京都で定年後生活

2013年3月60歳で定年退職。主夫見習い中。
美術館と庭園めぐり、京都の四季の行事と花を綴ります。

堂本印象『いのちのかがやき』、市原義之『自然賛歌』展

2014-07-31 05:29:11 | 美術・博物館

祇園祭も終わり、美術館めぐりも再開しました。
堂本印象美術館で、『いのちのかがやき 印象の花・鳥・動物』展と、同時開催で『市原義之 自然賛歌』展(~10/5)が開催されています。

美術館所蔵の数ある作品のなかから、堂本印象の「花」「鳥」「動物」の作品を厳選したものです。





堂本印象(1891~1975)は京都市生まれ、1919年(大正8年)、帝展初出展作「深草」が入選。
帝展第3回展で「調鞠図」で特選、第6回展の「華厳」は帝国美術院賞を受賞し、第一級の日本画家として認められます。
戦後、抽象表現や障壁画の世界にも活躍の場を広げ、国際展覧会に多くの作品を出展するなど国際的にも活躍した画家です。

1961年(昭和36年)に文化勲章を受賞しています。
私は、印象の抽象画ではなく、具象的な作品が好きです。

多彩な色調と繊細な筆致で描かれた作品が非常に見ごたえがあります。
上村松篁、敦之親子の花鳥画に似通う作品が多いという印象です。

やはり、印象の作品は見ていて落ち着きます。
確かな技術に裏付けされた、絵画は安心して鑑賞できます。

私の手持ちの画集から印象作品を紹介します。

「乳の願い」1924




「兎」1931




「雪」1930




「羽風」1929




「白鷺」




「紫陽花」1965





「桔梗」1965




市原義之は1943年、徳島県生まれで、 日展で特選、内閣総理大臣賞受賞の現役の画家です。
比較的わかりやすい画家という印象です。

「芽立ち」2010




「閑林」2010




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四季彩の丘の花

2014-07-30 05:22:44 | 京都めぐり

日曜日の朝、京都植府立物園の「四季彩の丘」に行き、蓮や瓢箪を撮影しました。
一昨日のブログでお届けしましたが、今回は、その時に咲いていた花たちを紹介します。









ルドベキア






モミジアオイ






ユリ、カサブランカ





ブルネア グランデイフロラ





ダリア











ステラデオロ






ヘメロカリス







ゴマの花





アメリカノウゼンカズラ





睡蓮も咲いていました。










蝶を発見





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『色彩はうたう ラウル・デュフィ』日曜美術館

2014-07-29 05:15:50 | 美術・博物館


祇園祭に没頭し、投稿が遅れました。
今回の日曜美術館は、「私の目は、ものの輪郭よりも先に色を感じとり、色の印象がより長く心のなかにとどまる」。と言った、20世紀のフランスを代表する ラウル・デュフィ( 1877-1953 )です。
色の魔術師とも呼ばれています。










「ニースの窓辺」1928





50歳の時、南仏ニースの光景を描いた作品です。
左右の窓から光をあびたニースの海が見え、中央には室内をうつす大きな鏡があります。
色鮮やかな調度品が部屋を飾っています。
この絵画全体に彩られたのは青色、床や机までも青で描かれています。
水彩画のようにも見えますが、油彩です。


「シーツの上の裸婦」1930
シーツもうっすら青、背景全体が青です。
20世紀の画家のなかで、 デュフィほど青色を使った画家はいないと言われています。





「モーツァルトに捧ぐ」1951
デュフィが最も好きだった作曲家を青色で表現しています。





デュフィはフランスのル・アーブルで生まれます。
貧しい家庭に育ちますが、16歳から絵を学び、22歳の時、奨学金でパリにでます。
その頃の作品です。
後の画風と大きく違います。

