京都で定年後生活

2013年3月60歳で定年退職。

美術館と庭園めぐり、京都の四季の行事と花を綴ります。

野外陶芸作家展 堂本印象美術館

2019-10-18 16:27:38 | 美術・博物館


堂本印象美術館庭園で『野外陶芸作家展』が開催されています。
期間は10月12日から11月4日 時間9:30ー17:00

どこへ行く? 森田隆司





日・月(Ⅲ) 宮下英子





青白磁滴文花器 内山政義





虹色の心 竹村智之





三億年Ⅲ! 天野明美





そらの風 上田順康






春のプリズム  竹村智之





フジイロノフジ 竹村智之





湖に落ちた星屑 竹村智之





置き忘れたもの  竹村智之









どこへ行く? 森田隆司










青白磁滴文鉢 内山政義





青白磁滴文壷 内山政義





青白磁滴文角台皿 内山政義





青白磁滴文文壷 内山政義





流るる(1) 宮下英子





流るる(2) 宮下英子





流るる(3) 宮下英子





日・月(ⅠとⅡ) 宮下英子










恵風  天野明美

















赤 哀歌 天野明美





白 微笑  天野明美





黄 未来  天野明美





青 知恵  天野明美





黒 怒涛  天野明美





風通る  上田順康





祈る人  上田順康




















コメント

洋画装う人/脱ぐ人 特別展示絹谷幸二 近代美術館コレクション展示

2019-10-17 20:59:19 | 美術・博物館


京都国立近代美術館コレクション展です。
2019年度 第4回コレクション展 (計125点)
会期 2019年8月8日(木)~10月27日(日)

装う人/脱ぐ人 美術館HPより
「人は古来、男女を問わず、衣服や装身具等で身体を装ってきました。装いは人の役割や地位、生活の仕方、さらには趣味(美への判断力)をも表現(あるいは表出)します。著名人の肖像として制作された絵や彫刻におけるその人の装いの描写は、その人の理想の表明にもなります。
 では、装わない身体、装いを脱いだ身体としての、裸体を表した作品の場合はどうでしょうか。この場合も西洋の美術では、裸体の置かれる状況そのものが、ヴィーナスやアポロン等の古代神話によって装われていたといえます。装わないこと、脱ぐこともまた西洋の美術では装いであり、言わばドレスコードに則っていたということです。
 日本美術にも古来、着衣像に関してはコードがありましたが、裸像に関しては、西洋の美術を摂取し始めた明治期以降も、コードは未成立でした。裸体とは単に服を着ていないことであり、そこに意味や美を見出せていなかったにもかかわらず、西洋の美術に倣って、見よう見まねで裸体を表現し始めたような状態でした。1891(明治24)年、裸体画の是非を問う討論会の中で洋画家の浅井忠が「描くべきものは他にいくらでもある」と発言したのは、ヌードをめぐるドレスコードが日本において未成立であることを冷静に見抜いていたからでしょう。
 では、日本の近代の美術家たちは「装い」をどのように描いたのでしょうか。それを当館の洋画コレクションによりご覧いただきます。」





神阪松涛 1882 ‐ 1954 蟲のね 1909 油彩、麻布





沢部清五郎 1884 ‐ 1964 梳 1909 油彩、麻布





田中善之助 1889 ‐ 1946 女 1911 油彩、麻布





田中善之助 1889 ‐ 1946 少女像 c. 1910 油彩、麻布





中川紀元 1892 ‐ 1972 街 1920 油彩、麻布





安井曽太郎 1888 ‐ 1955 婦人像 1930 油彩、麻布





安井曽太郎 1888 ‐ 1955 ポーズせるモデル 1931 油彩、麻布





大久保作次郎 1890 ‐ 1973 木陰の憩い 1952 油彩、麻布





長谷川 昇 1886 ‐ 1973 黒髪 1968 油彩、麻布





長谷川利行 1891 ‐ 1940 女 1932 油彩、麻布





小磯良平 1903 ‐ 1988 娘達 1938 油彩、麻布





熊谷守一 1880 ‐ 1977 化粧 1956 油彩・紙に板





ICOM開催記念 特別展示 絹谷幸二
美術館HPより
 「ICOM公式ポスターの原画を絹谷幸二が手がけました。絹谷は東京藝術大学大学院にて壁画技法を学んだ後、ヴェネツィア・アカデミアへ留学し、ブルーノ・サエッティ氏に師事して本場の壁画技法を習得しました。1973年に帰国。留学中に制作した《アンセルモ氏の肖像》(東京国立近代美術館蔵)が、第17回安井賞展(1974年)へ推薦され、画家の登竜門とも言われた安井賞を受賞して一躍人気作家となりました。現在にいたるまで活発な制作活動を続けるとともに、文化庁と日本芸術院が子どもたちに文化芸術活動の素晴らしさを伝える目的で行っている「子供 夢・アート・アカデミー」にも積極的に関わるなど、次世代の育成にも熱心に取り組んでいます。
 鮮やかな色彩や巨大な画面に描かれた作品には様々なモチーフが登場し、縦横無尽に画家のイマジネーションが展開しています。奈良県出身で幼少期に興福寺周辺を遊び場とし、仏教世界に親しんでいる絹谷の作品には、教養に裏打ちされた深い精神性が宿っています。例えば、《うずもれしは砂の愛》では、「あああ」という苦悶の声や般若心経の一節を砂地の上に鮮やかな色彩で描くことで、人生の苦しみやはかなさを強調しており、うつろいゆく世界に対する作家のまなざしが感じられます。じっくりと鑑賞することで聞こえてくる作家のメッセージに耳を澄ませてみてください。」


