京都で定年後生活

2013年3月60歳で定年退職。

美術館と庭園めぐり、京都の四季の行事と花を綴ります。

祇園祭後祭巡行(24日)これで私の山鉾めぐりも終わりです。

2017-07-25 05:38:34 | 祇園祭2017

7月1日の吉符入りで始まった祇園祭もいよいよ後祭巡行です。
10基の山鉾が烏丸御池を9時半出発、御池通りを東進、河原町を南下、四条河原町から四条烏丸まで約2時間の巡行です。
前祭の巡行とは逆コースになります。
私は8時前に山鉾町に着き、出発前の景色から撮影しました。

大船鉾
宵山を賑わした提灯などは全て撤去され、出発を待つだけです。





南観音山





曳き手の方々











北観音山





曳き手の最後の確認です。











八幡山





場所を移動し、新町御池通りで北観音山の辻回しを撮影します。
山鉾の車輪は車のようには曲がりません。
車輪の下に割竹を敷いて、曳手が3回で90度向きを変えます。


北観音山が御池通りに着き、ここから90度回転させます。





一回目 30度まわします。





二回目 60度になります。





三回目の辻まわしで90度まわりました。





出発点の烏丸御池に進みます。





次は南観音山の辻まわしです。
北観音山同様三回目で90度まわします。















最後は大船鉾の辻まわしです。
これも同様に三回目で向きを変えます。











後祭巡行の出発点の烏丸御池に場所を移動します。
すでに大勢の人で撮影場所が確保できなかったのですが、わずかなスペースに陣取りました。
9時半巡行出発です。

1番 橋弁慶山
弁慶と牛若丸が五条大橋で対面する場面をあらわしています。
弁慶は鎧姿に大長刀を持ち、牛若丸は橋の欄干の擬宝珠の上に足駄で立ち右手に太刀を持っています
「くじ取らず」で、後祭の巡行の1番目に行くことが決まっています。(2012年よりくじ取らず)
弁慶の手足にまかれた縄は心身壮健の願いを込め、宵山に授与されます。










2番 北観音山
楊柳観音像と韋駄天立像を安置する曳山で、巡行時に柳の枝を差出しています。
天水引は観音唐草と雲龍図を各年に使用します。
「くじ取らず」で後祭巡行で橋弁慶山に次いで2番目を行きます。





3番 鯉山
龍門の滝を登った鯉は龍になるという中国の伝説の立身出世を意味する「登龍門」の言葉を表している山です。
朱塗鳥居を立て、奥の祠に素盞鳴尊を祀っています。
御神体の木彫りの鯉は全長1.5mあります。










4番 役行者山
日本に古くからある修験道を主題にした山です。
御神体は役行者と一言主神、葛城神の三体を安置します。
役行者が一言主神を使って葛城と大峰の間に橋をかけたという伝承によります。
修験道の大本山聖護院から約50名の僧侶を招き、会所前で護摩木が執り行われます。











5番 八幡山
町内に祀られている八幡宮を山の上に勧請したもので常は町会所の庭にお宮を祀っています。
山の上の祠は総金箔の美麗なものです。
夫婦円満を象徴する雌雄の鳩が向かい合って鳥居に止まっています。











6番 南観音山
本尊の楊柳観音像は悠然と瞑想をする鎌倉時代の座像です。
諸病を防ぐといわれ巡行には柳の大枝を差し四隅に木彫薬玉をつけます。
「くじ取らず」で後祭巡行の6番目を行くことが決まっています。
真木の代わりに立てる松の木は、毎年鳴滝から2本届けられ、北観音山と南観音山の代表がクジを引いて良い方の松を選びます。
真松の下枝には「尾長鳥」が止まっています。










7番 鈴鹿山
伊勢国鈴鹿山で道行く人々を苦しめた悪鬼を退治した鈴鹿権現を、
金の烏帽子をかぶり手に大長刀をもつ女人の姿であらわしています。
真松には沢山の絵馬がつけられ、巡行後、盗難除けのお守りとして授与されます。











