鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

ハシボソミズナギドリ

2011-08-31 18:35:23 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
飛び立ち直前のハシボソミズナギドリの群れ 2009年5月 北海道紋別沖)

(2011年6月6日釧路新聞掲載 「道東の鳥たち27 ハシボソミズナギドリ」より転載 写真を追加)

 4月末から7月にかけて、岬や海岸から望遠鏡で海上を眺めていると、黒くて翼の細長い鳥の群れが、途切れることなく飛んで行くのを見ることがあります。鳥の「帯」は何時間も時に何日も続き、どれくらいの数が通過したのか想像さえつきません。あるいは釣りやクジラ観察で沖合に出た時、同じ鳥が一面に浮かび、船の接近に驚いて飛び立つ姿を目にします。周囲は助走しながら翼が海面を打つ「ペシペシペシ…」という音に包まれ、思わず圧倒されることでしょう。

 ハシボソミズナギドリです。全長40~45cmとハトとカラスの中間くらいの大きさですが、細長い翼は広げると約1mになります。先が鉤(かぎ)型の細長い嘴を持ち、翼下面がやや淡色な以外は全身黒褐色の地味な鳥です。「ミズナギドリ」という耳慣れぬ名は「水を薙いで(払い切って)飛ぶ鳥」に由来し、英名Shearwaterも同義です。これらは決して誇張でなく、海面付近を飛ぶミズナギドリ類を撮影すると、尖った翼先が実際に水面を切り裂くのがよく写っています。


ハシボソミズナギドリ
2009年5月 北海道紋別沖
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翼先で海面を薙ぐオオミズナギドリ
2010年8月 北海道厚岸沖
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 姿は地味ながら、その生態は驚きに満ちています。故郷は遠く南半球、オーストラリア南東部のタスマニア周辺です。4月上旬、前年9月末からの繁殖を終えて繁殖島を飛び立ち、赤道を越え太平洋を北上します。この際、繁殖期に蓄えた脂肪を使って、8000km以上飛び続けられるそうです。4月中下旬には早くも北海道近海に到達し、一部は北方四島周辺やオホーツク海で夏を過ごしますが、更に北上を続け、ベーリング海や北極海を目指すものもいます。道東太平洋側では4月末から5月上旬と6月下旬から7月上旬の2回、数の多い時期があり、前者が成鳥、後者が幼鳥の渡り時期なのかもしれません。秋にはこれから春を迎える南半球へ帰って行きます。年間の移動距離は実に32000kmにも及びます。


海上を飛ぶハシボソミズナギドリ(上面)
2010年5月 北海道苫小牧沖
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 なぜ赤道を越えて、これほどの長距離を渡るのでしょうか?それが非常に危険なものであるのは、本州沿岸に幼鳥の死体がしばしば大量に漂着することからも窺えます。理解する鍵は彼らの餌にあります。魚やイカも食べますがオキアミ類が大好物で、繁殖期には南極海でナンキョクオキアミを、日本近海では春に大発生するツノナシオキアミ、ベーリング海やオホーツク海でもその時期その海域に多いオキアミ類を好んで食べています(そのため、同じオキアミ食の大型鯨類とよく一緒に見られます)。春から夏、極地に近い高緯度の海では植物プランクトンが爆発的に増加し、オキアミ等の動物プランクトンも大量に生じます。ハシボソミズナギドリは南北の両半球で、海の生産性が最も高く、オキアミ類が表層に発生するのに同調するような暮らしをしているともいえます。


飛び立ち前にオキアミ類を吐き戻すハシボソミズナギドリ
2009年5月 北海道紋別沖
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 海鳥の生活史を陸鳥と比較すると、一般的な傾向として長命で、少ないヒナをじっくり育てる点があります。本種も例外でなく、最初の繁殖まで平均7年かかり、その後毎年1羽のヒナを育てる繁殖を20年以上続ける個体も珍しくありません。ということは、この間赤道をまたいでの渡りを毎年繰り返すわけで、これに繁殖中の餌捕り等を加算すると、一生の間にどれほどの距離を飛ぶことになるのでしょう?それを思う時、この地味な海鳥がとてもロマンチックな存在に見えてきます。


海上を飛ぶハシボソミズナギドリ(下面)
2011年5月 北海道苫小牧沖
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(2011年6月1日   千嶋 淳)

