tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

アメリカは基軸通貨国ですから

2022年02月10日 16時03分52秒 | 経済

国際収支というのは、色々な項目から成り立っています。
基本は貿易収支でしょうが、貿易収支の中にもモノの貿易収支とサービスの貿易収支があります。
以前は、この両者を分けて統計がとられていましたが、最近は纏めて貿易収支となったいます。
アメリカは物の貿易収支は赤字でもサービスの貿易収支は常に黒字という状態でした。

次に第一次所得収支というのがあります。アメリカは海外で沢山仕事をしています。確かGMの自動車の生産台数は、中国が最も多かったのではないかと思います。

そうした海外進出企業からの配当や利子収入が第一次所得収支の収入の部で、その逆のアメリカに来ている外国企業への配当や利子に支払いが支出の部で、アメリカの場合、これは常に黒字です。因みに日本も第一次所得収支は毎年大幅黒字です。

次に第二次所得収支というのがあって、出稼ぎに来ている外国人への給与や、外国への援助などですから、アメリカも日本もだいたい赤字です。アメリカではかなり大きな持ち出しのようです。

以上の3つの収支の合計が「経常収支」という事になっており、この経常収支が、その国の、経済活動による収入と支出の基本的なバランスを示します。

アメリカは、貿易収支の赤字が多過ぎるので、第一次所得収支が黒字でも結局経常収支は万年赤字という状態です。
日本は、最近は原油など海外資源の高騰もあり、貿易収支も時々赤字になったりしますが、ほぼトントンで、第一次所得収支の分が安定して黒字ですから、万年黒字という状態です。

ところで、赤字国は赤字の分はどうするかです。どこからか借りないと資金繰りがつかなくなります。

アメリカの場合は毎年経常収支が赤字ですから結局どこからかファイナンスして来ているという事になります。

国際収支の構成項目にはもう2つあって、資本移転等収支と金融収支です。
資本移転等収支は、外国の固定資産取得や処分に関わるもので、金融収支は国際間の証券、債券、デリバティブなどへの投資の収支です。 

アメリカの場合は、基本的に経常収支の赤字を、この金融収支の黒字(資金流入)によってファイナンスするという事をずっと続けてきているというのが実態です。

つまりは、外国からの借金で資金繰りをつないでいるという事なのですが、普通の国では出来ないことが、アメリカだから可能になるということがあります。

理由は明らかで、今、アメリカは基軸通貨国です。ドルは世界の貨幣価値の標準(基準)と世界が認識しているのです。

考えてみれば、日本が大幅黒字を出した時、余裕資金をどこに預けようかということになります。いろいろ考えて、政府も金融機関もお金持ちの会社や個人も結局、アメリカの国債などの債券・証券を買うのが一番便利で安全かなという結論になるのでしょう。

世界の国の貿易収支の合計はゼロサムで、赤字国があれば必ず黒字国があります。黒字国は、余った資金の運用先としてドル債を選ぶことが多いでしょう。
かつては日本が米国債の最大の保有国でしたが、今は中国のようです。

政治とはまた違った経済の絡まり合いの中で、アメリカは赤字を減らそうと思っても、それが巧く行かなくても、現状で何とかなってしまうというのでしょうか。
しかし、いつまでもそれでいいという訳にも行かないのではないでしょうか。先行きが心配という意見もいろいろあるようです。

アメリカの貿易赤字史上最高

2022年02月09日 22時27分38秒 | 経済

アメリカの貿易収支の赤字が昨年1兆ドルを超え、史上最高を記録したういニュースが入って来ました。

一昨年より18.3%増えて1兆906億ドルになったそうで、そのほぼ3分の1が対中国の貿易赤字という事です。

アメリカの貿易収支は以前から赤字続きですから「バイ・アメリカン」などといったスローガンは随分長いこと聞いていますし、バイデンさんも国内の労働者のためにも国産品愛用を言っているようですが、国民は安くてよい外国製品を買っているのです。
 
