鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

管鼻目

2010-07-23 18:00:03 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
コアホウドリ 2010年5月 北海道十勝沖)


 戦前や戦後間もない頃に国内で出版された鳥の専門書をよく開く。最近の本のようなシャープな写真や見やすいレイアウトはそこに無いが、膨大な情報が網羅されており、その中には未だ色褪せないものも多いからである。当時の本の多くは、目や科、属などの名前を漢字で表記していることが多い。大抵は「啄木鳥目」や「椋鳥科」、「鵟属」など現在と同じ名前の漢字表記になっているだけだが、ミズナギドリ目のページを開くとそこには「水薙鳥目」ではなく、「管鼻目(かんびもく)」とある。
 これは、ミズナギドリ目の鳥の上嘴基部または側面に角質からなる管状の管鼻があり、ここを通じて鼻孔が開口しているために付いた名称である。「最新日本鳥類図説」(内田清之介著)には、「これが本目の最も特徴とするところで、この点だけですべての他の鳥類と区別することができる」と記されている。普段は沖合に生息するため岸から観察する機会は少ないが、本州と北海道を結ぶフェリーや各地のホエールウオッチング船などから見ることのできるフルマカモメは、管鼻が高く隆起していて大変目立つ。近くで観察できれば、嘴の付け根で嘴がさらに厚みを増したように見えるが、そこが管鼻である。嵐の後などに海岸に漂着することもあるので、そうした折にはより詳細に観察できるだろう。ちなみに、管鼻の付き方は種によって異なっており、ミズナギドリ科やウミツバメ科の多くではフルマカモメ同様、上嘴の付け根付近に一つの管鼻が開口し(左右の鼻孔は管鼻内の壁で左右に仕切られている)、アホウドリ科では嘴の左右側面に別々の管鼻として開口する。


フルマカモメ
2010年6月 北海道十勝沖
上嘴の基部付近に管鼻が隆起し、前方に向かって開口しているのがわかる。
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ハシボソミズナギドリ
2010年5月 北海道十勝沖
フルマカモメと同様、上嘴基部に一つの管鼻を持つが、ややわかりづらい。
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コアホウドリ
2010年6月 北海道十勝沖
嘴の両側面から管鼻が別々に開口している。
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 鳥類は一般に嗅覚は発達しないとされるが、管鼻から開口する鼻孔を持つミズナギドリ目では話は別のようである。臭いの中枢である嗅球直径の大脳直径に対する比率は、ミズナギドリ目では27~37%と他の海鳥(8~20%)より明らかに大きく、10㎞より小さいスケールでの餌の探索には臭いを用いている可能性が示唆されているそうである。また、ウミツバメ科やミズナギドリ科は、植物プランクトンが動物プランクトンに食べられる時に出し、湧昇など生産性の高い海域の目印となりうるジメチルスルフォイドの臭いに惹き付けられるとの報告もある。


クロアシアホウドリ
2010年7月 北海道十勝沖
漁船から投棄された魚に群がる。コアホウドリ同様、嘴の両側面に管鼻が開いている。
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ハイイロウミツバメ
2008年12月 北海道目梨郡羅臼町
ミズナギドリ同様の管鼻を持つが、この写真ではわかりづらいかもしれない。
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 先日、それを実感させられる場面に出会った。遊漁船で沖に出た時、魚群を見付けた船頭が釣りを始めた。スケトウダラやカジカの仲間などが面白いように釣れ出したが、大きめのスケトウダラはその場で頭や内臓を切り分け、また小さめのカジカ類などは雑魚として船縁から「投げて」いた。海上は夏の道東特有の深い霧で、視界は200mもあるかないかという状況だった。にも関わらず、フルマカモメやコアホウドリが1羽また1羽と霧の中から現れ、投棄された魚に群がり始めたのである。しばらく後、船は10羽以上のそれらに囲まれていた。視界の利かない広い海上で、遠くまで通るような声も持たない彼らが、よくもこう集まったと甲板で見ていた我々は感心したものだが、これなども魚の内臓や血が発する臭いを嗅ぎつけたのかもしれない。


フルマカモメの2つの型
2008年6月 北海道目梨郡羅臼町

暗色型。北海道近海では大部分がこの型である。
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白色型。オホーツク海北部やベーリング海など北方ではこちらの型が卓越する。
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 管鼻目と同様、今と異なる漢字の目名を持っていたものにウやカツオドリの仲間などを含む全蹼目(ぜんぼくもく)がある。これは現在のペリカン目で、この仲間は後趾を含む4本の趾すべてが蹼(みずかき)で繋がっていることに由来する。管鼻目も全蹼目も、名前を覚えればその目の形態的な特徴も自ずと覚えられる便利な名称だと思うのだが、最近の本ではすっかり見かけなくなってしまった。そして、それら漢字名が出ていたような本のような出版物も、ビジュアル重視の内容の薄い本ばかりが台頭する世の中で本当に少なくなってしまった。