絹谷幸二 1943 ‐ トルソーの涙Ⅰ 1973 アフレスコ・ストラッポ、綿布





絹谷幸二 1943 ‐ うずもれしは砂の愛 1984 ミクスト・メディア、カンヴァス





絹谷幸二 1943 ‐ 黒谷光明寺降臨文殊菩薩Ⅰ 2017 ミクスト・メディア、カンヴァス























コメント

川端龍子展 堂本印象美術館

2019-10-17 05:31:06 | 美術・博物館


堂本印象美術館で開催中の『川端龍子展』です。
川端龍子(1885-1966)は、東京で活躍した日本画家として知られています。
それが理由ではないでしょうが、没後53年、京都の美術館では初めての回顧展になります。
川端龍子は戦前より「健剛なる芸術」の創造を唱え、従来の日本画の伝統にとらわれない斬新で豪快な作風を創出したことで知られています。
主宰した「青龍社」は帝展・院展と肩を並べる日本画壇の一大勢力となりました。
今回の展示会は、龍子の初期から晩年にかけての代表作を取り揃え、その画業を振り返るものです。
龍子が主張した会場芸術の作品、京都を題材にした作品などに加え、京都にゆかりのある青龍社の画家の作品も展示しています。
龍子と同時期に活躍した日本画家、堂本印象(1891-1975)が建てた美術館で、東の雄である龍子展が開催中です。
作品は撮影不可です。投稿画像は40年以上も前に買い求めた川端龍子の画集です。









金閣炎上 1950年(昭和25) 142.0x239.0cm
昭和25年7月焼失した金閣寺をさっそくテーマに、二ヶ月後の9月に始まる秋の青龍展に取り上げ出品した。
「あの焼けた翌日の新聞の写真ーまだ余韻の立ち昇っているのを見た際に、私の気持ちはそれを惜しむということと同時に、やはり生者必滅の諦めが湧くのでした。ところであの夜の雨の火事に、京都の画人で焼けつつある金閣を惜しみ得たのは幾人だったろうか、、、、、、この金閣の炎上はこれは絵になる、、、、というわけです。もちろん想念の範囲ですが、実景の真はもし眺め得られた方があったとしたら、京都の画人の筆を待つことにしましょう。」 龍子





佳人好在 1925年(大正14)140.6x115.0cm
色鮮やかな皿、鉢、豪華な器に盛られたとりどりの京料理、画面の主役に食膳を据えた作品は例を見ない。
この構想も誰もが目にする平凡な光景から意表をついた画材を見つける龍子独特の機知の働く作品である。
手入れの行き届いた庭、茶室、畳の目一筋一筋、繊細優美な純日本的雰囲気も濃厚に漂う。
ここは瓢亭です。





使徒所行事 1926年(大正15)三面 228.8x506.1cm
深山高山を開き、苦行を積み、鬼神を使役した修験道の開祖、役小角をテーマにした作品。
















筏流し 1959年(昭和34)242.4x727.2cm
現在も行われている保津川下り。
空をせばめてそそり立つ断崖、水流豊かに流れる奔流。
水しぶきをあげ岩を濡らし湧き返る。













白亜と群青 1962年(昭和37)
四天王寺講堂壁画「仏教東漸」の取材に訪れたインドでの作品。
「釈尊がまだ苦行から悟り切れず、前正覚山から下り、疲れ衰えて尼蓮禅河を渡られたーその河は、水は踵を浸す程度の浅い川であるが、その徒渉点にある民家ーマホメット教徒の豪家らしい家造りだったが、そこを写生中に天から降ったように孔雀が飛んできて、塔らしい飾りの上にふわりと届り、やがて二羽の雌も集まってくる。」 龍子






龍安泉石 1924年(大正13)4面1双 各186.0x419.0cm
龍子の初の横長ワイドの大作。有名な京都龍安寺の石庭を大きな四面一双の屏風に描いている。
この作品に特色は大胆な構図で、左上から見下ろしたような視点が右にうつるにつれ低くなり、部屋の真ん中から望んだ光景に変化する。









爆弾散華 1945年(昭和20)





南飛図(部分) 1931年(昭和6)





香炉峰 1939年(昭和14)










川端龍子の作品は大画面で壮大です。
従来の日本画のサイズより一回りも二まわりも大きな作品です。これが川端龍子の真骨頂かも知れません。
堂本印象の大作品に通じるものがあり、床の間や寺院の襖絵とは全く異なるダイナミックさがあります。
堂本印象、川端龍子ともに文化勲章受賞者です。もっと展示会が開催されてほしいものです。





コメント (2)

嵐山福田美術館(5)洋画 ローランサン、モネ、ピサロ、マティス

2019-10-16 17:48:16 | 美術・博物館


10月1日にオープンした福田美術館の展示作品(撮影可)の洋画です。


西洋美術

美術館建設を意識して本格的に日本画収集を開始するまでの間、フランスの近代絵画も収集しています。
数多くないものの、モネ、ピサロなどの印象派やマテイス、シャガールなど、日本で人気のある巨匠の作品が揃っています。
中でもシャガール「魔術師」(撮影禁止)は、抱き合う男女や花束などシャガールの好んだモチーフの数々が青い画面にちりばめられた、晩年の大作です。


マリー・ローランサン 1883ー1956
「女の肖像」 20世紀
明るい色彩で描かれた物憂げな女性
モデルや制作時期など、詳しいことはわかっていないが、透明度ある水彩の中に、一色でポイントを効かせていること、灰色で陰影を表していない点などが特徴的。
1938年にシカゴで開かれた第17回国際水彩画展に出品された作品。










マリー・ローランサン 1883ー1956
「二人の若い娘」 20世紀










マリー・ローランサン  1883ー1956
「三人の女」 20世紀










クロード・モネ 1840ー1926
「プールウ゛イルの崖、朝」 1897年
モネが親しんだ景色を明るい色彩で
プールウ゛イル・シュル・メールは、ノルマンデイーのデイエップ郊外にある。
モネは砂浜に立ち、ほぼ真西を向いて早朝あるいは薄曇りの朝の景色を描いた。
遠景の崖に強い朝日が当たることなく、風景全体は淡い光に優しく包まれている。





カミール・ピサロ 1839ー1903
「エラニーの積み藁と農婦」 1885年
光溢れるピサロの積み藁
この絵が描かれた1885年、ピサロは新印象派のシニヤックらと知り合い、作品も新印象派風の様式に変わっていく。
まだ細かく規則的な点描画法は目立たないが、変化の兆候がわずかに感じられる作品。