8番 浄妙山
平家物語の宇治川の合戦で僧兵浄妙が一番乗りをしようとした時、一来法師がその頭上を飛び越え、
先陣をとってしまった様子を表しています。










9番 黒主山
謡曲「志賀」にちなみ大伴黒主が桜の花をあおぎながめている姿をあらわしています。
桜の造花は戸口に挿すと悪事除けになると言われています。











10番 大船鉾 
前祭の船鉾が出陣船鉾と称されるのに対し、大船鉾は凱旋船鉾と言われています。
元治元年(1864年)の蛤御門の変により一部を残し焼失しましたが、2014年より完全復興して巡行に参加しています。
平成24年に、御神面を入れた唐櫃(からひつ)による特別な形で、山鉾巡行に復帰した。
「くじ取らず」で後祭の山鉾巡行の最後を行くことが決まっています。

















10時前、10基の山鉾を見送りました。





祇園祭は7月31日八坂神社の疫神社夏越祭で終わりですが、私の祇園祭投稿は今回で終了です。
今年も長い間の祇園祭のお付き合いありがとうございました。



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祇園祭後祭屏風祭

2017-07-24 05:30:51 | 祇園祭2017


祇園祭は別名屏風祭とも言われています。
山鉾町の商家を中心に所有する屏風を一般の方にも公開しています。
山鉾とはまた違う風情があり、宵山を盛り上げてくれます。
宵山期間中に撮影した屏風を御覧いただきたいと思います。
祇園祭は本日後祭巡行と花傘巡行、還幸祭で最後のクライマックスとなります。


無名舎(吉田家)


























藤井絞


















ヒオウギ





千梅





摺物貼交屏風





高士吟嘯弾琴図
作者は岡本豊彦(1773-1845)江戸後期の四条派絵師





(株)大日















篠田商事






源平合戦 屋島の戦い、鵯(ひよどり)の坂落し ガラス越し










光琳百花図屏風 ガラス越し
八幡山保存会所有の屏風です。作は丸山応挙、1782年応挙が人の求めに応じ尾形光琳の屏風を写したものです。













井ノ口家




















高島屋京都

木村英輝作「駒形提灯」と「絵図屏風」











木村英輝作「祇園祭絵図屏風」











大丸京都
国宝「上杉本洛中洛外図屏風」(写し)
京の都の日常風景、祇園祭も描かれています。











前祭の屏風











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祇園祭宵々山(7/22)雨上がりの山鉾町にお囃子

2017-07-23 05:39:16 | 祇園祭2017

祇園祭もついに後祭宵々山、残すは宵山と24日の巡行です。
昨晩宵々山の風情を味わいに山鉾町にでかけました。
前祭は四条通りが歩行者天国になり、混雑を避けるため歩行者の通行も規制されますが、
後祭は通行規制もなく落ち着いた雰囲気で夜の山鉾を味わうことができます。
夕方にわか雨があり、雨上がりの宵々山でしたが、コンチキチンのお囃子のなか山鉾町を歩いてきました。


黒主山





雨上がりの曳き山に駒形提灯が映りこんでいます。















浄妙山





鈴鹿山





役行者山




山鉾町の各家でも提灯を付けています。





鷹山

現在休み山ですが、復興を目指して準備が進められています。
鷹山は応仁の乱以前から巡行していた由緒ある山鉾で「くじとらず」の大きな曳山だったそうです。
文政9年(1826)の巡行で大雨にあい、懸装品が汚損してしまい、以来休み山になっています。
現在御神体をお飾りする居祭だけが続けられています。





お囃子が演奏されていました。
復活に向けての準備は続けられています。





八幡山





北観音山

















子供たちのお囃子が演奏されています。










南観音山










大船鉾

















大船鉾町を管理する四条町の提灯






後祭の宵山は前祭のような大混雑さはなく、風情漂う祇園祭の夜でした。




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祇園祭宵山の山鉾めぐり(21日)

2017-07-22 05:36:04 | 祇園祭2017

昨日は祇園祭後祭の宵山初日です。
私は昼過ぎに山鉾町を歩いてきました。
山鉾には駒形提灯が取り付けられ宵山を明るく彩ります。
各山鉾町の保存会では山飾りや御神体が展示されています。