チシマウガラス(成鳥夏羽)
2010年4月 北海道東部
ウやカツオドリの仲間はすべての趾を水かきが繋いでいる。
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(2010年7月23日   千嶋 淳)


2010年6月十勝川下流域の鳥

2010-07-23 14:57:37 | 鳥・夏
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All Photos by Chishima,J.
タンチョウの親子 以下すべて 2010年6月 北海道十勝地方)


日本野鳥の会十勝ブログ2010年7月15日より転載・加筆)

 6月の前半は曇りや霧のすっきりしない天気が続き、後半は一転して真夏のような暑さと快晴の日々で、最高気温が30℃を超えたことも一度ならずありました。
 6月になるとカモ科、シギ科、カモメ科など冬鳥、旅鳥を多く含むグループは、北海道より北の繁殖地に渡ってしまい、観察される種類数は前月までと比べて寂しくなります。それでも、ここで繁殖する鳥たちにとっては繁殖の最盛期に当たり、5月末から6月頭に到着した夏鳥の最終便であるセンニュウ類も加わった小鳥たちの、夜明けや夕方のコーラスは圧倒的な迫力を持っています。このコーラスも7月半ばには一段落し、引き続き囀り続けるシマセンニュウやコヨシキリ(写真下)などを除くとかなり静かなものになります。いち早く鳴き止んだオオジシギやエゾムシクイは、8月前半には早くも南への渡りを開始します。
 沼や川でタンチョウ(写真上)やカモ類、カイツブリ類などの愛らしい親子連れに出会えるのも、繁殖の時期ならではでしょう。ただ、ヒナを連れた親鳥は大変神経質なので、そっと観察したら長居することなく、その場を離れてあげるのが良いでしょう。
 7月下旬には早くも、キアシシギやトウネンなど戻りのシギ・チドリたちが秋の気配を引き連れてやって来ます。景色は夏の盛りそのものですが、繁殖を終えた鳥たちは種によっては換羽で飛翔力が低下することもあり、あまり姿を見せなくなります。鳥たちの中では、既に次の季節へのカウントダウンが始まっているのです。
 この6月に、主に野鳥の会十勝会員によって、周辺の海上や丘陵も含めた十勝川下流域で観察された鳥は、以下の81種でした。

アビ シロエリオオハム カイツブリ アカエリカイツブリ ウミウ ダイサギ アオサギ オシドリ マガモ カルガモ ヨシガモ ホシハジロ キンクロハジロ スズガモ クロガモ カワアイサ トビ オジロワシ チュウヒ チゴハヤブサ タンチョウ ミヤコドリ コチドリ キョウジョシギ アオアシシギ キアシシギ オオジシギ トウゾクカモメ科の一種 ユリカモメ オオセグロカモメ ウミネコ ウトウ ドバト(カワラバト) キジバト アオバト ツツドリ カッコウ アオバズク ハリオアマツバメ カワセミ アリスイ アカゲラ コゲラ ヒバリ ショウドウツバメ イワツバメ ツバメ ハクセキレイ ヒヨドリ モズ ノゴマ ノビタキ アカハラ ウグイス エゾセンニュウ シマセンニュウ マキノセンニュウ コヨシキリ エゾムシクイ センダイムシクイ キビタキ コサメビタキ エナガ ハシブトガラ ヒガラ ヤマガラ シジュウカラ ゴジュウカラ ホオアカ シマアオジ アオジ オオジュリン カワラヒワ ベニマシコ シメ ニュウナイスズメ スズメ コムクドリ ムクドリ ハシボソガラス ハシブトガラス


朝日を受けて囀るコヨシキリ
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(2010年7月15日   千嶋 淳)


ある渡り

2010-07-02 19:15:50 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
シロエリオオハムの夏羽 2010年5月 北海道苫小牧沖)


 鳥の渡りは古来より人類を惹きつけてきたが、とりわけ群れを作っての渡りはその壮観さゆえ、普段から鳥を見ている人にとっても魅力的なものである。北海道でもマガンが集結する宮島沼をはじめ道央のいくつかの湖沼や、タカ類が群れを成して渡る室蘭の測量山は、渡りの時期ともなると多くのバードウオッチャーで賑わう。南半球から赤道を越えて北の海に飛来するハシボソミズナギドリの大群も、近年根室海峡などで有名になってきた。しかし、一般の鳥見人にはあまり知られていない、見応えのある渡りもまだまだ存在する。その一つにアビ類の、特に春の渡りがある。
 春先、本州以南や北海道の海で越冬していたアビ類は、極北の繁殖地を目指して海上を北上して行くのが道内各地の海上で観察される。大抵は数~10羽程度であるが、時にそれが切れ目なく続いたり、集まって大きな群れになることがある。この5月の下旬、道東は浜中町の海岸で久しぶりに、というか規模としてはこれまで見た中で最大級の渡りを体験した。
 朝8時、海上を一望できる地点に到着するといきなり、30羽ほどのアビ類の群れが岸近くを西から東へ飛んで行くのが目に飛び込んできた。双眼鏡を当てると、大部分が美しい夏羽に装いを変えたシロエリオオハムである。それを見送ると、同じような、数~30羽程度の群れが次から次へと、やはり西から東へまっすぐ飛んで行く。最初は律義に数を記録していたが、途中からそれをしていると他の鳥が記録できないことに気が付き、止めた。なので正確な数はわからないが、この状態は夕方まで続き、当日通過したアビ類は4000羽は優に下らないと思われた。大部分は夏羽のシロエリオオハムで、少数のアビ、オオハム、ハシジロアビも観察された。アビ類は翼の拍動が悠然としているので、飛ぶ速度も緩慢と思いがちだが、この日海上を同方向へ飛翔するシノリガモなどの海ガモ類を追い抜く姿を何度も見た。繁殖地へまっしぐらに急ぐひたむきさが、陸地で見ているこちらにも伝わって来る光景だった。