アンリ・マティス 1869ー1954
「窓辺の婦人」 1923年
マティスの色彩感覚が冴える小品
1923年にパリの画廊が画家本人から入手したとされている作品で、その後はスイスなどの個人コレクションに所蔵されていた。
一気に描かれた作品ながらも署名もされている。
モデルについては不詳だが、ニース海外沿いの建物からの光景と推測される。











マルク・シャガール「魔術師」1968年
素晴らしい作品ですが、撮影不可でした。

コメント (2)

第66回日本伝統工芸展

2019-10-15 07:10:36 | 美術・博物館


京都高島屋で『第66回日本伝統工芸展』が開催(10/9ー10/14)されました。
重要無形文化財保持者、受賞作家の作品を中心に、作品297点が展示されました。
毎年行っていますが、今年も入場者が多いのに驚きです。





日本工芸会総裁賞
花紋大鉢「椿」 望月 集
大輪の椿の花がとても印象的です。





日本工芸会奨励賞
釉描彩雪笹踏み切る陶筥 井口 雅代





日本工芸会新人賞
鉢「紅白鮮斜陽ー1907ー」 増原 嘉央理









日本工芸会奨励賞
二十日大根金具 藤江 聖公





日本工芸会会長賞
吹分長方盤 般若 素樹





高松宮記念賞
泥釉七宝花入「律」 河田 貴保子





日本工芸会新人賞
被切子鉢「潮流」 小林 昂平





日本工芸会保持者賞
沈金箱「梅木空木」 西 勝廣





東京都知事賞
沈金飾箱「一夜」 鳥毛 清
奥能登の初夏の風景。一晩で燃え尽きる蛍の命がテーマ。









NH会長賞
日本工芸会奨励賞
彩切貝蒔絵乾漆筥「月の韻」 三好 かがり
「枕草子」の「夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。」がテーマです。





日本工芸会奨励賞
砂子風炉先屏風 長岡 達雄





日本工芸会奨励賞
型絵染着物「春のはじまり」 岩井 香楠子
黄色の花はミモザです。










日本工芸会奨励賞
刺繍着物「あはひの空」 武部 由紀子





朝日新聞社賞
生絹着物「海の中のできごと」 神谷 あかね





日本工芸会新人賞
木芯桐塑布紙貼「春の宵」 北 芳子









文部大臣賞
栓拭漆三足器 甲斐 幸太郎









日本伝統工芸展は全国巡回展です。
各地への巡回日程です。
日本橋三越本店(東京)9月30日まで
名古屋栄三越 10/2ー10/7
京都高島屋  10/9ー10/14
石川県立美術館  10/25ー11/4
大阪高島屋  11/6ー11/11
岡山県立美術館  11/14ー12/25
鳥取県立美術館  12/4ー12/25
令和2年
香川県立ミュージアム 1/2ー1/19
仙台三越   1/22ー1/27
福岡三越   2/4ー2/9
広島県立美術館  2/13ー3/1
















コメント (2)

彫刻小品展

2019-10-14 18:08:25 | 美術・博物館


植物園で『第3回彫刻小品展』が開催されています。





天使





Relation2018関係





あなたとわたし
「みんないろいろ。だから、おもしろい」





ある日
「あっちに行こうか。こっちに行こうか」





Plants
「正方形の連作の一つです。





花見する





しずむ
「おもう、ゆっくりと。」





ミュージシャン
「男性の動きある身体表現」





小さなトルソにやや大きめな手
「10x10x20の立方体のほう材に人体トルソを彫刻した。少し大きめの手が特徴」





浅き夢
「寝ているのか、それとも起きているのか、夢か現か」





蓬莱山
「東海の楽園、仙人が住む蓬莱山は存在するのか。」











記憶そのⅢ
「過去の影響を何かに形で表現してみました。」






「顔を文学的な要素と捨てるのは、簡単なのだが、、」




ピンク色の衝動





ヤドカリⅠ型





F
「Fさんの首です。」





EHOー恵方(2019東北東八白)
「今年の恵方(東北東)を表現しています。」





内なる想いⅢ
「何事にも真摯な対応を行いたいとの願い」





Soil art(ring)
「土の糸で出来た輪」





仄見える
「平成から令和へ」





奏でるⅡー1
「野外展の作品と見比べてください」





視る
「視ているのです」





風を探して
「ツリーモビール」





2つの立方体





八腕目鎖帷子其の四
「雄蛸の闘いで身を防御する鎧の役割が吸盤。」




Chronicle





6面体と8面体





Pleasure





年輪
「どんな時でも丁寧に生きてこられた絵描きさん」





Walkーwalk
「どんな時でも歩き続ける」





流動あるいは変動
「愛、健康、戦いや繁栄への瞑想。すべて流動的なもの。」





FLOR DE DESIERTO
「荒涼とした地に生きているカラフルな花」







女性





展示風景











コメント (2)

嵐山福田美術館(4)与謝蕪村、司馬江漢、葛飾北斎、勝川春章、歌川広重

2019-10-12 16:58:26 | 美術・博物館


10月1日オープンした福田美術館の作品(撮影可)の続きです。

江戸時代絵画

与謝蕪村
「茶筅酒宴図屏風」  1766年(明和3年) 六曲一双
屏風講によって制作された豪華な作品
真っ赤な机を囲んで談笑する男たちが描かれている。
周りにはお茶の準備をする女性や子供もある。この屏風はぬめという光沢があり、非常に高価な絹に描かれ、机などには高価な朱色の絵の具がふんだんに使われている。
















右双














左双















司馬江漢
「牡丹と猫図」  1781~1789年(天明年間)











葛飾北斎
「水中双鴨図」  1838年(天保9年)






「碇美人図」  1811年~1820年(文化8年~文政3年)










「墨堤三美人図」  1894年~1818年(文化年間)









勝川春章
「桜下美人図」  1780~1782年(安永9~天明2年)












歌川広重
「美人と猫図」  1857年(安政4年)










コメント (2)

