京都で定年後生活

2013年3月60歳で定年退職。

美術館と庭園めぐり、京都の四季の行事と花を綴ります。

『どこでもスイッチ』

2013-07-31 06:16:57 | 科学・宇宙・歴史




山口県、島根県の豪雨災害に驚かされています。お見舞い申し上げます。

京都はこのところ毎日梅雨のように蒸し暑い日が続き、外出する気になりません。
運動不足が明らかなので、スポーツジムにでも行こうかなと思いつも足が出ず、
エアコンの効いた居間で過ごしています。
とはいえ、主夫見習いゆえ、買い物にはいかなくてはなりません。
イオンは早朝7時から開店していますので、最近はもっぱら朝にでかけます。
わが家は、小さいながらも庭が3面ありますので散水し、草取りしたり、
家の中を掃除機をかけるなどし、午後はパンを焼きながら、録画していたテレビをみたり、パソコンをいじったりしています。
退職後しばらくは、外出しないと勿体ないと思っていましたが、
最近は当たり前の日常に満足しております。
そんなわけで、最近のブログはテレビ番組関係が多くなっている次第です。

夢の扉 『どこでもスイッチ』日曜夜、TBSで夢の扉 (7月28日放送) を見ました。
今年3月、身体の周りの空間や身体そのものがスイッチになる、
いわばどこでもスイッチが生まれたと番組は始まりました。
何のこっちゃと番組に吸い込まれていきました。

わずかな身体の動きでスイッチをオンする「どこで もスイッチ」は、
最先端のコミュニケーショ ンツールで、不可能を可能にするというものです。
開発者は、東京大学 先端科学技術研究センターの 巖淵守 准教授です。

ほんの少し首を傾ける、指を動かす、強く目を閉 じる。
たったそれだけの動きで家電のスイッチをオンにしたり、
メールを打った りできるというものです。

この機器は、空間や顔の一部を“スイッチ”として 設定でき、
身体を動かすことが難しい重度の障が い者も、自分の意志で 家電を操作したり、
自分の想いを伝えたりでき る、画期的なコミュニケーションツールです。
番組は巖淵先生が、なぜこの分野に進んだか、阪神淡路大震災の経験を踏まえて、
研究テーマが変わっていった経緯も伝えています。

今年3月に完成した“どこでもスイッチ”を 携え、脳性麻痺で重い障がいが残る、
学生の長田君のもとを訪ねます。
開発したスイッチは、長田君の口元をスイッチにして機械操作できました。
喜ぶ長田君の笑顔がこの機械のすばらしさを伝えています。

番組を見終わり、重度な障がい者の新たなコ ミュニケーションツールとしてかなり有望だと思いました。
こういう技術がさらに開発されることを望みます。



巖淵准教授





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日曜美術館 夢の富士山 傑作10選

2013-07-30 06:38:26 | 美術・博物館



日曜夜のNHK美術館 『夢の富士山 傑作10選 ~巨匠たちの知られざる物語~』を見ました。

出演は ロバート・キャンベルさん(東京大学教授)、VTR出演 山口晃さん(画家)、
佐藤可士和さん(デザイナー)でした。

富士山ほど描かれた対象が多い作品はないかもしれません。
誰でも一度は富士山を描いた記憶はあると思います。
私も小さい頃、富士山の姿を描きました。

今回世界文化遺産に登録され、富士山特集が各局で放送されました。
私もいくつか見ましたが、何度見ても富士山は素晴らしい山だと思います。
勿論現在活火山であり、いつまた噴火があるかわからないという生きた山ですが。

現在富士山登山がブームのようですが、私は高所恐怖症で、だいぶ以前五合目までは
バスで行ったのですが、それ以上登ることは考えられません。

そんな富士山を多くの芸術家も描いています。
あらためて今回の傑作10選を見て、日本人の富士山好きを知る次第でした。
それにしても、いつも思うのですが、ロバート・キャンベルさんの日本についての
博学ぶりには驚かされますね。

番組で紹介されたのは、誰もが思い浮かべる葛飾北斎の「冨嶽三十六景」。
北斎に負けじと、富士山を描いた谷文晁。
20世紀、北斎を心の師と仰ぐ片岡球子。
霊峰富士を1500枚も描いたという横山大観。
101歳まで富士 山と格闘した奥村土牛。
室町時代から伝わる富士山の名画や、洋画家・梅原龍三郎と文人画家・富岡鉄斎。
豊臣秀吉の陣羽織、そして尾形光琳の名作も紹介されました。

それぞれ見事な作品です。

1,葛飾北斎「富嶽三十六景」(1831~35)




2,谷文晁「富士山図屏風」(1835)



3,片岡球子「富士に献花」(1990)




4,奥村土牛「平成の富士」(1990)



5,横山大観「朝陽霊峰」(1927)




6.「富士参詣曼陀羅図」(室町時代)




7.「富士御神火文黒黄羅紗陣羽織」(桃山時代)




