鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

エトロフウミスズメ(その1) <em>Aethia cristatella </em>1

2012-01-30 15:59:06 | 海鳥写真・チドリ目
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All Photos by Chishima,J.
(以下すべて エトロフウミスズメ 2011年3月10日 北海道厚岸郡厚岸町)


 和名とは裏腹に、択捉島を含む南部千島では繁殖しておらず、中部以北の千島列島やサハリン、オホーツク海北部、ベーリング海等で繁殖する。江戸時代にはギンザンマシコの異名に「エトロフとり」というのがあり、具体的な地名というよりは「北方の」とかそれに類する意味か。江戸時代後期の1830年頃に堀田正敦によって編まれた「禽譜」には、「コロコロ」というアイヌ語名(意味不明)とともに「蝦夷チリポイ島(中部千島のチルポイ島)産」の本種が描かれている。道東へは冬鳥として11月後半より渡来するが、コウミスズメ同様冬の前半には少なく、2~3月に最多となる。また、その分布は流氷に大きな影響を受け、流氷勢力の強い年には多く、弱い年には少ない。沖合に多いため海岸や漁港で観察する機会は少ないが、流氷が接岸する直前には岸近くに群れが飛来することもあり、2003年3月14日には根室市納沙布岬で800羽以上を観察した。密集した群れを作り、時に数万羽の大群になる。雲のような群れは冬の釧路~東京航路の名物だった。

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 全長は25cmでウミスズメとほぼ同サイズ。全身黒色で下面はやや灰色みを帯びる。嘴は本属特有の厚く、特に下嘴に膨らみのあるもので春にはオレンジ色みが強くなる。北海道では繁殖しないが稀に6月頃まで見られることがあり、その時期には嘴は見違えるほど鮮やかなオレンジ色になっている。白い虹彩とその後方にある白線は、遠くからでもよく目立つ。一連の写真の鳥は目後方の白線が短く、3月中旬という時期の割に嘴の黒みが強いことから若鳥と思われる。ただし、額から前方へカールして伸びる冠羽は十分長く感じられる。


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 斜め後方から見ると本属の嘴はいくぶん細く見える傾向があり、これはコウミスズメやウミオウムにも当てはまる。尾羽をピンと立てた姿勢で泳ぐことが多いのもコウミスズメと共通した特徴。下面の淡色は特に腹の下部から下尾筒にかけて顕著になり、稀に下尾筒が殆ど白く見える個体もいるので、シラヒゲウミスズメとの識別は慎重に行なう必要があろう。本種やコウミスズメの脚は青みを帯びた灰色で、ハヤブサ等に捕食されてパーツだけ発見された際の同定に役立つことがある。冬期における本種の天敵はハヤブサ類や大型カモメ類と思われるが、キタオットセイや魚のマダラの胃から発見されたこともある。


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 右はクロガモのオスで、左で後ろを向いているのが本種。全長44~54cmのクロガモと比べるとおよそ半分のサイズ。良い条件で本種と見誤る種は、シラヒゲウミスズメやウミオウム等近縁種以外には無いと思われるが、距離や光線、時期によっては全身黒っぽく、下面が淡色な点がウトウ(12~2月は道東にはいない)と被って見えるかもしれない。そのような時は近くにクロガモのような「物差し種」を探すと大きさがわかり、識別にも大いに役立つことがある。


(2012年1月30日   千嶋 淳)



ウミアイサ(その1) <em>Mergus serrator </em>1

2012-01-29 20:34:43 | 海鳥写真・アビ目、カイツブリ目、カモ目
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All Photos by Chishima,J.
(以下比較画像のカワアイサを除きすべて ウミアイサ 2012年1月17日 北海道厚岸郡浜中町)


 翼開長は69~82cmで、サイズ的にはビロードキンクロに近く、マガモよりは少し小さい。一緒にいればカワアイサより明らかに小さいが、単独でいるとわからないことも多い。アイサ類は潜水して魚類を捕食することに特化した結果、細長くて流線型の体、細くて先が鉤型の嘴、体の後半に位置する翼等、ウ類やアビ類、カイツブリ類と共通した特徴を多く持つ。ただし、羽ばたきはカモ類に特有の速いものであり、羽衣と合わせて良い条件で観察できれば見誤ることは殆ど無い。道東へは冬鳥として10月に渡来し、翌5月まで滞在する。漁港や岸近くの海上で見られることが多いが貝類食性のクロガモ類等とは異なり、かなり沖合へも群れで出現する。また、十勝地方海岸部の海跡湖では4月から5月初めにかけて、日によっては100羽を超える大群が入る。また、渡りの時期には内陸部の河川や湖沼で観察されることもある。


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 オスは赤く細長い嘴と、黒色で光線によっては緑色の光沢を放つ顔を持つ点はカワアイサと共通するが、その後方にある白い首輪と褐色の胸部が異なる。背の前半は黒く、後半は灰色。翼上面は暗色だが次列風切から雨覆に及ぶ広い白色部があり、大雨覆、中雨覆先端の黒色部が作る2本の暗色線によって分断される。翼下面は白色部が広く、腹と合わせて翼を打ち上げた状態では全体的に白っぽい印象を作る。


