鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

トウゾクカモメ(その1) <em>Stercorarius pomarinus</em> 1

2012-08-27 20:55:48 | 海鳥写真・チドリ目
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All Photos by Chishima,J.
以下すべて トウゾクカモメ 2012年7月25日 北海道十勝沖)


 属名は「糞に関係のあるもの」の意で、かつては他の鳥を襲って奪う餌が排泄物と思われていたことに因るものである。種小名は「覆いのある鼻の」の意で、夏羽のキャップ状の暗色部が鼻を覆っているように見えることに因るものか。本種やクロトウゾクカモメは英語ではskuaだが、米語ではjaegerである。英語と米語で鳥名が異なる例は少なくない。
 ユーラシアおよび北アメリカの北極圏で繁殖する。非繁殖期には南下し、南半球まで渡るものが多いようだが、銚子沖あたりでミツユビカモメの群れを襲いながら越冬する個体も少なからずいる。道東太平洋では春と秋の渡り時期に出現し、春は5月中・下旬から6月上旬、秋は7月下旬から11月下旬に見られる。沖合で見られることが多いが、日によっては河口や海岸、岬からも観察される(特に秋)。通常は1~数羽で行動するが、台風等による時化の時には大群で漁港や海岸に飛来し、台風直後の十勝海岸で1000羽以上を観察したこともある。

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 翼開長は110~127cmで、ウミネコ(126-128cm)に近い。ただし、胴体や翼が太いためか、しばしば大型カモメ類のような印象を受ける。一連の写真はすべて同一個体。スプーン状の尾羽が顕著で一見成鳥夏羽のようだが、下雨覆の縞模様が明瞭であり、若い鳥と思われる。初列風切下面の基部は白斑を形成する。嘴はクロトウゾクカモメやシロハラトウゾクカモメより太く、ごつい印象を与える。先端部は黒く、基部は淡紅色を帯びる。オオトウゾクカモメの嘴はさらに太く、基部まで黒色である。


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 嘴だけでなく、体や翼も他の近縁種より太めなため、上側の写真のように太く見えることが多いが、角度によっては下側の写真のように翼先が尖ってスリムな印象を与えることもある。翼上面は初列風切の羽軸が白い以外は一様な黒褐色。初列風切羽軸の白色は遠目でもよく目立つが、オオトウゾクカモメのような白斑は形成しない。顔は頭頂部がキャップ状に黒褐色で、頬から前頚にかけてクリーム色、胸には暗色の帯が目立つ。


(2012年8月27日   千嶋 淳)



青春と読書⑦エゾシカ

2012-08-23 17:37:36 | お知らせ
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Photo by Chishima,J.
エゾシカ 2011年8月 北海道中川郡豊頃町)

 集英社の本のPR誌「青春と読書」に連載させていただいている「北海道の野生動物」。7回目の9月号(8月20日発売)はエゾシカです。数年前の路傍での出会いに始まり、生息数や分布の変遷、ヒトとの軋轢や利活用に向けての取り組み等を簡単ながら紹介しています。北海道、特に道東では日常的に目にするエゾシカですが、そんな彼らの一端に触れてみませんか?興味のある方はお読みいただけたら幸いです。

(2012年8月20日   千嶋 淳)


クロアシアホウドリ(その1) <em>Phoebastria nigripes</em> 1

2012-08-20 10:29:08 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
以下すべて クロアシアホウドリ 2012年8月上旬 北海道十勝沖)

 アホウドリ類は、以前はDiomedea属とPhoebetria属に分けられていたが、近年の遺伝学的研究では4つの単系群が確認されており、それに基づくと本種を含む北半球で繁殖する3種はPhoebastria属に分類される。アホウドリ類の分類は混乱しており、従来13~14種に分けられていたものが最大24種まで細分され、国際鳥学会(IOC)は21種を認めている。
 本種はハワイ諸島、伊豆諸島鳥島、小笠原諸島聟島列島、尖閣諸島にくわえて2000年代以降はメキシコ北西部の島嶼でも繁殖している。鳥島や聟島列島では個体数は増加傾向にあるものの、全繁殖数の7割近くを占めるハワイ諸島周辺では減少している。1990年代後半に約20万羽とされた全生息数は、近年では10~13万羽と推定されており、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストではアホウドリと同列のvulnerableに指定されている。繁殖期は10月から翌年5月頃で、繁殖ステージはアホウドリよりやや遅い。

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 非繁殖期には北太平洋に広く分散する。道東太平洋では5~11月に観察され、初夏と秋に多いコアホウドリとは異なり、盛夏~初秋の海水温の高い時期に卓越する。同海域でオオミズナギドリやカンムリウミスズメ、マンボウ等が観察される時期と概ね一致する。日米間の航路で調査した黒田長久さんによると、本種は水温3~29℃、コアホウドリは水温2~26℃の海域で見られ、本種は分散分布性、コアホウドリは集中分布性を示したといい、それは魚食(本種)とイカ食(コアホウドリ)という食性の違いに基づくと考察している。