8.尾形光琳「扇面貼交手筥」(江戸時代中期)
蓋を開けると富士山の絵がでてきます。




9.梅原龍三郎「朝陽」(1945~7)






10.富岡鉄斎「富士山図屏風」(1898)





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『八重の桜』の特別展

2013-07-29 07:30:18 | 美術・博物館

NHK大河ドラマ特別展『八重の桜』が京都文化博物館で開催されています。
日曜日、妻と見に行ってきました。
新島八重の波乱な生涯が時代背景、生い立ち、そして亡くなるまで、
わかりやすく展示されています。








京都文化博物館は今回の展覧会企画を次のように案内しています。

平成25年(2013年)のNHK大河ドラマ は、会津出身の新島八重の生涯を描きま す。
八重は、会津藩の砲術師範であった山本 権八・佐久の子として生まれました。
1868 年の戊辰戦争時には鶴ヶ城に籠城し、自ら も銃をとって男性と共に奮戦します。
会津藩の敗戦後、八重は兄の山本覚馬を頼って 京都に移り、
半年後、京都最初の女学校 「女紅場」の教師となります。
その傍らで 英語や聖書も学び、1875年、アメリカ帰りで後に同志社の創立者となる新島襄と出会 い、その翌年に結婚。
男女の平等を望み、 レディファーストを貫く八重の生きざまを、襄は「ハンサム」と評し ました。
日清、日露戦争が起こると八重は、故郷の魂を胸に篤志看護婦として 果敢に行動していきます。
本展は、NHK大河ドラマ「八重の桜」と連 動して、同時代の資料や新島八重ゆかりの品々を紹介します。
戊辰戦 争の敗戦から立ち上がる人々の姿を通して、復興へのメッセージを伝 える展覧会です。」


出品目録は次ような構成でした。
第一章 「会津の教」
第二章 「幕末の京都」
第三章 「会津籠城」
第四章 「古都復興ー覚馬と譲ー」
第五章 「ハンサムウーマンへ」

見終わって、なかなか出来た展示会だと思いました。
幕末から明治にかけての時代背景や当時の資料などが非常に充実しています。
懸命に生きた八重の生涯には圧倒されます。

新島八重は今回のNHKの番組で一気にクローズアップした感があります。
私が初めて新島八重を知ったのは、だいぶ前です。
京都御所の東に新島譲の旧邸があり、土日公開されていました。
その当時はそんなに入館者も多くありませんでした。
その旧邸に新島譲の資料が展示され、八重の資料もありました。
なかなかすごい人だなという印象をもっていましたが、その当時の印象は、
あまりいいものではありませんでした。

今回、八重にこれほどスポットがあたるとは思ってもみませんでした。

この旧邸は同志社大学が管理していて、放映後は予約入館にしているようです。


新島旧邸

同志社の創立者、新島襄と妻・八重の私邸。1878年に竣工した木造2階建ての 和風建築に洋風の手法を取り込んだ造りの建物。1985年、京都市指定有形文化 財に指定されます。




新島譲は47歳直前で亡くなりました。その時八重45歳です。
私、新島譲についてはいつも思うのですが、もっと長生きしてほしかったと。





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天龍寺暁天講座に行ってきました。

2013-07-28 06:48:05 | 坐禅会


今年も天龍寺の暁天講座に参加してきました。
着いたのは5時35分くらいでしょうか。
早朝なので、車も少なくスムーズに行くことができました。

駐車場に止めて歩いていくと、庫裏全体が工事用シートで覆われています。
天龍寺は工事中だったのです。
僧侶に案内され、いつもと違う庭から方丈に入りました。







坐禅開始まで、早朝の曹源池を眺め、清々しい気持ちを満喫します。
やはりここは落ち着きます。








坐禅開始前の坐禅会場です。




6時執事長から坐禅の説明を受け、休憩をはさんで20分間2回の坐禅をします。
毎回思うのですが、驚策で坐禅に集中できないのは何とかならないものか。
長時間の坐禅は、確かに肩や背中が張ってきますので、驚策を受けるとスッとします。
また、時には睡魔が襲って来ることもあります。そんな時の驚策だと理解しています。
坐禅を開始した途端に、パンパンされると、未熟者ゆえ落ち着きません。

坐禅終了後、般若心経を読経し、佐々木管長の提唱が行われます。
夢窓国師の『夢中問答集』の16問答です。
約1時間提唱を受けます。

禅は全ての問題を自己の内面に求めていきます。
社会の乱れや混乱を批判するばかりではなく、自己の内面を律していきます。
内面的な安らぎを得るには、我見を捨てよと教えます。
そして、あらゆる執着を捨てよと教えます。







坐禅終了後、いつもは素麺が参加者に振る舞われるのですが、
今年は工事中で、素麺ではなく、ペットボトルのお茶となりました。
別に素麺で暁天講座に来ている訳ではないのですが、毎年と違うのはやはり寂しいです。
お茶をいただき、曹源池を眺める参加者です。