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 メスは顔が赤褐色で上面が灰色、下面が白色で、上面から見た時は暗色の印象。次列風切が白色のため、中~大型カイツブリ類、特にアカエリカイツブリのように見えることがある。最も紛らわしいのはカワアイサのメスで識別点は後述するが、頭部の褐色が首や背の灰色と明瞭な境界を持たず、漸次的に変化してゆくコントラストの無さ、一様感は本種の特徴である。


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 カワアイサとの比較画像(オス)。基本的に生息環境が異なるが、漁港や内湾では同所的に観察されることがあり、渡りの時には両種ともあらゆる環境で観察されうる。頭部の黒緑色は共通するが、その後ろの白い首輪、胸の栗色はウミアイサに特有で、カワアイサは首から胸まで一様に白い。カワアイサの下面の白色は、初冬の前後にうっすらと桃色を帯びる。カワアイサでは、翼上面の白色部はウミアイサより広く、より前縁に達し、暗色線によって分断されない。


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 カワアイサとの比較画像(メス)。非常によく似るが、カワアイサの頭部の褐色はより赤みを帯び、背や翼上面の灰色はより明るい。カワアイサでは、頭部の赤褐色と首や喉の白色との境界が明瞭で、全体的にコントラストの強い雰囲気を作り出す。翼上面のパターンも微妙に異なるが、本種の場合は顔から胸に着目した方が識別は容易。水面に浮いている状態ではウミアイサの嘴がやや反っているように見える点も重要な識別点であるが、飛翔時にはわからない場合が多い。


(2012年1月29日   千嶋 淳)



コウミスズメ(その2) <em>Aethia pusilla </em>2

2012-01-26 23:46:42 | 海鳥写真・チドリ目
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All Photos by Chishima,J.
(以下すべて コウミスズメ 2011年2月20日 北海道苫小牧沖)


 繁殖期には主に岸から2km以内の沿岸域で採餌する本種だが、非繁殖期には外洋性の傾向が強まる。エトロフウミスズメ同様プランクトン食性で、体サイズが小さい分より小さな餌を食べているようだ。水面採餌と潜水採餌の両方を用いる。餌生物はCalanus属やNeocalanus属のカイアシ類をはじめ、ケンミジンコ類、エビ類幼生等、プランクトン性の微小甲殻類が中心で、ベーリング海ではカイアシ類のバイオマスと分布が、本種の数と営巣分布を調節しているという。
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 1980年代後半に書かれた総説によれば、ベーリング海北部のセントローレンス島地域と、おそらくプリビロフ諸島周辺でも、カイアシ類の個体数変化に対応して繁殖数は増加している。オホーツク海北部のヤムスキー島では1988年に約600万羽が確認され、世界で最も個体数の多いウミスズメ類とされる。一方で、道東ではかつて春先には北帰中と思われる大群が海岸からも観察されたというが、近年そのような観察例は無い。また、日本における通常分布域外の記録としては九州から、福岡の久留米と博多湾、鹿児島、種子島でのものがあるが、年月日不詳の鹿児島以外は1920年代前半の記録で、近年の渡来は無いようであり、母集団の衰退を反映しているかもしれない。


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 「ウミスズメ(その2)」の記事でも言及したように、同サイズの鳥でも水面上に白色部が多く現れていると、より大きく見える。全長15cmとウミスズメ類中最小の本種は、たとえ凪の海面であっても浮いている個体はかなり接近してから気付くことが多く、そのような場合には体を沈めた逃避体勢になっており、鳥をより小さく見せる。


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 水面を走るような逃避体勢を示した後は、たいてい潜水する。このような姿勢では体が沈んでいるため頭部の大きさが強調され、より丸っこい印象を受ける。光線条件が良ければ、虹彩と肩羽の白は多少距離があっても確認可能。嘴は短くて太いAethia属特有のものだが、角度や鳥の姿勢によっては本来より細く見えることがある。


(2012年1月26日   千嶋 淳)


ウミガラスとハシブトウミガラス(その1) <em>Uria aalge</em> & <em>U.lomvia </em>1

2012-01-25 12:18:55 | 海鳥写真・チドリ目
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All Photos by Chishima,J.
(以下すべて ウミガラス(右)とハシブトウミガラス 2012年1月18日 北海道厚岸郡浜中町)


 生態や形態に違いのある2種であるが、特に非繁殖期の海上ではしばしば一緒に観察される。翼開長はともに60cm代後半から70cm前後で、クロガモより少し小さい。白と黒のコントラストが顕著で、順光下では白が、逆光下では黒が際立って見える。ウミガラスは冬羽では頭頂部を除く顔は白く、目後方の黒い線はかなりの距離からでも見える。後頚からの暗色部が線状になって前頚下部まで達し、角度によっては顔を黒っぽく見せる。冬期に見られるハシブトウミガラスは、顔全体が黒っぽく喉から前頚にかけて淡色なもの、目の付近までキャップ状に黒色部があってツートンカラーに見えるもの、両者の中間的なもの等があり個体差が大きいが、いずれの羽衣でも目の後方は黒く、ウミガラスのような白地に黒いラインが出ることはない。

