心を現す方法として一番多く用いられているのは、言葉である。思いついたことをすぐに表現すれば、準備する時間は不要であり、とにかく手っ取り早い。しかし、時として「言い間違い」「「聞き間違い」「勘違い」があり、間違って伝わったこと自体を両者が気づかないまま、過ごすこともある。
行き違いは別にして、嬉しいことや感動したことを相手様にお伝えすることは、非常に難しい。この場合は、気持ちの伝達の常套手段としての言葉で伝えるよりも、手紙が優れている。現代は、便利な道具としてeメールやケータイ・メールがあるが、やはり、このときは手紙が勝っている。
先日、私の講演をお聞き頂いた方から、私の著書「気づきの智慧」(アトラス出版)の感想も含めて、見事な達筆の手紙を頂いた。私自身、その手紙を読んで感動した。言葉で御礼を述べて頂くよりも、手紙の方が数倍の重みがあることを自覚した次第だ。
私の気づきは、「もっと手紙を書かないといけない」ということ。
行き違いは別にして、嬉しいことや感動したことを相手様にお伝えすることは、非常に難しい。この場合は、気持ちの伝達の常套手段としての言葉で伝えるよりも、手紙が優れている。現代は、便利な道具としてeメールやケータイ・メールがあるが、やはり、このときは手紙が勝っている。
先日、私の講演をお聞き頂いた方から、私の著書「気づきの智慧」(アトラス出版)の感想も含めて、見事な達筆の手紙を頂いた。私自身、その手紙を読んで感動した。言葉で御礼を述べて頂くよりも、手紙の方が数倍の重みがあることを自覚した次第だ。
私の気づきは、「もっと手紙を書かないといけない」ということ。
実際に、感覚の温かでなく、心を暖かくしてくれると思います。
まさに心の伝達ですね。
言葉は、心の叫びを伝えるのに、最も手軽で、表現しやすいですが、逆にじっくり伝わる行動というのも私は好きです。
その人のことを思って、そして感じて心を伝えるための行動。
すぐには伝わらなくても、それが伝わると、その人の心には刻める表現だと思います。
行動することで、心を温かくすることの出来る人になりたいと、今日の東矢先生のブログを読んで思いました。
不器用な表現方法かも知れませんが、私はこの伝達方法の方が、好きだと、自分自身で今日、感じました。
なかなかメールで気持ちを伝えるのは難しい。まして私のようにストレートな性格では同じ意味の言葉でも冷たく感じる時があるみたいです。最近は、絵文字を使うようにはしているが、なかなか難しい。
弁解をするのも「もういいか」と誤解を与えたままになっているのが現状です。
私はやはり直接会って話すとか、携帯電話などで話したいです。
年賀状とかも活字ではなく手書きが暖かさを感じてとても良いと感じますが、私の様に文を書くのが下手なものには ついつい疎遠になってしまいます。
最近は、相手の迷惑のかからない程度に数秒で終わる用事でも携帯に連絡するようにしてます。
声のトーンで相手の様子が感じらえるので・・・・