「夕暮れのル・アーブルの港」1900





その後、 デュフィは新しい絵画に出会い、大きく影響を受けます。
その画家は、アンリ・マテイスです。

マテイスの作品
「豪奢・静寂・逸楽」1904




デュフィは一目見て圧倒されて影響を受けます。
それが、 デュフィの絵にも反映されます。

「海辺のテラス」1907





その後、キュビズムが台頭すると、今度はそれに影響されます。

「レスタックのアーケード」1908





「レスタックの木々」1908





画商たちは、 デュフィの絵は真似事にしか見えず、絵もまったく売れません。
そして、ついに、青色の素晴らしさに気づきます。
それが、冒頭の「ニースの窓辺」です。

「突堤ーニースの散歩道」1926頃
デュフィはフランス各地をめぐり、海辺の景色を描きます。





その後、デュフィは赤色に出会います。

「バイオリンのある静物;バッハへのオマージュ」1952
一面赤色です、しかし、優しい赤です。





「30年、薔薇色 の人生」1931
デュフィの代表作品です。
ローズピンクの部屋に飾られた薔薇の花束、実に印象的です。





「ドービルの競馬場」1931
競馬場に集まる人々、輪郭線から色がはみ出しています。
華やかな色は、競馬場の賑わいを感じさせます。





その頃、やっと名声を得るようになった デュフィです。

「コンサート」1948
会場を包み込むような赤です。






パリ市立近代美術館に ラウル・デュフィの集大成ともいうべき作品があります。

「電気の精」1937
縦10m、横60mの巨大な壁画です。
デュフィ60歳のときの作品です。
人間と科学の叙事詩を描いた大作です。










古代ギリシャの数学者アルキメデス





発明王、エジソン





さらに、ワット、ニュートンなど110人もの科学者が登場しています。

彼らによって成し遂げられた科学技術の発展が鮮やかな色彩で描かれています。

人類の叡知を讃えるオーケストラの演奏のひびき、その音にのせて電気の精が舞うという壁画です。










この壁画は、1937年のパリ万博の電気館のために作成されました。
そして、同じ万博のスペイン館では、ピカソの有名な「ゲルニカ」が展示出されました。
世界は戦争の足跡が聞こえていました。
ピカソは、ナチスの進攻を大きな怒りをもって、告発したのです。





パリ万博で作成された、デュフィとピカソの2大作品ですが、観客の評価は大きく分かれました。
ピカソの絵画は、観客の人びとに背を向けさせました。
一方、 デュフィの大壁画は、おおぜいの観客であふれました。
世界が戦争にすすむなか、戦争の警鐘を鳴らしたピカソですが、観客の多くは、 人びとの心を明るくさせるデュフィの作品に共感を寄せたのです。


「エプソム、ダービーの行進」1930






「パリ」1937






「馬に乗ったケスラー一家」1932





「アネモネとチューリップ」1942





これらは、油絵ですが、まるで淡彩画のようです。

晩年デュフィ60歳頃、進行性多発関節炎で激しい痛みに苦しみます。
描くことすら困難な時期の作品です。

「黒い貨物船と虹」1949頃

港停泊する貨物船は、黒の色調でおおわれています。
黒い貨物船と虹がとても印象的です。
肉体の苦痛は、黒の色を選択したのでしょうか。















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蓮の花と瓢箪など

2014-07-28 04:45:54 | 京都めぐり

もういやになるくらいの暑さです。
私の祇園祭が終わり、少し虚脱感が残っています。

こんな暑い時期ですが、朗報です。
京都の植物園、通常は午前9時ですが、この時期は7時半に開園です。
8月の朝顔展の期間中(8/1ー8/5)は、朝7時に開園です。
なかなか、粋なことをしてくれるではありませんか。

というわけで、朝の植物園に行ってきました。
もちろん、開園時間の7時半です。

今、「花ハス展」(7/25ー8/17)が開催されています。

京都府立植物園は、今年開園90年、記念事業で「四季 彩の丘」エリアが整備されました。
蓮はここで展示されています。

今日は、蓮と瓢箪などを紹介しましょう。

蓮は全部で180種類ありますが、開花していた蓮の花をいくつか紹介します。
これほど、種類があるとは思いもしませんでした。

棗紅(ソウコウ)