終了後の会場
























池では蓮が咲いています。








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夢の扉 巨大海上都市が人類を救う

2013-07-27 08:55:35 | 科学・宇宙・歴史


日曜日の夜 「夢の扉」という番組が放送されています。
日本人の新たな技術開発を伝えています。
時にはこんなこと本当にできるの、まるで夢物語の世界じゃないの、
と思えることに真剣にチャレンジしている開発者の姿は、とても輝いていて、
大好きな番組のひとつです。
戦後の日本人のリーダーの奮闘を描いた、NHKの「プロジェクトX」という番組を
思い出させてくれます。
今回は、その夢物語の世界じゃないのという番組でした。

番組内容は、夢の扉HPから引用します。

「赤道直下に巨大な“環境アイランド”をつくろうとい う壮大なプロジェクトが始動した!
海上に直径3kmの人工島を浮かべ、その上に高さ1000mのタワーを建て、 全体で10万人が居住する都市をつくるという「グ リーンフロート構想」だ。

今赤道直下にある太平洋の島国が、地球温暖化に伴う海面上昇で、水没の危機にある。
国土は海に削り取られ、住居 は海に呑まれていく。

そんな地球環境問題の新たな解決策として、この 構想を考案し、 プロジェクトの責任者を務めるのが、清水建設の 竹内真幸55歳。
『夢を持つことで、技術は進歩する』と、竹内は 人類の未来を見据えて語る。

巨大なタワーの構造材には、海水から抽出したマ グネシウムを使い、エネルギーはタワー下層そして、宇宙太陽光発電などを利用。
そしてタワー下層部に植物工場を設置し食糧を 自給自足し、CO2を吸収してマイナス化するとい う『植物のような都市』の建設だ。

「そんな夢物語・・」 社内からは疑問の声―。竹内は無理に説得するのではなく、夢を語り続け、周囲が『共鳴』していくのを待っ た。共鳴者を増やし、最先端の研究や 技術を結集することで、プロジェクトは夢ではな く、実現に向け少しずつ進んでいく―。

「グリーンフロート構想」に期待を寄せるのが、 水没の危機が迫る太平洋の島国、 キリバス共和国のアノテ・トン大統領。竹内は構想を大統領に直接説明するため、片道 丸2日をかけキリバスを訪れた。果たして、もう一 人『共鳴者』を得ることはできるのか―。 世界の環境問題に立ち向かう竹内の壮大な夢と、その実現性に迫る。」
というものです。

番組を見終わって、まだ夢みたいな話じゃないのと思っています。
おそらく巨額になるだろう建設費用はどうするのとか、まるで人類移住計画みたいな話だなと考えてしまいました。

でも一方で、いずれこういう世界は来るのだろうなという気もしました。




清水建設のHPより引用






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北野天神さんの縁日に行ってきました。

2013-07-26 06:40:00 | 京都めぐり


昨日、毎月25日に開催される北野天満宮の縁日にいってきました。
京都では21日の東寺の縁日(弘法市)と並んで有名です。

北野天満宮は、「北野の天神さん」と親しまれています。
947年に創建さ れ、菅原道真公をお祀りする全国に約 一万社御鎮座する天神社・天満宮の宗祀の神社です。
特に学問の神様としての信仰が篤く、受験シーズンは大勢の学生が参拝に訪れます。
国宝・本殿は 1607年に豊臣秀頼が造営したもので、八棟造と称され絢爛豪華な桃山建築です。
菅原道真公が殊のほか愛でられた梅と紅葉の名所でもあります。
毎月25日は、菅原道真公の誕生日と命日が25日にちなんで 行われる縁日で、境内には多くの露店が立ち並び賑わいをみせます。骨董品も多く、全国から掘り出し物を求めて大勢の人が訪れます。
また、この日は宝物殿を特別 公開しています。

京都に長く住んでいますが、天神さんの縁日に来たのは3回目くらいです。
働いている時は平日に来ることはできません。
平日に来れるのはやはり退職者の特権と言えます。

天神さんに着いたのは朝8時過ぎということもあり、ゆっくりと露店をみて見てまわることができました。時間が経てば身動きできないほど混雑します。

本殿前にいくと、大福梅の土用干しが行われていました。
梅とゆかり深い北野天満宮には、境内一円 に約50種、1,500本の梅の木があり、京都随一の梅の名所として2~3月は観梅者で大変な賑わいを見せます。
境内で採取し、塩漬された約2.5トンの梅の実を、 すのこの上にむしろを敷き、その上に並べて約4週間かけてカラカラになるまで干し上げます。
干し上がった梅の実は、再び塩をまぶして樽に11月下旬まで貯蔵した後、裏白を添えて奉書紙で包み12 月13日の事始めの日から12月25日の終いの頃まで、全国からの多数の参拝者に授与されます。