鯉山




































浄妙山



























黒主山

























役行者山


































八幡山


























北観音山










南観音山










大船鉾










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祇園祭後祭山鉾建3日目(20日)曳き初め

2017-07-21 05:35:01 | 祇園祭2017

昨日は祇園祭後祭の鉾建て3日目、大きな山鉾がほぼ出来上がり曳き初めも行われました。

大船鉾
後祭は10基ですが、唯一の鉾です。
懸装品が新しいです。















今年船首に取り付けられるのは大金幣です。来年が龍頭になります。











御神体と龍頭が保存会に展示されています。
新しい龍頭は高さ約2メートル、 重さ約220キロあり、ヒノキの寄せ木作りです。










南観音山
大きな山です。





北観音山
「上り観音山」とも言われ、創建は文和2年(1353)、山舞台には楊柳観音像と韋駄天立像を安置しています。






















午後3時北観音山、南観音山、大船鉾の曳き初めです。
多くの方々が北観音山の曳き初めに参加しようと集まってきました。





3時音頭取りの号令で曳き初め出発です。





















こちらは南観音山の曳き初めです。






















大船鉾の曳き初めです。





明日は全ての山鉾が出来上がり、宵山がはじまります。

追加
北観音山の真松には尾長鳥が取り付けられています。










今回撮影できませんでしたが、南観音山の真松には鳩が取り付けられています。

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祇園祭後祭山鉾建て(7/19)

2017-07-20 05:35:18 | 祇園祭2017

祇園祭の前祭巡行が17日に終わったばかりですが、18日から後祭の山鉾建て(大船鉾)がはじまりました。
祇園祭の巡行は一回と思っておられる方も多いと思います。
本来祇園祭は前祭と後祭だったのですが昭和41年(1966年)に一本化され、以来半世紀近く巡行は7月17日でした。
しかし古式に戻すべしとの声が高まり、平成26年(2014年)より後祭が復活したのです。
今年は後祭復活して四年目になります。
後祭の山鉾は10基と少ないですが、宵山に屋台はでず、四条通りの歩行者天国もありませんが、
逆に落ち着いた風情で祇園祭を楽しむことができて私は好きです。

昨日昼過ぎ後祭の山鉾建てが行われている山鉾町を歩いてきました。
1時半過ぎ急に雲が広がり雨がポツポツ落ちはじめ、その後強い雨になりました。
梅雨明けのスカッとした青空で撮影したかったのですが残念です。

大船鉾
嘉吉元年(1441年)の建立、応仁の乱以前からの古い歴史を持っています。
応仁の乱(1467年)で他の山鉾とともに焼失し、その後再興されましたが、
幕末1864年の禁門の変で多くを焼失し以後は休み鉾になっていました。
それが2014年150年ぶりに復活し、巡行に参加することになりました。








大きな船の形が出来上がっています。





縄がらみも順調に進んでいます










作業中の奥に「今年の巡行は大金幣です」の張り紙があります。
江戸期より大金幣と龍頭の隔年交代で舳を飾っていたのです。
昨年は龍頭、今年は大金幣ということです。





大船鉾の町内は四条町です。
作事方の方々は『四』のTシャツを着ています。町内のプライドのひとこまです。





南観音山
昨日朝から山鉾建てです。
南観音山と北観音からは曳き山で、形態は鉾と同じくただ真木が松の木で高さは地上約15mあります。
松の木が用意されています。















躯体は組立て中です。











南観音山はTシャツの種類も多いです。










ピンクや黄色もあります。
後祭復活は山鉾町の念願でした。






北観音山
新町通りに大船鉾、南観音山、北観音山が並んでいます。
これも大きな山です。





南観音山同様真木が松が取り付け準備中です。










躯体は組立て中です。










鯉山
室町通りの歩行者です。















本日20日から浄妙山、黒主山、役行者山、鈴鹿山、八幡山の山が建ち、橋弁慶山は21日です。
また本日午後には、北観音山、南観音山、大船鉾、八幡山のが曳き初めが行われます。


