鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

「オ、オソーイ!」

2005-10-30 20:30:21 | 鳥・秋
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Photo by Chishima,J. 
(カケス(亜種ミヤマカケス) 2005年10月 北海道中川郡豊頃町)

 いつの間にか朝晩の空気はひんやりした冷たさを帯び、山間部からは雪や霜の便りが聞かれるようになってきた。北海道の短い秋は、今まさにこれから始まる長い冬に向けて加速しつつあるところだ。


秋の湧洞沼
2005年10月 北海道中川郡豊頃町
夏の緑は瞬く間に黄色、褐色へと変わる。そして純白に…
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Photo by Chishima,J. 

 鳥の世界における秋の風物詩としては、本州以南ではモズの高鳴きが筆頭に挙げられる。稲刈りの行なわれている田圃に、また木枯らしの吹きすさぶ雑木林に響く「キィーキィーキィー…」の声に、日本人なら哀愁を感じずにはいられないだろう。しかし、残念なことに北海道では秋にモズの高鳴きを聞くことはほとんどない。高鳴きは秋冬期の、単独なわばりの宣言や、そこへの侵入者に対する威嚇を目的としているので、10月中遅くとも11月頃までにはより南方へ渡ってしまう北海道のモズにとっては、不必要なのであろう。

モズ
2005年7月 北海道中川郡豊頃町
摩滅のためか、上面の灰色みが強くなっている。
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Photo by Chishima,J. 

 代わりに、ここ十勝で秋を感じさせる、鳥のいる風景は、たとえば刈り取りの済んだデントコーン畑で採餌や休息するタンチョウであり、遡上するサケを追って河川の中流部まで飛来してきたカモメ類であり、また秋風とともに湖面を渡るヒシクイの群れの喧騒などである。

タンチョウ
2005年10月 北海道十勝川下流域 
刈り取り後の畑は見通しもよく、餌も多いのか、お気に入りの場所。
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Photo by Chishima,J.  

セグロカモメ
2005年9月 北海道十勝川中流域
力尽きたサケは、格好の餌資源。第3回冬羽の若鳥。
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Photo by Chishima,J. 

ヒシクイ(亜種オオヒシクイ)
2005年9月 北海道十勝川下流域
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Photo by Chishima,J. 

 そうした風物詩の一つに、平野部へのカケスの出現がある。当地ではカケスは普通種であるが、繁殖期には低山帯以上の山間部へ移動するようで平野部ではほとんど見かけない。それが9月を過ぎた頃から、平野部でもふわふわした独特の飛翔で移動するのや、農耕地の中の孤立林で索餌する姿が目立つようになる。もっとも平野部への飛来数には大きな年変動があり、どこに行ってもカケスだらけの年もあれば、厳冬期近くまでとんと姿を現さない年もある。今年は前者に属するようで、9月後半以降随所でその姿を目にすることができる。帯広近郊では2001年以来4年ぶりのことである。今年は山でドングリやヤマブドウといった植物の実が凶作で、各地で頻発しているヒグマ出現との関係も示唆されているが、ドングリを好物とするカケスも、実りの少ない山を早々と去って平地に飛来するのだろうか。
 カケスと言えば、忘れ得ぬエピソードがある。今回確認のために過去の野帳を紐解いたところ、1996年3月31日の出来事だったのでもう10年近く前になるのだが、その場面は未だ鮮明に記憶している。
 その日、私は大学に隣接する売買(うりかり)川で鳥見をしていた。ごく小さな川ながらヤナギやカエデなどの河畔林が発達し、一年を通じて多くの鳥に出会える穴場である。まだ雪の残る季節ゆえ、出現する鳥は留鳥のカラ類やキツツキ類、冬鳥のマヒワなどごく限られているが、身近な隣人達とのふれあいを楽しんでいた。そんな私の耳に甲高く、素っ頓狂な声が飛び込んできた。「オ、オソーイ!」ん?人の気配は無かったと思ったが…。やや焦って周囲を見渡したが、雪原の中に人の姿のあるはずもなく、空耳だったかと再び歩き出す。間もなくして再び「オ、オソーイ!」。今度は空耳ではないことを確信し、声の方向を双眼鏡で探すと1羽のカケスを枝先に認めた。半信半疑で見ていることしばし、彼(女?)が嘴を開いた次の瞬間、例の声も聞こえてきた。「オ、オソーイ!」。その後、カケスは何度もそれを繰り返し、合間には「○×(聞き取り不能)ちゃん」と聞こえる声も発していた。
 以下は私の想像である。売買川は、大学馬術部の練習コースとしても利用されている。日々川辺を駆ける馬のどれかに、馬を操るのが苦手だったのか、或いはおっとりした性格だったのか、ほかの人より目立って遅い「○×ちゃん」が乗っていたのではないだろうか。上下関係の厳しい体育会ではすかさず喝が入るはずだ。「○×ちゃん、遅い!」。おそらく、カケスはその光景を冬中眺め、そして聞いていたのであろう。そして春を目前にして気分も高揚してきた時に、それを真似してみたくなったのではないだろうか。

カケス(亜種ミヤマカケス)
2005年10月 北海道中川郡豊頃町
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Photo by Chishima,J. 

