鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

雨上がり

2009-08-23 22:11:40 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
湖岸のカワウ 手前はオオセグロカモメ(左)とウミネコ 以下すべて 2009年8月 北海道中川郡豊頃町)


 前夜からの大雨は午前の早い時間に上がったが、風は引き続いて強かった。風向きを考えると、ウミツバメ類やトウゾクカモメ類など外洋性の海鳥が接岸しているかもしれない。淡い期待を胸に海岸を目指した。海に近付くに連れ風は強さを増し、期待は一層膨らんだが、漁港にも河口にもそうした海鳥の姿は無かった。時化具合が足りなかったか。それでもウミネコをはじめとするカモメ類は普段より明らかに多く、数千羽が沿岸で羽を休めていた。
 海跡湖の一つで、数百羽のウミネコとオオセグロカモメが群れており、その一部は風波で撹拌された湖面での採餌など面白い行動を示していることから、しばらくぼおっと眺めていた。気が付くとすぐ目の前を1羽のカワウが泳いでいた。10年前には迷鳥だったこの種も、十勝川下流域では春から秋にすっかり普通の鳥になった(十勝のカワウについては「分布を変える鳥‐十勝のメジロとカワウ」「十勝のカワウその後」などの記事も参照)。まだ若い鳥のようだが、体がずいぶん水中に没している。一見すると水面から細長い頸だけが、潜望鏡の如く突き出しているようだ。カワウは水面を駆け、宙に浮き上がったが飛び去りはせず、近くの湖岸に降り立った。


体の大部分が水中に没したカワウ
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 降りてすぐ頭掻きを何度かした後、両の翼を大きく開いた。そしてそのまま10分近く、ほとんど体勢を変えることも無く、開き続けた。太陽こそ出ていないが雨上がりの陸上で風に晒すことで、翼を乾かしているのだ。ようやく乾いたと思われる翼を畳むと、今度は風切から尾羽まで一枚一枚の羽を入念に羽づくろいし始めた。しばらく後、私がそこを離れる時にもカワウは羽づくろいを続けていた。


羽づくろいに熱心なカワウ
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 水鳥の多くは尾羽の付け根にある尾脂腺から出る油を体に塗ることによって撥水性を高め、水中に没しないようになっている。カモやハクチョウが頻繁に羽の手入れをしているのもそのためだ。ところがウ類は尾脂腺が未発達であり、羽毛はよく水を吸う。その結果親水性が高くなり、水の抵抗を少なくしたい潜水には向いているのだが、長時間その状態が続くと体は沈んでしまい、また体温も奪われてしまう。ゆえに定期的に羽毛を乾かす必要が出てくるという訳だ。
 このカワウも昨晩は叩きつける強い雨に悩まされたに違いない。そして体力も消耗して雨も上がった今朝、増水した十勝川を避けて湖に採餌に来てはみたものの、撥水性の失われた羽毛では満足に泳ぐこともできず、まずは翼を干すことから始めるのを余儀なくされたといったところだろう。彼(?)の前を別のカワウが泳いで行く。そちらは何処かで既に羽毛を乾かしてきたのか左程沈んでもおらず、上陸することなく、潜水を繰り返しながら視界の外に消えて行った。海からの強風が吹き飛ばした雲の切れ間から陽の光が差し込み、一気に気温が上昇するのが感じられる。


翼を干すカワウ
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(2009年8月23日   千嶋 淳;観察は同21日)


潮溜りのミンク

2009-08-19 18:17:16 | 自然(全般・鳥、海獣以外)
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All Photos by Chishima,J.
潮溜りにやって来たミンク 2009年8月 北海道根室市)


