖に、1羽のイソヒヨドリが止まっていた。全身が褐色のメスみたいに見えるが、雨覆等各羽の先端は淡色なことから、今年生まれの幼鳥と思われる。付近で繁殖したのだろうか?道南や本州以南の海岸線では普通なこの鳥も、襟裳岬を回って道東に入るとぐっと少なくなる。それでも、渡りの時期に稀にしか記録されない釧路や根室の太平洋側とは異なり、十勝では少数が夏期に生息し、広尾町や浦幌町では繁殖も確認されている。

イソヒヨドリ(幼鳥)
2009年8月 北海道中川郡豊頃町
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 イソヒヨドリは崖を跳躍しながら、餌となる昆虫等の無脊椎動物を探しているようだ。時折嘴を地面に打ち付けているが、それが成功しているかどうかは、双眼鏡越しではよくわからない。観察していてふとハクセキレイが1羽、1~2mの微妙な距離を保ちながらイソヒヨドリに付きまとうかのように行動しているのに気が付いた。イソヒヨドリは気になるようで、しきりに微移動を繰り返すが、ハクセキレイはやはり付いて来る。何度目かの移動の後、すぐにまたやって来たハクセキレイに向かって、イソヒヨドリは身をかがめ、両翼と尾羽を開いて、威嚇・攻撃の姿勢を示した。大きく開かれた嘴の中では、口角の黄色と港内の赤色が鮮やかだ。ハクセキレイは独特の身軽さでひらりと飛び上がってこれを交わした。これでこの寸劇もお開きかと思われたが、ハクセキレイはやはりイソヒヨドリの後方を付いて歩き、じきにイソヒヨドリは飛び去ってしまい、そこで初めて終了となった。


近接するイソヒヨドリ(右)とハクセキレイ
2009年8月 北海道中川郡豊頃町
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 イソヒヨドリによる他種の鳥への攻撃的な行動は、ヒヨドリ、モズ、ホオジロ、スズメ等に対して知られており、ハクセキレイへの攻撃例もある。ただ、そうした敵対的な攻撃の多くは巣や縄張り、或いは餌場の付近等で成鳥が示すことが多い。今回の観察は幼鳥であり、また執着する必要の特に無い場所に思われる。人間の目にはしつこく付きまとうハクセキレイを嫌がってのように見えた。そもそもハクセキレイは何故付きまとったのだろう?イソヒヨドリが地面をつつくと多くの虫等が撹乱されて出て来る、幼鳥ゆえ餌の取り方が下手で虫は出て来るものの逃がすのでそれを掠め取るなど色々考えられるが、いずれも想像の域を出ない。


イソヒヨドリ(オス)
2009年1月 沖縄県沖縄市
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ハクセキレイ(オス夏羽)
2008年4月 北海道中川郡幕別町
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 崖とは反対側の海上に目を向けると、所々で間もなく始める秋サケ定置網の船が作業をしている。網や漁具の最終調整といったところだろうか。その更に沖、望遠鏡の視野の中に10頭強のカマイルカが、その名の通り鎌状の背びれを見せながら泳いでいるのを捕捉した。


カマイルカ
2008年7月 北海道目梨郡羅臼町
海中に飛び込んだ個体の左から、別の個体が浮上しかけている。道東海域では初夏から秋に多い。
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(2009年9月9日   千嶋 淳 ;観察は8月31日)


いざ深海へ

2009-09-01 13:27:36 | ゼニガタアザラシ・海獣
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All Photos by Chishima,J.
マッコウクジラ 2009年8月 以下すべて 北海道目梨郡羅臼町)


 五分以上に渡って、左斜め前方への噴気を繰り返し吹き上げて息を整えていたマッコウクジラが、絹糸のような幾筋もの水の流れを従えて高々と尾を上げると、巨体はそのまま勢い良く海中に没した。根室海峡に浮かぶウオッチング船のデッキでは、人々の歓声と拍手が渦巻く。フルマカモメやアカアシミズナギドリが波間を縫って低く飛翔し、水平線より高い、秋の気配を纏い始めた青空の所々にトウゾクカモメが一羽二羽、行くのが見える。この間にもクジラは、種小名ともなった「巨大な頭」に詰まった鯨油を海水で冷やして凝固させながら、海底へ向かって一直線に沈降を続けていることだろう。次の浮上は30分後か、それとも一時間後か。

トウゾクカモメ
2008年9月
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 外洋性が強く、大陸斜面や海溝縁辺部に多いマッコウクジラだが、根室海峡北部では岸から僅か数マイル、知床の山並みや国後の島影と一緒に楽しむことができる。それはひとえに、この場所の海底地形が成せる技である。知床の山々がその急峻さを保ったまま海底へ落ち込むため、岸近くでも1000m、場所によっては2000m以上の水深を有している。そのため、マッコウクジラやツチクジラといった深海で餌を捕る鯨類が生息可能なのである。対照的に海峡南部では遠浅の海底地形が続き、ネズミイルカやカマイルカ、ミンククジラなどが見られ、海峡の鯨類相を多様にしている。


浮上したマッコウクジラ
2009年8月
頭部から背ビレ(左下)が見えている。背ビレの右手前のアカアシミズナギドリと比べると、その大きさに圧倒される。背後は知床半島。
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根室海峡
2009年8月
知床峠より望む。手前側の知床半島と奥の国後島の間が根室海峡で、その距離は約25㎞。
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 落ち着きを取り戻した船上で、船長が以前水中マイクで研究者が録音したという、マッコウクジラの音声を聞かせてくれた。「カチッ、カチッ」と時計の秒針のような音が数秒間隔で聞こえる。それがしばらく続いた後、音の間隔は短くなり、最後は機関銃のような強い連打に変わって録音は終わっていた。前半はクリック音を出しながらの餌の探知、後半は獲物を見付けて捕えるための短間隔の音声と考えられる。後半のような間隔の短い、強い音声は、餌生物に当ててその動きを止めてしまうとも言われている。ここのマッコウクジラがどのくらいの水深で摂餌しているかはわかっていないが、3000mの深海まで潜る本種のことだから、500~1000mを越える深い潜水を行っているのではないだろうか。そこは昼なお陽の光の届かない、暗黒の世界である。その闇の中で音声を頼りに餌を探し、追い詰め、時には想像図でよく見る、ダイオウイカのような大型のイカ類との格闘を繰り広げているのだろう。実際、大きな個体の頭部には、イカの吸盤跡らしき傷跡が多数見受けられる。


噴気を上げて浮上したマッコウクジラ
2009年8月
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 白波立つ水平線の手前で、海面から噴気が上がった。別の個体が浮上したようだ。我々が決して見ることのできない、深海の漆黒の世界で活動してきたばかりの生き物が確かにそこにいる。


尾を上げて潜水にかかるマッコウクジラ
2009年8月
尾ビレの形状や傷跡によって個体識別が可能であり、移動や生活史の解明に利用されている。
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4頭のマッコウクジラ
2008年9月
噴気を上げている個体の右に1頭、左に2頭、背ビレや頭部の一部が見えている。背景は知床岬方面。
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(2009年8月31日   千嶋 淳)