国民は労働者であると同時に消費者でもあるわけで、労働者としては国産品を買ってほしいけれども、自分がモノを買う時はやっぱり安い方がいいという事で中国製ということなのでしょうか。

トランプさんなら一方的に「中国はアメリに物を売って儲けている」「お陰でアメリは損ばかり」と理屈抜きで国民を煽り、また多くのアメリカ人も、多分自分も中国製品を買いながら「中国はけしからん」と信じてトランプさんを支持するのでしょう。

バイデンさんのように、真面目に考えれば、結局アメリカの製品の競争力が落ちているからという問題の原因を見て、財政政策を活用してアメリカの生産力を立て直そうとするのですが、大幅な財政赤字には反対という意見もあり、本当に大変です。

今は昔ですが、アメリカも1960年代辺りまでは、圧倒的な生産力、競争力を持ち、覇権国、基軸通貨国として君臨したのですが、60年代後半になりますと、先ず雑貨などの軽工業製品から香港や日本の製品が安く品質も向上し「 青い目をしたお人形は アメリカ生まれのセルロイド」などと歌われたアメリカ製品に追いつき追い越し、その勢いは、繊維製品に及び、更に鉄鋼などの基幹材料から自動車、半導体におよびました。

こうしてアメリカ製品の国際競争力は低下を続けているので、アメリカの貿易赤字は放置すればますます大きくなります。

これに対してアメリカのとった政策は、為替政策です。1970年代に入ってまず、アメリカは、固定相場制を止め、世界は変動相場制になりました。
競争力の強い国の通貨は高くなり、弱い国の通貨は安くなるといことで、アメリカは競争力を回復しようとしたのでしょう。

然し為替レートはマーケットで決まりますから、必ずしもアメリカの望むようにはいきません。
一方日本などは、競争力を磨き、激しくアメリカを追い上げ、日本はGDP世界第2位になりました。

貿易赤字がなかなか減らないアメリカのとった政策は日本に円高を認めさせることで、これは1985年のG5でプラザ合意として日本も了解し、その後2年間で円は対ドルで2倍に切りあがり、日本は競争力を失い長期不況に陥って未だに経済低迷です。

アメリかの赤字は少し減りましたが、その後アメリカを激しく追い上げているのは中国です。人口14億の超大国で、急速に経済を伸ばしGDP世界第2位になり、世界の工場といわれ、アメリカの貿易赤字の最大の原因国となりました。

アメリカは中国にも、人民元の切り上げを求めましたが、然し中国は日本の経験を学び応じませんでした。結果は米中貿易戦争に突入ということでしょう。

冒頭のニュース「アメリカの貿易赤字史上最高」というのは、こうした状況の中で起きていることです。
このまま推移すると、どういう事になるのでしょうか、もう少し見ていきたいと思います。

2021年12月、年末の消費も振るわず

2022年02月08日 15時42分01秒 | 経済
今日、昨年末12月分の「家計調査」の結果が総務省から発表になりました。

デルタ株が予想外の沈静化を示していたこともあるので、家計の消費支出も少し活発になったのではないかと思って早速見てみましたが、予想は当たらず、家計は矢張り引き締め基調を維持していました。 

以下、家計支出の名目値について、対前年比の伸び率を中心に見ていきます。消費者物価はあまり動いていませんし、家計支出の感覚は主に名目値で実感されるものですから、数字は名目値の対前年同月比(%)でとっています。

2人以上所帯の消費支出は、デルタ型の中心の第五波のピークだった8月から、マイナス3.5%、マイナス1.7%、マイナス0.5%、マイナス0.6%、プラス0.7%(12月)とずっと前年同月より減少で、年末だけ多少頑張ってみたといった感じです。

年末商戦の12月がの値が1%以下ですがやっとプラスというのが、デルタ型の感染の沈静化と年末(忘年会?)を象徴しているとも思えますが、まさに控えめな消費増です。

この辺りは、オミクロンもあるし、ポストコロナを見据えても、単純に景気が良くなるとは期待できないという最近の日本人の将来を警戒する感覚の表れのような気がして、やはり消費不振の克服は容易ではないなといった感じがするところです。

