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ミャンマー「軍事クーデター」:その真実・真相 [2月8日時点の見解]

2021-02-08 23:50:00 | 国際
ミャンマーで軍事クーデタ-が発生したが、把握しにくい面があって正しい認識と理解に至る事が容易ではない。この問題についてはジャーナリストの有本香氏と須田慎一郎氏がクリアに解説しているので、その内容を紹介したい。


作家・評論家の石平氏が「今回のクーデターが起きる20日前に中国の王毅外相がミャンマーを訪れてスーチー氏側と接触をすると同時に軍のトップとも会っていた」と伝えている。また、石平氏は「今回の事案を”クーデター”と称しているが、実はその裏には中国の影がある」とも述べている。

これについて、結論的な事を2つ述べる。

一つは、これを「我々がイメージする”クーデター”だと思って見るとやや的外れになる」ということ。

もう一つは、今、日本を含めた国際社会はこれに対してどう対応すべきか、という問題だが、アメリカのバイデン政権がいち早く制裁に言及している。「援助を停止する」、としているのだが、しかしこれはやや拙速だと思われるのだ。

今、日米欧の自由主義諸国がミャンマーに対して最も注意しなければいけないことは「ミャンマーを中国の方に寄せてしまってはいけない」ということである。これが最重要なポイントだ。
ミャンマーは本当に戦略的な要衝であって、特に習近平政権はミャンマーを一帯一路の要衝の一つとしているのである。中国は以前からミャンマーの港を勝手に使ったり(人民解放軍海軍の事実上の軍港として使う)、或いはミャンマーと中国との陸上の国境でパイプラインを引っ張ってミャンマーから資源を収奪するようなことをやってきたのである。これは前の軍事政権の時に欧米がミャンマーを制裁してしまったものだから、ミャンマーが中国の完全な草刈場になってしまった結果としてそうなっているのである。

ミャンマーというのは資源も豊富で位置的にも重要な場所である。スーチー氏側も軍側もどっちも「自分たちとしてはいいとこ取りをしたい」と思っているのだ。つまり、「中国とも喧嘩はすべきでない」のだし、「中国とも取るものは取りたい」。それ以外の国とも仲良くしたい、ということだ。それで、今、軍政から民政移管されていて、アメリカやヨーロッパの資本がどんどん入ってきているのであり、ミャンマーは豊かになっていっているのだ。これも手放したいとは思っていないのである。

なので、「昔の軍政に戻ってしまう」と言っていきなり制裁をかけるとなると、本当に昔の姿に戻ってしまう事になる。これが「最もやってはいけないこと」なのである。


国連では安保理の議長国であるイギリスのウッドワード国連大使は「ウォッチする」というニュアンスで言っているのであり、実は激しい非難はしていないのである。

なぜか。

イギリスはミャンマーの状況を非常によく把握しているからである。そこをまず踏まえておく必要がある。

それでは、今回のこの政変劇はいったい何なのだろうか?

「昔の軍政時の国軍」と「今の国軍」はやはり違うのである。それなりにミャンマーの国益を考えているから、決して無茶苦茶な事をしようという意思は持っていないのだ。スーチー氏だって自宅軟禁させられているとは言うのだが、色々なメッセージを出すことも可能で、かなり自由度は高いと言える。差し迫った緊迫感や切迫感は無いのである。


では、今回、国軍はなぜこのような行動に出たのだろうか?

昨年の11月にミャンマーで総選挙が行われたのだが、これに不正があった、と軍は言っているのである。そもそもミャンマーに於いては一定数の議席が軍からの枠として組み込まれている。

かつての軍政から民政に移管していったが、それはスーチー氏たちが政権を取ったからということではなくて、その前から徐々に民政移管していったのである。その後、前回の選挙でスーチー氏のNLDが勝利した。ところが、スーチー側のNLD政権にも色々な問題が実は存在しており、それが原因で今回の選挙では票を減らすだろうと皆が予想していたのである。少数民族側もそれぞれ政党を持っているし軍の側も党派を持っているので、そうした勢力がある程度は議席を取るであろうと予想されていたのである。

・・・そう思っていて蓋を開けたら前回以上にNLDが圧倒的勝利してしまったのである。それで「これはおかしい」という疑問がずっと巷間言われていたのである。

だが、スーチー氏側は軍などが選挙の再実施を提案しても完全に無視していたのである。まず、そういうことが背景にあるのだ。これが一つ。


ミャンマーの憲法では、そもそも大統領や閣僚クラスの人たちというのは自分の党派の選挙運動をやってはいけないことになっている。圧倒的に有利だからである。ところがNLDはお構いなく選挙運動をやっていたようである。なので、選挙の前からやり方がフェアではない、という指摘があった、ということだ。

