Photo by Chishima,J.
(氷上のゴマフアザラシ 1999年1月 北海道網走市)
厳しい冷え込みが続いた1月上旬のある日、海辺へ出かけた。厳冬期としては珍しいくらいに凪いだ海は、十勝晴れの陽光を受けて燦然と輝いていた。穏やかな気持ちで海面を眺めていると、突如その一角が盛り上がるのを認めた。慌てて傍らに置いていた双眼鏡を手に取り、視野に入れる。黒色の体に小さめの背びれ、そしてこの控えめな浮上は間違いない。ネズミイルカである。その後暫くの間、2頭のネズミイルカは砂浜の波打ち際に近い、ごく狭い海域で潜水と浮上を繰り返していた。夏場によく出会うカマイルカの群れなんかは、こちらが呆気に取られているうちにどんどん移動して、すぐ見えなくなってしまうのとは随分対照的だ。あんなに狭い海域で一体何をしていたのだろうか?ちなみに、晩秋から冬期の道東沿岸では、このようにネズミイルカが波打ち際でみられるのは決して珍しい光景ではない。そういえば以前、晩秋に死亡したネズミイルカ数頭の胃内容物を見る機会があったが、カジカ科魚類やタウエガジ科魚類、ハタハタ、コマイなど沿岸底層性魚類がその大半を占めていたのが印象的だった。秋から冬はそうした沿岸性魚類の多くの産卵期に当たり、普段以上に接岸するので、中には岸近くの藻場に集まる種類もいるだろう。ネズミイルカはそれらを狙って波打ち際で索餌していたのではないだろうか。ネズミイルカは、英名を’Common porpoise’といい、その名の通り北半球の冷・温帯の海域では普通にみられる小型のイルカである。北海道の沿岸でも四季を通じて各地で観察できるが、その生活史や分布は意外にも不明な点が多い。
ネズミイルカ2006年1月 北海道中川郡豊頃町
Photo by Chishima,J.
<script src="http://x8.shinobi.jp/ufo/09432870z"></script>
<noscript>
アフィリエイト</noscript>
流氷初日やその接岸がマスコミを賑わすことの多くなるこれからの季節、北海道では同じ海獣類でも鯨類よりアザラシやアシカの仲間である鰭脚類の方が目にする機会がぐっと多くなる。特にアザラシ類は、日本に分布する種のうちゼニガタアザラシ以外は流氷上で繁殖するため、冬の後半に数を増す。その中でもずば抜けて多いのがゴマフアザラシである。3月中・下旬にオホーツク海や根室海峡の流氷上で、アニメで一躍有名になった白い幼体毛に包まれた子を出産する。一般には冬期に流氷とともに北方からやってくると言われることの多い本種だが、非繁殖期には沿岸に上陸して過ごす習性をもっており、千島列島などで夏期を過ごして、道東沿岸を経由して繁殖海域に向かう個体も少なからず存在するものと思われる。十勝では流氷があまり来ないため見る機会は多くないが、繁殖に参加しない若い個体(通常3~5歳程度で性成熟に達する)が河口や海岸に出現する。そのような個体は北海道のほかの場所でもみられ、特に日本海側に多く、稚内近郊の抜海は近年ゴマフスポットとして名を知られるようになった。ほかの氷上繁殖型アザラシは、クラカケアザラシが外洋性であるために、またワモンアザラシ、アゴヒゲアザラシはそもそもの来遊数が少ないために、なかなか見られない。それでもこれらの種の幼獣の中には、分散の過程で大きく南下する種もいるものだから、アゴヒゲアザラシなどは例の「タマちゃん」で全国民の知るところとなった。
ゼニガタアザラシ
2005年8月 北海道東部
初夏に岩礁で繁殖する本種の冬の生態は、採餌回遊に出るとも繁殖場の周辺にとどまるとも言われ、謎が多い。
Photo by Chishima,J.
ワモンアザラシ
1999年1月 北海道網走市
北半球でもっとも個体数の多いアザラシ類である本種は、極北の定着氷が主要な繁殖地だが、オホーツク産亜種は流氷でも繁殖する。
Photo by Chishima,J.
アゴヒゲアザラシ
1997年5月 北海道中川郡豊頃町
頭部が赤いのは、無機鉄の酸化物・水酸化物の色素の付着によるものと思われる。海底で貝などの底性無脊椎動物を多く捕食するためだろう。
Photo by Chishima,J.
同じ鰭脚類でも、アシカ科のトドやキタオットセイは北海道よりも北方で夏期に繁殖し、索餌回遊のためにやってくる。トドは分布域の北太平洋の、特にアラスカ湾より西側では近年の個体数の減少が著しく、アメリカやロシアは絶滅危惧種として保護やそのための研究に力を注いでいる。北海道でも上陸場(トドは冬期の回遊中でも岩礁に上陸する)の数や来遊域の分布は縮小しているが、局所的に漁業(漁具・漁獲物)に対する被害が拡大していて、駆除という対策を取らざるを得ない地域も生じている。キタオットセイは、北海道より更に南の三陸沖が主要な越冬域である。世界有数の漁場であるこの海域でハダカイワシ類などの魚類やイカ類を食べて、翌年へのエネルギーを補充する。沖合性で岸から姿を見る機会は少ないが、回遊期に同海域を通過するフェリーに乗れば、手足を海面に出し、ゴムタイヤのように丸くなって休息する姿やイルカのようにジャンプしながら船と伴走するのを見ることは難しくない。
夏のトド
2000年7月 千島列島エトロフ島
この場所は集団繁殖地(ルッカリー)ではなく、主に非繁殖個体が集う上陸場。けたたましい咆哮を、絶壁に打ち寄せる荒波が打ち砕く。
Photo by Chishima,J.
回遊中のキタオットセイ
1998年4月 東京~釧路航路 三陸沖
三陸沖に来遊するのは、サハリンのチュレニー島やカムチャツカ沖のコマンドルスキー諸島で繁殖した群れである。
Photo by Chishima,J.
冬の海獣といえば、以前は幻的な存在だったラッコも、最近北海道での出現が増えてきているが、ラッコについて書くのはまたの機会にしよう。
ラッコ
1997年1月 北海道根室市
頭が白っぽい印象が強いが、幼獣はこの写真のように全身が黒い。千島列島での個体数回復の影響か、近年は道東での観察例が多い。
Photo by Chishima,J.
キタキツネ
2006年1月 北海道中川郡豊頃町
ネズミイルカを観察した帰りに。空の青に雪原の白、それに艶のある冬毛の狐色が目に眩しかった。
Photo by Chishima,J.
(2006年1月20日 千嶋 淳)