鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

十勝のカワウ‐分布と飛来数の変遷‐

2010-10-14 16:16:08 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
河原に降り立ったカワウの大群 2009年9月 北海道十勝川中流域)


(日本野鳥の会十勝・会報「十勝野鳥だより172号」(2010年9月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 近年、春から秋の十勝川中・下流域で探鳥していると、黒くて首の長い大型の鳥が飛んで行くのをよく見かけます。その大部分はカワウです。同地域で行われる探鳥会でも最近では毎回のように記録されるので、さも普通の鳥のように思われるかもしれませんが、実は10年ほど前まではほとんど見ることのできない鳥でした。
 カワウは従来、青森以南の本州、四国、九州に生息し、北海道ではまれな夏鳥として少数の記録がある程度でした。それらも写真や標本など客観的な証拠のある例は少ないと思われ、北海道にはほとんど分布しない鳥だったといえます。ところが、1999年4月に道央の江別市にある石狩川と篠津川の合流点に約100羽が飛来し、道北の幌延町では2001年に約30羽の営巣が道内で初めて確認され、2002年には約300羽が飛来しました。北海道に生息していなかったカワウが、2000年前後からその分布を拡大しつつある状況が窺えます。


翼を広げて乾かすカワウ
2010年8月 北海道十勝川中流域
ウ類は尾脂腺が未発達なため、羽毛の撥水性が失われやすい。そこで、定期的に乾かさなければならない。
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 十勝でのカワウ初記録は、1990年9、10月に足寄町仙美里ダムでの2羽で、「十勝野鳥だより(以下、たより)93号」には記事、「たより100号記念誌」には写真が掲載されています。ただし、記事には何をもってカワウと判定したのかが書かれておらず、写真も点であるため、これらからはウミウが内陸部に飛来した可能性を完全には否定できないと思います。仙美里ダムでは1995年9月にも1羽(「たより123号」に写真が掲載されていますが、種の判別は困難)、1994年8月にも新得町クッタリ湖で1羽が観察されています(「たより117号」)が、カワウと確認できる資料はないようです。これらがカワウだったとしても、1990年代には1~2羽がごくまれに飛来する程度だったのでしょう。
 次の記録は2001年5月、豊頃町十勝川河口での3羽です。観察者の一人は筆者で、残念ながら今のような機材はなかったため写真はありませんが、本州での鳥見経験がある数人と、望遠鏡を覗きながらカワウであることを確認しました。これをきっかけに十勝でのウを注意して見るようになり、2004年までの4年間で春と秋を中心に、十勝川下流域と十勝海岸湖沼群から14例の記録を得ることができました。ただ、2004年4月13日豊頃町カンカンビラでの60羽以外は1~15羽と少数で、記録をまとめた「十勝川下流域・十勝海岸におけるカワウの観察記録」(帯広百年記念館紀要 第23号)では、「2004年現在では春と秋に少数が通過する旅鳥」と結論づけました。これが2000年代前半の状況です。
 翌2005年から観察される頻度や数、エリアが大きくなり、個々の観察記録を集めて解析するのが困難になってきました。飛来数は3桁になっているかもしれないとの思いを抱きながらも、どのように把握するか思いあぐねていた2006年10月、十勝川河口付近の河畔林でカワウが集団ねぐらを形成しているのを発見しました。ねぐらで日没近くのカウントを行った結果、最大で404羽が確認され、十勝川下流域のカワウが数年前には思いもよらない規模で増加しつつあることが示唆されました。翌年以降の観察から、このねぐらは春から秋を通して利用されるものの、その数は春から夏に少なく、7月下旬以降急増し、9月から10月上旬に最大を迎えることがわかってきました。これは、同地域のカワウ飛来数の動向とも一致しています。そこで、秋期の集団ねぐらでの数を十勝川下流域への最少飛来数と位置付けることができると考え、以降この方法で数えています。2年目の2007年には早くも500羽を超え、2009年には900羽近くを数えるといった具合で、この地域への飛来数が増加していることがわかります(各年の最大数は、2006年404羽、2007年517羽、2008年702羽、2009年894羽)。


カワウの集団ねぐら
2009年9月 北海道十勝川下流域
ヤナギ類を主体とした河畔林の所々に、黒いウの姿が見える。枝や葉の一部は、糞で白く変色している。
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 飛来数の増加にともなって、これまでの下流域から中流域への飛来も目立つようになってきました。最初に中流域で観察したのは2006年5月、相生中島地区でのことでしたが、この時は6羽と少数で飛来の頻度も低いものでした。それが2008年頃から頻繁に群れが飛来するようになり、2009年9月には千代田堰堤下流でウミウを含む233羽の大群も確認されました。2010年現在、十勝川中流から下流の十勝川流域では、カワウは3月下旬に飛来し、11月中旬の渡去まで普通に観察される夏鳥で、その数は9~10月の秋期に最大になるといえます。
 ただし、不思議なことに繁殖はこれまで確認されていません。集団ねぐらも長期間にわたる利用で河畔林の枝葉は白く変色しているものの、巣はありません。それ以外の場所でも巣卵の確認例はないのです。釣り人なども多い十勝川のこと、どこかで集団繁殖したらニュースにでもなりそうですが、不思議なものです。このことと、7月下旬以降飛来数が増加することは、十勝のカワウの多くは春の渡来後、どこか別の営巣地で繁殖した後十勝へ戻って来て、湖沼や河川が結氷するまでの間を過ごす可能性もあると思います。
 そもそもなぜカワウは十勝を含む北海道に飛来するようになったのでしょうか?明確な答えは得られていませんが、おそらくは本州以南での個体数増加にともなう餌や空間の不足はその一因でしょう。各地で行われた駆除などの人間による圧迫も、生息域の拡大に拍車をかけたかもしれません。大陸からの飛来の可能性を指摘する人もいますが、証拠はありません。北海道のカワウに関する遺伝学的、形態学的な調査が必要とされています。