『祇園祭の豆知識』山鉾の違い

山は小さく鉾は長刀鉾のように大きいと思っておられる方もおられると思いますが、実は大きさではないのです。
綾傘鉾や四条傘鉾のように小さい鉾もあれば、岩戸山、南観音山、北観音山のように大きな山もあります。
鉾は長刀などの金属製の武器を真木の先につけ、鉦や太鼓などの囃子で巡行します。
山は見物人や神様の目をひくように作りもので飾ります。
また松の木を備えているのが多いです。ただし蟷螂山や橋弁慶山などの例外もあります。


宵山 21日~23日 巡行 24日






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祇園祭前祭山鉾巡行ーⅡ(17日)

2017-07-18 05:45:00 | 祇園祭2017

祇園祭前祭山鉾巡行の続きです。

太子山
聖徳太子が四天王寺建立にあたり、自ら山中に入って良材を求めたという所伝にもとづいています。
他の山が真木に松を立てているのに対して、この山は杉を立てています。










荷茶屋です。
天秤棒で担ぐ可動式茶屋で、中に風炉釜、水指、茶碗、茶筅などの茶道具が入っています。





鶏鉾
天下がよく治まり訴訟用の太鼓に苔が生え鶏が宿ったという中国の故事の心をうつしたものだそうです。
鉾頭の三角形の中の円形は鶏卵が太鼓の中にある意味をあらわすといわれています。










稚児人形










木賊山
謡曲「木賊」に取材し我が子を人にさらわれて一人信濃国伏屋の里で木賊を刈る翁をあらわしています。
御神体は腰に蓑をつけ、左手に木賊、右手に鎌を持っています。










綾傘鉾
山鉾の古い形態を残す傘鉾のひとつです。
大きな傘と赤熊をかぶり棒をもった者が鉦、太鼓、笛にあわせて踊る棒振り囃子の行列です。















蟷螂山
南北朝時代足利軍に挑んで戦死した四条隆資の戦いぶりが中国の故事「蟷螂の斧」のようであったことから、
四条家の御所車に蟷螂を乗せて巡行したのがはじまりといわれています。





蟷螂(カマキリ)です。






















菊水鉾
町内の井戸菊水井にちなんで名付けられ、鉾頭には金色の透かし彫の菊花をつけ、真木には彭祖像をまつっています。
昭和27年に再興され、昭和の鉾としての偉容を示しています。










屋根方の二人です。山鉾は移動時や止まるときなどに大きく揺れます。
高度恐怖症の私には絶対無理です。





白楽天山
唐の詩人白楽天が道林禅師に仏法の大意を問う姿です。
道林禅師は手に数珠と払子を持ち松の枝の上に座し、白楽天は唐冠をかぶり笏を持って立っています。





曳き手は全員外国人です。










郭巨山
中国の郭巨釜掘りの故事にちなみ「釜掘り山」ともいわれます。
童子を養えなくなった郭巨が鍬を振り降ろすと地中より黄金一釜が出てきた姿をあらわしています。










見送は「万葉美人に桃と菫図」 平成6年(1994)新調で、上村松篁の筆です。





保昌山
丹後守平井保昌と和泉式部の恋物語に取材し、保昌が式部のために紫宸殿の紅梅を手折ってくる姿をあらわしています。
故事にちなみ宵山には「縁結び」のお守りが授与されます。










放下鉾
鉾の名は真木のなかほどに放下僧の像をまつることに由来します。
鉾頭は日・月・星の三光が下界を照らす形を示し、前懸・胴懸には花文様のインドやペルシャの絨毯があります。










稚児人形





辻回し用の割竹が鉾の下に置かれています。





車輪止めと方向を微調整する道具










岩戸山
天岩戸を開いて天照大神の出現させる日本神話から取材しています。
山とはいえ鉾と同じく車輪をつけた曳山で、鉾柱のかわりに屋根上に真松を立てています。



























船鉾
神功皇后の説話により鉾全体を船の形にし、舳先に金色の鷁、飛龍文様の舵をつけています。
鉾の上には皇后と磯良・住吉・鹿島の三神像を安置しています。















船鉾で最後です。時刻は11時前、9時スタートの長刀鉾から約二時間です。
昨日の巡行はそれほど暑くもなくて良かったです。
巡行が終わり、各保存会に到着すると、すぐ山鉾は解体されます。

