ふとしたきっかけで奈良の古寺に興味を持った。
大和古寺に関する書物といえば、和辻哲郎氏の「古寺巡礼」と亀井勝一郎氏の「大和古寺風物誌」が代表的ではないだろうか。
先日「大和風物誌」を読み終えたので、今日は「古寺巡礼」を読みながら早朝より法隆寺へ出かけてみた。
東大阪線が開通したおかげで随分と近くなって、乗り換えも電車は接続されていて待ち時間なく50分ほどで法隆寺駅に到着。
藤ノ木古墳が公開されているというので方角も同じだし先ずはそちらへ。
途中の様子はとても風物詩に書かれているようなのどかな雰囲気はなくなっていた。
当然のことなのだが宅地開発が進んでいてのどかな田園風景はなくなっていた。
駅の案内所で聞いた時には、いまなら整理券なしで見学できるとのことだったが、古墳についた時にはすでに行列が出来ていた。
石室が狭いために少人数しか入れないことに起因している。
石棺は朱塗りの面影を残していて薄いピンク色を帯びていた。
「なぜ盗掘を免れたのか?」と質問すると、今はない尼寺が守っていた為だと説明を受けた。
その後ぶらりと西里の路地を通って法隆寺へ。
境内は賑わってはいたが東大寺のような混雑はない。
のんびりと見学ができ、金堂の釈迦三尊像も講堂の薬師三尊像もゆっくりと拝むことができた。
興味を引いたのは五重塔で、最下層の内陣には四方に釈尊の入滅や弥勒菩薩の説法などの塑像群が表現されている。
見上げると各層の威容と安定感が迫ってくるようだった。
我が国の至宝「百済観音像」は玉虫逗子などと共に平成10年に出来た百済観音堂に展示されて身近に見ることが出来る。
他の仏像と違ったそのしなやかな姿に見とれたのだが、それでも博物館とも思えるような展示のあり方には違和感を覚えた。
違和感を覚えたのはエンタシスと称される丸みを帯びた柱が並んだ回廊などは上がらないでくださいの看板がやたらと目についたこともだ。
柱にもたれてのんびりとこの古寺を眺め雰囲気に浸ることが出来なかったのは何としても残念だった。
今回の感動はむしろ庭続きにある中宮寺でみた「思惟半跏像」だった。
夢殿と庭続きであり、こちらは尼寺である。
新しくなった本堂のこじんまりとした広間に安置されている。
参拝者は法隆寺よりもさらに少人数で、そのため畳に座って解説を聞きながらそのお姿を拝むことが出来る。
間近に寄って眺めると、かすかに光をあびて輝くお顔と半眼に言いようのない慈悲の心が伝わって来るようでゾクッとした。
この感覚はどこから来るのだろうと思いながら中宮寺を後にする。
法輪寺、法起寺へむかうとそこは風物誌に書かれているのどかな田園風景がひろがってくる。
時折通る車の排気音を除けば昔ながらの原風景だ。
京都嵯峨野のような喧噪もなく、行きかう人もまばらである。
やがて法輪寺、法起寺の三重塔が見えてくるが、「ああ塔が見える」といった感動で、古の人々もそのような感動で吸い寄せられるがごとくに寺を目指したのではないかと思いをはせた。
書物を片手に古寺を散策は斑鳩の里に実によく似合う。
大和古寺に関する書物といえば、和辻哲郎氏の「古寺巡礼」と亀井勝一郎氏の「大和古寺風物誌」が代表的ではないだろうか。
先日「大和風物誌」を読み終えたので、今日は「古寺巡礼」を読みながら早朝より法隆寺へ出かけてみた。
東大阪線が開通したおかげで随分と近くなって、乗り換えも電車は接続されていて待ち時間なく50分ほどで法隆寺駅に到着。
藤ノ木古墳が公開されているというので方角も同じだし先ずはそちらへ。
途中の様子はとても風物詩に書かれているようなのどかな雰囲気はなくなっていた。
当然のことなのだが宅地開発が進んでいてのどかな田園風景はなくなっていた。
駅の案内所で聞いた時には、いまなら整理券なしで見学できるとのことだったが、古墳についた時にはすでに行列が出来ていた。
石室が狭いために少人数しか入れないことに起因している。
石棺は朱塗りの面影を残していて薄いピンク色を帯びていた。
「なぜ盗掘を免れたのか?」と質問すると、今はない尼寺が守っていた為だと説明を受けた。
その後ぶらりと西里の路地を通って法隆寺へ。
境内は賑わってはいたが東大寺のような混雑はない。
のんびりと見学ができ、金堂の釈迦三尊像も講堂の薬師三尊像もゆっくりと拝むことができた。
興味を引いたのは五重塔で、最下層の内陣には四方に釈尊の入滅や弥勒菩薩の説法などの塑像群が表現されている。
見上げると各層の威容と安定感が迫ってくるようだった。
我が国の至宝「百済観音像」は玉虫逗子などと共に平成10年に出来た百済観音堂に展示されて身近に見ることが出来る。
他の仏像と違ったそのしなやかな姿に見とれたのだが、それでも博物館とも思えるような展示のあり方には違和感を覚えた。
違和感を覚えたのはエンタシスと称される丸みを帯びた柱が並んだ回廊などは上がらないでくださいの看板がやたらと目についたこともだ。
柱にもたれてのんびりとこの古寺を眺め雰囲気に浸ることが出来なかったのは何としても残念だった。
今回の感動はむしろ庭続きにある中宮寺でみた「思惟半跏像」だった。
夢殿と庭続きであり、こちらは尼寺である。
新しくなった本堂のこじんまりとした広間に安置されている。
参拝者は法隆寺よりもさらに少人数で、そのため畳に座って解説を聞きながらそのお姿を拝むことが出来る。
間近に寄って眺めると、かすかに光をあびて輝くお顔と半眼に言いようのない慈悲の心が伝わって来るようでゾクッとした。
この感覚はどこから来るのだろうと思いながら中宮寺を後にする。
法輪寺、法起寺へむかうとそこは風物誌に書かれているのどかな田園風景がひろがってくる。
時折通る車の排気音を除けば昔ながらの原風景だ。
京都嵯峨野のような喧噪もなく、行きかう人もまばらである。
やがて法輪寺、法起寺の三重塔が見えてくるが、「ああ塔が見える」といった感動で、古の人々もそのような感動で吸い寄せられるがごとくに寺を目指したのではないかと思いをはせた。
書物を片手に古寺を散策は斑鳩の里に実によく似合う。
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