そういうこともあって、現在の軍の主張は「今回の選挙は正しくなかったのだから、やりなおそう」ということだ。これでも判るように、それ自体は別に無理筋なことを言っている訳ではないし、暴力的に何もかも排除しようとしているのでもない事は明らかだ。


そしてもう一つは、これも憲法に規定がある案件だが、ミャンマーの場合、一応は民主主義のシステムに則って「選挙に依って政権を担う人を選ぶ」という形にはなっているのだが、依然として軍の力は強いのである。それは国が不安定化しやすいという実情を抱えているからである。民族勢力も多い上に、停戦合意に応じてない人々すら居るのである。

軍は非常事態を宣言することはできる。軍が非常事態宣言を出して全権掌握した場合は一年の間にその事態を収拾させる、という決まりになっているのだ。だから今回、NLDの支持者の中から”軍は無理筋なことを言っている”という非難はあるだろうが、それでも弾圧している訳ではないし、恐らくこの一年という期限を守るのではないかと見られる。だから軍は「1年の間に選挙をもう一度やりなおそう」、と言っているのである。


一方で、1万人近い国際監視団がミャンマーに行って選挙を監視していたのだが、「選挙自体は普通に行われていました」という報告になっている。ところが、軍及び軍周辺の会派が主張しているのは、「そもそもキャンペーンのやり方からして不正がある」・・・という話なのである。

従ってそういう意味で多少の混乱はあっても納得いく落とし所をサイド探す、というプロセスが別にあってもいいのではないか、と思われるのだ。


もう一つ、もっと大前提のことで言えば、例えば東南アジアの国々に於いての話だが、例えば隣のタイである。タイはミャンマーよりも豊かだが、時の政権が「ちょっと腐敗してるな」とか、「どうしようもないな」となってきた場合、いきなり軍が出てきてクーデターを起こすというケースが過去に何度も起きている。ただ、タイの場合は王室というものが存在する。これが大きい。タイの軍隊イコール王様の軍隊なので、要するに王様の意を自分たちが汲んで、どうしようもない政権になってきたら力でそれを排除する、という経緯は何回も繰り返されている。これは日本のような豊かで成熟した民主主義の国において、いきなりクーデターが起きるというような状況とはやはり大きく違う、ということでもある。そもそも土壌が決定的に異なるのである。

ミャンマーの場合は先ほど述べたように、憲法の中でも軍が非常事態を宣言して、そして1年間という期限の中で事態を収拾させる、というそういう決まりもあるのだ。

ミャンマーではそもそも選挙に関しては選挙の投票日以前から「やり方がフェアじゃない」、という指摘がされていたのだ。それに一切耳を貸さなかっったのがスーチー氏なのである。それから少数民族の政党や軍関係の政党も含めて今回はもう少し票を伸ばすだろう、と予想された勢力に全然票がいかない、という事態が起きた。「これはやはり異常だな」と思っている人が相当数居るのだが、また例によって国際メディアがうるさいので、そういうことはなかなか言いづらいという状況にあるようだ。

この問題はあまり単純化して捉えてはいけないものである。「こっちが正義で、あっちが悪」というものではない。「スーチー氏側が圧倒的に正義で軍は完全に悪玉」だという単純な判断をしてはいけない事案なのである。

以前にロヒンギャの問題を取り上げた時も国際メディアが伝えているような「ロヒンギャを弾圧するスーチー政権」という見方も正しくはないのである。

そもそもロヒンギャ問題を引き起こしたのはイギリスである。そうしたそもそも論で捉えると「イギリスが責任を取るべきである」というのが本当は正しいところであると考えられる。


ミャンマー問題は実は複雑である。
最終的に国際社会として最もしてはいけないことは「ミャンマーを中国側に寄せてしまうこと」である。これだけは厳に避けなければならない。