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 両種とも体は流線型の筒型。顔から体の前半にかけて一定の膨らみがあるため、飛翔時は水面に対して水平に見えることが多い。ケイマフリやウミバトでは顔から首にかけて比較的細く、胸の部分で急に膨らみを帯びるため、体の軸は水面に対して斜めに見えることが多い。


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 体上面の黒色は、ハシブトウミガラスでは漆黒なのに対し、ウミガラスではやや褐色みを帯びる。ただし、後者では夏羽のようなチョコレート色に近い感じではなく、本画像でもやや褐色がかって見えるが、一見しただけではわからないことの方が多い。ハシブトウミガラスの上嘴基部の白線は、光線条件が良ければそれなりの距離からでも目視できるが、個体や光線によってはウミガラスでもこの部分が淡色に見えることがある。飛翔時は体の後半部に見える翼は細長く、先端が尖る。


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 両種とも下雨覆は白く、風切部分も淡色なため、翼下面は広範囲にわたって白く見える。ケイマフリやウミバトでは翼下面は基本的に暗色で、ウミガラス類のような広い白色部は存在しないが、陽の当たり方や角度によっては淡色に見えることもあり、注意が必要。両種とも次列風切先端が白く、白いラインを形成するが、近距離でないとあまり目立たない。


(2012年1月25日   千嶋 淳)

*一連の写真は、NPO法人エトピリカ基金の調査での撮影。


コオリガモ(その1) <em>Clangula hyemalis </em>1

2012-01-22 17:09:58 | 海鳥写真・アビ目、カイツブリ目、カモ目
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All Photos by Chishima,J.
(以下すべて コオリガモ 2011年2月17日 北海道十勝郡浦幌町)


 北極圏を囲むように分布し、冬もあまり南下しない海ガモ類。道東へは冬鳥として11月上・中旬に渡来し、翌5月上旬まで滞在する。釧路以東では多く、漁港や岸近くの海上でも普通に観察される。十勝では、陸からは1~数羽が稀に観察される程度であるが、船を用いた調査では沿岸域でやや普通に観察される。それ以南でも室蘭港や青森県大湊周辺では群れを見ることがあり、局所的に分布するものと思われるが、東北地方中部以南では稀である。越夏記録はあるものの、数、頻度とも他の海ガモ類よりは少ない。
 本種は3ステージの複雑な換羽様式を示すが、越夏個体や渡去直前を除き、観察される個体の多くは冬羽である。冬期のオス成鳥は、上の画像のように著しく長い中央尾羽(英語ではsteramer(吹き流し)と称される)をはじめ、全体的な体色や体型、嘴先端部のピンク色、首や頭部側面の暗色斑等、光線や距離に問題が無ければ容易に判別できる特徴を多く持つ。
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 オスだが中央尾羽は短く、嘴先端のピンク色を欠き、顔は白色。換羽が遅いか若い個体と思われる。渡り時には水平線高くを飛ぶことも多いが、越冬中の移動や逃避にはこのように海面近くを飛ぶ傾向がある。すべての羽衣において、翼の上下面とも暗色なのは本種の特徴。ただし、近距離では羽軸が白っぽく光ることがあり、また雨覆の先端はやや淡色。


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 メス。中央尾羽の突出を欠くためオスより寸胴な体型に見える。全体的な体色も、特に翼を打ち下ろした時には暗色な印象を受ける。首の側面にはオス同様暗色斑があり、その上部もやや暗色がかるので、首の下方はそれより後方の暗色部とのコントラストで首輪状に見える。胸を除く体下面は白っぽく、顔と同様、順光や暗い背景に対してはよく目立つ。両性とも首は短くて太めで、例えばシノリガモのような首から頭部にかけての顕著な膨らみは認められない。


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 海上を飛ぶオス(左)とメス。低い飛翔高度や速い羽ばたき、丸みのある体型、白黒の体色、特に腰の両側まで下面の白色が及ぶ点等から、メスや若鳥はウミガラス類やケイマフリ類といった中型以上のウミスズメ類のように見えることがある。これは海上に浮いている時も同様。
 英国と米国で鳥名が異なるのは、アビ類、コクガン、トウゾクカモメ類、ハシブトウミガラス等海鳥の世界でも多く見られるが、本種も同様で英名はLong-tailed Duck、米名はOldsquaw。前者はオスの見たままの命名で、後者は白と褐色の混じる体を「老女」に見立てたものである。


(2012年1月22日   千嶋 淳)

*一連の写真は、日本財団の助成による十勝沖海鳥調査での撮影。