この点は収入と支出の双方が見られる2人以上勤労者所帯についても言えそうです。
勤労者世帯の昨年8月から12月の収入と消費支出(名目値)の対前年同月比を並べてみます。

       8月  9月 10月 11月 12月
実収入    4.7% 2.7% 0.5% 1.8% 5.5% 
消費支出  -3.4% -2.8 0.1% -0.4 3.1%

勤労者世帯の実収入はずっと対前年で増加です。12月5.5%増はボーナスが前年より多かったのと配偶者の収入が増えたことが大きいようです。

しかし消費支出は常に実収入の増加を下回り、実収入が増えても消費支出を減らしている月が目立ちます。
コロナのせいだけではない消費抑制、将来不安(老後不安)に備えるといった意識は相変わらず強いといった感じです。

結果として12月の2人以上勤労者所帯の「平均消費性向」も前年12月の38.6%から、37.3%に下がっています。

今年の春闘では賃上げ幅は多少大きくなるという予想が多いようですが、それで(GDPの最大の構成要素である)個人消費支出が増えるだろうという単純な発想では今の消費不振の解消策にはならない可能性が大きいような気がします。
また1月からの平均消費性向の動向も、確り見ていきたいと思います。

長期的視点と短期的視点

2022年02月07日 11時49分26秒 | 政治
岸田総理が総裁選の頃に、上場企業の業績の四半期開示のルールは止めたらどうかと言われていたようですが、総裁になってからはそれには触れていないようです。

解説によれば、岸田総理は、四半期ごとの数字を出さなければならないということになるとどうしても、経営が短期的視点に傾くが、経営はもっと長期的視点を確りする事が重要なので、株主への開示もそうした経営政策などの長期の経営目標に関わる重要な点を伝えるようにした方がよいのではないかという考え方をお持ちとことでした。

証券業界の意見などでは、どうせ企業はIR(投資者対応)で四半期データは出すだろうからなどという意見もあるようですが、企業がIRを丁寧にやることはいいのですが、政府が「そうしなさい」とまで言うのはどうかという事なのでしょう。

政府は交通信号ではありませんが、国民にとって大事なルールを決めるのが仕事ですが、その際、政府がやるべき大事なことと、民間に任せてもいいことを確り区別して、なるべく余計な世話は焼かず、民間の創意を生かす方が良いようです。

企業でも現場はカイゼン運動のような細かい点を確りやることが大事で、経営トップの方は、企業の将来をどうするかなど、中長期的な視野で企業全体の構想を考える事が大事なのでしょう。

これは、国の経営でも同じで、内閣や国会は本当は現場の細かい事よりも、出来れば長期的視野で、国家の重要問題の解決の方向を考え議論するべきなのでしょう。

「着眼大局、着手小局」という言葉もありますが、政府は着眼大局で進む方向を確り示し、行政は着手小局で細かい点は着実にやるという組み合わせでしょう。そして大事なことは、着眼大局と着手小局の「整合性」が 確保されていることでしょう。

こんなことを言っては失礼かもしれませんが、アベノミクス時代は政府の着眼大局がはっきりしていなかったようで、行政の着手小局が「忖度」してやったことが誤りで、「モリ・カケ・サクラ」のような事が起き、大局を論ずべき国会で、着手小局の誤りについての議論が賑やかになってしまっていました。

その癖がついたのでしょうか、その後も、長期的視野、着眼大局の議論がなかなかなされないような感じがあります。

コロナ問題にしても、長期、大局としての視点は、先ず日本のワクチン・治療薬開発(科学技術研究開発)を早期に進める事、その目標・見通しの周知でしょうし、現在はいかに生産国からワクチン・治療薬を適切に入手するか、そしてその正確な見通しを国民に知らせるといった順番でしょう。