平山芙蓉





悟空





金秋





冰嬌(ヒョウキョウ)





思念






天女の羽衣






香子






重水花






金輪蓮






ネール蓮






ペリーズジャイアント サンバースト






姫蓮






原始蓮






請所の本紅






瓢箪棚の瓢箪も見頃でした。
紹介しましょう。























オカメカボチャです。




京野菜の鹿ヶ谷かぼちゃ






かぼちゃバターピーナッツ






冬瓜





へびみたいな、その名もヘビウリ





撮影が終わったのは、8時半、植物園は1時間の滞在です。
もうすでに、暑くて、帰宅です。

午後、久しぶりに雨が降りました。
少し気温も下がり、猛暑も束の間のひと休みといったところです。







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2014 天龍寺暁天講座

2014-07-27 05:37:08 | 坐禅会

今年も天龍寺暁天講座に行ってきました。
朝4時過ぎに起床し、早めの朝食を軽くとり、天龍寺に向かいます。

朝5時過ぎの朝焼けに映える渡月橋です。





天龍寺の庫裏に入ります。





平田晴耕前管長筆の達磨図が迎えてくれます。





史跡、特別名勝の曹源池庭園です。
暁天講座の大きな楽しみのひとつが、早朝の曹源池庭園を観賞することです。
池泉回遊式庭園で、嵐山と亀山の2 つの山を借景にしています。
今回もとても、美しい景色です。
















開始前の方丈内の坐禅会場





驚策棒です。





6時、お坊様が挨拶し、坐禅の仕方、驚策の受け方などの説明を受けます。
坐禅は途中休憩を入れ、20分余2回行います。

坐禅終了後、般若心経の読経後、佐々木管長の提唱です。
お話は、夢中問答の19則「内魔」です。

提唱を聞く参加者と佐々木管長










提唱終了後は、恒例のお素麺の接待です。
私も一杯いただきます。




お素麺はみなさん、曹源池庭園を眺めながら食べています。










庭園に咲いていた花です。

桔梗









芙蓉です。





半夏生です。




庫裏を出て、放生池の蓮も撮影しました。






















それにしても暑い一日でした。
京都市の最高気温は38.3度。
私は、天龍寺から帰ったあとは、エアコンの効いた家の中にこもりきりです。
この暑さ、全国的なようですので、皆様方も熱中症に気をつけてください。



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下鴨神社の御手洗(みたらし)祭

2014-07-26 04:37:52 | 京都めぐり

私の長かった祇園祭も終わり、少し虚脱ぎみになっています。
後祭巡行の後、翌日からどうしようかと、思案していました。
そのとき、先日ある方が「御手洗祭」のことを言っていたことを思いだし、さっそく、昨日からはじまった下鴨神社の御手洗祭に行ってきました。

御手洗祭は、夜のほうがロウソクに照らされた景色は美しいのですが、長い行列を覚悟しなければなりません。
祇園祭で行列には少し参っていましたので、朝に行くことにしました。

下鴨神社に着いたのは、朝の7時です。
まだ参道を歩く人も少なく、露店もポツリポツリです。勿論まだ営業はしていません。
ミーン、ミーン、ジー、ジー、蝉の音があちこちから聞こえてきます。





太極拳をやられている人たちです。





楼門前も行列を誘導するロープがひかれています。





下鴨神社の楼門です。










楼門をくぐると、献灯料変更の案内看板が立っています。
昨年まで200円だったのですが、300円に値上げです。





ここも、行列誘導のロープがひかれています。
御手洗(みたらし)の足つけ神事は、土曜丑の日に、ここの池に足をつけ、燈明をお供えすると病気にかからないとされています。