本殿で参拝し、縁日で少し買い物して帰りました。









































































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坐禅再開、暁天講座に行こう。

2013-07-25 06:56:37 | 坐禅会


退職して4か月目の7月も下旬、祇園祭や美術館通いで出歩くことが多かったので、昨日は一日中外出せず、家の中で過ごすことにしました。
とはいえ、主夫見習い中ゆえ、ひととおりの家事まがいのことはしなくてはいけません。
和室でくつろぎ、退職前に退職後にしようと考えていたことが、今できているのか思い返してみました。
1.主夫見習い
2.花見や美術館や博物館に行ったり、大好きな庭園でのんびりと時間を過 ごす。
3.ボランティアや無償の手伝いをする。
4.ブログを始める。
5.坐禅を再開する。

1,2,4はできていますが、3はまだ何もできていません。
5の坐禅は再開しはじめようとしています。まだ本格的な坐禅会には行けていません。
理由は、思いもかけないアレルギー症状が退職直後に発症し、精神的にもだいぶ落ち込んだことも影響しています。
体調不良状態ではボランティア先に迷惑をかけかねません。また鼻づまりで呼吸が苦しくては坐禅は無理です。

ということで、坐禅ができてないと思い立ち、座布団を2枚出し坐ってみました。
久しぶりのわが家での坐禅は、それはそれはひどいものでした。雑念がつぎつぎ襲ってくるわ、半眼を保つことさえできず、眼を閉じてしまう始末です。
たった15分間もまともに坐ることさえできず、気落ちしてしまいました。

そんな思いを絶ちきるようにと、1冊の本を出し目を通しました。
古い本ですが、山田無文の臨済録の提唱をまとめた『臨済録』です。
この本は修行僧相手のいわば講義内容です。
私はいままで2人の老師から臨済録の提唱を受けましたが、この本の迫力を越えるものではありませんでした。
在俗の私たち向けと修行僧相手では、話す内容が違うのかも知れませんが。
以前は坐禅で心が折れかかると、山田無文禅師の本を読むようにしていました。
読めばもう少し頑張らないといけない気持ちになります。

私が禅寺の坐禅会に初めて行ったのは2005年です。
以来、大徳寺以外の京都の各禅寺本山の坐禅会に参加し、ひたすら坐ってきました。
ところが、1、2年ほど前に体調を崩し、坐禅を休んでいました。
最近は体調も少し回復してきたので、坐禅会への参加を再開しよう思っています。
私がよく通っていた坐禅会は、30分を3回(約90分)休憩を挟みながら坐ります。
最初はきついですが、慣れれば苦にはならなくなります。

祇園祭が終わる頃から、京都の禅宗本山では暁天講座が行われます。
建仁寺は終わりましたが、今度の土日27,28日天龍寺の暁天講座があります。
これには毎年参加しています。
時間 :朝6時~坐禅、7時~管長提唱
早朝の名勝曹源池を眺めるのは格別で、至福の時間です。
また終了後に参加者に振る舞われる素麺をいただくのも楽しみです。
なお、暁天講座参加者は普段有料の駐車料金や拝観料も無料です。

以前も書きましたが、8月は多くの本山寺院で暁天講座が行われます。

8月1,2日 :智積院(6時~読経、講座)無料
8月2,3,4日:東福寺(6時~坐禅、講座)無料
8月6,7,8日:妙心寺(6時~坐禅、講座)500円

私はまだ行ったことはないのですが、知恩院 (7/27~7/31)、相国寺(8/2,8/3)予約制、もあります。
上記以外にも調べれば行われているようです。



私が使う線香





坐布団2枚




昨年の天龍寺暁天講座の時の曹源池




終了後参加者が曹源池を見ながら素麺をいただく。













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日曜美術館 筆を持たない天才芸術家 ・岡倉天心

2013-07-24 08:27:34 | 美術・博物館


NHK-Eテレ 日曜美術館( 再放送:7月21日夜)で
『筆を持たない天才芸術家・岡倉天心』を見ました。

岡倉天心(1863-1913 )と言えば、私も教科書で学んだ記憶のある人物です。

番組では、岡倉天心は明治時代、西洋化の荒波に逆らい、
日本独自の美を目指して美術界を牽引した。
横山大観、菱田春草、下村観山などの画家たちを育て、“近代日本画”を打 ちたてた 。
天心と弟子たちは固い絆で結ばれていた。
天心が東京美術学校校長の座を追われた時、一緒に学校を去り日本美術院を立ち上げた。
美術院が経営難から茨城県五浦 に“都落ち”した時、天心と一緒に不便な地に移住した。
「人の型を踏むな」「芸術は 無窮を追え」と独創性を求めた天心。
弟子たちはその言葉を座右の銘とした。
今年は、岡倉天 心の没後100年にあたる。
番組では、天心の指導を受けて、大観、春草が描いた作品を紹介 しながら、
師弟の熱い交わりの中から近代日本画が誕生する軌跡追っていきました。

