花好き・旅好き80代北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり、今は外国行きは見合わせている。

政府の考える「年収の壁」対策は、大いに疑問だ。

2023年09月25日 | 暮らしと経済・経済生活

今日のニュースによると、「専業主婦」がパートで働く場合、年収106万円を超えると、厚生年金や医療保険税などの社会保険料を負担することになるので、大方の「専業主婦」は、自分の負担が増えないように考えて、労働時間を「年収の壁」内に抑えて働いている。政府としては、もっと労働時間を増やしてほしいので、各職場に1人当たり50万円ほどを給付する対策を取りたいと報じていた。その50万円をどのように使うかの具体策は説明されていない。

私なりに考えると、これまでの日本では、夫が「サラリーマン」である妻が、「専業主婦」である場合は、税制上かなり優遇されてきた。

先ず、「専業主婦」は夫の「扶養家族」であるという事で、扶養されている子供と同様に妻の「扶養手当」が夫に支給されている。

また「専業主婦」は、「健康保険税」を全く支払っていないが、医療費を支払う際は、夫と同様に組合と政府からの補助を受けている。

次に「厚生年金」または「共済年金」についても、働く夫一人分の負担額だけで、様々な特権を受けている。その「一番の特権」は、もしも退職して年金を受け取っている夫が先に死亡した場合、夫が受給していた年金の3/4の年金相当額を大半の妻は一生涯「遺族年金」として受給できるのである。

場合によっては、真面目に長年フルタイムで働き続け、多額の社会保険料を支払い続けた来た女性だったとしても、また「専業主婦」だった「寡婦」より多くの出産や育児、家事、介護をした『働く女性』がいたとしても、さらに子供を育てながら働く単身女性でも、高額の年金を受け取っていた夫の「寡婦」の女性が受けとる「遺族年金」の方が多い場合が実際には出てくるのだ。全く可笑しな話しだ。

(この結果、女性は「結婚条件」として、まず相手の収入を重視する事になる。出会い時の相手の収入より、人間性や自分との相性を重視する時は、何時来るのだろうか)

では「健康保険税」も「年金」も、全く負担せずに受給できる「専業主婦」の分は、一体誰が負担しているのだろうか。その負担者は「働く独身男性」と「働く女性」が負担しているのである。この事から、負担させられている立場の人達から「不公平感」が出て来るのは当然である。

歴史的に見ると、近代家族の形として「夫」が外で働き、「妻」は家庭で家事、育児をするという「サラリーマン」家庭が登場してから、長い間、夫が働き、妻は「専業主婦」というこの「夫一人働き家庭」が、税制や年金制度の「モデル」とされてきた。

しかし、現代では、様々な家族の形が登場し、今や「夫一人働き家庭」よりも、夫婦ともが働く「共働き家庭」の割合が多くなった。また、生涯結婚しない男女も増えているし、離婚後、女性が子供を養育するために働く「母子世帯」も沢山いる。「働き方」も実に多様になってきている。

こうした現代の状況を踏まえることをせずに、今回、政府が打ち出そうとしている「年金の壁」対策は、例え「壁」の金額が引き上げられたとしても一時的で、「専業主婦」を優遇している今の税制を固定し、今よりさらに優遇度を上乗せして、反面では相変わらず「専業主婦」を年収の「壁」で縛り続け、「パートタイム」という名前の「最低辺の低賃金労働者」に置き続けるものだと思う。それは結果的には、日本の労働者全体の賃金を低く抑える役割をも担う事になってしまっている。

今後の日本の家族や税制、医療や年金制度を考えるなら、「家族単位」ではなく、やがて諸外国のような男女を区別しない「個人単位」のものに抜本的に制度を変えていく事を考える必要がある様に思う。

また、これからの全ての女性は、「個人」として憲法でいう所の「勤労の義務」を果たし、何らかの「税金」に見合うものを負担し、「社会的に自立する」生き方を模索していく事が求められるのではないだろうか。

そのネックになって女性を家庭に縛り付けている原因は、今の低賃金、長時間労働などが改善されない雇用環境男性の家事、育児、介護への向き合い方ではないかと思う。

今、問題になっている「少子化対策」には、勿論、女性の雇用の機会を増やす対策、妊娠、出産、育児期の働き方を改善する検討も一層必要だと思う。

勿論、男女ともに、精神的身体的な障害などがある人には、社会全体の福祉の手が差し伸べられるのは、全く当然な事だと思う。

※私自身は、学校卒業以来、フルタイムで停年まで働いた。

その間、一勤労者として婚姻していてもに税制上は「独身者」扱いになり多大な「所得税」「社会保険税」などの税金を支払って来た。その間、子供を生み育て、親としての責任を存分に果たした。さらに母親を引き取って一緒に暮らし、早すぎた母の最後を看取った。

50代には母親の妹(私の叔母)、退職後は、母の長兄の配偶者(私の姻族の伯母)を引き取って介護をし、99歳で看取った。

このように一般的な現代の「専業主婦」よりも、公私ともに遙かに働きづめの人生を送って来て、国にも貢献してきたと密かに自負している。なので、特に「主婦優遇税制」にはずっと不公平感を持ち続けて来ていた。

このテーマは、私としてもまだ納得できる程十分には方向性が見通せていないが、これからも相変わらず時代錯誤の認識しか持ち合わせない(または選挙の票取りに繋がる)国の支配者達の施策を見守って行く積もりだ。

 

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