川面へ向けて降下するカワウの小群
2009年9月 北海道十勝川中流域
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 十勝地方におけるカワウの生息状況を時代ごとに整理すると、以下のようになります。
1980年代以前:記録なし。
1990年代:内陸部での不確実な数例の記録。迷鳥?
2000年代前半:十勝川下流域(海岸部含む)を春と秋に少数が通過する旅鳥。
2000年代後半:十勝川中・下流域で春~秋に普通の夏鳥で、数は秋に最大。繁殖未確認。

 生物の分布というのは本来、長い年月をかけて形成されるものなのでしょうが、十勝のカワウに関してはこの20年で激変していることがわかります。ウ類の中でもっとも繁栄した種といわれるカワウが今後も増え続けるのかどうか、それはわかりませんが今のペースで増加すれば、いずれ繁殖する日も来る可能性があります。十勝には、カワウとの深刻な軋轢が生じている本州のアユ漁業のような内水面漁業はないですが、サケ類の稚魚やシシャモなどは十勝川と密接に関連しており、何らかの影響を及ぼす可能性もあります。また、アオサギやカワアイサといった従来からの魚食性鳥類との関係も注目されるところです。十勝川周辺に鳥を見に出かけた時、ウの記録を残しておけば後々価値のあるものとなるかもしれません。地味な鳥ではありますが、ちょっとばかり注意を払ってみませんか?


カワウ(中央やや右)とカワアイサ
2010年8月 北海道十勝川中流域
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(2010年9月20日   千嶋 淳)

*十勝のカワウについては、以下の各記事も参照。
 「分布を変える鳥-十勝のメジロとカワウ-」 (2006年10月)
 「十勝のカワウその後」 (2006年11月)
 「雨上がり」 (2009年8月)
 「内陸進出!?」 (2009年9月)
 「鷲視耽耽」 (2009年9月)


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4 コメント

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カワウもそうですが、最近シラサギも増えていると... (martesorex)
2010-10-14 21:05:16
カワウもそうですが、最近シラサギも増えていると感じませんか?
今年は、いしかり調整池でダイ、チュウ、コと3種そろいぶみでした。
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ダイ、チュウ、コの3種に関しては、十勝でも70~80... (ちしま)
2010-10-15 17:23:38
ダイ、チュウ、コの3種に関しては、十勝でも70~80年代とくらべると、記録は増えていると思います。特にダイサギは、今年も海岸部でで5羽同時に見られたことがありましたし、何年か前には帯広でアオサギとともに越冬したこともありました。チュウとコに関しては、2000年代の半ばくらいまでは増えてるな~という感じでしたが、ここ数年そうでもないか、ちょっと減った印象を持っています。面白いのがアマサギで、これは古くから割と記録が多かったのですが、2000年代以降見かける頻度、数とも減少しています。白いサギの中でも流行り廃りがあるのでしょうか(アマサギは他の種とは環境が違いますが)。
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私が十勝川中流域でカワウを初めて撮影したのは200... (ちょんぱぱ)
2010-10-15 21:16:35
私が十勝川中流域でカワウを初めて撮影したのは2009年10月22日でしたが、この時は情報がなかったのでとても驚きました。この時は3羽しかいませんでした。

てっきりウミウだと思っていたものの、写真を拡大してみると嘴基部の裸出部がどう見てもカワウ。
手持ちの図鑑には十勝の記載が無くて、どうしてここにいるのだろうと不思議でたまりませんでした。
(その後、千嶋さんのブログで状況を把握して納得しました。)

それが今ではカワウだらけ。ヤツメウナギを美味しそうに食べている姿を見ると、既存の魚を餌とする鳥達との軋轢が起きることは明白ですね。
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ちょんぱぱさん、こんばんは。 (ちしま)
2010-10-16 20:59:18
ちょんぱぱさん、こんばんは。
鳥の分布には、固定的な面(津軽海峡を越えたらエゾライチョウやヤマゲラはいないみたいな)と流動的な面があって、後者は図鑑ではどうしてもタイムラグが出てしまいますね。僕が子供の頃、近所(関東です)の神社で毎冬コイカルとしか考えられない小群が見られていたのですが、当時の図鑑では「迷鳥」となっていて、不思議でした。今思えば、コイカルが分布を東進させていた時代でした。逆に「普通」なはずのヨタカやヒクイナが見られず、訝っていたのですが、これらは既に減少していたのですね。

カワウとほぼ同時か少し早めに北海道に分布を拡大してきたミヤマガラスは、道央・道南では今も冬に多く見られるようですが、十勝では90年代末~2000年代前半にやや多く見られた後、またあまり見かけなくなりました。気候が合わなかったのでしょうか??

カワウと魚食性鳥類の関係は、注目したいですね。もっとも体のサイズや餌の捕り方が違うので、今すぐどうこうということではなく、もう少し複雑な形で影響が出てくるかもしれません。
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