 夏の太平洋名物の海霧は、十五分前と比べても明らかに濃くなっていた。海岸近くで餌捕りのための潜水を繰り返していたラッコも、打ち寄せる高波に身の危険を感じたか沖側へ泳ぎ出し、乳白色の景色に溶け込んでしまった。飽和した水蒸気が、ツリガネニンジンの淡い青紫の花をじっとりと濡らす。これ以上ここに留まっても収穫は少なそうだ。腰を上げようとしたその時、視界の片隅に褐色の物体が高速で飛び込んで来た。
 すぐさま眼前に達した物体は、細長い動物だった。40cmくらいはあるだろうか。ミンクだ。そのまま疾風のごとく駆け抜けてしまうかと思われたが、少し先の潮溜りに近付いた辺りで速度を緩め、潮だまりの際まで達すると水中を覗き込むような仕草をした。そして水中に入るとゆっくりと進み、その先で磯に上陸すると、また岩の間を駆けていった。もしかしたら潮溜りで、好物の魚を探していたのかもしれない。


磯を駆けるミンク
2009年8月 北海道根室市
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水面を覗くミンク
2009年8月 北海道根室市
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 ミンクは元々北海道にいた哺乳類ではない。原産地の北アメリカから高級な毛皮目当ての養殖用に輸入され、最盛期には約100万頭が飼育されていたという。それらが飼育場から逃げ出したり、養殖産業が下火になるにつれ、1960年代頃から野生化した。現在では道内各地の川をはじめ水辺の周辺で、普通に観察されるようになった。泳ぎが達者で川面を泳いでいる姿を見る機会も多い。魚が主食だが、イタチ科の本種は獰猛なハンターの側面も持っており、鳥類や小型哺乳類も捕食する。帯広郊外の河川で、本種がカモ類(距離があったため種は不明)の成鳥を捕えるのを見たことがある。成鳥を捕えるくらいだから、雛や卵への捕食はもっとあるだろう。残念ながら、ミンクの捕食がカモ類やクイナ類など水辺で繁殖する鳥類に与える影響はわかっていない。


早春の川べりにて(ミンク
2006年3月 北海道十勝郡浦幌町
飼育下では様々な毛色があるが、野生化では黒~黒褐色のものが大部分。
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 イタチ科は養殖や放逐の目的で本来の分布域外にも容易に持ち出され、それが野生化するケースが多い。北海道でもミンク以外に毛皮目的で移入されたキテンと、ノネズミによる山林の被害を減らすため導入されたホンドイタチが野生化している。ホンドイタチは平地で分布を広げ、オコジョを平地から山地に追いやったと言われている。このような在来種との競合は、西日本における在来種ホンドイタチと移入種チョウセンイタチとの間でも生じており、大抵は移入種側が在来種を駆逐している。在来種に対する捕食では、伊豆諸島でネズミ用に放されたホンドイタチがアカコッコやオカダトカゲなど、また奄美大島や沖縄本島でハブ駆除目的で移入されたジャワマングースがヤンバルクイナ、アマミノクロウサギなどの固有種に深刻な影響を与えている。安易な外来生物の移入は、従来からの生物相を簡単に破壊する典型的な例といえる。


チョウセンイタチ
2007年1月 鹿児島県出水市
対馬には自然分布していたが、九州や本州西部では移入種として分布を広げた。
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 ちなみに、本州の西部ではミンクの代わりにずんぐりした茶色い哺乳類が川や沼の水面を泳いでいるのに出会うことがある。これはヌートリアで、やはり毛皮目的に南アメリカから輸入されたのが野生化した種類で、こちらはイタチではなくネズミの仲間である。北海道でも戦後の一時期、石狩川流域で生息していたそうだが、北海道の気候・環境に合わなかったのか、定着はしなかったようである。


ヌートリア
2008年3月 兵庫県豊岡市
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ミンクを観察した磯
2009年8月 北海道根室市
濃霧がすぐそこまで押し寄せる。
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(2009年8月19日   千嶋 淳)


大津界隈(後半)

2009-08-14 02:23:15 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
大津燈台より漁港、市街を望む 2009年8月 北海道中川郡豊頃町)