献灯料300円をお支払いし、ロウソクを持ち、池に入ります。
勿論、履き物はビニール袋に入れます。
朝は早いせいか、まだお参りする人は少ないです。





人が歩き、池の水が揺れます。










途中、ロウソクに火をつけます。






ロウソクをたてます。






この方は、何をお願いしたのでしょうか。





お参りの後、池から出て,足を拭きます。





ふと、空を見上げると真っ青です。
今日も京都は猛暑になりそうです。





御手洗神社前の水に、無病息災祈願の足形を浮かべます。





賀茂の御神石です。
子供のかんのむし封じの効果があるそうです。
いただいてきました。






境内の一角の桔梗






参道を引き返す途中、セミの脱け殻発見













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天龍寺放生池の蓮が見頃です。

2014-07-25 16:33:17 | 京都めぐり


先日の朝、天龍寺放生池の蓮を撮影しに行ってきました。
先月6月末の咲き始めの頃に一度訪れていますので、今回で二度目です。

祇園祭に没頭し、蓮の写真を投稿できずにいました。
このままでは、ボツになってしまいますので、本日2度目ですが、投稿します。

私が放生池に着いたのは8時前です。
蓮はちょうど、見頃ではないでしょうか。



























































撮影を終えてふと、近くを見渡すと見慣れた人が撮影中でした。
知り合いの外科医師です。
そういえば、彼の趣味は写真撮影だったと思いだしました。


私の好きな渡月橋の朝の景色です。









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49年ぶりの祇園祭後祭巡行

2014-07-25 05:23:19 | 2014祇園祭

7月に入って始まった今年の祇園祭、49年ぶりに古式にもどり、後祭が復活しました。
その後祭も、昨日、巡行日を迎えました。

巡行は、烏丸御池に各山鉾が集合し、9時半に出発し、河原町御池を南下し、四条河原町を西進し、四条烏丸が最終到着となります。
前祭の山鉾巡行と逆コースとなるわけです。

私は、8時前に四条新町に着き、出発前の山鉾の景色を撮影しました。

150年ぶりに復活した大船鉾が、巡行を待っています。
すでに、大勢の人が集まっています。





私は、新町通りを北へ上がります。
出発前の南観音山です。





榊に「蘇民将来子孫者也」の御札を着けた正装の役員





北観音山です。






出発前、町内の関係者で記念写真です。






八幡山です。





さあ、いよいよ各町の会所を出発です。
2階から出発を見送る町内の方です。





北観音山出発です。皆さん、拍手で送り出します。
先頭の役員さんは、町内の方々に「49年ぶりに新町通りを北上します」とかけ声をかけました。






私は、新町通り御池に先回りし、辻回しを撮影します。
まず、来たのは八幡山です。






次に来たのは北観音山です。





北観音山、1回目の辻回しです。





山鉾の大きな車輪の下に、細い竹を敷き、すべりやすくするため、水をかけます。





2回目の辻回しです。





3回目の辻回し。





やっとまっすぐになりました。





エイヤーの合図で、曳き方が綱をひっぱります。





今度は南観音山です。
北観音山同様、辻回しを行います。











待望の大船鉾の役員と曳き手です。






150年ぶりの大船の晴れ姿です。





大船鉾も辻回しを行います。





まっすぐになりました。






山鉾集合場所の烏丸御池です。






巡行の先頭は橋弁慶山、続いて北観音山が出発です。





他の山鉾も出発です。





私は、出発を見送り、家に帰りました。
人の多さと暑さで、少し疲れました。


祇園祭は、7月1日の吉符入りに始まり、24日の後祭巡行、還幸祭奉納、そして25日狂言奉納、28日神輿洗、31日疫神社夏越祭で終了です。

今年の私の祇園祭は、昨日の巡行でひとまず終わりにします。
自宅が比較的山鉾町に近いこともあり、よく散歩がわりに、大好きな山鉾を見に出かけることができました。

私は60歳で定年退職し、主夫見習いのようなことはしていますが、再雇用もアルバイトも一切せずの身過ぎ世過ぎです。

私は、大好きな京都で、四季の花や祭や行事に心を寄せ、また美術館や庭園めぐりに、そして禅寺通いにせっせと通っています。

現役世代や同世代で働いておられる方々には申し訳ないような気持ちですが、御勘弁ください。














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23日祇園祭後祭の宵山

2014-07-24 05:28:30 | 2014祇園祭

昨晩は約50年ぶりに復活した祇園祭後祭の宵山、明日が山鉾巡行です。
私は21日の宵山初日に、夕食後の散歩がてらに行ってきましたので、昨晩は家でNHKスペシャルの祇園祭生中継を見ていました。
番組は、古都1000年の祇園祭の山鉾を飾る豪華絢爛な懸装品を取り上げています。