台風19号 芸術の秋 京都野外彫刻展

2019-10-12 05:36:12 | 美術・博物館


皆様台風19号関東直撃のようです。身を守る行動してください。
被害が少ないことを祈ります。
京都も5時前に暴風警報がだされました。

芸術の秋です。
植物園で恒例の野外彫刻展が開催されています。





「海辺」





「トルソ」





「座・M」





「森の守り人Ⅱ」





「MAN」









「無限柱19926」





「赤とんぼ」









「む」





「ふれていし」





「メビウス」





「忘却の石」





「DANCING」





「ベラスケスは空へ」





「自由で在るということ」





「見つめる人」





「Reilience」





「Soil art(a column)」





「うさぎとかめ」





「奏でるⅡー3」





「六地蔵神社へようこそ」









「家族」





「貞観」





「出ることから始まる」









「包容」






「ドラスティックな生き方」





「窓」





「丘の青年」












「夕影Ⅰ」





「Space dogu」





「悠姿」





「STAIRS」





「fictional plate」





「何度でも 何度でも 何度でも」





EHOー恵方(2019東北東 N35゜02' 53" E135゜45' 51")」





「正しいと信じる事」





「連理状態(柵んで立つ)」





「不時着」









「再生への祈り」





















コメント (4)

嵐山福田美術館(3)円山応挙、伊藤若冲、源琦、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢芦雪、呉春

2019-10-11 17:12:55 | 美術・博物館


10月1日にオープンした福田美術館の撮影可能作品です。

江戸時代の絵画

円山応挙  1735ー1795
「陶淵明図屏風」  1778年(安永7年) 二曲一隻
金地に映える鮮やかな瑠璃色
全面に金箔が貼られた画面に、中国風の服を着た三人の大人と二人の子供が描かれている。
長いひげを生やし、手を後ろに組んでいるのが中国の文学者、陶淵明。
人物は全員、理想化された端正な顔立ちをしている。













円山応挙 1735ー1795 賛/皆川洪園 1734ー1807
「王義之図」  1792年(寛政4年)
晩年の応挙が描いた、伝説の名筆家
中国東しんの政治家で書家だった王義之が、机に置かれた紙に文字を書こうとしている。
画面上には、王義之が四十一人の名士とともに曲水の宴を開催したことをふまえて皆川洪園がの詩が書かれている。









源琦  1747ー1797
「朝妻舟図」  18世紀後半
応挙から受け継いだ丁寧な描写
源琦は応挙の最初期の弟子で、美人画を得意とした。
この絵は近江国坂田郡(現在の滋賀県米原市)の港で、遊女が舟に乗り客を待っているところ。烏帽子をかぶり、秋草模様のある豪華な着物をまとっている。










伊藤若冲  1716ー1800
「竹図」  18世紀後半
竹の姿に龍を見る。
若冲は京都の錦小路市場で生まれた。
この絵では濃い墨で一気に描かれた竹が勢いよく伸びている。
節の部分は白く、墨を擦れさせて生命力と勢いが表現されている。





「群鶏図押絵貼屏風」 六曲一双  1797年(寛政9年)
若冲が自由自在に操る筆の勢い
右側の屏風の第一扇と第二の扇には、雄鶏が一羽ずつ大きく描かれそれ以外には雄と雌が描かれている。
一枚ずつ違った姿の鶏が描かれ、決して単調ではない。
羽には墨のにじみの間にできる筋を上手く活かしたり、線で輪郭を描き、少しずつ濃さを変化させた墨で内側を埋めていったりするなど、工夫が見られる。






左双





右双





右双部分



























左双部分






























曾我蕭白  
「荘子胡蝶之夢図」  1772~1781年(安永年間)
夢か現か、蕭白のほのぼのの画
中国の思想家であ荘周が夢の中で蝶になり、自分が蝶か、蝶が自分か区別がつかなくなったという話をもとにした作品。
墨のグラデーションで描かれた牡丹の葉、一筆でさらりと描かれた草、刷毛で描かれた破れ芭蕉など、多様な筆使いが見て取れる。











長沢芦雪
「薬王図」  1788年(天明8年)
植物に躍動感を与えるテクニック
芦雪は京都で生まれ、円山応挙に師事。描かれているのは、端午の節句に飾る「薬玉」。
赤い花弁の躑躅と共に、細長い葉を束ねて吊している。
筆の先と根元には違う濃さの墨を付け、素早い筆使いによって濃淡の変化を表現している。






呉春
「三羅漢図」  1783年(天明3年)
蕪村の愛弟子、呉春の個性的な羅漢図
呉春は京都出身の画家で、若い頃は月渓と名乗っていた。
与謝蕪村に絵と俳諧を学ぶ。三人の羅漢が岩場で香を焚いて座っている。
羅漢とは悟りを開いた高僧にこと。岩は墨をわざと擦れさせて凸凹を表現し、独自の才能が際立っている。












江戸時代絵画続く。











コメント

日本の装束:東松照明、池田満寿夫、磯辺行久 近代美術館コレクション展

2019-10-10 21:04:03 | 美術・博物館


京都国立近代美術館 コレクション・ギャラリー 
令和元年度 第4回コレクション展 
後期 9月10日(火)~ 10月27日(日)

装束:日本のドレス・コードの続きです。
「日本におけるドレス・コード「装束」をキーワードに当館のコレクションを紹介します。
京都における儀礼を取材し装束の裏に隠れた素顔を写真でとらえた東松照明による《京まんだら》、能の一演目を抽象画として表現した宇治山哲平による《能、鵺による》、を紹介します。
現代美術のなかから紹介する磯辺行久による《Work 64-14 & 15:舞楽》は、俵屋宗達による《舞楽図屏風》(醍醐寺蔵)が表面に描かれた作品で小扉をひらくとワッペン型のいくつものモティーフが姿を現します。わたしたちが装束に抱く古典的なイメージとのギャップが印象に残ります。このように装束のもつイメージを、作家はどのように引き受け、そして作品へ結びつけているのか、日本画から写真、そして現代美術を横断しながら考えたいと思います。」