追記:ハシボソミズナギドリと、よく似たハイイロミズナギドリの識別については、「厄介な二種」の記事も参照いただければ幸いである。もっとも、そこに書いてあることは観察していて受けた印象なので正しいとは限らないし、一年後の今読み返すと「?」という部分も無くは無いから鵜呑みにせず、参考程度に思っていただきたい。


ノビタキ

2011-08-30 19:55:09 | 鳥・夏
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All Photos by Chishima,J.
ノビタキのオス 2009年6月 北海道河西郡更別村)

(2011年4月4日釧路新聞掲載 「道東の鳥たち25 ノビタキ」より転載 写真を追加)

 
 3月を過ぎると夏鳥が帰って来ます。中旬のアオサギ、下旬のヒバリに続き、4月にはモズ、ベニマシコ…と北の大地は日々賑やかさを増します。そして枯草色の風景の中にノビタキの「ヒーヒョロリー」という清涼なさえずりを聞くと、本格的な春と巡る季節の確かさを実感します。十勝の平野部では例年4月10日過ぎ、釧路や根室では数日から1週間程度遅れます。

ベニマシコ(オス)
2011年5月 北海道中川郡幕別町
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 スズメより少し小さな全長13cmのノビタキは、夏鳥として本州中部以北に渡来します。本州では高原の鳥ですが、北海道では海岸近くや平地にも普通で、原野や河川敷だけでなく、農耕地や住宅地内の空き地、森林の伐採跡、スキー場等開けた環境に幅広く生息します。数も多く、道東ではヒバリと並んで最も身近な草原の鳥です。
 オスの夏羽は頭から背、翼にかけての黒、腹の白、胸の橙褐色が美しいコントラストを作ります。メスは全体的に茶色っぽく、翼の白斑が目立ちます。夏には雌雄でこれほど違った体色も、秋の羽の抜け変わり(換羽(かんう))でオスもメスと似た茶色っぽい冬羽へ変わります。翌春、オスは再び鮮やかな夏羽になりますが、この際換羽はしません。冬羽への換羽直後に、例えば頭の羽毛一枚一枚をよく見ると中央より根元は黒く、そこよりも先端側が茶色くなっています。月日が経つ内にこの茶色い部分が擦り減って失われ(磨耗(まもう))、黒い部分が現れて来るのです(白い部分も同様)。つまり、前年秋に換羽した時点で、翌春以降の夏羽を内側に纏っているわけです。換羽によらず羽色が変化する仕組みには、磨耗、羽毛内の色素の崩壊、羽毛表面への着色がありますが、ノビタキは磨耗により羽色が激変する好例です。


冬羽から夏羽へ移行中のノビタキ・オス
2008年5月 北海道十勝郡浦幌町
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ノビタキ(メス)
2006年5月 北海道河西郡芽室町
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 渡って来てすぐに、オスは灌木の枝先や杭の上等目立つ場所でさえずってなわばりを作り、飛びながらもよくさえずります。早いものでは4月下旬から、草の根元や石の下等地上の窪みに巣を作り、2~7卵を産みます。緑濃くなる6月中旬にはヒナが巣立ち始め、無事ヒナを巣立たせたつがいの多くは、8月まで続く2回目の繁殖に入ります。シマアオジ等多くの草原性鳥類が減少する中、ノビタキはその兆しが見られない数少ない種です。農耕地や住宅地を含む多様な環境に適応できること、早い時期から複数回の繁殖を行うこと等が有利に働いているのかもしれませんが、よくわかっていません。
 捕食者のタカ類やキツネ以外の天敵はカッコウです。他種の巣に卵を産んで子を育てさせる「托卵(たくらん)」で有名なカッコウの、道東での主要な托卵相手がノビタキです。托卵されると先に孵化したカッコウが卵を捨ててしまい、ノビタキはヒナを育てられません。カッコウの成鳥が子育て中の巣を襲い、6羽のヒナを殺してしまった例が報告されています。そこまでするのは稀かもしれませんが、カッコウを激しく威嚇するノビタキは5,6月によく観察されるので、日常的に托卵されているのでしょう。


カッコウ(幼鳥)
2006年9月 北海道帯広市
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 原野が色褪せる10月中旬までには南へ渡り、東南アジアや中国南部で越冬すると言われますが、日本のノビタキの具体的な越冬地は不明です。ノビタキのような身近な種に関しても、わかっていないことが鳥の世界には多くあります。


ノビタキ(第1回冬羽)
2007年9月 北海道中川郡幕別町
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(2011年3月30日   千嶋 淳)