番組を見られた方もおありと思います。
でも正直なところ、 宵山の雰囲気という点では、昨日の番組では十分伝わっていないように思います。
しかし折角ですので、少しNHKの画像を紹介します。
画像はよくありません。


新町通りの山鉾




鯉山の山鉾の提灯
























祇園祭の前祭23基、後祭10基の山鉾を飾る豪華絢爛な懸装品の多くは、数百年前に海を渡って京都にやってきた東西の第一級品の美術品です。

16世紀ベルギーで織られた国宝級のタペストリー、世界に一枚と言われる17世紀ムガール帝国の掛物、サファヴィ朝の王候貴族の金銀入りの絨毯など、世界中から集まった貴重な宝の数々です。
祇園祭の山鉾が、「動く美術品」と言われる所以です。

これらの美術品がなぜ、どのよう経過で京都にたどり着いたのか、番組の謎解きが進みます。





鯉山の会所で、公開されている懸装品に焦点が当てられていきました。





番組内容は、機会があれば後日投稿したいと思います。
















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祇園祭後祭宵山23日の朝 大船鉾

2014-07-23 14:29:22 | 2014祇園祭

本日2度目の投稿です。
祇園祭もいよいよ、後祭の宵山と山鉾巡行を残すまでになりました。
今晩は、宵山です。
おそらく、大勢の人が山鉾の建つ、新町通りや室町通りにくりだすことでしょう。

私は、宵山初日に行っていますので、今晩はNHKの生中継を家で見て過ごすつもりです。

今朝、朝食後の散歩にと、大船鉾まで足を運びました。
時間は7時過ぎです。
150年ぶりの大船鉾、曳初めも終わり、あとは巡行本番を待つだけです。
















鉾まわりには、警備の方と、大船鉾のTシャツを着た方がいます。
お話を伺うと、山鉾町の方で、大船鉾の囃子方をされているそうです。
昨晩から徹夜で、大船鉾の警備をされているんだそうです。

昨晩から徹夜して、夜は宵山で囃子鳴らし、明日の本番もそうです。
ほんとうにお疲れさまです。
祇園祭を支える町衆の努力は大変なものです。


大船鉾から南観音山を撮影









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真如堂と西雲院の蓮

2014-07-23 05:34:13 | 京都めぐり

祇園祭好きの私は連日、山鉾にどっぷりつかっています。
今は蓮が見頃ですが、祭で時間がなくて、蓮を見に行けていませんでした。

読者の方のブログを読んで、蓮を見に行こうと思い立ち、朝に行ってきました。

行き先は、 金戒光明寺塔頭の 西雲院(紫雲石 万日寺)です。
会津藩戦没者墓地を管理していることでも知られています。

私はいつも、真如堂に寄り、 西雲院に入ります。

真如堂総門に着いたのは8時過ぎです。
この総門は江戸時代のもので、京都府指定文化財になっています。





駐車場には、ムクゲが白壁に映えています。
わが家のムクゲも毎日花をつけています。





本堂前の階段、青紅葉がきれいです。
み~ん、み~ん、ジー、ジー。
蝉の音です。あちらこちらで大合唱です。





三重塔です。









境内は緑に覆われ、非常に涼しいです。






境内を散策すると、紫陽花発見。






青苔もあざやかです。






大きなキノコ発見。





それでは、西雲院に行ってみましょう。
真如堂のすぐ近くです。
東門より入ります。





唐招提寺小蓮




碧台蓮






漁山紅蓮






廬山白蓮





いつもは、もう少し花が咲いていたのですが、、、、、。
お寺の方にお聞きすると、今年は花が少ないのだそうです。
去年も、一昨年もたくさん、花を咲かせたのよ、と仰っていました。