続々渡る群れ(シロエリオオハム
2010年5月 北海道厚岸郡浜中町
夕方まで数~30羽規模の群れが渡り続けた。翌日も数はぐっと減ったが、渡りは見られた。
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頭上を通過(シロエリオオハム・夏羽)
2010年5月 北海道厚岸郡浜中町
大部分が数百m~1km程度沖を通過するが、稀にこのようにすぐ上を飛ぶこともある。
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 これほどの規模ではないが、やはり群れが海上を西から東へ続々と飛んで行くのには、釧路から根室にかけての道東太平洋の岬や無人島で何度も出会っている。時期は4月後半から6月にかけてで、特に5月が多い。5月後半や6月になると同じシロエリオオハムの群れでも一見冬羽のような褐色の個体の占める割合が増えてくる。これらは若鳥で、繁殖地まで急ぐ必要もなく、また道東や南千島の近海でも相当数が越夏している。
 5月の海上を繁殖地へと急ぐアビ類(それもかなりの割合が夏羽)の姿は、規模や種構成こそ違えど、おそらく全道各地の海岸から観察できるだろう。その時期はミズナギドリ類、ヒレアシシギ類、トウゾクカモメ類、アジサシ類など多くの海鳥の移動期でもあり、運が良ければそれらとも出会えるかもしれない。無論、決して目の前を通過して行くというわけではないので望遠鏡とそれなりの識別力は必要であるが、海岸や岬に腰を下ろして沖合を通過して行く海鳥を見送る時間もまた楽しいものである。くわえて、各地での観察記録が蓄積されてくれば、謎の多い海上の鳥類相について、少なくとも沿岸部のそれの解明にも貢献できるはずだ。


アビ(若鳥?)の飛翔
2010年5月 北海道厚岸郡浜中町
写真が悪いが、首を下げて飛ぶことが多いのはアビの特徴。
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オオハム(夏羽)の飛翔
2010年5月 北海道紋別市
冒頭のシロエリオオハムに似るが、脇後方の白いパッチが上方に食い込む、嘴や頭部がより大型である等の点が異なる。
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 アビ類の中には海上ではなく、陸地上を渡っているものもあるようで、渡りの時期には山中のダム湖で観察されたり、内陸部の路上で保護されることがある。後者の大半は衰弱ではなく、黒光りする路面を水面と「勘違い」して着地してしまったものの、飛び立ちには助走が必要なため立往生してしまった、いわば不時着である。


内陸の路上に「不時着」して保護されたシロエリオオハム(夏羽)
1999年5月 北海道北広島市で保護
元気だったため、翌日大河の下流で放鳥された。
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助走して飛び立つ(シロエリオオハム・夏羽)
2010年5月 北海道苫小牧沖
アビは助走なしで飛び立てるというが、大抵は軽く助走するようだ。
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 秋の渡りは10月くらいからで、道東太平洋ではオオハム類は10月末から11月はじめ、アビは11月下旬にピークがある。春とは逆方向に飛んで行く個体や小群も見られるが、この時期には先を急がないのか、海面で群れを作っていることが多い。オオハム類は数十~100羽以上の大きな群れ、アビはそれよりもルーズな群れを広範囲に渡って形成する。特にオオハム類は、この時期には夏羽を残す個体も多く、見応えがある。ただし、春ほどどこでも見られるわけでなく、一時に見られる数もずっと少ない。


アビ(夏羽)
2009年5月 北海道十勝郡浦幌町
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ハシジロアビ(夏羽)の飛翔
2010年4月 北海道根室市
ハシグロアビを除くアビ類4種の中では最も見づらい種だろう。渡りの時期にはより高い所を飛んでいることが多いように感じる。他種に混じって飛んでいることもある。
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(道東のアビ類については「道東太平洋岸におけるアビ類の分布と季節性」の記事も参照)


(2010年7月2日   千嶋 淳)