読書日記

いろいろな本のレビュー

還暦からの底力 出口治明 講談社現代新書

2020-10-11 13:19:35 | Weblog
 副題は「歴史・人・旅に学ぶ生き方」。現在20万部お超えるベストセラーとなっている。著者は現在72歳。立命館アジア太平洋大学(APU)学長で、元大手生命保険会社勤務の後、ベンチャー企業経営者を経て現在に至っている。いわば「功成り名遂げた」人物である。最近、歴史・哲学史の本をいくつも発表して、読書家であることを世間に知らしめた。当然本書も、成功体験の披歴と自慢話かと思いきや、全然そうではなかった。謙虚さがにじみでている感じで、嫌みなく読めた。そこが人気を集めたのだろう。

 冒頭、「何歳まで働くのか」を考えても意味がない。という文句から始まっている。曰く、「何歳まで働く」とあらかじめ決めておくのは全くもってナンセンスです。動物と同じように、朝起きて元気だったらそのまま仕事に行けばいいし、しんどくなったら仕事を辞めればいいだけの話です。年齢に意味がないというのは、そういうことです」と。わかりやすいコメントだ。そして。「敬老の日」を廃止せよ、「年齢フリー」の世の中に、定年を即刻廃止し、健康寿命を延ばす、という内容が続く。著者の基本は、人間は一生働くのが自然の姿であり、実は働き続けることによってのみ健康寿命も延びるのですと言い切っている。元気が出てくるコメントだ。

 また会社の経営者としての経験から、労働時間の多さを指摘し、これでは正社員が勉強する時間はなく、「飯・風呂・寝る」の生活を繰り返すだけで、会社の生産性そのものが上がらない。「人・本・旅」の生活への転換が必要だと説く。前者を低学歴社会、後者を高学歴社会と名付け、今の日本は低学歴社会であると断言する。理由として、大学への進学率が低い、大学に入っても勉強しない、大学院生を大事にしない、社会人になったら勉強する時間がないを挙げている。正しいコメントだ。

 そして後半の第四章「世界の見方を歴史に学ぶ」で、日本史、世界史の蘊蓄を傾けつつ、保守主義とは何かという興味深い話題を披歴している。曰く、そもそも人間観には、人間はしっかり勉強すれば賢人になれるという人間観と、人間は勉強したところで初戦はアホな存在である、という人間観の2種類があると思います。僕が後者の立場をとっているのは、どんな賢人でも「一杯飲みましょうか」と誘えば喜ぶし、男性ならきれいな女性が好きだし、女性はイケメンが好きだからです。そしてこの「人間はそれほど賢くない」という人間観こそが保守主義の真髄だと思うのです。そうであれば、賢くない頭で社会の見取り図を考えても無駄なので、今ある制度でうまくいっているものについては仮置きしてそのままでいいというのが保守主義の事本的な考え方なのですと。

 そして日本には保守主義者はほとんどいないという。「憲法は戦後、外国に押し付けられたものだから改正しなければならない」と理性で主張したりするが、いまの憲法でそれほど困っている人がいるとは聞かないので、手を付ける必要はない。わざわざ寝た子を起こさなくてもよいというのが本来の保守主義の考え方だと力説する。そして保守主義の根幹は「人間はそれほど賢くない」という人間観あり、革新主義との違いは、人間の理性を信ずるかどうかにあると念押ししている。目からうろこの指摘で、実業界での経験と歴史について考えてきた人ならではのものと感心した。

 本書は老後をどう生きるかというような類のものではない。この国の今後の在り方を示唆するスケールの大きな指南書であった。