鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

新たなる過密

2011-03-09 22:29:44 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
堆肥に飛来したタンチョウオオハクチョウ 以下すべて 2011年2~3月 北海道十勝川中流域)


 音更町の十勝川温泉地先にある白鳥護岸は、餌付けされたオオハクチョウやカモ類を間近に観察できる冬の観光スポットであったが、全国的な鳥インフルエンザの発生を受けて、一月末より閉鎖されている。2000年代初頭までの野放図な給餌は、同半ばより総量や餌の種類、給餌期間等が規制されて、種、個体数も往年より少なくなってはいるが、それでも数百羽からのオオハクチョウとカモ類が突然人間からの給餌を断たれたことになる。閉鎖の処置が既に冬の半ばを過ぎていたこともあり、水鳥たちの多くは長距離の移動を選ばす、周辺で餌の獲れる場所を流浪しているようだ。

閉鎖された白鳥護岸

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 一部の不凍河川以外に餌を求めるとなると農耕地が最有力候補となるが、春秋には格好の餌場となるそれらも、厳冬期には厚い雪に閉ざされている。その中で真冬でも採餌可能な場所として、農家の堆肥置き場がある。以前、「堆肥倶楽部」の記事でも紹介したように、発酵の熱で雪を融かし、植物質、動物質の餌に富む堆肥は、四季を通じて様々な鳥に餌場を提供している。オオハクチョウがそこに目を付けるのも当然であり、周辺の堆肥で密集した群れが頻繁に観察されている。
 数日前の午後、ある農家の、さして広くない堆肥場に約150羽のオオハクチョウが集まり、雪の融けた地面を闊歩しながら餌を探していた。この場所では100羽ほどのマガモとオナガガモ(大部分は前者)も飛来し、人や他の鳥に驚くと飛び立って、周囲を乱舞しながら餌を漁っていた。カモ類がこのような場所へ採餌のため飛来するのは夜間であることが多いのだが、ここでは午後三時過ぎ、まだ陽の高い内から観察された。くわえて、3羽のタンチョウ(成鳥2羽と幼鳥1羽。基本的に別行動で、時折成鳥が幼鳥を攻撃していたが、その関係は不明)もハクチョウやカモの中で地面をつついていた。


堆肥周辺を乱舞するマガモオナガガモ
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オオハクチョウの群中で採餌するタンチョウ
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 一見道東らしい豪快な光景であるが、考えてみると鳥インフルエンザの感染拡大防止のための給餌場閉鎖が、近隣の別の場所で新たな水鳥の集中を引き起こしている、皮肉な風景でもある。しかも、堆肥場は面積が狭いので個体密度は一層高くなり、また流水の存在しない陸地であるため糞等の排泄物は垂れ流しで、衛生的にはより劣悪な環境となっている。そして、個体数増加中とはいえ道内に1300羽しかいないタンチョウがそこで採餌しているということは、それへの感染症との接触機会を増大させているかもしれない。
 全国的な趨勢の中での白鳥護岸閉鎖が、妥当性を欠くものとは思わないが、真の危機管理のためには特定の箇所を隔離して終わりにするのでなく、近隣地域も含めた水鳥の分布や行動圏をモニタリングし、広域的な発想に基づく対策を講じてゆくことの必要性を、この創出された過密状態は教えてくれているような気がする。


近接するタンチョウオオハクチョウ
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(2011年3月8日   千嶋 淳)


身に纏った凶器

2011-03-04 00:36:38 | ゼニガタアザラシ・海獣
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All Photos by Chishima,J.
(以下すべてキタオットセイ 2011年2月 北海道苫小牧沖)


 遠く望む白銀の樽前山を除くと、二月の苫小牧沖は海も空も青色の優占する空間だった。紺青の海面の随所からコウミスズメが飛び出す。距離はそれなりに近い筈だが、海鳥中最小というスズメ大の体は、飛び立つまで波間に隠され、なかなかじっくり見ることを許さない。何気なく目を遣った遠くの海原へ突き出した、車輪のような物を発見。キタオットセイが前後の肢で作り出す、独特のポーズだ。コウミスズメとの追いかけっこに少々飽きていたこともあり、そちらを目指す。

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 近付くに連れ、オットセイの体の一部に違和感を覚えた。多くの海獣類同様、キタオットセイの体色は黒や褐色を基調とした地味なものであるが、前肢付け根あたりに、鮮やかな緑色の部分が確かにある。脳裏をよぎる、ある不安と共に尚も接近すれば、案の定それは漁網であった。持ち合わせの好奇心ゆえ、海上を漂っていた漁網にじゃれ付いている内に、体に絡んでしまったのか。一度絡んだ漁具を、オットセイ自身が外すのはまず無理であるし、ナイロン等丈夫な化学繊維の網が自然に外れることも期待できない。水中での滑らかな遊泳に適応した流線型の体に纏った異物は、容易にその自由を奪う。飼育下の実験では、絡みついた網の重量が増すに連れ遊泳速度は減少し、魚を捕えるのにより多くの時間が必要になったことが示されている。漁網が首に絡んだ場合、通常の速度で遊泳するのに50倍前後のエネルギーが必要になると考える研究者もいる。
 船に興味を示したのかすぐ傍らで浮き沈みするようになると、何とも痛ましい光景がそこにあった。前肢や体だけでなく首にも巻きついた漁網は皮下にきつく食い込み、赤白色の脂肪層を明確に露呈させていたのである。このオットセイの正確な齢や性はわからなかったが、まだ若い個体と思われた。最初は単に首回りを囲っていただけの網が、成長に伴い頸部を圧迫し、上質の毛皮さえ切り裂き脂肪層を露出させたのだろう。更なる成長はより強い圧迫を招き、いずれ死に至らしめるだろう。たわい無い好奇心が、時限爆弾的な凶器をその身に纏わせることになってしまった。


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 繁殖地の一つであるプリビロフ諸島やアリューシャン列島では、繁殖場に出現する個体の0.01~0.4%程度がトロール漁網片等に絡んでおり、個体数減少の主要因にはなっていないとものの、特に若齢獣の生残に影響を与えているのも確かである。レジンペレットのような微細な物から漁網のような大きな物まで、人間が排出したゴミが海洋を漂い、そこに暮らす獣や鳥の生存を脅かしているのが現代という時代である。


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(2011年3月2日   千嶋 淳)