東松照明 1930 - 2012 京まんだら:即成院 1982 エバーリッチ・プリント




東松照明 1930 - 2012 京まんだら:智積院 1984 エバーリッチ・プリント





東松照明 1930 - 2012 京まんだら:田山の花踊り 1982 エバーリッチ・プリント





東松照明 1930 - 2012 京まんだら:白峯神宮 1983 エバーリッチ・プリント





東松照明 1930 - 2012 京まんだら:須賀神社 1982 エバーリッチ・プリント





東松照明 1930 - 2012 京まんだら:護王神社 1984 エバーリッチ・プリント





東松照明 1930 - 2012 京まんだら:北野天満宮・ずいき祭 1985 エバ―リッチ・プリント





東松照明 1930 - 2012 京まんだら:時代祭 1983 エバ―リッチ・プリント





東松照明 1930 - 2012 京まんだら:京都御所・葵祭 1982 エバーリッチ・プリント





東松照明 1930 - 2012 京まんだら:久多の花笠踊り 1982 エバーリッチ・プリント





東松照明 1930 - 2012 京まんだら:清涼寺 1983 エバーリッチ・プリント





東松照明 1930 - 2012 京まんだら:貴船神社 1982 エバーリッチ・プリント





池田満寿夫 1934 - 1997 天女乱舞 A 1988 リトグラフ・紙





池田満寿夫 1934 - 1997 天女乱舞 B 1988 リトグラフ・紙





池田満寿夫 1934 - 1997 天女乱舞 C 1988 リトグラフ・紙





池田満寿夫 1934 - 1997 天女乱舞 D 1988 リトグラフ・紙





池田満寿夫 1934 - 1997 天女乱舞 E 1988 リトグラフ・紙










磯辺行久 1935 - Work 64-14 & 15:舞楽 1964 ミクストメディア、板




















宇治山哲平 1910 - 1986 能、鵺による 1974 油彩画布







コメント

嵐山福田美術館(2)竹久夢二、速水御舟、俵屋宗達、尾形乾山、尾形光琳、渡辺始興

2019-10-10 05:46:09 | 美術・博物館


明治以降絵画

竹久夢二  1884ー1934

「切支丹波天連渡来之図」  1914年(大正3年)
宣教師と遊女の禁断の恋

長崎を思わせる港町に、宣教師と遊女が並んで座っている。
一見、意外な組み合わせだが、男性の胸のロザリオと、女性が手にする聖書が二人の絆を暗示している。
目を見開いて、導きを受けたように恍惚と微笑む遊女の表情が印象的。





「待宵」  1912年頃(大正元年頃)
名曲「宵待草」の世界を表現
待てど暮らせど来ぬひとを、宵待草のやるせな、こよひは月も出ぬそうな。
夢二作詞の歌曲を連想させる、人待ち顔の女性。
当初は膝の近くに、読みかけの本を添える構図だったことが、薄く残る下書きの線から分かる。完成図では本を省くことで、思いを募らせる女性の心理が強調されている。







「庭石」  1931年頃(昭和6年頃)
夢二が描く、地上の織姫
夢二の俳句「庭石にぬれてちる灯や星まつり」が添えられている。
打ち水した庭石が灯火に照らされてきらめくという、ロマンチックな七夕の夜の趣を詠んだもの。八頭身を超えるプロポーションで、涼やかな単衣の裾を引いてたたずむ娘の姿が優美。





「秘薬紫雪」  1928年頃(昭和3年頃)
自身の小説にちなんだ哀愁漂う夢二美人
夢二は「秘薬紫雪」という連載小説を書いた。
この絵はその一場面ではないようだが、余白に住みたを施すことで強調された闇は、小説のドラマチックな場面と同じく、雪国の夜を連想させる。
光と陰の対照が意識された画面に、儚げな女性の姿が幻想的に描きだされている。






速水御舟  1894ー1935
「山東町翠明」  1915年(大正4年)
御舟渾身の巨大作品
目の前にそびえる山を仰ぎみるような感覚になる絵。
夏が終わり秋に向かう季節、朝の冷え込みで白い霧が生じ、紅葉も始まっている。
山の頂きは晴れ、「三頭に翠明らかなり」と名付けられた通りの青々とした木々が、細やかな点を連ねて表わされている。






木島櫻谷  1877ー1938
「遅日」  1926年(大正15)
墨一色で表現するおだやかな春の情景
櫻谷は。動物画で近年注目を集める画家。
遅日とは冬至を過ぎ、次第に昼が長くなる春の日のこと。
鵞鳥の賑やかな鳴き声、母に甘える幼い子供の声、小川のせせらぎ、笹の葉擦れ、桜の梢に羽を休める鵲(かささぎ)のさえずりなど、昼下がりの雰囲気を生き生きと伝える様々な音が、モノクロームの画面に溢れている。















2.江戸時代の絵画

福田コレクションにおける江戸絵画の収集は、重要文化財である渡辺華山「于公高門図」Ⅱ期から始まりました。その後、円山応挙、与謝蕪村などをはじめとする18世紀の京都で活躍した画家の作品も加わり、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢芦雪など「奇想派」と呼ばれる画家たちの作品が充実しています。
さらに、狩野山楽筆「源氏物語押絵貼屏風」Ⅱ期、深江芦舟「草花図屏風」などの琳派作品や葛飾北斎「端午の節句図」などの肉筆画をはじめ、外国人にも人気のある画家たちの作品へと広がりをみせ、江戸時代の絵画の流れを概観できる内容になっています。


俵屋宗達  生没年不詳
「益田家本 伊勢物語図色紙第二段「西の京」」 17世紀
琳派の祖・宗達が描く伊勢物語の世界
宗達は、桃山時代末から江戸時代初期に活躍した。
『伊勢物語』第二段「西の京」の一場面で、朝になり、牛車の御簾の細やかさに注目。










