鯛の尻尾を奪い取れ

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本庄水源池

2016-04-15 19:51:16 | 日本海軍
本庄水源池1

 本庄水源池の南側の門柱です。

 まずは本庄水源池から説明しないとですね、呉鎮守府が置かれ呉港が軍港として指定されたのが明治十九年、これにより軍港への浄水の安定供給が必要となりました、二河川からの水だけではたりなくなったので新たな水源が求められ本庄水源池(本庄ダム)が建設される事になりました。
 起工は明治44年着手は大正元年竣工は大正7年(出展は日本水道史らしいが確認できていません)
本庄水源池2

 まぁそれは一旦おいといて、本庄水源池は海上自衛隊焼山送信所(現在は廃止)と隣りあわせとなっているので標石があります、「防衛省」「防彳工庁」がペアになっているのはある意味珍しいかも。

 焼山送信所は呉の高射砲陣地跡地があるはずなので是非とも訪れたかった所なのですが、そうですか立ち入り禁止ですか、
本庄水源池3

 そんな事を思っているとまた更に標石が増えていました、「呉水二二六」、数字の入っている標石は他にもあるのかな?
本庄水源池4

 「呉水」標石その1、どこにも軍港水道と書かれていないのがまた良い
本庄水源池5

 「呉水」標石その2、1と2はすぐ近くにあります、この標石のある場所のヒントはフラワーパーク焼山墓苑。
本庄水源池6

 で、実際の本庄水源池堰堤(本庄ダム)がこちら。
 呉と横須賀の共通点は平地が少ない山麓の港だった事です、あくまでも平地に水源を求めた横須賀と違って急峻な川にしか水源を得る事のできない呉はダムを建設するしか水源を確保する手段はなかったのです。
本庄水源池7

 残念ながら立ち入り禁止な堰堤、写真には写っていませんが左手に小島がありお社があります。
本庄水源池8

 橋の手前、美しい撫で回したい
本庄水源池9

 溢流提、ダムの水位が高くなりすぎた日にはここから隣接する二河川に水を流す、隣に水道橋があるのも萌えポイント。
本庄水源池10

 外から見た溢流提
本庄水源池11

 水源池のサクラ、左手は水源池です水遊び厳禁、なので
本庄水源池12

 二河川から見た桜並木、これも良いものだ。
本庄水源池13

 水源地に流入する小田川にかかる橋、残念ながらここは立ち入り禁止だ。
本庄水源池14

 これは第一量水井、第二があるのかは知らない、ここで宮原浄水場へ送る水の量をコントロールしているぽい、
本庄水源池15

 別の角度から見た量水井、手前にある黒いのは仕切弁だそうです。
本庄水源池16

 取水口、中央には「池源水庄本」の文字が、右手には「著手大正三年十月」、左手は「竣功大正五年八月」

 あれ?

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