読書日記

いろいろな本のレビュー

闇の奥 辻原登 文芸春秋

2010-09-12 13:45:51 | Weblog
 辻原登の最新作。和歌山県田辺市出身の生物学者三上隆(架空の人物)をめぐるフアンタジーである。三上は京都帝国大学を卒業後、台湾総督府嘱託となり動物地理と原住民調査の傍ら小人族の調査をしていたが、徴兵されボルネオ消息不明になった。その三上の探索の中で三上はチベット、インドネシア、日本の熊野などの小人族の中で生き延びているという情報が飛び交い、調査団は現地を尋ね回るという趣向だ。そこに和歌山ヒ素カレー事件を織り込んで重層的なストーリー展開となっている。
 小人の国に紛れ込んだ人物を訪ねるというわくわくするような展開は著者の処女作『村の名前』で桃源郷に入り込む話と同じ趣向だ。それに主人公のゆかりの人間を適所に配して一大パノラマを描きだす力量は前作『許されざる者』でも発揮されていた。三上が熊野に帰って来ていてそこの小人国生きているというというのは、熊野の神秘性をいやがうえにも盛りたてる。古来熊野は神の国として人びとの信仰を集めてきたが「小人国」とは意表を突く。
 和歌山県生まれの著者ならではの土着性が現れる。三上の小人国を探すその心の闇とヒ素カレー事件の犯人の女の心の闇は一見無関係のように見えるが、心の奥で通底する何者かがあるということなのだろう。とにかく読んでいて、辻原ワールドに引き入れられ、小説の面白さを堪能した。ぜひ一読されたい。