ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

狼少年

2023-05-08 07:01:32 | 日記・エッセイ・コラム
狼少年は二人いる。
てか二種類あるってこと。
ひとつはイソップの物語、
狼が来たと何度も嘘をつく少年のこと。
もうひとつは、
これは現実にあったこと。
生まれて間もなく親に捨てられたのか、
狼に育てられて成長した少年、
それが人間社会に戻ったという話。
なんとも興味深い話。
この二つは、
実に対照的かつ象徴的である、
同じ狼少年と言うが。
・・・・・
人は人に育つよう設計されている。
その設計図がある。
それがDNAです。
これが肉体を決定づけている。
それにつられて精神も現れる。
それはその初めからあるもの。
なおそこにあるのが言葉を持つ力、
なぜかその力が備わっている。
これが他の動物と違うところ。
これもやはりDNAの技かと。
ところですべての始まりのDNAであるが、
生まれた後は環境に大きな影響を受ける。
言葉を持つ力も勿論その影響を受ける。
日本語の世界に生まれれば日本語に、
英語の世界に生まれれば英語にと。
ちなみに言語は不思議なもので、
そこには共通の要素もあると。
そも初めは一つだったとか。
まあそれはそうだろうと。
で冒頭の件、
イソップの狼少年は嘘をつく。
これが言葉が有する決定的落し穴。
もう一人の狼少年、
彼は結局言葉を話さなかった。
それに狼的性格も変わらなかった。
その成長に人が関わらなかったからか。 
つまり言葉を持つ力が発動しなかったのだ。
ちなみに、
他の動物らを、
生まれたときから育て、
そして言葉を教えても、
言葉を持つことはない。
そもそのDNAでは無理なのだ。
ということです。
・・・・・
それにしても、
イソップの狼少年これがいけない。
何と言っても嘘がいけないのです。
だが嘘は見分けがつきにくいもの。
その線引きはいつでも難しい。
人間には真理や絶対正義などは分からない、
神ならぬ身だから当然のこと。
己が見えるように見、聞こえるように聞く。
己が思うように思い、考えるように考える。
それができるだけ。
人には人の事実があるのです。
事実は人の数だけあるのです。
誰かの事実と違うだけで、
それを嘘だとは言えない。
なら嘘とは?
嘘の字に口編があるから言葉の技には違いなし。
虚という字があるから「うつろ」なのか。
すなわち心に無いことを言うこと。
嘘の対極は真(まこと)。
これは心に写ったことをまんまに伝える、
まんまのこと、です。
正直とも言う。
ちなみに心に写るとは脳に写ることではない。
DNAが細胞一つひとつにあるように、
すべてのDNAに問うのである。
全身全霊に訊くのである。
ときに虚はないと、
真あるのみ。
ところでもう一人の狼少年。
彼は言葉を持たない。
だからそこに嘘はないのである。
だが人間とは言えないかも、
なら人間になる前のヒトか。
想えば人間は皆それを経験している。
なのに今やその心は風前の灯に。
それが現下のような混乱を惹起。
でもである、
この混乱こそが節目となり、
人類は又一段と進化すると、
そういう人達もいる。
私もそう思う。
しかもそれは難しくない、
言葉にすれば簡単なこと。
人間は言葉の生き物です。
どこかの某学会もテレビで言っている、
「言葉と生きていく」と。
そこで私は言う、
「言葉を持ちながら言葉にとらわれない」
「言葉を持ちながら言葉から自由になる」
その心を持てと。
簡単そうだが実は難しい。
矛盾そのものなのだ。
でもである、
ときに人類の次元が上昇すると。
そして楽園に帰れると。
・・・・・
ちなみに現下は混乱の極致。
嘘と狂気に満ちている。
「狼が来た」とは言っていないがそれに同じ。
「コロワクポリコレ地球温暖化脱炭素~」と。
そんな人ばかりではないのだが、
世に出ている人のほとんどは狼少年であろう。
おまけに人間が作った道具(CP)に振り回される。
これは言葉に始り言葉で終わると謂う、
まさに言葉の権化そのものなのだ。
そんなもんどうでもエイアイと思っているが、
最近はさらにチャットGptとかとかで喧しい。
想えば言葉を持たない生き物には何の影響もない。
彼ら神の被造物は我関せずである。
そも大宇宙は変わらず、人間だけが右往左往。
確かに人間社会では大問題である。
覇権争いに日夜邁進しているから。
それには欠かせない道具なのです。
ということで世界は言葉で沸騰中。
いよいよである、
うん!