庵KM

技術屋OBの環境問題独り言

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再生可能エネルギーの進化が原子力発電の迷走の救いの神。

2016-09-22 | 快適エネルギー社会問題

「再生可能エネルギー」の産業化は、15年前には「経済性が引き合わない電力」として軽視されていたが、近年の著しい技術進化によって情勢は激変した。

特に風力発電と太陽光発電は、大量生産に向けての量産効果も反映して、期待以上の『発電コストの低下が実現』している。

2030年頃には、すべての化石燃料発電よりも『風力発電コストは安価』になっているであろう。

ただし、風力発電は風況が変動すると発電量が変化するので、風力発電の供給量が少なくなる時間がどうしても生まれるので、それを補う技術が必要になる。

電力供給量の調節が迅速に出来る「天然ガス火力発電」が、調整用に適している。

 

発電量の変動を調整する電源として、「原子力発電」は最も不向きであるから、2030年頃には原子力発電所は、閉鎖する方が経費の節減になるであろう。

使用済み核燃料の後始末は、その頃までに決定していれば良いが、今の政府の実力では、最終処分地は決定できないで、未決のまま迷走している恐れがある。

その頃までに未決であっても、既存の原子力発電所の閉鎖がすすむので、その敷地内に「使用済み核燃料の保管場所」を確保すればよい。

無理やりに、青森県六ヶ所村の「核燃料再処理工場」を稼働しなくても、原子力発電所から排出される「使用済み核燃料」は、置き場所に困らなくなる。

 

20年間も全く役に立たない「高速増殖炉もんじゅ」の維持をしてきたのだから、これからの15年間に、再処理工場を稼働しなくても、国民は我慢するであろう。

原子力発電の最大の難問は、使用済み核燃料の最終処分地の選定と、処分の方法である。

日本にはすでに、1万8千トンの使用済み核燃料が保管されて、青森県六ヶ所村の再処理工場が稼働すれば、プルトニウムを取り出した後の高レベル放射性廃棄物が続々と生まれてしまう。

すでに再処理して、「プルトニウムの状態で約48トン」が保有されて、高速増殖炉がないので「普通の原発を利用してプルサーマル運転で消費」するしかない。

しかも、使い終わったウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料の後始末がさらに問題になってくる。

 

これらの「高レベル放射性廃棄物」は、何百メートルもの地下深くに埋め立てて処分することになっているが、この状態を何万年の間は、有害なままである。

将来世代に、有害物の管理を負の遺産として残すことが、いかに無責任なことか、自覚しているのだろうか。

使用済み核燃料の再処理工場が稼働しても、今の技術では、救いにはならない。

幸いなことに、「再生可能エネルギー技術が進化」して、日本の将来エネルギーは、すべてまかなえる状況になる。

再処理工場を停止し、現存の原発も順次廃炉にすることが当面の義務である。