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京都で定年後生活

2013年3月60歳で定年退職。

美術館と庭園めぐり、京都の四季の行事と花を綴ります。

京町屋 中京(4)平井産業、細野福蔵商店、堀邸、金翠堂、宮脇売扇庵、大極殿、万足屋

2019-08-30 17:25:47 | 京都の町 町屋・建造物


京町屋中京区の続き第4回です。

平井産業
歴史的意匠建造物
中京区新町通姉小路下る町頭町





























古い郵便ポストの下にあった説明
正式名称は「郵便差出箱一号丸型」、京都で最初に設置されたのがこの場所だそうです。





平井産業近くの町屋






細野福蔵商店
歴史的意匠建造物
中京区高倉通御池下る亀甲屋町
















 
堀邸
歴史的意匠建造物
中京区御幸町通御池下る大文字町





金色の鍾馗さんは珍しいです。








     
金翠堂
歴史的意匠建造物
中京区六角通富小路西入大黒町





















宮脇売扇庵
歴史的意匠建造物
中京区六角通富小路西入大黒町













大極殿本舗六角店(芝田邸)
景観重要建造物、歴史的意匠建造物
中京区六角通高倉東入堀之上町

















万足屋
歴史的意匠建造物
中京区蛸薬師通麩屋町通東入蛸屋町

















京町屋外観の特徴
屋根一階庇の最前列は一文字瓦葺いています。
横の一直線と格子の縦の線の調合が町屋の外観美の一つです。

格子は戦国時代からで、内からは外がよく見え、外からはよく見えないようになっています。
家の商いや家主の好みでデザインが異なります。
上部が切り取られた「糸屋格子」、太い連子の「麩屋格子」、「炭屋格子」、重い酒樽や米俵を扱う「酒屋格子」、「米屋格子」、繊細な「仕舞屋格子」などがあります。格子を紅殻で塗ったものが紅殻格子。

ばったり床几は元々は商いの品を並べるもので、後に腰掛け用に床几として近隣との語らいの場でした。ばったりとは棚を上げ下げするときの音からきています。

虫籠窓は表に面した二階が低くなっている「厨子二階」に多く見られる意匠。
防火と道行く人を見下ろさない配慮と言われています。

犬矢来
竹の犬矢来は割竹を透き間なく組んだものから、少し透かしたものまでさなざまです。
直線的な町屋の表情を和らげてくれます。

駒寄
家と道との境界に巡らされた格子の垣。元は牛馬をつなぐためのものでした。
意匠もさまざま、栗や欅などの硬い木が使われることもあります。

鍾馗
厄除けの瓦人形は京町屋の屋根の象徴です。


各種建造物指定の説明

国・登録有形文化財
緩やかな規制により建造物を活用しながら保存を図るため,平成8年度施行の文化財制度で,登録された建物が登録有形文化財です。
登録文化財には,築後50年を経過している建造物で,国土の歴史的景観に寄与しているもの、造形の規範となっているもの、再現することが容易でないものといった基準を満たす建造物が対象となります。
京都市では,近代の建造物を中心に積極的に登録を進め,市内243件(平成31年1月末現在告示分)が登録されています。

景観重要建造物
 平成16年に制定された景観法に基づき,地域の自然,歴史,文化等からみて,建造物の外観が景観上の特徴を有し,地域の景観形成に重要なものについて,京都市長が当該建造物の所有者の意見を聞いて指定を行う制度です。
指定を受けた建造物には,所有者等の適正な管理義務のほか,増築や改築,外観等の変更には市長の許可が必要となりますが,相続税に係る適正評価や,建造物の外観の修理・修景に係る補助制度が活用できます。

歴史的意匠建造物
 歴史的な意匠を有し、地域の景観のシンボル的な役割を果たしている建築物等を京都市が指定するものです。

歴史的風致形成建造物
 平成20年11月に施行された、歴史まちづくり法に記載された重点区域内の歴史的な建造物で,地域の歴史的風致を形成し,歴史的風致の維持及び向上のために保存を図る必要があると認められるもので,京都市長が建造物の所有者及び教育委員会の意見を聞いて指定した建造物。
指定を受けた建造物には,所有者等の適切な管理義務のほか,増築や改築,移転又は除却の届出が必要となりますが,建造物の外観の修理・修景に係る補助制度が活用できます。







本能辻子、南蛮寺跡

2019-08-30 05:37:52 | 京都の町 町屋・建造物


昨日の「旧本能寺と織田信長」の続きになります。

本能辻子

京都は古くから図子(辻子)や路地が多いと度々投稿していますが、本能辻子は新たにつくられた現代版の辻子です。
旧本能小学校の跡地には、京都市立堀川高等本能学舎、消防団、本能自治会・老人クラブ、特別養護老人ホーム、老人デイサービスセンター、京都市在宅介護支援センターの複合施設が建っていますが、辻子も初めから設計されたものです。
その複合施設の中を通って、油小路から小川通りまで出入りできるのが本能辻子です。
突き当たりが袋小路になっているのが路地、隣の通りまで行けるのが図子(辻子)です。





石畳で敷かれた辻子にはギャラリーや休息できるベンチなどがあります。
私も通ってみます(油小路から小川通り)





施設名





堀川高等本能学舎





駒札










本能自治会・老人クラブハウス





ギャラリー



















広場になっています。





小川通りに出ました。
本能辻子小川門と表示されています。









この辻子は建築・環境デザイン部門・環境デザインでグッドデザイン賞を受賞しています。


南蛮寺跡
旧本能寺を東に歩いていくと南蛮寺跡があります。
南蛮寺はキリスト教の教会堂のことで、京都には室町通と新町通に挟まれた蛸薬師通北側にありました。
イエズス会宣教師オルガンティーノが信長の信任を受けて、キリシタン武将として有名な高山右近らの協力を得て天正4年(1576)に建立したものです。
『洛中洛外名所図扇面』には鐘楼を備えた3階建ての建物が描かれています。
同志社大学による発掘調査では、大きな礎石が見つかりました。また、ズボンをはいた人物を描いた線彫りがある石製硯が出土しています。
出土した礎石は同志社大学今出川キャンパス構内に移設され、現在でも見学することができます。
南蛮寺は正式には被昇天の聖母教会です。バテレンの寺は新たな京名所として見物人で賑わいましたが、天正15年に豊臣秀吉が出した宣教師追放令によってキリスト教を弾圧に転じたのです。

洛中洛外名所図扇面




南蛮寺跡の駒札と石碑









旧本能寺跡と南蛮寺の場所