番組を見終わって、あらためて岡倉天心のすごさを学ぶことができました。

岡倉天心は日本の伝統美術を世界に示し、近代日本美術界の骨組みをつくった、
日本美術の総合プロジューサーのような人と言えるかもしれません。

岡倉天心は明治の文明開化という時代、海外に開かれた横浜で英語を学び、
1875年東京開成学校に入学し、外国人教師フェノロサに学びま す。
同時に 日本美術に傾倒したフェノロサの通訳として、古美術への関心を深めます。
奈良法隆寺の久世観音と対面し、激しく心を揺さぶられ、
美術こそすぐれた国の華であると考えるようになりました。
生涯にわたり、世界的視野で日本美術を見てきた人だと言えます。

横山大観、下村観山、菱田春草らは、岡倉天心の理想を受け継ぎ、
広く世界に目を向けながら、日本の伝統絵画に西洋画の長所を取り入れました。

自らは絵を書かず、画家を育て上げた功績はすごいと思いました。




岡倉天心





菱田春草







菱田春草「落葉」






横山大観







横山大観「屈原」





下村観山





下村観山「 弱法師」



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映画『風立ちぬ』を見てきました。

2013-07-23 07:22:55 | 定年後生活


昨日映画『風立ちぬ』を見てきました。
定年退職後映画を見るのは2本目です。少ないですね。
宮崎駿監督の映画ということで、期待して見に行きました。
平日で朝一番の上映時間にも関わらず観客は多いと思いました。
年齢層は20代から60代と幅広かったです。
公表されている映画 のあらすじと解説を載せておきます。

あらすじ
大正から昭和にかけての日本。戦争や大震災、世界恐慌に よる不景気により、世間は閉塞感に覆われていた。航空機 の設計者である堀越二郎はイタリア人飛行機製作者カプ ローニを尊敬し、いつか美しい飛行機を作り上げたいとい う野心を抱いていた。関東大震災のさなか汽車で出会った 菜穂子とある日再会。二人は恋に落ちるが、菜穂子が結核 にかかってしまう。

解説
宮崎駿監督がゼロ戦の設計者・堀越二郎と作家の堀辰雄を モデルに、1930年代の日本で飛行機作りに情熱を傾けた青 年の姿を描くアニメ。美しい飛行機を製作したいという夢 を抱く青年が成し遂げたゼロ戦の誕生、そして青年と少女 との出会いと別れをつづる。主人公の声には『エヴァンゲ リオン』シリーズなどの庵野秀明監督を抜てき。ほかに、 瀧本美織や西島秀俊、野村萬斎などが声優として参加す る。希代の飛行機を作った青年の生きざまと共に、大正か ら昭和の社会の様子や日本の原風景にも注目。

映画を見終わった私の感想です。
1930年代は日本が戦争へ向かっているときです。
ゼロ戦はかつての戦争の殺傷兵器の主役の一つです。
ゼロ戦で多くの命が犠牲にもなりました。
そう意味では非常に複雑な思いで見ました。

堀辰雄は代表作『風立ちぬ』という小説のなかで、
『風立ちぬ いざ生きめやも』とポール・ヴァレリーの詩を訳した一節を入れました。
それは生きる覚悟と不安の入り交じった複雑な言葉です。

かつての時代は、不条理な戦争そして当時は不治の病だった結核で、
多くの若者がどんなに生きたくても生きられない時代でした。
そういう時代の「いざ 生きめやも」ではなく、
「生きねば」と宮崎駿さんは強いメッセージを込めたのだと思いました。
この映画は、宮崎駿さんのかつての時代への鎮魂であり、
現代の若者への激励だと思いました。

小説の『風立ちぬ』で結核で亡くなる婚約者の名前は『節子』 ですが、
堀辰雄は『菜穂子』という小説も書いています。
小説は堀辰雄の体験を元に書かれた叙情豊かな純愛小説です。
宮崎駿さんは堀辰雄の作品がよっぽど好きなのだと思いました。

当時の時代背景の絵が非常に精緻で見応えがあります。
震災を逃げ惑う群衆は迫力があります。

音楽久石譲、主題歌 荒井由実も抑えた感じで良かったです。

家に帰り、昔読んだ堀辰雄の『風立ちぬ』をもう一度読み返してみました。









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団塊スタイル 料理研究家 谷島せい子

2013-07-22 06:55:03 | 団塊スタイル


私は団塊世代ではないのですが、NHKーEテレの団塊スタイル はときどき見ています。
7月20日は、人物の魅力を紹介する 「D'sスタイル」でした。
そして今回の人物は、料理研究家の谷島せい子さん(65)でした。
谷島さんは、客室乗務員から料理研究家となり、子どもを育て、50代で離婚、母親の介護も経験され、現在は都内でひとり暮らしをしています。
住まいづくりの工夫や、手軽に作れて保存ができる料理、趣味を大切にする時間の使い方など、素敵な60代のゴールデンライフを過ごしていらっしゃいます。
谷島さんの60歳をこえてからのシンプルなライフスタイル(小さな暮らし)や、楽しく豊かに暮らしている姿は、私から見ても実に素敵だと思いました。