 カケスはほかの鳥の声真似を得意とし、「ピャ-」というタカの鳴き真似にはしばしば騙されるほどだが、人の声真似の観察は初めての経験であった。

(2005年10月11日   千嶋 淳)


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休耕田の思い出

2005-10-06 20:11:06 | 鳥・秋
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Photo by Chishima,J. (タカブシギ 2005年5月 北海道十勝川中流域 )

 北海道にしては蒸し暑い残暑が続いているが、季節は着実に次に向けて移行しているようで、海岸や河川ではシギやチドリの姿を目にする機会が増えてきた。
 多くの鳥見人にとって、シギやチドリ(鳥屋はシギチと略すことが多い)に親しんだ場所といえば、干潟や砂浜など海岸が一般的であろう。しかし、海なし県の群馬に育った僕にとっては、シギチの思い出は休耕田と共にある。もともと群馬では、県南部を流れる利根川の河原や湿地がシギチの渡来地として名を馳せていたが、河川改修や砂利採取によって環境が悪化して、渡来数は激減した。ちょうど時を同じくして、減反政策によって出現した、水を張った休耕田が新たな渡来地として脚光を浴び始めていた。
 休耕田は干潟などに比べると一度に観察できる数は、種、個体数とも少ないが、その分1羽1羽をじっくりと、近距離で-畦道に腰を下ろして待っているとすぐ目の前までやって来てくれる-観察できるのが利点だった。そして、シーズンを通して観察するとそれなりに種類数も通過しており、1993年は8~10月の2ヶ月余りで、フィールドとしていた近所の休耕田だけで25種のシギチを観察することができた。ほかの人の記録も含めれば、30種前後が観察されていたはずである。
ツルシギオグロシギ(右)
ヒバリシギやウズラシギなどと並んで、代表的な内陸性のシギ。

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Photo by Chishima,J. 2005年9月 北海道勇払郡鵡川町

シラサギ類
湛水休耕田はサギ類にとっても重要な湿地。左からアマサギチュウサギ2羽、コサギアマサギ(手前)、チュウサギ

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Photo by Chishima,J. 2005年9月 群馬県佐波郡玉村町

 種数が多く、なおかつ似たもの同士が多いこの仲間の識別には、当然最初は手を焼いた。それでも近距離でじっくり観察できる強みを生かしてスケッチや特徴の記載を繰り返し、図鑑を手繰りながら種を特定していく過程は楽しかった。特に、「脚と嘴の細い、茶色っぽい地味なシギ」が数日間観察を続けた後でタカブシギと判明してからは、すっかり虜になってしまった。アメリカウズラシギやコアオアシシギ、エリマキシギ、ハイイロヒレアシシギなど当時の群馬県下では非常に稀と思われていた種類が思いのほか通過していたことも、この知的好奇心を満たす作業へののめり込みに拍車をかけることとなった。

コアオアシシギ

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Photo by Chishima,J. 2005年4月 北海道十勝川中流域

エリマキシギ
写真の個体はメスと思われ、オスの夏羽に特徴的な襟巻きはみられない。

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Photo by Chishima,J. 2005年5月 北海道十勝川中流域

 識別の楽しみもさることながら、彼らのいる環境が大好きだった。水の多い浅い池状の休耕田や草の繁茂した休耕田、稲田、それに水路などがモザイク状に入り混じった広大な農地は、かつて存在したであろう利根川の後背湿地を彷彿とさせ、群れ遊ぶシギチはそこに彩を添えた。盛夏の候、40度近い気温と強烈な日射の下で聞くムナグロの「キピョ」やアオアシシギの「チョーチョー」の声は、水面を渡る微かな風と共に、瞬時の涼を与えてくれたものである。
 
ムナグロ
写真のような幼鳥には、和名よりも英名’Golden Plover’の方がしっくりくる。

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Photo by Chishima,J. 2005年9月 群馬県伊勢崎市

アオアシシギ

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Photo by Chishima,J. 2005年9月 北海道十勝川中流域

 十勝に来てからは、この地で稲作がほとんど行なわれていないこともあって、淡水性のシギチとはすっかり疎遠になってしまった。それでも今年、治水上の関係で人工的に掘削された水路に比較的多数のシギチが飛来して、オジロトウネンやコアオアシシギなどとは久しぶりの再開を果たすことができた。
 群馬の休耕田には、渡り時期に帰省できた時には顔を出すようにしているが、環境がかなり変わってしまった。広大だった農地は高速道路によって分断され、未舗装の農道は舗装されて交通量も増加した。そして、シギチは種、個体数ともかつての面影はなくなってしまった。シギチの個体数はシーズン内でも変動が激しいので、僕が訪れた時にたまたま少なかったのだと信じたいところだが。
 以前と比べると、世の風潮は干潟やそこを訪れる水鳥を保全しようという方向に向かっている。もちろん干潟が重要なのは言うまでもないが、このような内陸湿地の重要性ももっと注目されて、休耕田に水を湛えて生物多様性を維持することによって国や地方自治体から補助金が出たり、そこで栽培された作物に付加価値が付くような時代に…なったらいいな!

オグロシギ
曇天のためか滞在を決意した幼鳥の小群が、遅くまで採餌や羽づくろいにいそしんでいた。

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Photo by Chishima,J. 2005年9月 群馬県伊勢崎市

タシギ
採餌中に上空を鳥が通過し、警戒して尾羽を開いて身を伏せた。

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Photo by Chishima,J. 2005年9月 群馬県伊勢崎市

チュウサギ
休耕田ではもっとも普通のサギ類であるが、農薬汚染や生息地の消失などにより減少し、環境省レッドデータブックでは準絶滅危惧種に指定されている。

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Photo by Chishima,J. 2005年9月 群馬県伊勢崎市

バン
午後の陽を受けて水浴びする成鳥。

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Photo by Chishima,J. 2005年9月 群馬県伊勢崎市

(2005年8月30日 千嶋 淳)


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