尾形乾山  1663ー1743
三十六歌仙絵 伊勢  18世紀前半
器で有名な乾山の歌仙絵
乾山は江戸時代中期の陶工・画家で、兄は尾形光琳、平安時代の歌人伊勢は、藤原仲平と恋仲であったが破局。
「どれだけ待ってみあなたは現れないでしょうね」と恨めしい気持ちを表した歌「三輪の山、いかに待ち見む 年ふもとたづぬる人もあらじと思えば」が添えられている。











尾形光琳  1656ー1716
「十二ヶ月歌意図屏風」  1699年(元禄12年以前)六曲一双
琳派の萌芽を感じる貴重な初期作品
光琳は呉服商に生まれ、装飾的な作品を多く残した。
これは15世紀に作られた和歌集の中から12首を選び、各図の上に書いた作品。
画面の大部分を占める木々や風景は、墨や繊細で優美な彩色によって落ち着いた雰囲気で描かれている。















正月、二月





三月、四月





五月、六月





七月、八月





九月、十月





十一月、十二月





渡辺始興 1683ー1755
「内裏雛図」 18世紀後半
江戸時代に流行した飾り雛を人物に見立てて
始興は円山応挙にも影響を与えた画家。
内裏雛とは、天皇・皇后の姿に似せた男女そろいの人形のこと。
江戸時代に流行したスタイル「享保雛」と呼ばれ、豪華なつくり、面長、切れ長の目が特徴的。










深江芦舟  1699ー1757
重要文化財 「草花図屏風」 18世紀前半 六曲一隻
四季の移ろいを琳派様式で表現
芦舟は京都生まれの画家。
この絵は春夏秋冬の草花を描いたもので、躑躅の赤と菊の白を強調し、市大医学部・土筆・蕨・芒などにモチーフの色調を少しずつ変化させることで、右から左へとうつろう四季を感じさせる。


















江戸時代絵画続く。




コメント

嵐山福田美術館(1)竹内栖鳳、横山大観、菱田春草、下村観山、橋本関雪

2019-10-09 05:30:51 | 美術・博物館


今月10月1日に嵐山にオープンした福田美術館のコレクションです。
作品は一部を除き撮影可能です。

1.明治以降の絵画
明治以降の画家たちは、西洋美術の概念や写実表現を取り入れながら、各自の個性を開花させました。
京都では江戸時代の円山四条派の流れを汲む竹内栖鳳その弟子たちが活躍しました。彼ら京都画壇の作品は福田コレクションの中でも特に充実しています。
「猛虎」は巨匠栖鳳らしい技巧が発揮された名品です。
また上村待園の収集には力を入れており、「長夜」Ⅰ期をはじめとする画業初期の優品が揃っています。
橋本関雪の「後醍醐帝」は第6回文展への出品作、近年再評価が高まる木島櫻谷の「馬路之春」Ⅱ期は第7回文展への出品作で、約80年ぶりの公開です。
東京画壇では横山大寒や菱田春草、下村観山など日本美術院を拠点とした主要画家の作品が網羅されています。
大観の「富士図」や速水御舟の再興院展への出品作「山頭翠明」などスケールの大きい大作が数多く含まれているのも、福田コレクションの大きな特徴です。


竹内栖鳳 1864ー1842
「金獅子図」 1906年(明治39年)
西洋絵画のエッセンスを取り入れた迫力の金獅
栖鳳は西洋絵画の写実表現を取り入れ、独自の動物画、風景画を大成した。
ライオンが岩影から勢いよく身を乗り出し、咆哮しながら獲物に飛びかかろうとする瞬間を描く。
右足の鋭い爪、左足の筋肉の描写など、勇ましい百獣の王の姿が的確に捕らえられた作品。













竹内栖鳳  1864ー1842
「猛虎」 1930年(昭和5年)
虎が空中を見上げて何かに神経を集中させ、右足を持ち上げつつある様子から次の瞬間、獲物に飛びかかる姿を想像することができる。
虎の視線の先に押された印章「霞中庵」は当館より徒歩15分ほどの距離に今も残る栖鳳の別邸。













横山大観 1868ー1858 菱田春草 1874ー1911
「竹林図・波濤図」  1907年(明治40年頃)
対照的なタイプの巨匠が競演
大観は青々とした葉を茂らせる竹林を描き、手前から奥にかけて色彩を淡くすることで、遠近を巧みに再現。
春草が描くのは怒濤が響く荒磯の風景で、空に舞う千鳥の群れが、打ち寄せる波の雄壮さをひきたてている。
竹と波の形は左右対称となっており、静と動の対比も意識されている。

















横山大観  1868ー1858
「富士図」  1945年(昭和20年頃)六曲一双
紙にもこだわって表現した、広大n雲海
金色に輝く旭日が昇り、果てしなく広がる雲海から雪を頂いた富士が端正な姿を見せている。
限られたモチーフを横長の画面に巧みに構成し、地上からは決して臨むことのできないゆうだいな景色を描ききった。大観渾身の作品。













菱田春草  1874ー1911
「梅下白猫」  1903年(明治36年)
春草の静謐な筆致で描かれた白き猫
丁寧に描きこまれた白い毛並みはまばゆいばかりで、一点を見つける凜とした表情も印象的。
梅と猫の白さが、萌え出始めた若草の緑や、ほのかな朝の光を絶妙に引き立てている。











菱田春草  1874ー1911
「春庭」  1897~1906年(明治30年代)
美しいグラデーションで伝える春の息吹
空の茜色と、地面の若草色の境目を刷毛でぼかし、美しいグラデーションが生み出されれている。
これは若草たち日本美術院の画家が、大気や光の表現をねらった「朦朧体」と呼ばれる絵の特徴で、何とも幻想的な光景である。










下村観山  1873ー1930
「ダイオゼニス」  1903年頃(明治36年頃)
日本画で描く古代ギリシャの哲学者
樽を住み家とする特異な逸話で知られる人物で、日本画の題材となるのは極めて稀。
観山は1903年、。イギリスに留学し西洋絵画を探求した。
しわが刻まれた皮膚や衣の質感、遠近を意識した奥行きのある空間描写にその成果が存分に発揮される。