100万回接種というのはその前段が明確でないと着手小局の方は疑心暗鬼で突っ走ることになり、昨年夏の大規模接種場の開設直後の閉鎖のような事が起きます。

長期的な目標とそれについての明確な視野、視点があり、それに「整合」した着手小局の行動があって、物事はきちんと動いていくのでしょう。

長期的視野を確りしようという方針は、まずは政府の視野をしっかり固めて、国民に周知していただき、国民がそれに整合した動きがやり易いようにして頂きたいと思う事が多いのですが、政府が近視眼的な後追いにかまけることが無いようにお願したいところです。

金融資本主義と格差社会化(前回)の補足

2022年02月05日 12時33分30秒 | 文化社会
今、アメリカを典型的な例として、世界に広まっているマネー資本主義による格差の拡大に対する経済政策は、世界どこの国でもあまり進んでいないようです。

G20でしたか、金融所得への課税問題の議論はあったようですが、現実には法人税の最低税率15%の表明程度で、未だ本質に切り込むことはないようです。

岸田総理も、一時、金融所得課税問題に言及されましたが、その後、その動きはないようです。

この問題は多様な面を持っています。まず、金融所得と言っても、利子配当などのGDPの構成要素(インカムゲイン)と株式売買益のようなキャピタルゲインは、全く性格が違うという事をどう考えるかです。現在は共に20%分離課税ですが、これは経済理論から言えば安易に過ぎる対応策でしょう。

この20%の分離課税は、かつては10%だったものが引き上げられたのですが、さらに引き上げることいなれば、政府が宛にする株式市場の活性化に大きな障害になるでしょう。

政府は、公的年金資金をGPIFを通じて内外の証券市場で運用しています。この問題だけでも、課税政策の検討は簡単にいはいかないでしょう。

アメリカ政府も日本政府も、NY市場、東京市場の活況、ダウ平均、日経平均の水準には多大の関心を持っていることは否めません。

金融資本主義盛行については、理論的には問題にしつつも、現実には金融市場の活性化を望むという立場は変えられないのではないでしょうか。

更に、金融資本主義には奇妙な面があります。
それは、今、格差社会化の進行で、貧困家庭が増えているという深刻な事態が、金融資本主義の結果かという点については、余り納得的な説明がないのです。

恐らく、金融市場でマネーゲームに励む巨大な資本は、増加した資本の購買力を利用するというのではなく、更なる資本の増加の数字、その桁数をさらに大きくすることを競っているという面(目的意識?)が多いのではないでしょうか。

その巨大なマネー(資本)が、金融市場の中だけで回っているうちは、実体経済への影響は少なく、需要超過によるインフレなどは生じずに済んでいるという事になるのでしょう。

つい先ごろ迄の「インフレの無い時代になった」とか「財政赤字はインフレにはつながらない」といったMMT理論などは、その辺りから生まれてきているように思われます。

確かに、マネーゲームのマネーは、証券・債券・デリバティブといった上空のマーケットで、実体経済のおカネは地上の実物マーケットでという住み分けが出来ていれば、そうなのでしょうが、上空のマネーが、原油やその他の資源のような実態経済に関係するものの価格変動を狙って投資活動をする(地上に降りてくる)ようなことになりますと、これは、実体経済に混乱をもたらします。

現在起きている原油価格の高騰にはその影が見えます。原油供給量は微増で推移という事ですが、価格は大きく上昇しています。1ℓ=170円で地上の経済は大変です。

一方、マネーゲームは価格変動がないと成立しません。
昔から「株屋殺すにゃ 刃物は要らぬ 寄り引け同値でザラバなし」などといわれますが、マネーゲームの巨大資本は、売買で値の動きそうな対象があれば、その価格を指標にゲームをする可能性はあるわけです。
そしてマネーゲームでは価格が上がる時も、下がる時もキャピタルゲインを得るチャンスなのです。

金融資本主義の世の中では、資本を生産活動に投資し、そこから付加価値を生み社会を豊かにしつつ資本を蓄積する実体経済を形成する資本と、生産活動への投資とは関係なく、何らかの経済指標を基準に投資を行い、資本が直接資本を生むマネーゲームの資本が併存し、住み分けをしながら時に領空侵犯もあり得るといった状態を作り出します。