(日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより」167号(2009年8月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 河口の後は、大津漁港を目指そう。まずは漁協のある、港内側を訪れたい。ここには、この地域では少ない公衆トイレもある。大津漁港の探鳥は、一言で言うと当たり外れが大きい。ヒメハジロやオオホシハジロといった珍鳥が観察されることもあれば、普通種のカモメ類ですらろくに見られない日もある。そのつもりで臨もう。秋冬であればスズガモやクロガモ、ホオジロガモなどの海ガモ類やカモメ類、時にアビ類やミミカイツブリなどを間近に観察できる。オジロワシが水鳥を襲いに現れることもある。また、秋のシシャモ漁の時期なら、水揚げのある時間には数千羽のカモメをはじめとしたカモメ類を見ることもできる。港の最奥部にあるスロープもまた穴場で、特に天気の悪い日には多くの鳥が避難してくる。近年では数羽のハマシギが、このスロープで越冬している。

ハマシギ(夏羽)
2007年5月 北海道中川郡豊頃町)
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ヒメハジロ
2009年2月 北海道中川郡豊頃町
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 漁港の内側を一通り観察したら、漁港の北側を迂回する道を通って、外側を目指すと良い。漁港の北東にある沼も、クイナやアカエリカイツブリなど水鳥の観察適地であったが、2009年7月現在、土取りのダンプカーが絶え間なく走るようになってしまい、今後どうなるかわからない状況にある。道路が海岸に突き当たったところで左折すると、大津漁港の外側部に出る。ここでも秋冬を中心に海ガモ類やカイツブリ類などの海鳥を観察でき、外海に近い分その姿も多い。ケイマフリやカンムリカイツブリ、ビロードキンクロなど、普段観察する機会の少ない海鳥が現れることもある。釣り人が居並ぶ岸壁では、ゼニガタアザラシの「コロ」が寝そべっていることだろう。このオスのゼニガタアザラシは、2003年頃から大津漁港に出現するようになり、なぜか人のそばに上陸するという、通常では考えられない行動を示している。2006年には全国報道されたため、見物客が押し寄せ、触ったり、犬を嗾けたりするなどマナーの悪い行為が目立った。翌2007年には3人が相次いで噛まれる事態が生じ、それ以降は適度な距離を保ちながら観察する人が増えている(それでも去年、ある写真展で子供をじゃれつかせてる写真が展示されるようなケースはある)。アザラシの首は思いのほか伸びるし、陸上での移動も結構敏捷である。安全な距離を保ちながら、観察したい。時間に余裕があるなら、望遠鏡を持って防波堤を先端付近まで歩くのも面白い。ハシジロアビやマダラウミスズメを観察したことがある。


ゼニガタアザラシの「コロ」
2007年3月 北海道中川郡豊頃町
このアザラシをめぐる問題については、「危険!」「剥離」「呆れて物も…」などの記事も参照。
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 漁港外側から長節湖までは、右側に斜面、左側に砂浜と海を望みながらの、まっすぐな道が続いている。右側の斜面では、冬にチョウゲンボウやケアシノスリ、オジロワシなどの猛禽類やハギマシコがよく観察される。左側の海上ではクロガモやウミアイサ、シノリガモなどの海ガモ類、カモメ類、アビ、ウミスズメなどが秋~春を中心に観察され、初冬には数百羽のカワアイサの大群も出現する。この海岸は、十勝で最もネズミイルカを観察しやすい場所の一つである。冬の、波の穏やかな日中が望ましい。波打ち際付近の海上をじっと眺めていると、小さな背ビレの付いた黒い背中が、すーっと現れてまた沈んで行く。これがネズミイルカである。ネズミイルカは体長2m弱の小さなイルカで、一年を通じて寒い海に生息する種類だ。「イルカ」という言葉から連想されるような、派手なジャンプは決してしないが、北の海で慎ましく暮らす小さなイルカとの出会いもまた悪くない。


