鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

厳冬の十勝川を下る

2010-02-27 00:37:10 | カモ類
1
All Photos by Chishima,J.
厳冬の十勝川を下るゴムボート 2009年2月 以下すべて 北海道十勝川中流域)


 ゴムボートの舳先が、十勝晴れの空を映してどこまでも青く穏やかな川面を切って悠々と進み出した。見慣れたはずの景色が、視点が変わっただけで随分新鮮なものに見える。下流から飛んできた数十羽のホオジロガモが近付いて来る。群れが頭上を通過するその一瞬、極寒の鋭利な静寂は「ヒルルルルルル…」という口笛にも似た、高音に破られる。初めて聞く人はカモの鳴き声に思うかもしれない。しかし、これは翼が空を切ってその摩擦から発せられる音で、英語ではホイッスル(口笛)とも呼ばれるものだ。続々と頭上を行き過ぎるカモの中には、細長いカワアイサ、アヒルに似た形のマガモも混じっている。体の形や大きさの違いは、そのまま生活の仕方に表れている。ホオジロガモは潜水して甲殻類や水生昆虫など小動物、カワアイサは同じく潜水するが魚を、そして潜らないマガモは浅瀬や水面で草の実や水草を食べている。有象無象に見えるカモ達も、暮らし方を変えることによって、真冬の十勝川で共に生きてゆける。

ホオジロガモ(オス)の飛翔
2010年1月
2


 樹氷を纏った前方のドロノキの頂に見えていた黒点が、徐々にワシの輪郭となってきた。鮮やかな黄色の嘴と翼前縁の白が目に眩しい、オオワシの成鳥だ。ここから暫くは、我々が「ワシ銀座」と呼んでいる、ワシとの遭遇確率、数とも抜群のエリアである。もっとも、秋に朽ちたサケもそろそろ食べ尽くしてきたと見えて、ワシの分布も変わりつつある。下流側の淵は魚の良い付き場となっているらしく、最近もオジロワシの成鳥が大きなウグイを捕えて、食べるまでの一通りをすぐ目の前で披露してくれた。


オオワシ(成鳥)
2009年2月
3


オジロワシ(成鳥)
2010年1月
4


 6000年以上前の古の流木が所々顔を覗かせる河岸を先程から、まるで船と並走するかのようにちょこまか移動しているのはミソサザイ。「チョッ、チョッ」と地味な声で鳴きながら見え隠れする日本最小の鳥の一つに今日初めて出会った人には、早春の沢でその体に似合わぬ大声で囀る姿は、とても想像できまい。川原の水際にはハクセキレイやセグロセキレイも多い。彼らは無為に集っているわけではない。真冬の川では、ユスリカやカワゲラの仲間といった水生昆虫が盛んに羽化している。冬は水温が低いため溶存酸素が多く、捕食者の魚の活動が低下するので、水生昆虫にとっては生存に適した季節であるらしい。ミソサザイやセキレイは、羽化した昆虫や羽化のため岸近くにやってきた幼虫を求めて、厳寒の河原に積極的にやって来ているのだ。汀まで雪や氷に覆われ、遠目には死に絶えたような真冬の河原は、実は生命の躍動に満ち溢れている。


ミソサザイ
2010年1月
5


セグロセキレイ
2009年1月
国内ではありふれた川原の鳥だが、世界的には日本と朝鮮半島の一部だけにいる固有種。
6


                    *
 
 以上は、昨年12月から今年1月末まで十勝川中流で運航された「ワシクルーズ」での一コマである。この企画には昨年の調査段階から参画させてもらい、今期はガイドとして何度も乗船させていただいた。「冬の十勝川でゴムボート」などと聞くと、普通は良い印象を持たないものである。びしょ濡れ、転覆、低体温症等といったキーワードが脳裏を去来するのは私も同じであった。しかし、実際にはまったくの杞憂であり、中流域の水面を走るゴムボートはきわめて安定性に優れた乗り物であり、ガイドの制止を無視して立ち上がって暴れたり、川に飛び込んだりでもしない限り、そうした心配は無い(荒天時にはもちろんクルーズ自体が欠航となる)。
 ワシ類との遭遇確率100%という好成績を残して、1月末に今期の運航を無事終えたが、ただ野生動物に会いに行くツアーというだけでなく、厳冬の十勝川の鳥類相を窺えるという副産物があった。それらの中には、多くの興味深い知見もあった。例えば、北海道では夏鳥や旅鳥とされるイカルチドリやタヒバリ、クサシギなどの越冬を確認し、前2者については昨年の観察も含め定常的なものであることが示唆された(クサシギについては「1月のクサシギ」の記事も参照)。また、シノリガモやアカエリカイツブリといった、繁殖は淡水域で行うが、非繁殖期は海上で過ごすとされる鳥たちが冬にも河川中流部で観察されることがあり、特にシノリガモは少数がこの地域で越冬している可能性が出てきた。他にもホオジロガモ部分白化個体の観察(「ホオジロガモの部分白化?」の記事参照)やタンチョウの越冬状況など、一度雪に閉ざされてしまえば陸からは見ることの難しい、真冬の川の鳥について知ることができた。これなどは、アウトドア活動の専門家と鳥類の専門家が手を組んだこのツアーならではの成果といえるだろう。


シノリガモ(メス)
2010年1月
越冬を確認しているのは、何故かメスタイプばかりである。
7


タンチョウの家族
2010年1月
中央が幼鳥。分布や生息数の拡大に伴って、越冬例が増えてきた。
8


 野生動物相手のツアーで最も懸念しなければならないのは、対象動物への影響である。過度の接近がハラスメントとなって、動物がその場を放棄するような事態は本末転倒であり、単なる資源収奪に過ぎない。ワシクルーズでは催行の頻度や接近の方法等に関して自主ルールを定める(議論中)と同時に、周辺地域も含めてワシ類の飛来状況をモニタリングしながら、ワシ類への影響をなるべく低く抑えながら十勝川の持つ自然の価値を、多くの人と共有できるような形で進めてゆきたいと考えている。何しろ、真冬の北国の川を下りながらオオワシやセグロセキレイ、時にタンチョウまで楽しめるのは、世界でもここだけだろうから。


オジロワシ(幼鳥)
2009年2月
9_2


 今期の運航は既に終了したが、来年度も12~1月に実施する予定である。その時期の十勝や道東へ探鳥に来られる際には、予定の一つに組み込んでみても面白いと思う。もちろん、十勝在住の人でも十分に楽しめる。普段見慣れたはずの風景が、水面から見るだけで全く異質のものに感じられるあの瞬間だけでも、味わう価値のあるものである。


ハシボソガラス
2010年1月
川原では特にハシボソが群れをなして「何か」を食べているのだが、それが何かは確認できていない。
10


河畔林の樹氷を傍目に下る
2010年1月
11


(2010年2月26日   千嶋 淳)