番組のなかで谷島さんは、『どんどん歳をとっていくのを想定し、自分の身の丈サイズの生活を心がけ、居住まいをサイズダウンすることでできた』とおっしゃっていました。
実際住居も1/3にし、手の届く範囲に物があるようにしてきたそうです。

私は谷島さんはという方は全く存じ上げていませんでしたが、番組を見て、谷島さんの生き方に全く同感です。

私たち夫婦には子どもが3人いますが、3人とも結婚して家をでました。
5人の生活がいまや夫婦二人暮らしです。
私は定年後は居住まいをできるだけ質素に、できるだけ物は処分するようにしようと考え、毎年1回程度車にいっぱい詰め込み、京都市のクリーンセンターで処分します。
先日は私の衣類を整理し、ゴミ袋3つ分ほど処分しました。
長い間使わずにあるものをいつまでも未練がましく置いておくのは、無様に思えます。

定年後の人生は、いままで背負ってきたさまざまな荷物をひとつひとつ肩から下ろしていく生き方をしたいと思っています。
荷物を下ろさないと心の豊かさや自由は得られないと考えています。
ところが言うは易しですが、実際は人には執着がありますからなかなかできません。
それでも意識しておけば、ずいぶん違うと思っています。

谷島さんの生き方を番組を見て、谷島さんの著書もぜひ読んで見たいと思いました。















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期待はずれだった2013京展

2013-07-21 07:01:03 | 美術・博物館


京都市美術館で2013京展を見て来ました。
京展は、京都市主催の総合公募展で、日本画,洋画,工芸,彫刻,版画,書の6部門にわたって入選,入賞した作品を展示しています。

主催者である京都市は、
『「京展」は,全国規模の総合公募展として,80年近くの歴史があり,日本画,洋画,工芸,彫刻,版画及 び書の6部門から選ばれた優秀な作品を展示しています。名だたる作家を輩出してきた本展は,新人作家の登 竜門として,多くの皆様に親しまれています。 この度,京都市美術館開館80周年記念展「2013京展」における入選作品451点の中から,審査員による選 考の結果,「京展」などの各賞,今回特設の京都市美術館賞80周年記念特別賞(コレクション展),京都市 美術館賞(コレクション賞),芝田記念賞及び京都市美術館館長奨励賞の合計33点の受賞作品を下記のとお り決定しましたので,お知らせします。
なお,京都市美術館開館80周年記念展「2013京展」では入賞作品を含めた,全入選作品451点を展示します』。と広報していました。


作品を見終わっての私の感想です。
期待して行ったのですが、率直に言って、どれも力作ですが心に残った作品がほとんどありませんでした。
賞に選考された作品も、なぜこの作品が受賞されたのか理解に苦しみます。
私は単なる美術好きの素人ですが、新人作家の登竜門というので、日本画にも洋画にも作家たちのギラギラと主張する作品が出品されているかと思ったのですが、多くは平凡な絵ばかりでした。
蛇足ですが、出品作品の多くが大作なのですが、どこに飾るのだろうと考えてしまいます。たしかに、美術館のような天井も高く、広い空間では、大作の方が映えるにかもしれませんが、一般家庭では間違いなく飾れる場所はないでしょう。
作品の質は小品な作品でも関係ないと思います。
最近の美術団体の傾向なのでしょうか。大作ばかり目につきますが、ほとんどが大味です。

本当はこんなこいとは書きたくなかったのいですが、非常に残念な思いで美術館をでました。来年を期待します。








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日曜美術館 江戸琳派の異才 鈴木其一

2013-07-20 06:33:38 | 美術・博物館

日曜美術館 江戸琳派の異才 鈴木其一日曜美術館(2013年7月7日放送 再放送:7月14日夜)

「アメリカを魅了した“江戸の朝顔” ~江戸琳派の異才・鈴木其一~」を見ました。

私は鈴木其一 (1796~1858)という 江戸琳派の絵師のことは、あまり知りませんでしたが、画面に映し出された、『朝顔図屏風』を見て圧倒されてしまいました。
金色をバックに強烈な青の朝顔図は、一度見たら忘れられない絵です。
見るからに琳派の画風です。光琳や等伯を彷彿させる力強さがあります。

番組冒頭で、 メトロポリタン美術館でこの絵を見た人が、
『部屋に入ったらパッと目に飛び込んできて、何なの このすごい絵は !』、
『こんな強烈な青 どうやって作ったの』と言っていましたが、私も全く同感です。