ミャンマーも中国とはそれなりに関係があり、先般も王毅外相がやって来たり、或いは習近平主席とも色々なコネクションがある関係でミャンマー政府も中国とは色々な話をしている。
そんな中で、今回の中国コロナの騒動で「中国がミャンマーに対してワクチンを支援する」、と約束している。すると、それを聞いたインドがすかさずワクチンの現物を持って支援に来たのである。ミャンマーはインドと中国という大国に挟まれている関係上、中印の綱引きに巻き込まれるのだ。要するに中国のワクチン外交の相手にさせられて、そこでまた恩を売られることでミャンマーが中国の影響下に入ってしまう事を最も恐れているのはインドである、ということだ。だからインドは「ミャンマーが中国とワクチンの約束を交わした」と聞いた途端にワクチンの現物を持って飛んできた、という事である。インドのこの姿勢を日本政府はきちんと見て意識するべきなのかもしれない。

日本は…と言えば、かつてのミャンマー軍政の時ですら欧米の制裁には乗らなかったのである。軍政とはちゃんと関係を持っていたのだ。ミャンマー外交だけは日本政府は正しい選択をしていたようである。なので、今回もバイデン政権の「制裁する」とか「民主主義に対する挑戦」などという主張には乗る必要は全然ないのである。


さらにもう一つ・・・反面教師と言うか逆神とも言える事例だが、朝日新聞が2月2日か3日の紙面に於いて「ミャンマー民主化覆す軍の暴挙だ」というタイトルで社説を掲載している。その中で朝日新聞は「先月発足したアメリカのバイデン政権は人権や民主主義を重視し同盟国との協調を重視するものだ」として「日本はこれに同調すべきだ」と説いている。
これは完全に間違いだ。はっきり言ってバイデンと朝日新聞が言ってることには乗らないのが大正解である。

そういうことで、今まで通りミャンマー軍ともスーチー氏側ともまったりと仲良くしておけば良いのである。

ミャンマーには日本の企業も進出していて非常に有望なところである。人的資源も豊富なのであって、そうした基本関係を壊すような的外れなバイデンの主張に乗る必要は全然無いのである。

だが、心配なのは現在の菅総理や官邸の機能が弱まっていることで、方向性がどうもフラフラしている様相を呈していることである。


こうして見てきたミャンマー問題だが、一般的にありがちな話として、ともすると日米欧のような成熟した民主主義国家は、つい自分たちの枠組みや価値観に組み入れて捉えようとする傾向がある。しかし、ミャンマーは成熟への過渡期にあると認識するべきであろう。

成熟する事の大きなポイントは「司法・行政・立法」の「三権分立」である。ところがミャンマーの現状というのは司法制度がかなり未成熟なのである。権威を持って動ける裁判所や警察が無いのだ。その代替としての軍の存在なのである。何かしらの不正や問題が発生した場合、その都度修正を図っていく…という事がミャンマーの憲法を読んでみると判るのだ。問題が発生した時に1年の期限をもって事態を収拾し状態をリセットをする手立てとして…ということだろう。そういう背景があって「国軍が一定枠の議員枠を持っている」ということなのだと推測される。

立法機関がきちんと仕事をし始めれば法律が整備されていくであろうし、やがてきちんとした司法制度が確立していき、そして徐々に国軍の役割が薄らいでいく・・・現在はそのストーリーの途上にある、ということなのだろう。

それなのに・・・これをいきなり「先進国と同じやり方でやれ」と言うのはそもそも無理筋な話なのである。「これは民主主義に対する暴挙だ」とか「挑戦だ」というのはまったくの筋違いである。(*1) そこを理解せずに「我々が考える民主主義」を押し付けてしまうと、むしろ民主主義とは逆の方向へ追いやってしまう危険な可能性があるのだ。その恐れが大きいのだ。つまり一部の政党のカリスマに依る独裁になってしまう…ということを理解しておくべき、である。

成長途上にある国を自分たちのモノサシで全てを推し量ろうというのは適切とは言えないだろう。それぞれの国にはそれぞれの歴史があるのだし、置かれている特殊な状況があり、仕組みがあるのだから、それを前提にして民主主義を進めていく為にはどうしたらいいか・・・という視点で見ていかなくてはならないのである。



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(*1)
中南米の国でクーデターが起きる時には、だいたい軍側の背後にアメリカがいたりするのだ。アメリカやイギリスがよくやることではある。なので、そこは全くのダブルスタンダード、ということだ。従って、ここでいきなりミャンマーに対して「民主主義に対する冒涜だ」というのはそもそもおかしな話なのだ。



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<2021年3月21日:追記>
当記事が掲載されてからミャンマー情勢は芳しくない方向に推移し状況が悪化した。そうした変化とその背後にあるものを再度解説した記事が下記になる。ぜひご参照いただきたい。

ミャンマーの軍事クーデター激化と日本、そして国際社会