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 翼開長は193~213cmで、カモメ類やミズナギドリ類よりはるかに大きい。着水しているオオセグロカモメの成鳥と比べても、大きさの差は歴然であろう。全身黒褐色なことがそのまま特徴となり、見誤る種は少ないが、アホウドリ幼鳥は遠目には同様の黒褐色に見える。ただし、アホウドリでは嘴と脚がピンク色で、亜成鳥クラスになるとは体下面が白い。また、嘴基部や目の周囲に本種のような白色部はない。


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 海上高くソアリングする。顔の周囲や初列風切の羽軸が白い以外は全身黒褐色。成鳥では上・下尾筒が白色の個体もおり、4~6歳から現れ始めるが10歳を過ぎても同部分が暗色の個体もいて、個体差が大きいようである。左端近くで三角形に尖る山は、日高山脈南部の楽古岳。


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 年間6150羽が、主に台湾と日本の漁船による混獲で死亡すると見積もられており、種の存続を脅かしている。アホウドリ類の多くで、主に延縄漁業による混獲が問題となっており、吹流しや錘による混獲防止の試みが取り組まれている。


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 本種を日本から最初に記載したのはRobert Swinhoeで、1874年のこと。「夏の中期に北海道沖で普通」とした。北海道では不定期飛来種(Irregular Visitor)とした、130年近く後の「日本鳥類目録第6版」(2000年)より、本種の飛来状況を的確に記載しているのはどういう訳か。Swinhoeはカルカッタに生まれた英国人のナチュラリストで、40代で亡くなっているが東・南アジアの鳥類研究に大きな貢献を果たした。チュウジシギやヒメクロウミツバメの英名にその名を残すほか、ツリスガラの和名が「スインホーガラ」だった時代もあった。


(2012年8月19日   千嶋 淳)



ハイイロヒレアシシギ(その1) <em>Phalaropus fulicarius </em>1

2012-08-16 22:32:55 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
以下すべて ハイイロヒレアシシギ・メス夏羽 2012年5月14日 北海道十勝沖)


 和名は全身灰色と白の冬羽からの命名で、アカエリヒレアシシギ(Red-necked Phalarope)と同じく英名(Grey Phalarope)の直訳か。これら2種のヒレアシシギ類は、江戸期までは「うきちどり」、「うみちどり」、「をきちどり」等の名で知られていた。属名のPhalaropusは「オオバンのような脚」、種小名のfulicariusは「オオバンのような」の意で、どちらも各足指の間に櫛の歯状の水かきの発達する弁足がオオバンと共通することから。全北区の北極圏で繁殖し、アフリカ大陸の西・南部や南アメリカ西南部の海上で越冬する。繁殖域はアカエリヒレアシシギより北側に位置する。日本へは旅鳥として春と秋に渡来し、4月には本州東方沖に到達しているが、道東太平洋での春の渡りは5月中下旬。秋の渡りは7月中旬から活発になり、10月いっぱい続く。秋の渡りの後半は幼鳥が中心と思われるが、幼羽の時期が極端に短いため詳細は不明。繁殖地への滞在の短さは、キアシシギを髣髴とさせる。


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 全長は20~22cmで、アカエリヒレアシシギ(18~19cm)より少し大きい。大きさだけでなく体格も太めで、識別に有用である。また、アカエリヒレアシシギの針のように細い嘴に対して、本種のそれは太めで、夏羽や移行中の羽衣では基部付近が黄色いことも特徴。夏羽では首より下の体下面が鮮やかな赤褐色を呈する。ヒレアシシギ類はオスが抱卵や子育てを行い、メスの方が大型で鮮やかな羽衣を持つ。本種のオス夏羽は体下面の赤褐色がやや淡色で、頭頂部の黒色は褐色みを帯びた縦斑状である。
 アカエリヒレアシシギより海洋性が強く、内陸にはめったに飛来しない。十勝でも陸上での記録は数例しかないが沖合では普通で、日によってはアカエリヒレアシシギより遥かに多く見られる。渡来数は年によっても異なり、今年の春には日本各地で例年より多く観察され、陸上への飛来も多かったようである。


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 背後から。下尾筒に至るまで体下面が赤褐色。黒や白、褐色等を基調とした海鳥の中では特異な存在で、この羽衣で光線が良ければ見誤ることはない。色が見えない条件や冬羽では小型ウミスズメ類のように見えることもあるが、長めの嘴や首を確認できれば大丈夫であろう。背や肩羽は黒色で、淡褐色の羽縁がある。


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 飛び立ち時に助走を必要としないのも、ウミスズメ類とは異なる点だ。背の下部から腰の上部にかけて羽毛が捲れているのか、本来より白く見える。


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 翼開長は41cmで、アカエリヒレアシシギ(同34cm)との違いは遊泳時より顕著になる。ウミスズメの翼開長が40~43cmで、コウミスズメのそれが33~36cmであることを考えれば、その差は歴然であろう。上面から見た時には白い翼帯が顕著で、その上の雨覆はアカエリヒレアシシギより灰色みの強い褐色。翼下面は白っぽい。羽ばたきは速いが、小型ウミスズメ類より器用で小回りの利く印象を受ける。本種の渡り時期にはミユビシギやCalidris属等のシギ類も海上を飛んでいることが多いため、それらとの混同には留意する必要がある。ヒレアシシギ類は波間を飛びながら「ピッ、ピッ」という声を頻繁に発し、それによって存在に気付くことも多い。


(2012年8月16日   千嶋 淳)