西雲院が管理する会津の墓地です。
会津の白虎隊に思いをはせ、手を合わせました。







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祇園祭後祭の宵山初日(21日)

2014-07-22 05:32:06 | 2014祇園祭

昨晩は祇園祭後祭の宵山初日です。
後祭は、1966年に合同化されて以来ですから、およそ50年ぶりの復活です。
当然、後祭の宵山も、およそ50年ぶりとなります。
ちなみに、宵山行事は、7月21日~23日で、巡行は7月24日日です。

夕食を少し早めにとり、6時過ぎに家をでました。
1時間余りの夕食後の散歩です。

四条通り新町を北上し、室町通りを南下するコースにしました。
まずは、南観音山です。






北観音山です。





八幡山です。





御神体や懸装品は会所の中です。





黒主山です。





御神体です。





懸装品です。





浄妙山です。




御神体です。





鯉山です。
会所は長い行列でスルーしました。





橋弁慶山です。





御神体です。





懸装品です。





150年ぶりに再興された大船鉾です。
すごい人出で、入り口でギブアップです。





祇園祭の宵山は、山鉾以外に屏風の見学があります。
祇園祭は別名、屏風祭とも呼ばれる所以です。
古い町屋のお宅で、所有する屏風などを公開するのです。
撮影順番に紹介しましょう。




















奥の屏風をズーム










「曽我 物語図屏風」です。
曽我兄弟の仇討ちを題材にしたものです。
お家の方にお伺いしますと、江戸時代の17世紀の作品だそうです。










宵山の初日でしたが、やはり人出は多かったです。
宵々山、宵山はさらに混雑は避けられそうにありません。

長年、祇園祭の宵山に来ていますが、知人と出会うことは今までありませんでした。
でも、昨晩はバッタリ出会いびっくりしました。
御夫婦とも医師で、彼は浴衣姿でした。
少し言葉をかわして別れました。


昨晩も早めに切り上げて帰宅でーす。
あっ書くの忘れました。
四条通りは歩行者天国ではありません。
業者の屋台は後祭はありません。












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雨の大船鉾曳き初め

2014-07-21 05:35:12 | 2014祇園祭

昨日は150年ぶりに再興された大船鉾の記念すべき曳き初めです。
多くの人出が予想されましたので、私はちょっとでも曳き綱に触れればいいかなと思ってでかけました。
曳き初めの出発予定時間は午後2時です。

私が四条通り新町に着いた途端に、雨が降り始めてきました。
大船鉾の周囲はすでに人だかりです。
新調した懸装品が濡れないように、急いでビニールシートをかけはじめます。





真横から撮影





後ろ姿です。





雨が強くなり、急いでビニールをかけています。





傘を持っていますが、道路から飛び散る雨でズボンもずぶ濡れです。
屋根のある場所に雨宿りです。

雨が一段落し、道路にでると鉾のまわりは、人、人、人、、、、、。





私はなんとかかき分けて、四条通りに退避です。
四条通りを東進する予定だったので、四条通りで撮影できればと思っていたのです。

2時過ぎ、やっと大船鉾が動きだします。
祭関係者と警察が交通整理しますが、あまりの人の多さに前になかなか進めません。
その時、また強い雨が降りだしました。

やっと四条通り近くまで来ました。





傘をさし、鉾を待ちますが、四条通りの手前で止まったままです。
警察官が四条通りの車を止めていますが、一向に進みません。
そして、今度はバックです。
会所を出発し、100m余りで進行をやめたのです。
あまりに人出が多すぎて途中でやめたようです。