ネズミイルカ
2008年2月 北海道中川郡豊頃町
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 長節湖に面した草原では、繁殖期にシマセンニュウ、コヨシキリ、ノゴマなどの草原性鳥類が、ハマナスやエゾニュウなど季節の花とともに楽しめる。長節湖は海と隔てている砂丘が時に決壊することがあり、その時には広大な干潟が出現する。それと、シギ・チドリ類の渡りのタイミングが合えば、十勝では珍しい、干潟に群れるシギ・チドリ類(メダイチドリ、ダイゼン、トウネン、ソリハシシギ、アオアシシギ、オオソリハシシギなど)を楽しむことができる。また、氷の緩む3月末から4月頭には、オオワシ、オジロワシが数十羽飛来することがあり、壮観である。開水面が多くなるとワシは姿を消すが、ウミアイサが数多く湖面に入って来るのは、この時期(4月中旬)である。
 長節湖東側の道路を通って、国道336号に戻ることになる。この道では、葉っぱの落ちる秋冬には、森林性の小鳥が観察しやすい。カラ類やキツツキ類、カケスあたりがメインだが、オオマシコ、カシラダカ、ルリビタキなどが見られることもあり、ワタリガラスの記録もあるので気が抜けない。シカの死体がある時にはワシ類も見られるだろう。
 以上のコースを辿ると、河口でカモメ類にどっぷりはまりこまない限りは、大体半日くらいのはずである。まだまだ時間はあるので、河口橋を渡って三日月沼や豊北、十勝太など浦幌町の探鳥地を巡るのも良いし、反対方向に進んで湧洞沼や生花苗沼など十勝海岸の湖沼群を回るのも楽しい。いずれにしても渡りの盛期であれば、一日で70種以上の鳥に出会うことも難しくはないコースだ。
 最後に注意点をいくつか。大津市街では商店で、菓子や飲み物は調達できるが、弁当や食事は手に入らない。最寄りのコンビニ・飲食店は、豊頃市街か茂岩、浦幌市街になるので、事前に調達しておくか、そのようなプランを組んでおくのが良い。海岸湖沼群コースに行く場合は、晩成温泉にレストランがある。トイレは大津漁港にあるだけなので、有効に活用しよう。漁港では出港や水揚げ時を中心に、車が走り回る。また、築堤でも工事で大型車が絶え間なく走る場合がある。くれぐれも邪魔にならないよう、注意していただきたい。防波堤・海岸では、高波の時には慎重な行動をお願いしたい。十勝川沿いは、築堤からでも十分観察可能である。湿原内に踏み込むのは、鳥の繁殖に悪影響を与えるのに加え、突然沈むような箇所もあるので、危険だ。


オオマシコ(オス)
2009年2月 北海道中川郡豊頃町
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(完)


(2009年7月15日   千嶋 淳)


大津界隈(前半)

2009-08-13 19:00:18 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
囀るシマセンニュウ 2009年7月 北海道中川郡豊頃町)


(日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより」167号(2009年8月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 十勝川河口に面した三日月沼や豊北原生花園は、近年探鳥地としてすっかり定着した感があるが、十勝川を挟んだ大津周辺もまた、一級の探鳥地である。帯広から国道38号線を経由し、途中茂岩市街の手前で国道から離れ、十勝川の右岸沿いを進む。およそ50分で十勝河口橋たもとの交差点に到達する。直進して大津市街や漁港を目指しても良いが、春から秋にかけては、左折して河口橋の手前で右折して、十勝川の築堤に入ってみると良い。ちなみに、十勝河口橋が完成したのは1992年と意外と新しく、それ以前は25㎞上流の茂岩橋が最下流の橋で、車はそこまで迂回、人や自転車は旅来から渡し船で十勝川を横断しなければならず、国道336号は全国的にも珍しい「渡船国道」だった。
 さて、築堤に入ったら所々拡幅されて広くなっているので、そのような場所に車を止め、歩いてみよう。川側にはヨシを主体とした湿原が広がり、道路側にはハンノキなどの灌木林が広がり、繁殖期にはオオジュリン、ノゴマ、ベニマシコ、コヨシキリ、シマセンニュウ、オオジシギ、カッコウなど草原性・灌木性の鳥類が多い。ここの特徴として、近年減少が指摘されているマキノセンニュウが、まだそれなりに生息していることが挙げられる。「チリリリィ…」と虫のようなか細い囀りは、ともすれば聞き逃してしまいそうだが、一度認識すると数か所で鳴いているのに気が付くはずだ。草の中にいることが多く、姿を見るのは難しいが、根気よく待っていれば草や灌木の頂上で囀る姿を見られるかもしれない。5月末から7月が狙い目だ。2㎞ほど下ると、川側の河川敷に沼が現れ、沼の周辺にはいくつかの小さな沼や湿地が広がる。治水が行き届いて、川が河道のみを流れ、それ以外の河川敷やその周辺の乾燥化・森林化が進む現在、往年の十勝川下流域の雰囲気を残す、数少ない場所である。カイツブリやアカエリカイツブリ、ヨシガモ、クイナ、オオバン、タンチョウなどの水鳥のほか、秋にはミサゴが魚を捕えるのを観察したこともある。周囲には枯木が多く、アリスイの密度が高いのもここの特徴である。4月下旬から6月くらいが観察しやすいだろう。沼の少し下流側にある樋門付近は魚が豊富なのか、アオサギやカワアイサ、春にはミコアイサの姿も多い。そこから1㎞ほどで堤防の末端となり、十勝川の河口が一望できる。ここで河口の様子を見て、行くかどうか決めるのも良いだろう。