橋本関雪  1883ー1945
「後醍醐帝」  1912年(大正元年) 六曲一双
深い知識に裏打ちされた歴史画の傑作
武士や僧兵が一斉に視線を注ぐ先には、石段を降りる男性の姿が見える。
この人物こそ、奈良・吉野に逃れ新政府を樹立することになる後醍醐帝その人。
女性は身をやつし密かに御所を脱出する場面であろうか、巧みな群像表現で劇的に描かれている。
なんと107年ぶりの公開です。これだけでも価値があります。





左双





右双





左双部分













右双部分















上村松園  1875ー1949
「軽女悲離別図」   1900年(明治33)
女性の奥ゆかしさを表現した初期の代表作
お軽は、赤穂浪士を卒いた大石良雄の京の愛妾。
吉良邸討ち入りを決意した大石が江戸に下る前夜、彼女は別離を悲しみながらも激励の意を込めて箏を奏で歌う。
奥ゆかしさと気概を兼ね備えた女性像を松園は描きたかったのであろう。











上村松園  1875ー1949
「長夜」   1907年(明治40年)
ほの灯りが照らし出す優しい世界
日が暮れても、若い娘は頬杖をつきながら読書に夢中。
彼女を気遣って行灯の灯芯をかきたてているのは、姉らしき女性。
二人とも江戸時代中頃に流行した髪型を結っているが、表現やしぐ、装いにおける年齢差が巧みに描き分けらえている。











明治以降の絵画続く。





コメント (2)

秋の日本画・和装いろいろ コレクション展示

2019-10-01 20:43:23 | 美術・博物館


京都国立近代美術館 コレクション・ギャラリー 
令和元年度 第4回コレクション展 展示目録
後期 9月10日(火)~ 10月27日(日)





A.和装いろいろ
美術館HPより
「ここに紹介する画家達の殆どは、洋装が一般的になった社会に暮らしていました。しかし、京都では伝統的な装いが相応しい職種、あるいは、その装いを支える職種、が盛んであったため、他の都市に比べると、比較的和装で生活し、働く人々が今も多くいます。例えば、五花街の芸・舞妓さんや島原の太夫さん。彼女達の伝統的な装いは、京都に限らず東西の画家達の興味をひき、描かれてきています。また、近代以降の画家は、たとえ歴史上の人物を描く時であっても想像だけで描くことが出来ませんが、京都に多く残る古裂や古い服(いわゆる着物や装束、袈裟など)の伝統的な模様や柄、形状を写すと共に、立体裁断の洋装とは全く異なる、直線で構成された和装を自然に着こなす人々を写生することにより、リアルな表現を追究することが可能でありました。もちろん、その造形の面白さに注目した作家もいました。そして、和装の模様や柄は、衣服の着用される季節と分かちがたく、背景を描くことなくその装いだけで、季節感や、時には人物の感情までをも表し得るため、和装人物は、簡潔な表現を得意とする日本画に最適なモティーフであったとも言えるでしょう。いろいろな日本の伝統的な衣装を纏った人物像から、いろいろな事を読み取っていただければ幸いです。」



菊池契月 1879 - 1955 禿童遊楽図 昭和初期 絹本着色 後期









菊池契月 1879 - 1955 松風 1940 絹本着色 後期





寺島紫明 1892 - 1975 彼岸 1946 絹本着色 後期










甲斐庄楠音 1894 - 1978 虹のかけ橋(七妍改題) 1915-76 絹本着色 後期





粥川伸二 1896 - 1949 西婦倭装図 c. 1919 絹本着色 後期





B.秋の日本画(後期)
美術館HPより
「秋と言えば紅葉。京都で実際に紅葉を目にすることが出来るのは11月に入ってからですが、9月の声を聞くと、何故か紅葉が気になってきます。近代京都画壇を代表する日本画家達の紅葉の競演をお楽しみください。また、秋は収穫の季節であり、五穀豊穣を祈るお祭りの季節でもあります。冨田溪仙の《うづまさ牛祭》に描かれるのは、太秦・広隆寺のお祭りで(もともとは境内にあった大酒神社のお祭り)、鞍馬の火祭、今宮神社のやすらい祭と共に、京都三大奇祭と言われる珍しいものです。しかし、近年は牛の調達がむずかしいために開催されていないとのことですので、昨年度所蔵品となったばかりの本作品によって、ユーモラスな趣を持つという牛祭の様子を知っていただければ幸いです。」


都路華香 1871 - 1931 白雲紅樹 c. 1914 絹本着色





都路華香 1871 - 1931 白雲紅樹 c. 1912 絹本着色





竹内栖鳳 1864 - 1942 秋興 1927 絹本着色








森 寛斎 1814 - 1894 鵞鳥 明治期 絹本着色





久保田米僊 1852 - 1906 蔦もみじ 1885 絹本着色





冨田溪仙 1879 - 1936 清水秋酣図 c. 1932 絹本着色









冨田溪仙 1879 - 1936 うづまさ牛祭 1920 絹本着色









小川千甕 1882 - 1971 田人 1928 紙本着色













池田遙邨 1895 - 1988 家を持たない秋がふかうなった 山頭火 1988 紙本着色









池田遙邨 1895 - 1988 うしろ姿のしぐれてゆくか 山頭火 1984 紙本着色










麻田鷹司 1928 - 1987 樹響 1956 紙本着色





山岸 純 1930 - 2000 残月 1998 紙本着色





徳岡神泉 1896 - 1972 薄 1955 紙本着色







コメント

最終 京の歴史をつなぐ(5)近代ー古都・京都への再生ーの続き

2019-09-08 17:51:36 | 美術・博物館


台風15号が深夜関東を直撃しそうです。
関東の皆様どうぞ御注意くださいますように。
台風の影響もあるのでしょうか、連日残暑が厳しいです。
今日の京都市の最高気温は35.7度の猛暑日です。新潟県は38度、大阪堺市は36.8度と各地で猛暑日のようです。