傘が開くなか、バックです。





私も急いで家に帰りました。
巡行本番は、うまくいきますように。

南観音山です。






夕方のテレビで曳き初めの様子が放映されました。
私が断念した鉾を曳いている画像です。










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祇園祭後祭の鉾建て2日目

2014-07-20 05:36:09 | 2014祇園祭



昨日は祇園祭後祭の鉾建て2日目です。
土曜日、150年ぶりの山鉾再興もあり、大船鉾には大勢の方々が見学に訪れています。
大屋根が上がると、やはり大きな鉾だと実感します。
建物と比べてみると、3階建ての家みたいです。






反対側から撮影します。
飾りが取り付けられています。






荒縄だけで締め上げられていきます。
とても、きれい、芸術的でさえあります。





大船鉾の舳先
やはり、船を実感するフォルムです。





再興記念でしょうか、酒樽もあります。






鉾に登る階段でしょう。これも真新しい木の匂いがします。





大船鉾は「四条通り新町下ル」にあります。
四条通りより、北からも望遠で撮影してみます。





大船鉾に続き、南観音山、北観音山も建ちはじめました。

南観音山です。
ちょうどお昼の時間帯だったので、職人さんが休憩中でした。






北観音山はまだ組み立て中です。





ここは、毎年Tシャツの種類が多いのです。






近くのお店には、山鉾のミニチュアが展示販売されています。





ここ、新町通りは、まだ古くからの町屋も残っています。
奥行きのある、うなぎの寝床のようです。
お店に改装されています。





昨夜は妻が暑気ばらいを兼ねた女子会?に出かけました。
私はありあわせの食材で晩御飯を作り、ひとりで食べました。
やはり、ひとりはちょっと味気ない気がします。

そして、妻が「話し疲れた」と言って帰ってきました。
私は、良かったね、と妻に言いました。







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祇園祭後祭 大船鉾の鉾建て

2014-07-19 05:39:50 | 2014祇園祭

京都は17日に祇園祭前祭(さきまつり)の巡行が終わった後、すぐに後祭がはじまりました。
この後祭の最大の目玉は、なんといっても150年ぶりに復興した大船鉾です。

私は昨日の大船鉾の鉾建てを見に行きました。

大船鉾の始まりは、応仁の乱以前からの古い歴史があります。
応仁の乱で、京都中が焼き払われ、大船鉾も他の山鉾同様焼失。
復興後、天明の大火(1788)で 神功皇后の御神面を残して焼失。
更なる復興後、1864年の蛤御門の変で、木部などの多くが焼失。

実に三度の焼失以後は休み鉾となってしまいました。
しかし、幸いにも御神体人形や舳先を飾る大金幣、織物や刺繍を使った大舵や、前掛、後掛などの懸装品は焼失を免れていました。

そして月日が流れ、町内関係者、行政の長年の再興に向けた努力が実を結び、今年の祇園祭後祭で巡行されるのです。

しかし、鉾の再興は大変な作業だったそうです。
何せ江戸時代の焼失ですから、写真も図面もありません。
残された資料をもとに、苦戦したようです。

絵が残されていました。





平成21年、「京都祇園祭の山鉾行事」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。
京都市はそれを記念し、無形文化遺産展示室が京都駅前のヨドバシカメラ一階に設置しました。そこで、製作過程の大船鉾の実物を展示したのです。

大船鉾の製作にあたっては、大工さんが材料費だけで手間賃を取らなかったそうです。
祇園祭を支える町衆の心意気が、いまでも脈々と受け継がれていると思いました。

非常に人通りの多い場所ですので、見られた方も多いと思います。
私も2,3度訪れました。





今年、正式に御披露目する大船鉾の鉾建ての様子を御覧ください。


町内の入り口に立てられた、真新しい高札。
物忌(ものいみ)のため、車馬下乗の事とあります。
今時、馬もないだろうと思いますが、蛤御門以来の長年の再興の思いがこめられている気がしました。






組み立て中の鉾











他の山鉾同様、大量の荒縄で締め上げられます。





近くには大きな車輪があります。






町内の提灯も祭の雰囲気を上げています。





大船鉾の曳き初めは7月20日の午後2時から始まります。
楽しみです。私も当日は見に行くつもりです。


後祭の山鉾の位置と、巡行コースです。












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