タンチョウ
2009年7月 北海道中川郡豊頃町
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アカエリカイツブリ(夏羽)
2008年5月 北海道中川郡豊頃町
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 築堤から直に大津市街へ降りることもできるが、秋冬なら河口橋手前の交差点まで戻り、そこから大津市街を目指すのもまた面白い。両側に広がる灌木林ではノスリ、ケアシノスリ、オオモズなどが観察され、積雪期であればアトリやカシラダカといった小鳥が路肩で採餌しているのを見ることができる。
 十勝川河口へは、大津市街のはずれにある小さな橋を渡って行く。途中通過する大津市街は、現在でこそ小さな漁村だが、明治時代には十勝の玄関口として、十勝川を上り下りする機船で賑わい、飲食店や遊郭も有する大都会だった。その後鉄道が内陸側を通り、物流の中心になったことから、一気に衰退した。この時代の様子は、上西晴治著の小説「十勝平野」に窺うことができる。冬であれば、小さな橋を渡ったらもうポイントである。海岸草原でハイイロチュウヒやケアシノスリ、コミミズクといった猛禽類や、ユキホオジロ、シラガホオジロなどの小鳥が見られることがある。河口へ向かう未舗装道路が、明らかに砂浜へ変わるあたりで車を降りた方が良い。その先は四駆の車でも埋まることがあるし、河口へは十分歩いて行ける距離だ。河口が最も賑わうのは秋。9月下旬のセグロカモメから、10月中旬のミツユビカモメ、その後のカモメやオオセグロカモメと主役を交代しながら、数千羽のカモメ類が集まる。互いに良く似ていて、齢によっても羽色の異なるカモメ類の識別は難しいが、小春日和の河口に腰を下ろし、図鑑と照らし合わせながら望遠鏡でじっくり眺めていれば、決して手の届かない世界ではないと実感できるはずだ。セグロカモメの多い時期には、脚が黄色くて背のグレーが濃い個体が数羽から、多い時で十羽以上混じっている。こうした個体をホイグリンカモメとする向きもあるが、個人的には背や脚の色に変異が多すぎ、独立種として扱うには無理があるような気がする。いずれにしても、こうしたものを眺めながら、その正体に思いを寄せる時間もまた楽しい。冬、川面が氷で覆われる頃、ゴマフアザラシが現れる。本来はオホーツク海の流氷上で繁殖する種なので、ここで見られるのは、繁殖開始前の若い個体が多い。1990年代半ばくらいまでは20~30頭が観察できたが、近年は数~10頭程度になった。望遠鏡を沖に転じると、アビ類やカイツブリ類、海ガモ類、秋ならばオオミズナギドリやトウゾクカモメ類も見ることができる。オオミズナギドリなど、点のような距離ではあるが、それでも陸から見える距離なのだから、遊漁船などでそこまで行ったらどれほど面白いかと思うのだが…(こんな酔狂に付き合って下さる方、どなたかいませんか?)。


