鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

高海水温

2010-09-03 17:39:09 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
オオミズナギドリ 以下1点(マンボウ)を除きすべて 2010年8月 北海道東部沖)


 道東ではサンマの不漁が続いている。先日船に乗せてもらった漁師は、7月の漁獲は例年の5分の1以下だと嘆いていた。いつもなら8月を過ぎれば刺身で、塩焼きで、或いは煮付けで晩酌の友となってくれる秋刀魚も、今年の我が家の食卓にはさっぱり登場しない。不漁の原因として、猛暑とそれに伴う高い海水温が指摘されている。気象庁のホームページで確認すると、この8月の道東沖の表面海水温は、平年より2~4℃も高かったようである。

 8月の半ばから末にかけて、十勝から根室にかけての道東太平洋で沖に出る機会が何度かあった。鳥の方も高い海水温を反映してか、いずれの海域でもオオミズナギドリが非常に多く、優占種であった。日本近海のオオミズナギドリは、海水温の上昇に伴って8、9月に分布が最も北寄りになる。その時期には、十勝や釧路西部の沖では例年群れが見られるが、今年は釧路よりも東の、厚岸や根室など寒流の勢力が強く、普段はあまりオオミズナギドリを見かけない海域でも優占種と化していたのが特徴的だった。水温が高い時に多く見られるマンボウもまた、各海域で普通に見ることができた。たまに現れるウミスズメ類やフルマカモメといった寒流系の海鳥がいなければ、道東沖であることを忘れ、本州東岸あたりと勘違いしていたかもしれない。


海上のオオミズナギドリ
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オオミズナギドリ
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マンボウ
2010年7月 北海道十勝沖
浮上直前の姿。多い年には、秋サケ定置網漁で大量に混獲されることがある。
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 それにしても、これらのオオミズナギドリは、思いのほか遠くから来ているようである。道内唯一の繁殖地は、道南の日本海沖に浮かぶ渡島大島であるが、そこでの繁殖数は多くても200羽程度と推測されているので、数が合わない。4時間程度の航海で、500羽前後と出会う日もあるからである。次に近い繁殖地となると、数百㎞離れた三陸の三貫島になるが、近年の発信機を用いた研究では、伊豆諸島の御蔵島で繁殖する個体群も、北海道南東沖まで採餌に来ているという。1000㎞を超え、時間にして一週間以上を要する実に長いトリップだ。5月のハシボソミズナギドリから始まって、その後のハイイロミズナギドリ、そして晩夏から初秋のオオミズナギドリまで、遠路はるばるやって来るこれらミズナギドリを、その季節に応じて養うだけの生産性が、道東の海にはあるのだろう。


オオミズナギドリ
下面を見ると、本種の種小名leucomelas(白と黒の)がよくわかる。
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 今朝の新聞は、道東で始まった秋サケ定置網でブリが獲れたことを報じていた。これも高い海水温がもたらした珍事と言えよう。こんな状態がいつまで続くのかわからないが、そろそろ秋刀魚の刺身をアテにしながらの晩酌で、迫り来る秋を実感したいものである。何しろ、今日も30℃を超える気温に苦しめられて、つい忘れてしまいがちだが、平年の暦ではあと一週間以内にヒシクイが十勝平野に降り立つはずなのだから。


オオミズナギドリ
「水薙鳥」の名前の通り、海面を切り裂いて飛んで行く。
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(2010年9月2日   千嶋 淳)



一斉換羽

2010-09-01 00:36:39 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
換羽中のウミスズメ 2010年8月 北海道東部)


 岬から望む太平洋は、陽射しこそ強いものの沖から絶え間なく到来する海霧によって、視界は皆無な状態が続いている。ただ一ヶ所、岬のすぐ裏側の海域だけは、霧が海蝕崖に遮られて侵入できないためか見通しがきき、かつ高空の青空を映して夏の海の様相を呈している。その海面に1羽のウミスズメを見付けた。冬に漁港に入って来たのを、あるいは海上にいるのを船で近距離から観察すると、思いのほか重量感のあるこの鳥も、崖の上からでは小さな点で、「スズメ」という名が妙に似つかわしい。

 それでも、折からの退屈を紛らわしてくれるには格好の相手だ。望遠鏡を通して、しばしその行動を観察しよう。発見した時から何か歪というかアンバランスな感じがしていたのだが、遊泳から羽づくろいに転じ、身を起して羽ばたいた時、その理由が判明した。両翼とも風切羽がごっそりと抜け落ち、ペンギンの羽のように細くなっていたのだ。


換羽中のウミスズメ2点
2010年8月 北海道東部

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 一般に鳥類は、風切のような重要な羽は徐々に、連続的な換羽を行い、そのため換羽時期でも飛べなくなることはない。しかし、カモ類やツル類、一部のクイナ類などは一斉に換羽を行い、一時的に飛べなくなってしまう。ウミスズメ類も種によってはそのような換羽を行うが、どうやらウミスズメもそれらしい。同時期に何ヶ所かで出会ったウミスズメたちもやはり、翼やその周囲の羽毛は著しく磨滅するか、抜け落ちていた。一時的とはいえ飛翔力を失うことは、鳥にとって大変危険なことではあろうが、コストの大きい換羽を短期間で終えてしまうことの利益がそれを上回るのだろう。ウミスズメより小型のヒメウミスズメでは、同時換羽は繁殖後、越冬地まで長距離の渡りをする前に素早く換羽を終えるためとの考えがある。


ウミスズメ
2010年8月 北海道東部
上記とは別日時、地点のもの。やはり翼周辺は換羽中のようである。
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 観察していると、ウミスズメは時折ふいと潜り、そのまましばらく姿を消す。移動のための潜水なのか、採餌や捕食者からの回避のためなのかわからないが、かなり長い時間潜り続け、行方不明になってしまうこともあった。やや間を置いて再発見した時には、「こんな所まで!?」と驚いたものだ。ウミスズメ類は水中を、翼を使って「飛び」ながら潜水することに特化したグループであるが、目の前のウミスズメの長い潜水時間を見ていると、風切羽が概ね抜け落ちていたところで、潜水に大きな負の影響はないように思われる。だからこそ繁殖後の短期間に一斉に換羽するといった、大胆なやり方が進化したのかもしれない。


水中を「飛ぶ」ウミガラス(飼育個体)
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 そんなことを考えていたら、オオセグロカモメのつがいがけたたましく鳴き交わすのに思考を破られた。「アーッ、アーッ、アーッ!」。こちらに睨みを利かす2羽の足元に幼鳥の姿はない。既に巣立った後か、あるいはオジロワシに襲われてしまったか…。岬の台地を彩るアキタブキやツリガネニンジン鮮やかな花は、よく見れば盛りは当に超えている。海は少しばかり視界が回復したような気もするが、ウミスズメは何度目かの行方不明中であった。


オオセグロカモメ
2010年8月 北海道厚岸郡浜中町
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(2010年8月31日   千嶋 淳)