今日からは後祭の山鉾建てがはじまります。

後祭 山鉾建て 7月18日~7月21日
後祭 宵山  7月21日~7月23日
後祭巡行   7月24日
花傘巡行   7月24日
神輿洗    7月28日

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本日の祇園祭前祭山鉾巡行(17日)

2017-07-17 16:30:41 | 祇園祭2017

本日は祇園祭前祭の山鉾23基の巡行日です。
どこで撮影するか思案しましたが、結局四条烏丸より東の歩道にしました。
山鉾の巡行スタートは9時ですが、私が着いたのは7時半過ぎです。

長刀鉾
鉾先に大長刀をつけています。古来「くじとらず」で毎年必ず巡行の先頭に立ち、生稚児の乗るのはこの鉾だけです。





胴懸





見送り 若冲の「旭日鳳凰図」を織物で再現したもので、昨年初お目見えです。





長刀鉾が出発地点の四条烏丸まで移動します。





禿(かむろ)の二人が長刀鉾に歩いて行きます。





一方稚児は地面に足をつけられないので強力(ごうりき)さんに担がれて長刀鉾に向かいます。


























出発前の稚児の舞











長刀鉾が出発しました。





占出山
今年の山1番です。
神功皇后が鮎を釣って戦勝の兆としたという説話により、金の烏帽子の御神体は右手に釣竿、左手に吊りあげた鮎を持っています。






















孟宗山
筍山ともいい御神体は病身の母を養う孟宗が、雪の中で筍を掘り当てた姿をあらわしています。
唐人衣装に笠をつけ右手に雪をかぶった筍、左手には鍬を肩にかついで立っています。










霰天神山
永正年間に京都に大火のあったとき、時ならぬ霰が降り猛火はたちまちに消えた。
そのとき一寸二分の天神像が降ってきたのでこれを祀ったのがこの山の起こりであるそうです。










函谷鉾
鉾の名は中国の孟嘗君が鶏の声によって函谷関を脱出できたという故事によります。
鉾頭の月と山型とは山中の闇をあらわし、真木には孟嘗君、その下に雌雄の鶏をそえています。










稚児人形











伯牙山
中国の周時代琴の名人伯牙とその友人鍾子期との物語によります。
伯牙が鍾子期の死を聞いて琴の絃を断ったという故事をあらわし、御神体は手に斧を持ち前に琴が置かれています。










四条傘鉾
織物の垂りなどをつけた傘と棒ふりばやしが巡行する古い鉾の形態である傘鉾の一つです。
応仁の乱以前に起源をもち、傘の上には御幣と若松を飾ります。昭和60年に再興されたものです。















芦刈山
謡曲「芦刈」に基づき、故あって妻と離れて難波の浦で芦を刈る老翁がやがて妻との再会をはたす夫婦和合の姿をあらわします。





飛脚のように見えますが、芦刈山記録係です。カメラ撮影していました。











月鉾
鉾頭に新月型をつけていることからこの名で呼ばれます。真木のなかほどに月読尊をまつっています。
屋根裏の草花図は円山応挙の筆。胴懸にはインドやトルコの絨毯を用いています。










稚児人形










山伏山
山伏姿の御神体は八坂の塔が傾いたときに法力によってそれを直したという浄蔵貴所の大峰入りの姿をあらわしています。
左手に数珠、右手には斧を持ち、腰に法螺貝をつけています。











曳き手は皆さんわらじ履きです。











続きます。


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祇園祭宵山朝(16日)山鉾めぐり

2017-07-16 16:29:38 | 祇園祭2017

今日は宵山(16日)、明日が前祭の巡行になります。
私は朝8時から9時過ぎまで山鉾町を歩いてきました。
前夜の宵々山の熱気がうそのような静けさです。
気温は9時で29.2度、日中の猛暑よりはましですが、それでも暑いです。