鈴木其一は長い間評価されず、この屏風も海外に手放されてきたそうですが、
最近になってやっと評価されてきたというのは、喜ばしい限りです。

番組はつぎのように進んで行きました。

『アメリカ最大の美の殿堂、メトロポリタン美術館で、人気を集める絵がある。
金ぱくの地の上 に、鮮やかな朝顔が乱舞する「朝顔図屏風」。江戸琳派の絵師・鈴木其一の最高傑作。
なぜ国 境を越え人々を魅了するのか、その魅力の秘密をさまざまな専門家たちが、解き明かしてい く。
朝顔の鮮烈な青の顔料を、メトロポリタン美術館科学部が調査。その結果、繊細な表現 を出すための、其一ならではの工夫が発見された。
またマドンナやレディ・ガガの衣装をデザ インするニューヨークのトップデザイナーが、独特の浮遊感を生む構図を分析する。
鈴木其一は、江戸琳派の巨匠・酒井抱一の下で、伝統的な琳派の技法を学び、江戸ならではの 粋でエネルギッシュな美意識を身につけ、師匠亡き後、大胆で斬新な作品を次々に描き上げ た。
それは、尾形光琳や酒井抱一の表現を意識しながらも、全く違う個性豊かな表現だった。
其一が活躍した江戸末期、北斎や広重、写楽などの天才たちが次々に登場し、西洋画も入って きていた。
大衆文化爛熟期、伝統を受け継ぎながら近代へとつながる新しい表現を生み出した鈴木其一の魅力に迫る。』 と。

そして番組は鈴木其一の魅力を伝えてくれました。

私は番組を見終わり、鈴木其一という絵師の作品をもっと見てみたいと思いました。
できうるなら、京都の美術館で江戸琳派の系譜の企画をやってほしいものです。



朝顔図












夏秋渓流図





この屏風も素晴らしいです。
私はなにぶん素人につき、専門家の評価を載せておきます。

『檜の林と岩間を流れる渓流が連続する六曲一双屏風に、山百合の咲く夏景と柿葉 の紅葉に染まる秋景を描いている。
限定されたモチーフによりながら、鮮やかな 緑青や群青と金地の強烈な対比、複雑なかたちの岩肌をねっとりとアメーバのよ うに這う水流、樹皮や百合の花、柿の葉の克明な描写に対して極端に単純化され た岩笹など、生々しくも非現実的な感覚をたたえた作品である』と。






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祭りのあと 日常に

2013-07-19 08:43:33 | 京都めぐり


山鉾巡行が終わり、ひとまず私の祇園祭は終わりました。

とは言え、実際の祇園祭は31日まで行われます。
20日 花傘巡行宣状 授与式 花傘巡行に奉仕する馬長稚児、児武者の宣状が交付。
23日 煎茶献茶祭 煎茶道家元の輪番奉仕により行われる。
琵琶奉納 琵琶協会により、琵琶の奉納が行われる。
24日 花傘巡行 傘鉾や馬長稚児、児武者らが石段下を出発 し、四条通などを練り歩く。
八坂神社に到 着後 、舞踊の奉納を行う。
夕方から還幸祭 が行われ、神霊を 本社に 戻す。
25日 狂言奉納 茂山忠三郎社中により狂言奉納が行われる。
28日 神用水清祓式、 神輿洗式
29日 神事 済奉告祭 祇園祭の終了を奉告し、神恩を感謝する 。
31日 疫神社夏越祭 鳥居に大茅輪を設け、くぐって厄気をはらい、護符を授かる 。

ブログに祭りを書くのは、終わりにしたつもりでしたが、余韻を味わいに山鉾町に行って来ました。
午前8時過ぎ、山鉾の解体作業は既に終盤に入っていました。

その横をサラリーマンとおぼしき人たちが足早に職場に向かっていきます。
露店も引き上げ、喧騒はうそのように消え、いつもの町にもどりました。
また来年も宜しくお願いします。



月鉾







放下鉾








南観音








北観音山








山伏山もすっきり片付きました。








菊水鉾








函谷鉾








長刀鉾








いつもの新町通り、室町通りにもどりました。













31日まで祭りが続く八坂神社






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建仁寺暁天坐禅・緑陰講座

2013-07-18 06:43:36 | 坐禅会


昨日は祇園祭のハイライト山鉾巡行でしたが、朝から拠無い用事があり、終わって家に帰って来たのは14時過ぎでした。
早く終われば、巡行を見に行こうと考えていましたが、行けずに残念です。

この数日は雨も降ったせいか、35度を越す猛暑は一休みといったところで喜んでいます。
何よりも夜エアコンをかけずに、窓を開けたままで眠れるのがうれしいです。

雨が続いたせいか、小さい庭ながらも植えている芝が一気に伸びてきたので、
小型電気芝刈り機で芝刈りしました。わずか半時間もしないうちに、汗がふきだしてきました。やはり、こういう作業は朝だなと痛感しました。


ところで、13日建仁寺暁天坐禅・緑陰講座2日目に行ってきました。
6時半開始なので、それにあわせて家を出て、着いたのは6時でした

早朝にも関わらずたくさんの方が来られていました。
実は建仁寺坐禅会への参加は久しぶりです。
以前はほとんど毎月通っていたのですが、この1~2年、体調を崩して坐禅会を休んでいました。それでも緑陰講座だけは多少の無理をしても参加するようにしていました。

緑陰講座2日目の講師は 薮中三十二氏(1948年1月23日 ~ )です。
薮中氏は日本の外交官、シカゴ総領事、外務省アジア大洋州局長、外務審議官等を経て、外務事 務次官を最後に退官し、外務省顧問及び立命館大学特別招聘教授に就 任。
という経歴の持ち主です。
日本外交の事務方トップとして、各国と交渉されてきた人です。

