鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

フルマカモメ

2011-09-01 19:13:36 | 海鳥
Photo
All Photos by Chishima,J.
漁船からの廃棄物に群がるフルマカモメ 2011年7月 北海道十勝沖)

(2011年8月1日釧路新聞掲載 「道東の鳥たち29 フルマカモメ」より転載 写真・解説を追加)

 夏の道東は霧の季節。南からの暖かい空気が親潮によって冷やされ、海霧が発生しやすくなるのです。海上では霧は一層濃く、乳白色のベールの中を、何羽かの黒っぽい鳥が飛んでゆきます。鳥たちの向かった先は、操業中の漁船でした。網揚げ中で、時折魚がこぼれ落ちると鳥が群がります。いつの間にか100羽以上が船を取り囲んでいました。
 鳥の正体はフルマカモメ。全長約50cm、嘴(くちばし)の黄色や赤以外は全身灰褐色の、ずんぐりとした海鳥です(白っぽい「淡色型」もいますが、北海道では稀)。「カモメ」の名が付いているものの実はカモメの仲間ではなく、ミズナギドリの仲間です。それは嘴を見るとよくわかります。ミズナギドリの仲間は嘴の付け根に角質からなる管(かん)鼻(び)があり、ここを通じて鼻孔(びこう)が開口し、塩分を排出します。フルマカモメは管鼻が特によく発達しており、嘴の長さの半分を占めています。一般に嗅覚の発達しない鳥の中で、管鼻のあるミズナギドリ類は鋭敏な嗅覚を持っており、餌の探索にも用いるそうです。たしかに、視界のまったく利かない濃霧の中、操業中の漁船を巧みに見付けて集まる様子からは、視覚以外の方法で餌を探しているとしか思えません。餌は魚やイカ、プランクトンなどのほか、漁業廃棄物や動物の死体も好物です。


暗色型フルマカモメ
2010年6月 北海道十勝沖
北海道近海では、このタイプが大多数。以下断わり無き場合は暗色型。
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ウミガメ類(アカウミガメ?)の死体に付く2羽のフルマカモメ
2010年10月 北海道苫小牧沖
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 名前前半の「フルマ」とは何でしょう?これは古ノルウェー語で「悪臭のするカモメ」の意味です。ミズナギドリ類は人間などに捕まると、肝油臭のする臭い液を吐き戻しますが、フルマカモメはその臭いが特に強烈で、鳥自身にも臭みがあります。大群に接近すると周囲の空気が臭気を帯びていることさえあります。漁師さんからは「臭(くせ)ぇ鳥」と呼ばれています。


水浴びするフルマカモメ
2011年7月 北海道十勝沖
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 南半球から飛来するハシボソミズナギドリなどとは違って純然たる「北のミズナギドリ」で、北太平洋、北大西洋に広く分布します。太平洋では中部以北の千島列島やオホーツク海北部など、北海道よりも北で繁殖します。そのせいか「日本では冬鳥」とする図鑑が多くありますが、これは事実と異なるようです。私の観察では、道東太平洋側へは3~12月に出現し、厳冬期にはかなり稀です。数が多いのは5月から11月です。秋は南への移動分散期で多いのもわかりますが、5~9月は繁殖期です。繁殖地のない道東の海で、なぜ春夏に沢山のフルマカモメが見られるのでしょうか?二つの仮説が考えられます。一つは非繁殖鳥が中心という考えです。約30年と長い寿命を持つフルマカモメは、最初の繁殖まで6~12年を要しますので、繁殖に参加しない若い鳥も沢山いると思います。もう一つは、繁殖個体が飛来する可能性です。最も近い中部千島の繁殖地でも500~600kmは離れていますが、飛翔力が強く、一回の餌探しで数日から一週間出かけることもあるミズナギドリ類ならあり得なくもないでしょう。伊豆諸島で繁殖するオオミズナギドリは、子育て中も1000km以上離れた道東沖まで餌を探しに出かけます。上記二つのいずれか、あるいは両方の理由によって夏でも多くの本種が見られるのではないかと推測しています。釣りなどで沖合へ行くと出会う機会の多い身近な海鳥ですが、その生態は謎に包まれています。


淡色型フルマカモメ2点

2011年5月 北海道霧多布沖
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2011年8月 北海道霧多布沖
全身白っぽい個体。北海道近海では少ないが、根室海峡から道東太平洋にかけてたまに目にする。
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夏の海を背景に飛ぶフルマカモメ
2011年7月 北海道霧多布沖
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(2011年7月26日   千嶋 淳)

追記:本種をはじめミズナギドリの仲間を特徴づける菅鼻については、「管眉目」の記事も参照いただければ幸いである。