岩戸山 

明日はくじ取らずの長刀鉾の次に巡行する山1番です。→間違いでした。山1番は占出山です。










見送り










ミニチュア岩戸山





芦刈山





油天神山





太子山





荷茶屋

天秤棒で担ぐ可動式茶屋で、中に風炉釜、水指、茶碗、茶筅などの茶道具が入っています。
この茶道具でお抹茶を点てていました。
お茶は神仏に供えたお下がりを参加者がいただく宗教行為から始まっています。
祇園祭で荷茶屋のお茶を飲むことも大切な神事のひとつです。





船鉾





綾傘鉾





小さな車輪です。





鶏鉾





月鉾





菊水鉾





函谷鉾





占出山

明日の巡行の山1番です。





山伏山





霰天神山





放下鉾







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祇園祭宵々山(7/15)32万人の波うねる

2017-07-16 05:42:16 | 祇園祭2017

昨晩は祇園祭宵々山です。
山鉾の建つ四条通りや烏丸通りは車両通行止めの歩行者天国になります。
私は19時から20時過ぎまで四条通りを歩いて来ました。
四条通りや烏丸通りも歩行者天国とはいえ、混雑を避けるようにと歩行者も一方通行です。


19時15分 日の入り時刻
郭巨山、月鉾、函谷鉾











月鉾





函谷鉾





菊水鉾





函谷鉾










函谷鉾、月鉾











孟宗山





長刀鉾





















四条通りを引き返します。
函谷鉾、月鉾










函谷鉾





鶏鉾










函谷鉾、長刀鉾





菊水鉾






月鉾





四条傘鉾





螳螂山






郭巨山、月鉾、函谷鉾、長刀鉾
















これで終わりです。
山鉾が建つ新町通り、室町通りなどはパスしました。
あまりにも混んで身動きが取れなくなるのです。
昨日も日中は猛暑日、夜は少し気温は下がりますがそれでも8時で30度の暑い宵々山でした。
ビールや飲料水より、かき氷のほうに長い行列ができてました。

昨晩は三連休の初日でしたが、午後11時現在の人出は32万人(京都府警調べ)だそうです。
今晩の宵山はさらに多くなりそうです。


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昨日の祇園祭宵々々山(7/14)

2017-07-15 15:27:29 | 祇園祭2017

昨日は宵山初日の宵々々山(7/14)です。
私は混む時間帯を避け、6時半から7時半の1時間だけ山鉾町を歩いてきました。
宵々山(15日)と宵山(16日)は四条通りと烏丸通りが歩行者天国になりますが、昨晩は車道には出れません。


長刀鉾 

まだ日の入り前の6時半です。










函谷鉾

京都の定期観光バススカイの二階バスです。山鉾の近くに寄って乗客の皆さん大喜びです。





菊水鉾





月鉾





鶏鉾





白楽天山





綾傘鉾





綾傘鉾宵山囃子





船鉾











岩戸山











太子山











油天神山





芦刈山





伯牙山





郭巨山





暑い一日でしたが、夜は少し風がありました。熱風ですが。
今晩と明日は雨が降らなければすごい人出になります。



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四条傘鉾、郭巨山、放下鉾、霰天神山、占出山、函谷鉾、菊水鉾、鶏鉾、白楽天山、岩戸山、船鉾、油天神山

2017-07-15 05:40:20 | 祇園祭2017

昨日14日宵山初日の午前に山鉾めぐりした続きです。

四条傘鉾










郭巨山










放下鉾










霰天神山





占出山





保存会所




















国宝太刀











函谷鉾










菊水鉾





鶏鉾





白楽天山





















岩戸山





船鉾





油天神山















伯牙山






















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本日祇園祭14日宵山初日午前  芦刈山、太子山、木賊山、螳螂山

