All Photos by Chishima,J.
(コアホウドリ 2010年5月 北海道十勝沖)
戦前や戦後間もない頃に国内で出版された鳥の専門書をよく開く。最近の本のようなシャープな写真や見やすいレイアウトはそこに無いが、膨大な情報が網羅されており、その中には未だ色褪せないものも多いからである。当時の本の多くは、目や科、属などの名前を漢字で表記していることが多い。大抵は「啄木鳥目」や「椋鳥科」、「鵟属」など現在と同じ名前の漢字表記になっているだけだが、ミズナギドリ目のページを開くとそこには「水薙鳥目」ではなく、「管鼻目(かんびもく)」とある。
これは、ミズナギドリ目の鳥の上嘴基部または側面に角質からなる管状の管鼻があり、ここを通じて鼻孔が開口しているために付いた名称である。「最新日本鳥類図説」(内田清之介著)には、「これが本目の最も特徴とするところで、この点だけですべての他の鳥類と区別することができる」と記されている。普段は沖合に生息するため岸から観察する機会は少ないが、本州と北海道を結ぶフェリーや各地のホエールウオッチング船などから見ることのできるフルマカモメは、管鼻が高く隆起していて大変目立つ。近くで観察できれば、嘴の付け根で嘴がさらに厚みを増したように見えるが、そこが管鼻である。嵐の後などに海岸に漂着することもあるので、そうした折にはより詳細に観察できるだろう。ちなみに、管鼻の付き方は種によって異なっており、ミズナギドリ科やウミツバメ科の多くではフルマカモメ同様、上嘴の付け根付近に一つの管鼻が開口し(左右の鼻孔は管鼻内の壁で左右に仕切られている)、アホウドリ科では嘴の左右側面に別々の管鼻として開口する。
フルマカモメ
2010年6月 北海道十勝沖
上嘴の基部付近に管鼻が隆起し、前方に向かって開口しているのがわかる。
ハシボソミズナギドリ
2010年5月 北海道十勝沖
フルマカモメと同様、上嘴基部に一つの管鼻を持つが、ややわかりづらい。
コアホウドリ
2010年6月 北海道十勝沖
嘴の両側面から管鼻が別々に開口している。
鳥類は一般に嗅覚は発達しないとされるが、管鼻から開口する鼻孔を持つミズナギドリ目では話は別のようである。臭いの中枢である嗅球直径の大脳直径に対する比率は、ミズナギドリ目では27~37%と他の海鳥(8~20%)より明らかに大きく、10㎞より小さいスケールでの餌の探索には臭いを用いている可能性が示唆されているそうである。また、ウミツバメ科やミズナギドリ科は、植物プランクトンが動物プランクトンに食べられる時に出し、湧昇など生産性の高い海域の目印となりうるジメチルスルフォイドの臭いに惹き付けられるとの報告もある。
クロアシアホウドリ
2010年7月 北海道十勝沖
漁船から投棄された魚に群がる。コアホウドリ同様、嘴の両側面に管鼻が開いている。
ハイイロウミツバメ
2008年12月 北海道目梨郡羅臼町
ミズナギドリ同様の管鼻を持つが、この写真ではわかりづらいかもしれない。
先日、それを実感させられる場面に出会った。遊漁船で沖に出た時、魚群を見付けた船頭が釣りを始めた。スケトウダラやカジカの仲間などが面白いように釣れ出したが、大きめのスケトウダラはその場で頭や内臓を切り分け、また小さめのカジカ類などは雑魚として船縁から「投げて」いた。海上は夏の道東特有の深い霧で、視界は200mもあるかないかという状況だった。にも関わらず、フルマカモメやコアホウドリが1羽また1羽と霧の中から現れ、投棄された魚に群がり始めたのである。しばらく後、船は10羽以上のそれらに囲まれていた。視界の利かない広い海上で、遠くまで通るような声も持たない彼らが、よくもこう集まったと甲板で見ていた我々は感心したものだが、これなども魚の内臓や血が発する臭いを嗅ぎつけたのかもしれない。
フルマカモメの2つの型
2008年6月 北海道目梨郡羅臼町
暗色型。北海道近海では大部分がこの型である。
白色型。オホーツク海北部やベーリング海など北方ではこちらの型が卓越する。
管鼻目と同様、今と異なる漢字の目名を持っていたものにウやカツオドリの仲間などを含む全蹼目(ぜんぼくもく)がある。これは現在のペリカン目で、この仲間は後趾を含む4本の趾すべてが蹼(みずかき)で繋がっていることに由来する。管鼻目も全蹼目も、名前を覚えればその目の形態的な特徴も自ずと覚えられる便利な名称だと思うのだが、最近の本ではすっかり見かけなくなってしまった。そして、それら漢字名が出ていたような本のような出版物も、ビジュアル重視の内容の薄い本ばかりが台頭する世の中で本当に少なくなってしまった。
チシマウガラス(成鳥夏羽)
2010年4月 北海道東部
ウやカツオドリの仲間はすべての趾を水かきが繋いでいる。
(2010年7月23日 千嶋 淳)