本日二回目の投稿は、京の歴史をつなぐ(5)近代ー古都・京都への再生ーの続きです。今回で終わります。

平安神宮及び第四回内国勧業博覧会場模型  昭和63年(1988) 京都文化博物館

明治28年(1895)に京都の岡崎で開催された第四回内国勧業博覧会場の模型(1/400)です。
展覧会北側には平安京を象徴する大極殿が復元されています。現在の平安神宮です。














「建設中の第四回内国勧業博覧会場」(石井行昌撮影写真資料) 明治時代 京都府立京都学・歴彩館「京の記憶アーァイブ」より









「四条寺町付近を走る京都市電(石井行昌撮影写真資料) 明治45年(1912) 京都府立京都学・歴彩館「京の記憶アーァイブ」より

京都市電は日本初の市街路面電車として、明治28(1895)年2月1日から、昭和53(1978)年9月30日までの83年間、京都市内を縦横に走っていました。
市電は私もよく利用しました。
Motorizationの流れで廃止されましたが、惜しいものをなくしたものだと今でも思います。










昭和30年代の市電路線図





西川栄之助像(アンプロタイプ) 明治28年(1895) 京都府(京都文化博物館管理)










参考展示 少女像(アンプロタイプ) 明治時代 京都府(京都文化博物館管理)











「巨椋池でのデンチ漁」(黒川翠山撮影写真資料) 大正時代 京都府立京都学・歴彩館「京の記憶アーァイブ」より

巨椋池(おぐらいけ)
京都市伏見区と宇治市、久御山町にまたがって大きな池が存在していました。
周囲約16キロ、水域面積約8平方キロで池というより湖です。
水産資源が豊富な淡水湖で、1877年2月には治天皇、皇后、皇太后様が観漁をされた記録も残っています。
蓮見の名所でもありました。
豊かな池でしたが、度々水害を引き起こし、干拓農地とされ1941年に干拓は完了しました。
残念ながら巨椋池は地名に残らなかったため、知らない人が多くなりました。
巨椋は蓮の品種名にその名前を留めるだけです。










菊水鉾巡行模型  昭和46年(1971) 京都府(京都文化博物館管理)






















京都文化博物館周辺で発掘された遺跡
平安時代以前の物もあります。





















京都文化博物館
明治39(1906)年に竣工した旧日本銀行京都支店の建物です。
設計は日本の近代建築家を代表する辰野金吾とその弟子・長野宇平治です。
辰野金吾は東京駅を設計した人でも有名です。
旧日本銀行京都支店の建物は現在も保されています。





























別館



































コメント (4)

京の歴史をつなぐ(4)近代ー古都・京都への再生ー

2019-09-08 05:36:53 | 美術・博物館


平安時代からはじまった京の歴史をつなぐもやっと最終回(2回)の近代です。
長い展示会紹介になりましたが、京都の歩みを知っていただく機会になると思います。

5章 近代ー古都・京都への再生ー

江戸時代後期から明治、大正、昭和の京都の断面です。

南座周辺復元模型  平成3年(1991) 京都文化博物館

江戸時代の南座周辺です。四条河原んl鴨川沿いに芝居小屋や茶店が並び遊興の場所として賑わいました。
北は大和橋、南は南側の芝居小屋まで、東はめやみ地蔵(今もあります)、西は高瀬川までです。

















賑わいが伝わってきます。





鴨川の橋





四条鉄橋(矢野家写真資料) 明治時代  京都府立京都学・歴彩館「京の記憶アーァイブ」より

四条大橋は明治7年(1874)に鉄橋になり、四条通りの拡幅は明治26年(1893)です。
写真はその間となります。
鴨川の中州に納涼床があります。中州を行き来する舟も見えます。










島原太夫の図 三畠上龍画 江戸時代後期  京都府(京都文化博物館管理)

島原は下京区に位置する花街です。
室町時代に公許された日本で最初の郭が三度の移転を経て島原と呼ばれるようになりなした。
昭和時代後期に衰退し、現在は京都花街組合連合会を脱会したため「京都の五花街」には含まれていません。
太夫とは能楽や歌舞伎の舞台で秀でた者に与えられた称号です。
後に教養を持つ最高位の遊女の名として定着しました。
島原からは、八千代太夫、吉野太夫、夕霧太夫、大橋太夫、桜木太夫などの名妓が輩出されました。
かつての島原では毎年10月に吉野太夫・大橋太夫・八千代太夫の追善供養を行った。
戦後も夕霧太夫(女優・中村芳子)、高砂太夫、九重太夫、春日太夫、花雲太夫、花琴太夫などがいました。













伏見人形「布袋」  明治時代後期   京都府(京都文化博物館管理)

伏見人形と呼ばれる土製の人形を、最初は小さなものから始め、1年無事に過ごすことができれば、翌年は少し大きいものを買っていき、7年かけて揃えるというのが基本です。
現在の京町屋にも残っているところがあります。









姫鏡台  明治9年(1934) 京都府(京都文化博物館管理)













「化粧をする婦人」(黒川翠山写真資料) 昭和10年(1935)
京都府立京都学・歴彩館「京の記憶アーァイブ」より










甲子兵燹図  江戸時代末~明治時代  京都文化博物館
禁門の変による火災で京都の町は焼き尽くされました。
どんどん焼けです。京都の町屋の多くはこの火災の後に建て替えられました。





















拡大
東は鴨川、西は堀川、北は丸太町少し上(京都御所は免れた)、南は七条まで、京の町を焼き尽くしました。










蛤御門の変使用銃弾  江戸時代 元治元年(1864.)京都府(京都文化博物館管理)










焼瓦(現京都文化博物館周辺出土) 江戸時代元治元年(1864.)京都府(京都文化博物館管理)

禁門の変による火災(どんどん焼け)で京都の町は焼き尽くされました。
多くの寺院も焼失、曇華院も同様で焼け跡から大量の焼けた瓦が出土しました。









京都新名所図屏風  森寛斎画  明治6年(1873年) 京都府(京都文化博物館管理)

近代京都を代表する建造物が描かれています。
右隻は吉水温泉と四条大橋、左隻は集書院と京都府中学校が描かれています。


















次回で最後です。








コメント (2)