2017-07-14 16:30:40 | 祇園祭2017

祇園祭もいよいよ今日から宵山(14日ー16日)です。
私は午前中に山鉾めぐりをしてきました。

芦刈山

子供たちが見学に来ています。












保存会事務所には御神体や懸装品が飾られています。










尾形光琳燕子花図の綴織胴懸





日本画家上村松篁の「芦刈山」





















太子山





御神体や懸装品が飾られている秦家
秦家住宅は1864年の元治の戦いによって焼失後、明治2年(1869)上棟された「表屋造り」の京町家です。
二階むしこ窓の前には屋根付きの大きな看板を掲げてあります。
外観は下京の伝統的商家のおもむきをよく残しています。
































木賊山











螳螂山 





御神体の螳螂(カマキリ)















カマキリおみくじが人気です。二百円





続きます。

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祇園祭山鉾建四日目 駒形提灯(7/13)

2017-07-14 05:35:41 | 祇園祭2017

祇園祭も昨日は山鉾建ての四日目です。
昨日も昼過ぎに山鉾めぐりをしてきました。
昨日曳き初めが終わった長刀鉾、月鉾、函谷鉾、鶏鉾、菊水鉾には宵山を彩る駒形提灯が取り付けられました。
駒形提灯は宵山の風物詩です。山鉾ごとにこだわりがあり、形や大きさ、デザインは様々です。
暗闇に浮かび上がる駒形提灯が点灯し、「コンコンチキチン」のお囃子が聞こえ、宵山は佳境を迎えます。

本日(14日)夜は宵々々山で、前祭23基の山鉾建ては終わります。

長刀鉾















鉾頭の上の長刀










函谷鉾















鶏鉾





綾傘鉾











船鉾 

完成です。二時半から曳き初めです。





























岩戸山 

ほぼ完成です。






















月鉾















放下鉾
















菊水鉾




















前祭の山鉾の位置





昨日は八坂神社で「社参の儀」も行われました。
長刀鉾の稚児が会所から馬に乗って神社に向かいます。
この参拝は「お位もらい」と呼ばれ、稚児は正五位少将の位と十万石大名の格式を得ます。
この後、稚児は巡行まで地面に足をつけてはいけないことになっています。

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祇園祭山鉾建て三日目曳き初め(7/12)

2017-07-13 05:53:07 | 祇園祭2017

昨日は山鉾建ても三日目です。
長刀鉾、函谷鉾、鶏鉾、月鉾に続いて菊水鉾も鉾建てが終わり、午後二時からは鉾の曳き初めも行われました。
曳き初めは車の試運転のようなもので、本番さながらに飾り付けも行い、短い距離を動かします。
本番の巡行は一般の人は曳くことはできませんが、曳き初めだけは一般の人、観光客も参加できます。
私は昨日は昼前から函谷鉾の曳き初めまで撮影に行っていました。
昨日は蒸し暑くサウナ状態ですが、鉾建てを行う作事方の手は休むことはありませんでした。

月鉾

昼前 まだ車輪取り付け前です。





蝶々結び(蝶のように見えるでしょうか。)





海老結び(海老が並んでいます。)





月鉾の彫り。月にはウサギです。





車輪取り付け準備中です。





午後二時過ぎ胴懸、前懸などの懸装品も取り付けられました。















菊水鉾

昼前懸装品が取り付けられる前






まだ縄がらみ中です。





車輪 高さ1.9m前後あります。





懸装品がつき、ほぼ完成です。




函谷鉾

昼前懸装品が取り付けられる前





直に懸装品が取り付けられました。前懸です。















巡行の安全を祈願して神主さんのお祓いを受けます。





午後二時他に先駆けての曳き初めです。

音頭取りの音頭で一斉に曳き初めに出発です。





四条烏丸付近、右側の鉾は長刀鉾










一般の方も飛び入りで参加です。





四条室町通りまで曳いた鉾 画面右に見えるのは菊水鉾





長刀鉾

鉾の高さは地上から鉾頭(長刀)まで約25m 地上から屋根まで約8mです。















鶏鉾

昼前に懸装品がつきました。










きれいな縄がらみです。





破風の下には鶏の彫りがあります。















鉾の曳き初めは函谷鉾に続き、鶏鉾、月鉾、菊水鉾、最後に長刀鉾が行われますが、
私はあまりの蒸し暑さで函谷鉾撮影のあと撤退しました。


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