最近の日中、日韓、北朝鮮をめぐる緊張した情勢を、日本外交のトップであった薮中氏から直接聞いて見たかったのです。

聞き終わって、やはり外交は相手のあることゆえ難しいことを痛感しました。

とかく、日本の外交は弱虫外交と批判されますが、言うべきことはきちんと言うことが大事だと思いました。





早朝の花見小路(車窓撮影)






建仁寺北門







坐禅会の看板







建仁寺本法








方丈の坐禅会場








坐禅開始前のひととき、参加者が方丈庭を眺めています。
銅葺き屋根の大改修が終わり、創建当時のコケラ葺き屋根になっています。






6時半、直日僧侶が参加者に坐禅の仕方を説明し、15分の坐禅を休憩をはさんで2回行います。坐禅終了後、般若心経と白隠坐禅和賛を読経後、緑陰講座に入りました。

時間の関係でやむを得ないのですが、15分の坐禅は短すぎます。
また、多くの坐禅会で驚策が濫用され、私は落ち着いて坐れないと思っています。





講義を聞く参加者







講師の薮中氏、講義に熱が入り時間超過するほどでした。






講義内容







方丈前庭
























潮音庭








風神雷神図







金沢翔子氏寄贈の書『風神雷神』です。何回見ても迫力ある書ですね。










掛け軸



















2日目の参加者は200名以上です。
毎年この講座の参加者が増えているようです。





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祇園祭 16日宵山 の日

2013-07-17 07:21:05 | 京都めぐり



16日は祇園祭 の宵山で、毎年身動きがとれないほどの人出となります。
私も山鉾が大勢の人で埋め尽くされる宵山の雰囲気を味わいたいのですが、
夜は行けませんでした。残念。

それで、午前中に買い物や銀行などの用事を済ませ、午後でかけました。
行先は保昌山です。
この山は少し離れた場所にポツンとあるので、今まで訪れていませんでした。
四条西洞院バス停を降り、保昌山のある町内までとことこ歩いていきました。

訪れる人は少ないと思っていましたが、女性の方が非常に多いのにびっくりです。
どうも、この山の由来(縁結び)に原因がありそうです。
恋?の願いを込めた絵馬が、あちこちに結びつけられていました。
こういう山鉾は初めてです。

今日17日は山鉾巡行の日ですが、所用で行くことができません。
連日祇園祭をブログに載せてきましたが、今日でおしまいでです。


保昌山
写真をお借りしました。




【由 来】

丹後守平井保昌と和泉式部の恋 物語に取材し、保昌が式部のために紫宸殿の紅梅を手折ってく る姿をあらわしている。御神体〔人形〕は緋縅の鎧刀をつけ、梨地蒔絵の台に紅梅をいっぱいにもってこれをさ さげている。

【装飾】

頭は明応9年〔1500〕, 胴は寛政〔1789~1800〕頃、町内に住んでいた彫刻師勇祐の作であるという 。前懸の緋羅紗地に蘇武牧羊図、胴掛の張騫巨霊人に鳳凰虎を配した刺繍は円山応挙〔1733~95〕の下絵である。近年、それらを復元新調して いる。下絵は別に屏風に仕立て保存している。 見送りは福禄寿、弁財天に唐子を配した綴錦で寛政10年〔1798〕の作、水引は雲龍波濤文様に鳳 凰鶴虎を配し、特に孔雀の羽根を縫込んだ刺繍の逸品である。 山の故事にちなみ宵山には「縁結び」の御守りが授与される。


























御神体





縁結びの提灯







絵馬「結婚できますように」
















某テレビ局







巡行で先頭を行く長刀鉾








宵山の夜は、京都新聞記事で味わってください。

山鉾仰ぐ、夏の陰影 祇園祭宵山、27万人

京都の夏を彩る祇園祭は16日、「宵山」を迎えた。32基の山鉾が立ち並ぶ京都市中心部の山鉾町では、 夕暮れとともに駒形提灯に明かりがともり、祇園囃子と相まって祭りムードは最高 潮に達した。

目抜き通りの四条通では午後6時に歩行者天国が始まると、人の波がどっと押し寄せた。そぞろ歩きを楽し む浴衣姿のカップルや、夜空にそびえる鉾を仰ぎ見る家族連れなど、思い思いに祭りの風情を楽しんだ。

山や鉾の近くでは、ちまきやお守りを授与する子どもたちが「常は出ません、今晩限り」とかわいい声を響 かせ、見物客らは宵山情緒に浸っていた。人出は約27万人(午後11時、京都府警調べ)で、昨年より13 万人少なかった。







大勢の見物 客で埋め尽 くされた四 条通。駒形 提灯に照ら され人波に 陰影をつ くった(1 6日午後7 時半、京都 市下京区四 条通寺町か ら西を望 む)
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