最大の問題は実体経済活動(生産活動)を通じて社会の富の増加に貢献して得られるインカムゲインと、生産活動はなく、資本が直接資本を生むキャピタルゲインが、結果的に同じ資本として、同じ価値を持つことです。それでも「資本主義」は健全に成立するのだろうかという疑問は残るのではないでしょうか。
 
マネーゲームは簡単に格差社会化を大きく進めます。それが今後、社会にいかなる影響を与えるかはまだ十分解っていません。
この問題は、資本主義のこれからの大きな課題になるのではないでしょうか。

金融資本主義、格差社会化の要因に

2022年02月04日 14時56分50秒 | 文化社会
前回は、戦後の経済発展の中で、日本がいかにして格差の無い社会作りに成功して来たかについてみてきました。

ピケティが『21世紀の資本論』の中で、第二次大戦後、世界的に格差の拡大の無い時期があったと言っていますが、多分その典型的なイメージとして、日本経済の成長があったのではないでしょうか。

残念ながら、日本のその後は前回書いた通りですが。実はもう一つ付け加えなければならない重要な問題があります。ピケティは「資本収益率(r)の方が経済成長率(g)より大きい」から格差が拡大すると言っていますが、それはその通りです。

勿論これは税制や社会保障制度などの国の再配分政策によって是正が可能ですが、それが非常にやりにくいような状況変化が、すでに起きて来ているのです。

それが、資本主義の金融資本主義化(マネー資本主義化)です。
未だ経済学の中でもこうした資本主義の正式な定義はないのかもしれませんが、マルクスの頃の資本主義と今の資本主義は、必ずしも同じではありません。

マルクスの時代は、「資本家が資本を使って、生産を行い、それによって生まれた付加価値(生産された付加価値の総合計がGDP)のより多くの部分を資本が取る」という形での資本の増殖でした。 

従って、そこでは付加価値を創るための生産活動が必要で、そこで労働力を使います。そして労働者への分配はなるべく少なくして資本収益率を高めるわけです。

当然労資の分配問題が起き「資本」による「労働」の搾取という問題意識が生まれ、「分配の平等」を求め社会主義思想が生まれ、共産主義革命が起きることになります。

ところが21世紀の資本の活動はどうでしょうか。
資本のより大きな部分は生産活動に向かわず、多様な経済活動の「指標」やそのデリバティブズの「価格の変化」(数字の指標)を投資の対象にした「マネーゲーム」に向かっているのです。

その世界はGDPを構成する実体経済の生産活動には「直接の関係」を持ちません。
例えば、一見会社の業績に関連するように見える投資でも、投資の対象は利益などの「指標」で、それによってその企業の時価総額がいくらになるかが資本増殖の源泉なのです。

これも経済学上の定義が明確ではありませんが、GDPの構成要素になるのはその企業の付加価値生産額(インカムゲイン)で、時価総額の増大は、時にそれと何桁も違う巨大なものとなり、投資者の投資収益(キャピタルゲイン)となるものですが、それはGDPに算入される性質のものではなく、実体経済とは無関係の資本の増殖なのです。

問題は、実体経済の生産活動による付加価値額の分配としてのおカネ(インカムゲイン)も、実体経済に関わる指標、インデックスへの投資から得たおカネ(キャピタルゲイン)も日常の世界では、同じ購買力を持ちますから、圧倒的に大きなキャピタルゲインにより購買力(社会の富)をマネーゲームの成功者が獲得するという現実です。

実体経済の世界で、労使がいかに分配を適切に行っても、そうしてことに全く関係なく、マネーゲームの世界で資本の増殖、社会の富の巨大な移転が起きているのです。

アメリカでは、所得分布で上位1%にあたる人々が、全体の60%を占める中間層を上回る富を保有していることが、連邦準備制度理事会(FRB)の最新データで明らかになったそうですが、それは、こうした金融資本主義(マネー資本主義)の結果ということでしょう。

こうして発生する格差問題にいかに対処するか、話を現実に戻せば、岸田総理の「新しい資本主義」も問われているのです。(金融取引により利益の課税問題)