コミミズク
2008年1月 北海道中川郡豊頃町
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大型白頭カモメ (成鳥)
2008年9月 北海道中川郡豊頃町
すぐ後ろのセグロカモメと比べると脚は鮮黄色だが、背の灰色の濃さは同程度。最奥はウミネコ。
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河口のゴマフアザラシ
2008年1月 北海道中川郡豊頃町
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大津湿原
2009年8月 北海道中川郡豊頃町
大津燈台より望む。遠くには河口橋や旅来も見える。
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(続く)


(2009年7月15日   千嶋 淳)


囀るメス

2009-08-13 15:04:56 | 鳥・夏
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All Photos by Chishima,J.
ノビタキのメス 2008年5月 北海道十勝郡浦幌町)


 ムシクイ類やメジロの、渡りの走りと思われる行動を観察した海岸の高台では、ノビタキも賑やかだった。こちらは付近の草原で繁殖したようで、オスとメス、それに2羽の幼鳥が草から草へ駆け廻っている。幼鳥は巣立ち後日が浅いと見えて、親鳥から活発な給餌を受けている。日が高くなり灼熱が周囲を支配するようになると給餌も一段落したのか、親鳥も休息や羽づくろいなどリラックスした行動を示し始めた。
 ちょうどその頃、ノビタキの囀りを数回聞いた。春の渡来当初、高らかに縄張りを主張する歌に比べると聊か弱々しいが、「ヒーヒョロヒー」の澄んだ声は紛れもなくノビタキのものだ。ホオジロやコヨシキリなどは繁殖期を過ぎて初秋になっても囀ることがあり、初めは大して気にも留めていなかった。しかし、その歌がオスとはどうも別の方角から聞こえてくるらしいことに、じきに気が付いた。声の発信源近くを注目すると、メスが草本の中から突き出した枯木の枝上で羽づくろいしているだけである。双眼鏡を望遠鏡に切り替え、更に注視する。すると羽づくろいの合間に、確かに嘴を開ける短い瞬間があり、その時に例の弱々しい歌が聞こえてくることがわかった。どうやら、この歌はメスによって発せられたものと考えて良さそうだ。ルリビタキなどオス成鳥の羽衣を獲得するのに数年を要する種では、メスのような羽衣の若いオスもいるが、ノビタキではそのような話は聞いたことが無く、また幼鳥やオスとの関係からメス成鳥と思われる。


ノビタキ(オス夏羽)
2009年6月 北海道上川郡下川町
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ノビタキ(幼鳥)
2009年6月 北海道河西郡更別村
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 縄張りの確立や配偶者の獲得を主な目的とした囀りは、オスから発せられるのが通常であるが、一部の種ではメスも囀りを行い、オオルリはメスもよく囀ることで知られている。それ以外にもコルリ、コマドリ、イソヒヨドリ、マミジロ、サンコウチョウ、イカル、カヤクグリ、ミソサザイなど、また北米産鳥類ではアメリカコガラやショウジョウコウカンチョウなどでメスの囀りが記録されている。メスが囀ることの意義については、つがいの絆を深める、周囲のライバルのメスに対する威嚇などの説がある。また、外敵が縄張り内に侵入したり、巣に近付いた時にもメスが囀ることがあると言われており、今回のケースも、私とノビタキ一家との距離が比較的近かったため、警戒・威嚇の意味もあったかもしれない。


オオルリ(メス)
2005年5月 北海道十勝郡浦幌町
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コルリ(メス)
2009年6月 北海道広尾郡大樹町
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イソヒヨドリ(メス)
2007年1月 福岡県福岡市
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ノビタキ
2009年8月 北海道十勝郡浦幌町
秋の気配が漂い始めた原生花園で、1羽のノビタキに出会った。一見メスかと思ったが、喉まで黒いことなどから磨滅したオスかもしれない。
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追記:この後ゼニガタアザラシの調査で訪れた道東の草原でも、やはりメスのノビタキが一声ではあるが囀るのを観察した。

(2009年8月13日   千嶋 淳)