戦後の日本は着実に格差社会化を阻止

2022年02月03日 15時54分05秒 | 文化社会
ご記憶の方もおられるかと思いますが、戦後の日本は「資本主義と言いながら、社会主義国以上に社会主義的だった」という評価がよく言われていました。

この言葉の意味は、社会主義国(共産主義国を含む)は、平等を謳っているが、内実は少数の特権階級が富を握っていて、国民は貧しい、それに対して日本は資本主義と言いながら金持ちや特権階級は居ず、みんな平等に豊かになって来ている」というほどの意味だったようです。

そして日本は、その社会体制を維持しながら高成長し、豊かな国になりました。その結果が、かつて言われ、また自称した一億総中流だったのではないでしょうか。

こうした社会体制を実現した具体的な要素を順次挙げてみましょう。
戦後、日本企業は身分制を廃して「社員」に統一しました。いまでいえば「正社員」です。例えば、銀行では清掃担当の用務員や現金輸送車の運転手もすべて「行員」でした。

日本の経営者団体の総本山の日経連(現日本経団連)の初代会長の桜田武氏が「戦後の日本経営者は身分制度を廃して従業員は全員『社員』とした」と誇りを持って語っていたのを聞いた方も多いでしょう。  

賃金は年功賃金が主体でしたが、当時はこれは「習熟昇給」の意味と同時に、独身から結婚、子供の養育という生活コストに見合う事が大きな条件で、その中で家族手当制度は大きな役割を果たしていました。

従って、生計費基準ベースが主体ですから賃金格差は大きくならずに、工員もと職員も同じ賃金表だったり、管理職手当も残業代に追いつかず、取締役や社長になっても報酬の水準は初任給の15倍から20倍といった所でした(これは今もあまり変わりません)。

2倍仕事をしても給料は2割増し、3倍しても3割増しよいった感じの格差で、能力は、役職や資格などの名誉で代えられていたようです。

これは民間企業が自主的に作り上げたシステムですが、国の、税制による再分配政策はどうなっていたかと言いますと、それは所得税の累進税率で示すことが出来るでしょう。

個人所得の最高税率は1986年で見ますと国税70%、地方税18%で計88%です。
当時、国民からは日本の稼ぎ頭と思われていた松下電器の松下幸之助氏は「松下電器も私も、一生懸命稼いでいるが、それだけ税金を払ってお国に貢献している」と言い、国民も納得して、松下さんは偉いと尊敬していました。

因みに、現在の個人所得の最高税率は55%、法人税率は当時42%、現在は23.2%です。

こう見て来ますと、ジニ係数が北欧なみと言われたかつての時期と、今との違いが、どの辺りにあるのかが見えて来るような気がします。

先ず、全員正社員は、円高不況の中で雲散霧消、非正規社員40%以上というのが現在です。円高が解消した2014年以降も、非正規社員の比率はなかなか減らないのが実態です。経営者の感覚は全く変わったようです。

企業内の賃金格差の状態は、正社員の初任給と、経営トップの平均報酬の格差で見れば平均的にはあまり変わっていないようです。
然し、その下に非正規社員があり、当時の全員が「社員」による雇用の安定は大きく失われてしまっています。

個人所得税率の累進度は、アメリカのレーガン改革の真似をした頃から、様変わりで、最近下げ過ぎて税収不足からでしょうか、5%引き上げて55%になっています。

法人税は大きく下がり以前は「利益の半分は税金で消える」といわれたイメージはありません。アベノミクスの中でも年々下げて、端数までついて(42%→23.2%:上記)いるところです。

以上大きく見て来ましたが、戦後の貧しい時期から出発して、国民の生活の安定の確保をベースにして来た日本の人事賃金制度は、「豊かな社会では能力主義」という事でしょうか、能力、成果、貢献度といった言葉につられた結果が、「生活の安定の確保」が出来ないという格差社会(子供の6人に1人は貧困家庭と評される)を現実にしてしまっているようです。

何か日本としての経済社会の根本政策における勘違い(間違い)、それに影響された国民意識の変化があるように感じられるのが最近の日本社会の姿ではないでしょうか。

今年も早いリュウキンカです

2022年02月02日 14時17分35秒 | 環境
昨年は1月末に、霜柱と競うように咲いたリュウキンカでしたので、今年はどうかと見守っていました。





1月31日、まだ咲かないなと思っていましたら、昨日、2月1日、去年最も早かった玄関わきの塀際の株に一輪開花です。
昨年より1日遅れたのは、カラカラに乾燥しているせいでしょうか。気温の方は今朝は0℃でした。

さて、早速ブログで報告をと思って昼前にスマホを持って見に行きました。
早くも、もう2輪開花になっていました。2輪目はやっと開いたところ。

先週、ひと株お分けしたところから「もう蕾が出てきました」というお便りを受け取ったところでした。
これでは、そろそろ「咲きました」と連絡が入りそうです。

こういう「株」でしたら、いくら広がってもいいのですが、オミクロンでは・・・。

経済・社会に混乱を齎す格差社会化をどうする

2022年02月01日 20時44分21秒 | 文化社会
経済・社会に混乱を齎す格差社会化をどうする
1980年代末期のバブルの時期も入るかもしれませんが、それ以前の多くの試練、最終的には二度にわたるオイルショックを克服、スタグフレーションに苦しむ欧米主要国をしり目にジャパンアズナンバーワンと言われる時代を作り上げ、自らも一億総中流社会などと自負したのは「戦後の昭和の日本」でした。

その後欧米とのリターンマッチに敗れて(為替敗戦)、30年余の経済低迷と進行する格差社会化に苦しみ、自嘲的な悲観ムードにどっぷりと汚染された日本が我々の現実となり、今や、猛威をふるうコロナウィルスの中で、進むべき方向を見失っている日本です。

この日本の栄光からの転落をもたらしたのは、世界経済が固定相場制から変動相場制に変わったことにあり、日本は固定相場制の中での経済運営には最も適切に対応できた国ですが、変動相場制の下での経済運営には残念ながら適切なノーハウを持っていなかったことだったという事になるのでしょう。

今の日本は30年に及ぶ円高不況の苦しみを経て、変動相場制の中での経済運営にある程度のノーハウを持ちつつありますが、国民意識全体がそれに対応するようになるには未だ時間がかかりそうです。

一方、資本の自由化は進み、国際投機資本は、変動相場制下の世界の金融市場で金融工学を自在に使いこなし、「付加価値生産より資本の移動」という形での富の奪い合いが益々盛況というのが今日の状態でしょう。

現在、世界的な問題となっている経済における格差社会化という現象は、そうした大きなうねりが背景をなしているといえるでしょう。

日本経済もその中に巻き込まれ、格差社会化の波をかぶりつつあります。
放置すればこの格差化の傾向は、ますます進むでしょう。そして、この金融経済の影響による格差社会化は、実体経済と遊離し、実体経済の不振をもたらし、人類社会の豊かさの進展を阻害し、SDGs(持続的開発目標)の達成を阻害することになりそうです。

そうした前提のものとで明確な視座をもって政策を打っていかないと、今の日本経済の不振は、たとえ新型コロナ問題が終息しても、本当の解決、新しい日本経済の発展の方向を見定めていくことは多分困難でしょう。

そんな意味で、今後の日本経済の安定発展の方向を見定めるために必要な問題をこれからも随時取り上げていきたいと思っています。

勿論その中では、かつて、高度成長期を通じて作り上げた、古き良き昭和の時代の 日本独特の政策も役に立つものですが、そうして政策を、今日の、変動相場制、金融資本主義全盛の中でいかに可能にして行くかが大きな課題になってくるでしょう。 

オミクロンの脅威はまだ続くでしょうし、更なる新型株の出現もないとは言えません。
しかし、人類は必ずコロナの制圧に成功すると信じて、その先の経済政策を今から考えることは本当に大事で、いわば必須なのではないでしょうか。
そんな探検に、お付き合い頂ければ幸甚です。